2006年12月26日
担当記者も人事異動の季節:高山通史
オフになって選手を直接取材する機会が少ないので、身内ネタで恐縮です。選手ら球団の「人事」が行われるこの時期は、各新聞社の担当記者も一緒なのです。11、12月がちょうどピーク。今、球場や球団事務所に行けば、選手と職員らに新任、または退任のあいさつをしている姿を必ず見掛けます。ちなみに私は担当4年目の続投が決まっているので、そのシーンを眺めているだけですが…。
日本ハム担当記者の場合、本拠地移転と同時、またはそれ以前から担当していた記者が大半を占めていました。注目の取材対象だった新庄氏が引退したこともあり、タイミング的に今年が担当替えの1つの節目になっています。ある先輩記者は巨人、阪神担当になることが決まりました。年下ながら担当歴では1年先輩の記者はヤクルト担当といった具合に、ライバルのスポーツ紙の記者の方々は「異動」が決まりました。
担当記者間では仕事上ではライバルですが、それ以外ではまるで部活動のような感じもあるのです。どこへ遠征するにも一緒。家族よりも長い時間をともに過ごします。食事の好み、私生活、もちろん性格まで、ある程度はみんなが把握しています。比べようがないですが、ある意味、野球の「チームメート」のような部分もあります。紙面の上ではスクープ記事を「抜いた」、「抜かれた」と日々、一喜一憂する時もありますが、気心の知れた間柄です。
私が正式に日本ハム担当になったのが03年11月1日。千葉・鴨川での秋季キャンプ初日でした。その日のあるライバル紙の1面が「新庄 日本ハム入りへ」。訳も分からないまま取材をするという、怒とうの日々がスタートしたことを思い出します。難題が次々に出てきて、そのまま北海道へ約1カ月も帰ることができなかったことを、この年末、ふと思い出しました。
当時から一緒に取材をした先輩記者の方々が、続々と去っていくことになりました。こんな表面化することはない「人事」でも、来季は日本ハムが生まれ変わるということを実感します。3年前の当時と同じクリスマスの夜。その日と同じようにビジネスホテルの窓から見える「東京タワー」を今年も目にし、ちょっと感傷に浸ってしまいました。来年も心機一転、真っさらな気持ちで、日本ハムを追い掛けていこうと誓う、今日このごろです。
身内ネタで失礼いたしました…。
December 26, 2006 09:59 AM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年12月18日
植村投手に期待:北尾洋徳
プロ野球各球団で新入団選手の発表が続々と行われています。北海道に住む皆さんは、16日に行われた田中将大投手(18=駒大苫小牧高)の楽天入団に特に注目したのではないでしょうか。日本ハムも5日に新入団発表を行い、8選手がプロの世界へ足を踏み入れました。
私事で恐縮ですが、その中の1人にとても思い入れの選手の深い選手がいます。高校生ドラフト3巡目の植村祐介投手(18=北照高)です。まだまだ短い私の記者としてのキャリアですが、節目には必ず植村投手がいました。勝手な思い込みですが、壇上に立つ植村投手に自分を照らし合わせていました。
忘れもしません。私が初めて書いた「優勝原稿」は高校野球、05年春の全道大会でした。決勝のカードは北照-札幌一。5回1死からマウンドに上がった全道初登板の植村投手が、7連続を含む10奪三振で優勝を引き寄せました。最速146キロの直球と縦に大きく落ちるカーブ、自称「ドロップ」を駆使し、躍動する姿に鳥肌が立ちました。興奮しながら原稿を一気に書き上げました。
それから何度、植村投手の原稿を書いたでしょう。心残りは、この夏に駒大苫小牧相手に1安打投球した試合を球場で見られなかったこと。北北海道大会担当で、帯広のホテルでテレビ観戦しました。感心するのはプロ注目と騒がれても、プロ入りが決まっても態度が変わらないところ。明るく、威張らず、おごらず、でも信念は曲げない。年齢は7歳も違いますが、友達感覚(植村投手はどうだか分かりませんが…)で話せたりもします。
だから期待します。1軍で、札幌ドームで、あの強気な投球が見たいと。マウンド上でほえる姿を見せて欲しいと。札幌円山球場を埋めた観客がかたずをのんで視線を注いだ、あの春と同じ興奮を4万3000人に与えてほしいと。植村投手、初勝利の記事を書ける日を楽しみにしています。
December 18, 2006 10:40 AM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (1)
2006年12月11日
豪快なプロ野球選手のお酒の席:高山通史
師走、12月。2006年も、もうすぐ終わりです。忘年会シーズン真っ盛り。日ごろはちょっと寂しいススキノも、この時ばかりは人があふれて活気づきます。今回はちょっとだけ、お酒のお話。外見ではお酒が強そうによく見られますが、決して強くはない私(先日も飲んでいる最中に爆睡…、していました)。それでも仕事柄、頑張って?選手と一緒に食事させていただくこともあります。プロ野球選手の飲み方って知っていますか。数少ない経験談から、個人的な「サプライズ」を振り返ってみます。(選手名は匿名ですみません)
◆30代・中堅A選手(ある地方の郷土料理店にて) ビール2杯。その後はウーロン茶を4、5杯で約3時間。当時はダイエット中とのことで、油物はすべてシャットアウト。一品ずつ、素材に関して栄養素を説明してもらいながらコース料理を一緒に堪能。その豊富な知識に驚き「そうなんですかぁ」と相づちの連発。もちろん、酔えませんでした…。
◆30代・主力選手の集団(ある地方の居酒屋) 地元の人たちが集まるようなお店なのですが、ほかのテーブル、メニューをチェックすると、明らかに別世界。高価な名産牛のすき焼き(しかも大量に…)が登場するなど、メニュー表に載っていない逸品ばかりが目の前に。プロ野球選手って、すごい-。さあ、お会計。いくらかかるんだろう。もちろん下世話な私。そっちの方が興味津々すぎて、酔えませんでした…。
◆30代・ベテラン選手(ある地方の有名鍋料理店) 他紙の記者2人を含めて4人で会食。その大選手が注文をすべて行ってくれたのですが、必ず店員さんには焼き鳥など各種メニューを「あっ、4人前ね」と。鍋を食べる前から、目の前にはどんどん、料理が運ばれてくる。元来、貧乏性なため残してはいけないと、頑張って口に運ぶ。う~ん、満腹と思ったら、ついにボリュームたっぷりの名物鍋が登場だ。もちろん「4人前」。記者3人で頑張って完食すると、その選手は涼しい顔で「雑炊4人前ね!」だ。もう、お酒なんて入る余地が胃袋にはない。もちろん、おなかパンパンで気持ち悪くはなっても、酔えませんでした…。
プロ野球選手って、すごい。お酒の席でも、思ってしまいます。
25年ぶりのパ・リーグ制覇、44年ぶりの日本一。掛け替えのない経験をした1年になりました。ラッキーすぎる、思い出深い年でした。さまざまな出会い、別れもあるのが、この年末。今年は1年間、すごく大切な人との出会いに恵まれたなぁと、しみじみ振り返ってしまう今日このごろ。仕事の上でも2006年、この幸せな思い出はきっと「忘年」することはないでしょう。お酒以外には、どっぷり酔えそうな年末を迎えています。
December 11, 2006 02:13 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (2)
2006年12月03日
新人時代への「原点回帰」:北尾洋徳
契約更改交渉が始まりました。この文章を書いている3日の時点で日本ハムは39人が初交渉を行い、37人が更改。橋本義隆投手、田中賢介内野手、中嶋聡捕手の3人(橋本投手は2度目で更改)が保留しました。金額のことはさておき、交渉の場は選手にとって今季を振り返り、球団に自分自身の意見を述べる貴重な場となっているようです。そんな中、来季へ向けて大きな「配置転換」を希望した選手がいました。
先発をやらせてください-。建山義紀投手は今回の交渉で球団に自身の気持ちを伝えたそうです。交渉後の会見では「決めるのは現場だから」と前置きしながらも「今シーズン中盤から、ずっと思っていた。リリーフもきつくなってきている。だからといって(甘い考えで)通用するとは思っていない」と、はっきり口にしました。今季登板46試合はすべて途中から、04年には最優秀中継ぎのタイトルも取っているだけに正直なところ驚かされました。
発言を受けて調べ、もう1つ驚かされました。1年目99年は15、2年目00年は11試合で先発していました。プロ8年間で28試合。このデータを見て、頭に浮かんでいた来季31歳での「挑戦」という言葉は消え去りました。これは「原点回帰」なのではないかと。
自分に照らして考えてみました。この仕事を始めて3年。取材対象は、日本ハムのように、全国区のものも増えてきました。ただ忘れてはいけないと思っているのは初めて自分が取材に出た、あの日。くしくも日本ハム主催の野球教室でした。取材対象は小学生、10人以上に話を聞いたと思います。ですが、書いた30行の原稿は跡形もなく上司に書き直されました。今、小学生10人に話を聞けるか? 自問自答すると…、強要されなければ無理という結論を下してしまいそうな自分がいて怖いです。
1度築いた”居場所”から移るのは、思っている以上に苦しく厳しいものだと思います。「いばらの道を選ぶことによって投手としての底力も上がるのではないか」。建山投手は「離脱」も味わった今季からはい上がるために、わざと新人時代の気持ちを思いだそうとしたのではないか-。想像し過ぎでしょうか。
そういえば、もう1つ気付いたことがありました。建山投手が今季途中から使っている登場曲、HIP HOP歌手SEAMOの「ルパン・ザ・ファイヤー」。歌詞に、こうあります。「だれかがいないと張り合いない 相手がいてこそ間違いない 身近にゃ素敵なライバル 競い合い互いにハイになる ファイナルステージだ天王山 お前と勝負の演奏さ」。
自ら体力的な問題を口にしただけに、ファイナルステージへ向かう残りの野球人生を思い描いたとしても不思議はないでしょう。「勝負の来季」へ向け、新人時代の自分自身をライバルに、はい上がろうとしているのではないでしょうか。
December 3, 2006 01:08 PM 投稿者:北尾洋徳 | トラックバック (3)
