2007年04月19日

ユニホームスタイルの謎:北尾洋徳

 ユニホームの着こなしって気になりませんか? 春季キャンプ中には弊紙の先輩記者も気にし、コラムに書いていました。プロ野球選手に多いのは、ズボンのすそでスパイクを半分ほど隠すロングパンツスタイル。一方で少数派ながら「オールドスタイル」の選手もいます。ズボンのすそをひざ部分まで上げ、アンダーソックスを見せるスタイルで、米大リーグのマリナーズ・イチロー外野手が代表です。

 日本ハムを担当する、ある用具メーカー関係者から興味深い話を聞きました。「新人は、ほぼ間違いなくズボンのすそを広げてくれと言ってくるよね」。ルーキーに最初に配られるユニホームは、ズボンのすそが足首に向かって細くなる「一般的な」形。春季キャンプが中盤にさしかかる頃には、先輩選手の着こなしを参考に、ほぼ全選手が新しいタイプを発注します。そのため、キャンプ前に新人に渡されるのは1年に配給されるユニホームの半数だそうです。

 山本一徳投手は「一般的な」タイプでしたが、今は足首にたるみのあるものを着ています。実は大塚義樹ブルペン捕手のユニホームで「みんなから『おかしい、おかしい』と言われて大塚さんが『これ着てみろ』と」と、ロングパンツが届くまで借りています。

 2軍で実戦経験を積んでいる今浪隆博内野手は、今は「オールドスタイル」です。「これはこれで動きやすいんですよ」と言いながらも「でも長いのを着たことがないから試してみたい」と、新しい1本を心待ちにしています。キャンプから新人選手を見ていて「風格が出てきたな」と感じるのは、ユニホームの形が変わった影響もあるのかもしれません。

 そんな話をしながら、ふと疑問が…。「監督って、ロングパンツの人いないよね」。メーカー関係者も分からないなぞ。皆さん、なぜだと思います?

April 19, 2007 01:31 PM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (3)

2007年04月16日

洋平君に「1発」やられた:高山通史

 07年の自分の運勢を占うような「1発」が飛び出しました。15日楽天戦。ルーキー金子洋平(以下は、親しみを込めて洋平君と表記します)に、待望のプロ初アーチが飛び出しました。1月の新人合同自主トレ、2月のキャンプ、3月のオープン戦と注目していた新戦力。個人的に好きなタイプのプレー、打撃スタイルのスラッガー。仕事上は好ましくありませんが、ちょっとした思い入れがありました。

 記者は、こういう活躍をした時には、こんなエピソードをその記事に盛り込もう-など「1発」かまそうと用意しているもの。洋平君は、そんな特別な思いを抱いていた1人。本人はそんなことは知らないでしょうが、プロ1号を放った時の「Xデー」へ向けて準備万端だったのです。(あくまで自称。鬼デスクには準備不足と注意されそうですが…)。

 ただ、そこは打撃も意外性がウリの洋平君らしく…、こちらが「1発」やられてしまいました。何と私は当日は今シーズン開幕後、初めての連休の2日目。のんびりオフを楽しんでいたところ携帯電話のメールに、広報発表のホームラン談話が届いているのではないですか。ちょっと嫌な予感がしたのでチェックしてみるとやっぱり…。「金子洋平選手 プロ初ホームラン」の注釈付きの喜びのコメントが…。休みなのに、少しブルーになってしまいました。

 北海道では1面で展開した洋平君の紙面で「1発」をかますどころか、陰ながら少しだけ貢献できたくらい。こんな時は巡り合わせを恨み、今季はツイていないな…、とマイナス思考になるわけです。担当4年目ですが結構、こんな時は仕事に関して悪循環がしばらく続くことがあるのです。ちなみに昨季はソフトバンク戦の八木-武田久-マイケルの無安打無得点リレー、いいのか悪いのか同カードの2戦目は金村がズレータから受けた暴行事件…。珍しい事象が起きた、この2試合を逃しています。しかも、その2試合は敵地の福岡。ちなみに同時にモツ鍋、水炊きも、食べ逃しているわけです。

 さて本題。その洋平君から、また強烈な「1発」をお見舞いされました。一夜明けた16日、新千歳空港で対面。敵地での西武戦へと羽田空港へ向かう、出発ロビーに洋平君はふくよかな笑みを浮かべて登場です。「昨日、良かったね」、「そうですね」など他愛のない会話を交わし、最後にこちららが「昨日、休みで球場で見られなかったんだよね」と伝えました。少しは残念がってくれるかな、との淡い期待はあったが…。洋平君は「ああ、そうなんですか」とサラリ。2日連続で強烈な「1発」を食らい、今季の自分の仕事運を、もっと深刻に案じてしまいました。

April 16, 2007 11:19 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年04月05日

努力を続ければ良いことがある:北尾洋徳

 日本ハムが3日、最下位に転落しました。昨年の王者が05年4月2日以来、約2年ぶりに屈辱的な位置にいます。4日も延長12回の末に楽天に逆転負けを喫し、2戦目でカード負け越しが決まりました。日本一の熱気から約半年、予想しなかった展開で07年シーズンがスタートしました。

 勝負事に「~だったら」「~しておけば」という言葉は禁句。それでも考えてしまいます。開幕戦のダルビッシュがズレータに満塁弾を浴びた1球が、外角を狙ったものではなく内角だったら…。2戦目の6回無死一、二塁から森本が送りバントを失敗しなければ…。3月のオープン戦、公式戦を通じて2度の遠征で計24泊という過酷なロードがなければ…と。

 島田球団取締役連盟担当は「去年も厳しい日程だった時期があったのかもしれない。ただ自分たちが感じなかっただけなのかもしれない」と話しました。当然のことかもしれませんが、勝ち続けている時には「~だったら」「~しておけば」という言葉は浮かびもしないでしょう。どうしても、頭によぎってしまう弱音をかき消すように選手は必死です。

 本拠地・札幌ドームでの西武との3連戦。最終1日でした。先発投手陣の一部を除く、ほぼ全選手が午前9時にはグラウンドに出ていました。通常、報道陣は練習前にぶら下がりと呼ばれる取材をします。そのためにグラウンドで選手を待ち受けるのですが、間に合わなかった記者もいました。「去年より確実に早くなっている」と話したのも1人や2人ではありませんでした。

 今年から担当している私は去年との比較はできません。でも自身の経験と比べることはできます。高校時代、私は野球部でした。結果が伴わなかった時には始業前に朝練をし、全体練習終了後にも居残りで個人練習を積みました。「~だったら」「~しておけば」と思わなくていいように。そして、いつか結果が出ると信じて。

 きっと今の日本ハムの状況に自身の状況を置き換えて応援しているファンもいると思います。社会の中では、うまくいくことばかりではありません。好転するようにと努力し、耐え続ける。「日本ハムの選手だって頑張っているんだから」。そう思っている人もいるかもしれません。

 まだ10試合を終えたばかり。134試合が残っています。ぜひシーズンが終わるときには、努力を続ければ良いことがあると証明してほしいと思います。

April 5, 2007 01:37 PM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (1)

2007年04月02日

無口で無骨だが存在感ある金子誠:高山通史

 プロ野球が開幕した。またうらやましいな、と思う春が来た。選手会長兼主将の金子誠、先発で7年ぶり白星を挙げた建山…。2軍で苦しんでいるが、清水も1軍へはい上がろうと必死だ。今年32歳。同い年の選手がまだユニホームを着ている。私も高校までは野球をやっていた。プロ野球選手を夢見て、野球を始めた。あこがれていた存在が、いつも目の前にある。だから「同級生」は、少しだけ特別な思いで見てしまう。

 金子誠。高校時代からスター選手だった。初めて、その姿を生で見たのが91年春。私の郷里の新潟市にある鳥屋野球場だった。金子誠の出身の常総学院を招いての招待試合で、母校が対戦した。その夏に甲子園へも出場し、後にプロへと進み活躍した3年生の先輩投手がめった打ちにあった。もちろんレギュラーではない私は応援していたスタンドで、そのシーンにぼう然とした。驚いた。さらに驚いたのが、常総学院の全員が1年生(記憶が確かであれば…)だと聞き、さらに驚いた。その中の1人、目立っていたのが金子誠だった。

 甘いマスクに、強肩を生かした華麗な守備。高校野球雑誌をめくれば、いつも「金子誠」の名前があった。ちなみに現在は巧打のイメージがあるが、当時は一発もある強打者だった。その2年後の夏、私の高校も甲子園へ出場できた。同大会に出場して現在プロで活躍しているのは、中日の川上(徳島商)と井端(堀越)と平井(宇和島東)巨人高橋尚(修徳)ソフトバンク大村(育英)、1学年下なら広島嶋(東北)横浜の土肥(春日部共栄)と金城(近大付)ら。そんな中でも「常総の金子誠」は、トップクラスの有名選手だった。

 また「再会」できた。入場行進前の球場外で全出場校が待機している時、遠くにスター選手の金子誠がいた。近寄りがたく、気軽に話しかけられる雰囲気ではない。しかも周りには甲子園ギャルが殺到していた。そのシーンは、うらやましいという域を越えて「大変だな」と思ってしまうほど、すごかった。「こんな選手がプロになるだろうな」と思った。私はその夏を最後に、野球を続けることをあきらめた。限界を感じて、違う道を探すことを決めた。当時から好きだったスポーツ新聞の記者になることが、目標になった。

 あれから今年で14年。初めて日本ハムを担当した04年キャンプで名刺を持ってあいさつし、あの「金子誠」に初めて接触した。ぶっきらぼうだったが、イメージ通りでちょっと感動したことを思い出す。今年、担当記者になって4年目。金子誠は選手会長を2年連続で務め、今季は主将も兼務する。昨季の2大スターが抜け、いろいろと周囲の雑音が多いチームを束ねていくことになった。無口で武骨だがユーモアも持ち合わせる、新チームリーダーとして信頼を得ている。

 あの時の「金子誠」と変わらない存在感を見せている。今の自分の姿、仕事ぶりと重ね合わせて見る-。毎年の反省は生かし切れていない。記者として4度目の球春到来だが、またちょっと複雑でほろ苦い思いがある。

April 2, 2007 03:28 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)