2007年06月28日

日本ハム球団を象徴するトレード:高山通史

 日本ハムが「台風の目」になりつつあると感じる。快進撃で初制覇した交流戦ではない。オフ、シーズン中の移籍市場でのことだ。6月26日、将来の中軸候補と期待していた木元、かつて主力として活躍していた清水を交換要員に2対2のトレードを敢行。オリックス歌藤、萩原の左右の中継ぎ投手2人を獲得し成立させた。

 出血したのはどちらだったのか-。いろいろな見方があり意見は分かれるが、日本ハムにとっても大きな決断だったのは確かだ。木元は03年に規定打席に到達こそしていないが102試合出場で打率3割。04年からはレギュラーをつかみ、2年連続132試合とほぼフル出場し、打率は両年とも2割8分を越えた。昨季こそ腰痛など故障、今季は開幕からの不振で出場機会は失っていたが、7年目の28歳。潜在能力は高かった。

 両球団で今回のトレードの「軸」になったのは、この木元、03年自由枠の4年目歌藤だろう。プロ通算106試合で3勝の左腕よりも、実績は木元が上。しかも直前まで1軍におり戦力として見ていたにもかかわらず、今季1軍登板機会がない歌藤を選んだのだ。レッドソックス岡島の抜けた左の中継ぎ投手を昨オフから探してきたが、6月いっぱいの移籍期限ギリギリになったが、狙い通りに補強したのだ。

 日本ハムは現在、首位ロッテにゲーム差なしの2位で、29日のパ・リーグ再開を迎える。定石なら、同一リーグのライバルにレギュラークラスの戦力を「提供」する必要はない。足元をすくわれる可能性も否定できない。そのため日本球界では、今回のようなシーズン中のトレードは珍しいケースだ。就任3年目の高田GMは常々、言っている。「それなりの力がある選手同士のトレードじゃないと補強にならない。意味がない」。そんな球団全体の攻めの姿勢が表れた。

 日本ハムは編成権を持つ部署、チーム統轄本部を置いている。メンバーは島田チーム統轄本部長をトップに高田GMら4人。トレードなどすべてをこの4人の合議制で決める。極端に言えば球団社長、ヒルマン監督でさえ、その方針に逆らうことができないのだ。ただヒルマン監督ら現場サイドからは補強ポイントの要望を聞き、それに応えようとして動くことが多い、また球団社長には「外国人獲得の費用は○万円程度がかかる」、現場のヒルマン監督には事前に「この選手を交換要員に-」などの大筋の了承はとっているが、基本は同本部の最終決定は“絶対”だ。

 昨年から同部のメンバー以外の編成担当を完全廃止した。トレードで獲得する選手を調査するために2軍戦などを一緒に視察する自球団と他球団の編成担当者間での「非公式」な交渉をなくし、窓口を一本化する狙いもある。言葉は悪いが、現場でのなれ合いの関係の中からは、実(み)になるトレードは成立しないとの考えもある。スコアラー部門のプロスカウトが対戦して戦術を立てる上での参考資料とする戦力分析と並行し、トレードの標的にしている選手の状態を調査。同本部へ報告する、合理的なシステムをとっている。その情報を指標の1つとし、正式にトレードを打診するか否かを決断するのだ。

 今回の木元、清水の放出もシステマティックで、考え方によっては非情ととられるかもしれない。だが高田GM、球団の信念からくる、終着点はドライではない。「ほかの球団へ行ったら活躍するかもしれない選手はいっぱいいる。うちにもね」。よく球界で言う“飼い殺し”ではなく、球団、そして新天地へと旅立つ選手が活性化するために-。近年の成績が象徴するように生き生きと成長を続け、変わろうとしている日本ハム球団を象徴するトレードだ、と感じた。

June 28, 2007 03:23 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年06月25日

ひょう変するグリン投手に驚き:村上秀明

 ここまで危なっかしい男もそういない。日本ハムで今季6勝をマークしている助っ人右腕ライアン・グリン投手だ。プロ球界に個性的な選手は数多くいるが、楽天から移籍1年目の彼だけは特異な気がする。毎回のようにひょう変する姿には驚かされる。

 交流戦無傷の5勝目を挙げた24日阪神戦でも、急変した。7回の途中までは、今日は落ち着いたまま終わるのかなと思っていたが、ボークの判定を下した三塁塁審に指をさして激高。記者がスコアブックに違うことを書き記していた一瞬の出来事だっただけに、また驚かされた。

 とにかく、マウンドに上がると闘争心がむき出しになる。ボークだけでなく、際どいボールの判定など不服なことに対しては、瞬間湯沸かし器のように、着火するといきなり怒り出す。怒るだけならいいが、審判に近寄って食ってかかる。「僕はグリン担当みたいなもの」と自認する高橋捕手をはじめ、なだめ役も一苦労だ。

 今季はすでに3月31日西武戦でKO負けを喫すると、札幌ドームのベンチの壁を拳で殴り破壊した。6月10日巨人戦でも、球審のストライク、ボールの微妙な判定にフラストレーションがたまり、放送禁止用語を連発。キレる姿は“恒例化”している。徐々にイライラ度が増している様子が分かるときはいいが、突然キレるから、本当に目が離せない。

 ただ、マウンドの暴れん坊に1番驚かされるのは、実はそのギャップだ。普段は絵に描いたような紳士だから、なおさらだ。報道陣との会話で、英語のヒアリングに困った様子を察すると「ちょっと待ってて」と自ら通訳を呼びにいく心配りがある。キレた試合後も、何事もなかったように報道陣にしっかりと接してくれる。

 地方遠征先の相模原球場のベンチ裏のトイレは、男子と女子の兼用のマークがついていたが、手を洗うためにグリンが入りかけたが、そのマークを指さし「もし女性が入ってきたらどうするんだ」と、まじめな顔で使用を中止。マウンドで罵声を浴びせる姿からは想像できないほどのジェントルマンだ。

 度を越した抗議で、いつか退場させられそうな不安がつきまとうが、目が離せないという点では、完全にこの助っ人右腕に魅了されている。

June 25, 2007 01:47 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (1)

2007年06月22日

「裏方」も戦っている:高山通史

 このブログを書いているのが22日、交流戦初制覇が目前です。優勝賞金5000万円。監督、コーチ、選手ら現場と球団とで折半する方向で、ほぼ固まりました。ということは2500万円は、選手サイド。これまでの賞金の分配例を見ると打撃投手、ブルペン捕手ら、いわゆる「裏方」のスタッフも臨時ボーナスを手にすることになりそうです。

 もちろん戦っているのは選手だけではありません。22日、オリックス本拠地のスカイマークスタジアムでの練習。ちょっとしたシーンを目にしました。宿泊ホテルまで帰るためのバスを、出入り口に横付けした岸七百樹サブマネジャーが「上司」の仲光秀記チーフディレクターに、なぜか注意をされていたのです。ちなみにサブマネジャーは選手の用具、荷物の遠征先への配送手配、ユニホームの管理などが主な仕事です。

 外は土砂降りの雨。岸サブマネジャーはバスの乗降口を最大限、入り口に近づけ、選手がぬれないようにしようとする配慮でした。なのに、なぜ? 理由はその停車位置では1度、バックをしてから出発しなければいけないから、ということでした。バックする=下がる、後退することは勝負、ゲンをかつぐ野球の世界では、良くないことだという、昔からの習わしがあるそうです。

 仲光チーフディレクターは理由を、こう説明してくれました。「別にあまり深い意味はないんですよ。でもそういうことを気にしない選手もいるけれど、気にする選手もいる。王さん、長嶋さんたちの時代とかは、もっとそういうことが多かったと思いますよ」。岸サブマネジャーは知らなかったようで、必死に謝っていました。そんな厳しい勝負の世界は、グラウンドだけではなく、舞台裏でも垣間見えるのです。

 選手たちを支えるスタッフはユニホームを着ている打撃投手、ブルペン捕手の方たちばかりではありません。マネジャーだけではなく、選手のオフの年俸の増減の目安の1つである査定を担当する方、スコアラー、報道陣に対応する広報、またトレーナー…。時にはTシャツに短パンなど動きやすい服装で、汗をダラダラと流して動き回っています。

 北海道内の企業は6月支給が多い夏期のボーナス。毎年は無理かもしれません。だが交流戦V目前の今年だけは、チームに携わる裏方の方々も「ボーナス」がもらえることを、祈っています。

June 22, 2007 04:54 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (1)

2007年06月18日

1つの手段としてビデオ判定の活用を:村上秀明

 長い試合が終わったのに、何かがすっきりしない。舞台裏のビデオは、やはり必要ではないかと思わされた。

 14日の札幌ドーム。交流戦の横浜戦だった。12回の試合では最長の5時間53分の超ロングゲームの6回に、トラブルは起こった。1死一、二塁で打席の田中幸が強振した打球は、二塁前のボテボテのゴロ、のはずだった。一塁走者川島と二塁手仁志が交錯し、仁志の体勢が崩れ捕球できず、失速したゴロは右前まで転がった。プレーは継続されたが、当然、横浜大矢監督は守備妨害を猛烈にアピールした。

 球場内での肉眼では、はっきり分かりにくかったが、テレビでは何度も交錯シーンのリプレーが流れた。走者川島は塁間の一直線上を走っていた。仁志も打球を早く処理しようという守備に徹した中での接触。丹波塁審が「打球が(仁志の)近くに来ておらず、守備体勢に入っていない」との趣旨を場内に告げた。

 テレビ観戦の方は特に「横浜には気の毒だったな」と思ったのではないだろうか。ビデオのリプレーを見ると、仁志は確かに腰を下ろした完全な捕球体勢ではなかったが、緩いゴロをそんな体勢でずっと待つことはできない。逆の立場だったら日本ハムも猛抗議をしていたはずだ。

 ただ、野球規則9・02にあるように「審判員の判断に基づく裁定は最終のもの」がルールだ。審判員は技術向上のため努力を重ね、ジャッジするからこそ試合が成り立っている。ただ、抗議に対する議論をグラウンド上だけでやっても、このときのように何の解決もしない。ビデオを見ながら抗議側に堂々と説明できれば、少しは違ったような気がした。

 各スポーツ界で導入の動きが進んでいるビデオ判定には賛否両論ある。球界では、12球団の本拠地で審判控室にモニターがない球場が3つあるため、今季の導入は見送ったが、促進の動きは進んでいる。「1回1回ビデオで見たら試合が進まない」との異論を持つ監督もいるが、大矢監督のように納得できず、揚げ句の果てには遅延行為で退場なら、ビデオ判定よりもっと試合が進んでいない。

 ビデオ判定には環境整備など問題は数多く残る。見る角度によっては意見が分かれることもあるだろう。ただ、映像という1つの手段を活用しないのはもったいないと思う。バックネット裏でのビデオ確認で、審判の威厳が損なわれるとも思わないのだが…。

June 18, 2007 01:48 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (2)

2007年06月14日

どうしても気になる球団名の略称:高山通史

 特にタイムリーではなく、今さらだが、ずっと思っていたことがある。14連勝と大型連勝をしている間、連日、もちろん北海道だけではなく全国的にも快進撃が大きく報道された。スポーツ紙のみならず各紙、見出しに躍っていたのが「ハム●●連勝 ! 」などなど。テレビのスポーツ番組でも「ハムは●●ですからね」などという。また、ふつふつと複雑な思いが沸いてきた。「ハム~」って。

 球団名=北海道日本ハムファイターズ。略して呼ばれる時は「ハム」といわれることが多い。もちろん親会社がそうであるから、そうなのだが…。ほか12球団の食品系の親会社に持つ球団を見てみても、食べ物を愛称の1つにされているところはない。ロッテは「ガム」とか「チョコ」とかではないし、ヤクルトは企業名が特定の商品名でもあるためそう呼ばれているが、何となく、しっくりきている気がする。

 球団が北海道へ移転した04年。初めて日本ハムを担当したその年に、紙面のレイアウトを行う=見出しをつける部署・整理部に、意見をしたことがある。「ハム~」っていうのは、どうなのか-と。同意見ではあるが、ほかに適切なものがないとの回答。見出しに適当な字数的なものから、3文字以内で表せるものが好ましいということも言われた。

 例えば他球団の例を見てみると多いのが、巨人は「巨人」か「巨」。阪神は「阪神」か「虎」。中日は「中日」か「竜」。ヤクルトは「ヤク」か「燕」。広島は「広島」か「鯉」。横浜は「横浜」か「ハマ」か「ベイ」。ソフトバンクは「ソフト」か「鷹」。西武は「西武」か「レオ」。オリックスは「オリ」か「猛牛」。ロッテは「ロッテ」、楽天は「楽天」…。多く使われているのは、このような感じだろう。

 そこへネームバリューがある監督がいるとその名前のようなものがプラスされ「原巨人」、「オレ竜」、「岡田阪神」、「王ソフト」、「野村楽天」などという見出しへも変化したりする。ただ日本ハムの場合は「ハム」以外に難しい。あまり多くはないがファイターズから「F」というのを見る時があるが、個人的にあまりピンと来ない。大々的に紙面展開する時に「F」は、1字とはいえ「虎」とか「竜」とか「燕」とかのように、すぐに球団を連想できるような気がしないのだ。

 ファイターズだから「戦士」とか「勇者」という見出しも、ちょっと何か…。アメリカに留学、メジャー球団の職員としても活躍していた岩本賢一通訳とそのことについて雑談で話したが、現地では「日本ハム・ファイターズ」ではなく「日本・ハムファイターズ」と、チーム名の“文節”を勘違いしている人もいたと聞いた。そうであれば「日本のハムの戦士たち」「日本のハムの勇者たち」とかとか、すごい風に勘違いされていそうだ。

 いっそのこと「北海道日本ハムベアーズ」なら「熊」でいいのに、「北海道日本ハムサーモンズ」なら「鮭」でいいのに、などと思ってしまう。「蟹」にするなら「北海道日本ハムクラブ」か…。もちろん歴史ある「ファイターズ」は簡単に変えることができないことは、分かっている。ただちょっと「ハム~」は…。食べ物だから違和感はずっと感じている。年に何度かそんなことを妄想してしまう時があるが、また今年もその大型連勝中の弊紙も含め、大々的にされていた報道を見て考えてしまった。

 何かないかなと、考えてみて4年目。しかも球団は本拠移転からブランドイメージを大切にしており、新グッズを製作する時などにそのイメージを壊さない物など多角的に吟味し、かなりの制約を設けている。だから、なおさら「ハム」は…。あまり強そうでもないし、他球団の記事で使われる時は「ハムをペロリ」とか「ハムを食った」とか、そういう風にも使われてしまうから。無駄な努力かもしれないと分かってはいるが、無い知恵を絞っても、いまだ妙案は見つけ出せない。

June 14, 2007 02:22 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年06月11日

14連勝中の“珍記録”:村上秀明

 連日の紙面をにぎわせたド派手な14連勝中に、ひっそりと1つの“珍記録”が刻まれていたのをご存じだろうか。日本ハム球団としては18年ぶり、パ・リーグ史上10人目だった。野球史に残る珍事は、急変した気まぐれな天候によってもたらされた。

 6月8日のヤクルト3回戦。舞台は初の交流戦となった愛媛・松山の坊っちゃんスタジアムだった。14連勝を狙った日本ハムは高卒新人の吉川が、7安打を浴びながらの粘投でプロ初勝利を挙げたが、その記録の“主人公”はルーキー左腕ではなく、3番手で登板、いや正確に言うと3番手で登板するはずだった4年目の右腕金森だった。

 8回裏のヤクルトの攻撃を迎え、場内では「ピッチャー、金森」とコールされていた。だが、それと前後するように、雨足が強まり稲妻のごう音が辺りいっぱいに響いていた。雷雨の中、マウンドに駆け寄ったばかりの金森に告げられたのは、一時中断。結局、降雨コールドゲームとなり、投球練習を1球もすることなく金森の“登板”は終わった。

 実はこれが、いわゆる「0球登板」という珍記録として残るそうだ。交代発表後の降雨コールドゲームで、パ・リーグで過去9人しかいないが、昨年はなぜか3投手(オリックス萩原、西武石井貴、オリックス松村)が記録。日本ハムとしては90年10月9日ダイエー戦の内山正博投手以来で、東映時代も含めれば4人目となった。

 白井ヘッドコーチは翌日「投手はカナモリじゃなくてカミナリだったな」とギャグにしたが、金森は「また珍記録ですね。やっぱり投げたかったですよ」。プロ初登板となった5月25日のヤクルト戦でも、味方が逆転サヨナラ勝ちで初勝利が転がり込んだこともあり、珍現象ととらえて苦笑いだった。

 金森のプロ3試合目の“登板”は、投球成績表を見ると投球回数は3分の0にもならず、空白になっている。ただ名前を呼ばれただけの「0球登板」。球団新を更新した大型連勝以上に「シンジラレナ~イ」と言いたくなるような記録を目にするのも、プロ野球の楽しみの1つかもしれない。

June 11, 2007 07:59 PM 投稿者:村上秀明 | トラックバック (2)