2007年03月28日

ルーキー山本投手の魅力:北尾洋徳

 チーム初黒星を喫した27日オリックス戦(京セラドーム)。2番手で7回から登板したルーキー山本一徳投手(23=早大)の投球に胸が熱くなりました。顔は血の気が引き、青白くなっているようにさえ見えました。プロ初登板は、かなりの緊張が伴っていたようです。

 私はプロ野球を担当するのは1年目。山本投手と同じルーキーです。プロ初登板とは比べ物にならないのでしょうが、開幕戦はさすがに緊張しました。だからなのか、どうしても目がいきます。打者を抑えれば心の中で「ヨッシャー」と叫んでしまいますし、打たれれば「大丈夫か」と心配してしまいます。取材時も礼儀正しく対応してくれるからこそ一層、そう思ってしまうのかもしれません。

 知れば知るほど魅力ある投手だと思います。島根・安来高では甲子園未出場。3年時は腰の故障で登板もできませんでした。一浪の末に早大に入学。浪人時代は親元を離れ、新聞奨学生をしていました。早大では3年秋に公式戦デビューしたが、未勝利。大学・社会人ドラフト5巡目で指名を受け、内定していた社会人野球トヨタ自動車に断りを入れ、プロの世界に飛び込みました。キャンプは2軍スタートでしたが、紅白戦の好投で1軍昇格。オープン戦でも勝負強さを発揮し、開幕1軍切符をつかみました。

 開幕戦前日23日の練習中。厚沢投手コーチが山本投手にかけた一言が印象的でした。「ひそかにすごいな、お前」。昨年のドラフトで入団した投手は7人。その中で1軍にいるのは山本投手だけです。だから思います。1年目の星、ガンバレ!と。

March 28, 2007 01:11 PM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (3)

2007年03月26日

「寮長」菅野氏の訃報(ふほう):高山通史

 日本ハムの07年が始まった。千葉マリンでの開幕カード2試合、ロッテ戦が終わった。ともに引き分け。内容のある、面白い試合だった。ただ何か、気持ちは乗り切れなかった。そんな時は、なかなか原稿が書けない。サラリーマンとしてはあってはいけないことだが、よく記者たちの間で表す「筆が乗らない」状態だった。あの昨季の感動的な終盤戦の印象が強いからなのか。新庄がいなくなって、初めてのシーズンだからなのか。千葉から東京へと移動する電車の中、考え込んでしまった。

 様々な要素が複雑に絡んでいるのだろうが、思い当たることが1つ。22日の開幕2日前の練習中だった。鎌ケ谷の2軍の「勇翔寮」の寮長だった菅野光夫氏の訃報(ふほう)が飛び込んできた、ことだった。

 いろいろと報道されている各選手たちの悼む言葉の数々が、人柄を物語っている。報道陣も「寮長」と呼んで、慕っていた。寮の前で選手の出待ちをしていれば「誰を取材したいの」と聞き、寮に不在かどうか、練習があと何時間くらいで終わりそうかなど、教えてくれた。球場事務所の終業時間を過ぎても記者室で原稿を書き、締め切りに間に合わないと、焦っていると特別に時間を「延長」してくれた。記者が特別に間違った取材のやり方をすれば、容赦なく怒られた。

 厳しい人だった。だが“人を見て”接するような方ではなかった。選手に対してもそうだったが、誰に対しても「寮長」は筋が通っていた。間違っていたことをすれば怒る、人が困っていれば助ける。練習態度がふまじめに見えた選手を呼び出し、こんこんと説教をしたという話を何度も聞いた。陽が1年目のキャンプへ出発する時、移動用のバッグがないと騒いでいると、自分の「ルイヴィトン」のバッグを惜しげもなく貸した。言動すべてに、愛情があった。

 そんな「寮長」の人柄を表す、一言が胸に残っている。順調に主力選手への道を歩んできた、それほど2軍暮らしの経験がないはずの金子誠は、こう言った。「菅野さんには僕が一番、世話になったと思う」。たぶん、そう思っているのは金子だけではないのだろう。誰もが、自分が「一番-」と思うほどの接し方をされてきたのだろうと。今季、一気に若返りを図っているチーム。いつか昨季のような快挙を遂げた時には「寮長」の存在があったことを、きっと思い出すだろう。

March 26, 2007 11:04 AM 投稿者:高山通史 | トラックバック (2)

2007年03月22日

日本ハム版「バッテリー」いつの日か…:北尾洋徳

 先週このブログでダルビッシュ有投手と今成亮太捕手のことを書きました。個人的には、開幕戦でこの若いバッテリーを見たかったのですが、今成捕手が2軍に降格してしまいました。プロ初の開幕1軍に、あと1週間で手が届くところ。本人にとっては、とてもつらい宣告だったと思います。

 今成捕手の成長した姿を見ました。21日、2軍本拠地の千葉・鎌ケ谷で行われたイースタン教育リーグ巨人戦を取材しました。試合前のブルペン。今成捕手が高卒ルーキーの植村祐介投手に身ぶり手ぶりを交えて、熱心にアドバイスしていました。年齢は1つしか変わらないのに、とても大人に見えました。「学んだことを伝えていかないといけないと思うので」。オープン戦でダルビッシュ投手、八木智哉投手らの球を直に受け、感じたことを生かしていました。

 まだまだ成長すると感じました。この日は鶴岡慎也捕手が1回から9回までマスクをかぶり、今成捕手の出番はありませんでした。ベンチ横のボールボーイのいすに座り、試合を観戦していました。その手には1冊のノートが握られていました。どんなことでも吸収しようという、どん欲さが感じられました。

 春季キャンプ、オープン戦を通じて1軍を争った約1カ月半。自信をつけた一方で、2軍降格にはかなり苦い思いを味わったようです。「残念だったけど、良い経験ができたのでは」。そう訪ねると明るく答えが返ってきました。「まだ早かったってことじゃないですか」。口元は笑っていましたが、目は真剣でした。その悔しさを忘れなければ1軍昇格も、そう遠くないうちに…。そんな期待を抱かずにはいられませんでした。

March 22, 2007 04:01 AM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (2)

2007年03月19日

体感できるファンサービスを:高山通史

 パ・リーグ開幕まであと5日。19日、遠征へと向かう機内でこのブログを書いている。選手たちと同じチーム便に同乗した。糸井、ルーキー金子洋、昨季途中で1軍に初昇格した稲田らとあいさつを交わした。搭乗ロビーで選手を取材するため、その姿を探すのも仕事の1つ。昨季までなら新庄氏、小笠原を真っ先に目で追っていた。一緒に取材をする担当記者の顔触れも違う。あらためて今季、チームが変わったのだと感じた。

 球団にとっては大切な1年になる。本拠地を札幌へ移して4年目。昨季は奇跡的ともいえる快進撃で、終盤戦の札幌ドームは連日、超満員だった。ただ今、記憶に残っているのはそんな衝撃的なシーンだけ。実はシーズン序盤から中盤にかけては、スタンドがガラガラの日も少なくなかった。新庄氏が何かパフォーマンスをやると予告すれば、ほぼ満員になったが、それ以外は決してそうではなかった。あの熱狂的な一体感は、1年の大部分ではなく一部だった。

 チームが強いから、引退を宣言していた新庄がいたから、小笠原が打ちまくったから…。不確定ともいえるそんな要素が昨季、少なからずさまざまな側面でプラスに作用してきたのだろう。いい流れができ、今季がスタートする。それをうまく受け継ぎ、つなげていけることができるのか。確固たる球団、チームカラーを築いていくことができるのか。反動は必ずあるだろうが、それをどう次へのパワー、きっかけへと変えていけるのか。今年は本拠地移転元年に続く大きな分岐点だと思う。

 日本ハムは「ファンサービス・ファースト」という球団理念を掲げている。30日からの札幌ドーム開幕戦で「超満員大作戦! 07~北海道開幕戦~」と銘打ち、数種類の開幕記念イベントを実施する。ただ、その企画は球団スポンサーが絡んでいる物、手が込みすぎて分からない物が多い気がする。もちろん日本ハムファンなら喜ぶ物もあるが、個人的な価値観ではどこへ向けて行おうとしているのか、見えてこない。もちろん集客という大きな目的があるのは理解できる。だがその延長線上にあるはずの「ファン」に焦点が合っていると、あくまで私見だが思えない。

 ファンは球場へ、何を求めに来るのか。「野球」であり「日本ハム」を、またお目当ての選手を見に来るのだ。開幕イベントで駅員さんがユニホームを着ても、タクシーにステッカーを配布しても、スーパーでパネル展を開催しても…。たぶんそれで開幕を実感する、イベントとして楽しみにする人はいないだろう。24日の開幕戦の相手ロッテは有名OBが始球式をし、有名歌手が君が代を独唱。「ファンが考えたオープニング演出」を行い、「ハムを食う、開幕弁当」を発売し、「3万本の開幕戦限定フラッグ」を配るという。

 すべて「野球」にシンプルな付加価値をつけただけ。すべて球場に来れば、ファンが体感、実感できるものばかりだ。日本ハムよりも、球場へ来るファンへ向けて焦点が合っている。日本ハムは球団、選手グッズに関してもそう。北海道移転と同時に球団の「ブランド・イメージ」を大切にする戦略をとり、ある程度の規制の中で製作されている。イメージを壊さないために、ファンが本当に欲している物が作られていない可能性もあるのだ。

 昨季、ユニホームを着た選手たちは、これまでの球団の既成概念、イメージを覆すような快挙を遂げた。さまざまなファンとの距離をグッと近づけた。あまり活字、記事にはならない。だがこの春は、球団サイドの「変化」にも注目している。

March 19, 2007 01:01 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (2)

2007年03月15日

日本ハム版小説「バッテリー」に注目:北尾洋徳

 最近、ある小説を文庫本で読んでいます。96年に児童書として刊行された「バッテリー」(あさのあつこ著)。10日から映画が全国東宝系で公開になった話題作です。現在、発刊されているのは「1」~「5」。主人公「原田巧」と同級生で捕手の「永倉豪」、それを取り巻く周囲の人々との関係にワクワクしながら読み進めています。

 書店で手を伸ばしたのはダルビッシュ有投手と作者あさのあつこ氏が対談したのを記事にしたことが、きっかけでした。ダルビッシュ投手の第一声は「自分に似ている」だったそう。原稿を確認した弊社のAデスクも「本当に似ているんだよ。お前が読んでいれば主人公とダルを、もっと引っかけた面白い文章が書けただろうに」と残念そうに言っていました。

 確かにダルビッシュ投手と原田巧のイメージは重なります。そして、もう1人。オープン戦を通し、私の中で永倉豪と今成亮太捕手が結び付きました。今季、ダルビッシュ投手が登板した3試合中、紅白戦と10日横浜とのオープン戦の2試合でマスクをかぶりました。ともに要所でショートバウンドした変化球を体を張って後逸を阻止。その必死な姿をダルビッシュ投手はマウンドから拍手で称賛しました。

 横浜戦で2人は1回終了後に険しい顔で意見を交わし合いました。今成捕手は「もっとインコースを突きましょうとか、球場が狭いので低めに集めましょう、と話していた。ダルさんは(意見を)聞いてくれるので」と振り返りました。試合後にダルビッシュ投手は「(直球と変化球の比率は)今成に任せていた。うまくリードしてくれた」と感謝を表しました。

 今成捕手は開幕1軍へ向けて必死です。ここまでオープン戦7試合で13打数4安打3打点1本塁打、打率3割8厘(14日時点)。現在1軍の捕手で唯一の左打者として打撃面からもアピールを続けています。捕手としても、キャンプ中から中嶋聡選手兼任バッテリーコーチに指導され、学んだ点をノートに書き込んでいます。

 中嶋、高橋信二、鶴岡慎也の3捕手に食い込むのは、相当難しいことに思えます。しかし「このままいけば…」と可能性を大きく感じさせてくれる存在です。ダルビッシュ投手と原田巧、今成捕手と永倉豪-。小説から飛び出したような「バッテリー」に注目しています。

March 15, 2007 04:38 AM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (0)

2007年03月12日

ひちょりの原点「神宮球場」:高山通史

 いろいろな意味での原点で、開幕への思いを強くしていました。12日、雨天中止になったヤクルト戦。室内練習場を出て神宮球場の外周を歩きながら、ひちょりを取材しました。「懐かしいですね。高校の時、ここで試合をしていましたから」。東京出身、帝京時代は甲子園出場への最終関門、プロ入りへのきっかけにもなったのが、この球場。長い、長い14泊15日、関西~四国~関西と渡り歩いた遠征を終え、ようやく総仕上げの関東遠征に突入しました。ひちょりの気持ちを高ぶらせる、聖地が神宮。いろいろな思いを語ってくれました。

 「あの時。見ていてくれましたか?」。感慨深そうな表情で切り出した、何げない一言から神宮への思い入れが伝わってきました。昨年7月のオールスター第1戦。監督推薦で初選出されました。引退を決めていた新庄氏と最初で最後の晴れ舞台。試合前のイベントで頭部を緑色にペイントし、触角のような物を2本着けて登場したのです。「ピッコロ大魔王」にふんし、一気に注目の的に。全国のファンへ、日本ハムに、ひちょりあり-を印象づけた、第1歩がこの神宮だったのです。

 翌日の宮崎の第2戦では本塁打&ホームスチールを決め、またもカッパに見えるようなドーナツ型のカツラをかぶりプレー、パフォーマンスを敢行。そして、さらにダメ押しが、オールスター明けの後半戦初戦の楽天戦。プロ初のサヨナラ打を放ち、一気に大ブレークをするきっかけにしたのです。「あのサヨナラヒットが大きかった。『森本って何をするんだろう』って、みんなに思ってもらえたと思うから」。自らプロ野球人生のポイント、分岐点ともいえる経験をしたのが、この神宮からだったのです。

 日本ハムは98年、ドラフト4位で当時遊撃手だった、ひちょりを指名しました。松坂世代の中では、それほど目立つ存在ではありませんでした。でもなぜ、指名に踏み切ったのか。当時の担当スカウトの1人、山田シニアディレクターに聞いたことがあります。

 主将を務めていた高校3年時のある練習を視察にいったそうです。同校グラウンドに隣接する病院の屋上から性格分析などのために、練習以外の行動をチェックしたそうです。すると誰よりも、後輩よりも早く練習場へ来て、たった1人で黙々と水をグラウンドへまいていたそうです。全員が練習しやすいようにと一生懸命に周囲へ尽くす、そんな献身的な姿を見たことが、指名を決意した1つの理由だったそうです。

 昨季も、そういえばそうだったと思います。後継者に期待した新庄氏に応えようと、一生懸命に勇気を振り絞って数々のパフォーマンスをしていたように思えます。自分のため-という思いと同時に、そちらへ向いている気持ちも大きかったのだろうと個人的に推測します。でも、今年は違う。たった1人で、ファン、チームのために行動をしなければいけない立場にいます。チームリーダー候補の1人です。パフォーマンスがすべてではありませんが、プレーでも、ひちょりのオリジナリティーを発揮することができるのか。ポスト新庄とされてはいますが、ひちょりの個性を生かしていくには「脱・新庄」も今季のテーマの1つになってくると思います。

 春満開が近い東京、原点の神宮で聞いた「今、勝手にテンションが上がっています」という言葉。開幕後にその高ぶっている思いを、どのように形にしていくのか。また新しい原点を、どこかで見つけてくれたらと期待をしています。

March 12, 2007 12:57 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2007年03月08日

ダルビッシュvs小笠原:北尾洋徳

 仕事を忘れたいと思いました。3月1日、札幌ドームで行われた巨人とのオープン戦。日本ハム・ダルビッシュ有投手(20)が巨人小笠原道大内野手(33)と対戦しました。詰め掛けた観衆は2万4592人。この勝負を見たくて、胸を高ぶらせ、もしかしたら前夜はうずうずして眠れずに、球場に足を運んだ人も多かったに違いありません。私もそんな1人でした。

 待ちわびた場面は初回に訪れました。1死一塁。打席に小笠原を迎えると、ダルビッシュの周りの空気感と言えばいいのでしょうか、雰囲気が確かに変わったように思えました。初球149キロの直球を、ほぼ真ん中に投げ込みました。2、3球目も149キロ。そして4球目。3月のこの時期、さらには今季初の対外試合登板で自己最速153キロに3キロ差に迫る150キロを記録しました。

 なぜ力と力の勝負に引かれるのでしょうか? 結果は小笠原が技ありの中前安打。球速以上に1球1球、威力を増すストレートに興奮していただけに、打たれた6球目に選ばれたスライダーに少し残念な気持ちになりました。「変化球が投げたいと思っていたので(捕手の高橋のサインとも)息が合っていました」とダルビッシュ。確かに打ち取るためには変化球も必要です。それでも直球で押し続けて欲しかったと思ったのは、私1人ではなかったはずです。

 シーズンに入れば、そんなことも言ってられません。あくまで優先されるのはチームの勝利なのですから。それでも、どこかで期待してしまいます。金田対長嶋、江夏対王、松坂対イチロー…。昔から名勝負と呼ばれる対決は真っ向勝負で彩られてきました。ダルビッシュ対小笠原。新たな名勝負。再戦は早ければ5月22日、札幌ドームで実現します。

March 8, 2007 10:43 AM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (0)

2007年03月05日

背番号2の後継者は:高山通史

 その時が来るまでは、どういう反応があるのか予想はできませんでした。3月1日の巨人とのオープン戦。昨季までの看板選手、小笠原が巨人のユニホームを着て札幌ドームへ登場しました。打席に入る時、拍手で迎えるのか、はたまたブーイングが起きるのか-。どうなんだろう。どちらなのか、予想さえできませんでした。

 さて答えは…。自分自身、個人的な判断で言えば「五分五分」でした。ブーイングは、記者席までは聞こえてきませんでした。ただ、まばらながら拍手は聞こえてきました。観衆約2万5000人のこの試合。スタンドで見ていた方々も戸惑っていたのではないのでしょうか。だから、ほぼ大半の方たちが、どちら寄りでもない「無反応」で迎えた結果だったと思います。

 あの名物応援だったイルカは記者席からの目測で、まだ数匹、揺れてはいました。ただ、あのほほえましいほどに大量に札幌ドームを「泳いで」いたイルカは激減以上に、絶滅寸前でした。試合前のチャンピオンリングの贈呈式。小笠原の姿は、日本ハムナインの列にはありませんでした。キャンプ中から感じてはいましたが、チームが変わった、とあらためて実感したシーンの1つでした。

 今季、現時点で日本ハムの背番号2は空いたまま。野手向きの番号です。もう1つの背番号1は埋まり、後継者と期待のニュースターが登場しています。今キャンプ、オープン戦を通じて野手では、糸井と金子洋、また2年目今成らの若手が結果を残し、1軍生き残りへ必死です。また2軍にも故障で出遅れている川島と陽、鵜久森ら潜在能力の高い選手がひしめいています。

 背番号2=ポスト小笠原ではないですが、来季には受け継ぐにふさわしいバットマンが誕生してもらいたいと考えてしまいました。今秋に入団するルーキーに譲るではなく、大切な背番号を引き継ぐ生え抜き野手が現れるのか。流動的なポジションが昨季まで以上にある今季、奪い取るチャンスは十分にあるはずです。誰がシーズンを通して大ブレークをするのか。ふと、そんなことも考えてしまう1シーンでもありました。

 あくまで余談ですが、ちなみに私。試合前練習中に昨季までのお礼、あいさつをするために「巨人小笠原」と初接触をしました。ついでにと、行きつけだったキャンプ地の名護の焼き肉店で同選手の好物の「上ハラミ」を存分に堪能させていただいたことを伝えました。すると、小笠原から苦笑いで返ってきた言葉は「お前、ケンカ売ってんのか!」。同じように札幌ドームへ今季初登場した私はなぜか、きっちりと強烈な?ブーイングを浴びたのでした。

March 5, 2007 02:18 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (1)