2006年09月28日
球団と「気持ち」の大きなズレ/新庄番(8):高山通史
本当に泣いたシーンを初めて見ました。新庄選手があらためて、引退宣言をしました。27日の札幌ドーム。レギュラーシーズン最終戦で、プレーオフ1位進出を決めた直後でした。球場内が暗くなり、新庄選手が自ら考えたセレモニーが始まりました。両親と一緒に撮った6歳時の「新庄少年」の写真に始まり、これまでの軌跡が映像で流されました。その間、場内は静まり返っていました。
映像が終わると、グラウンドの真ん中にたたずんでいた新庄選手は、プロ入りから使い続けたグラブをそっと置き、首から下げていた赤いタオル、リストバンドを外して同じようにそばへ添えました。最後には、この日限定で変更した背番号「63」のユニホームを脱ぎました。紙面に紹介した通りのメッセージをファンへ贈り、ひとまず区切りをつけました。その後、ベンチへの去り際に涙を見せました。
ドラマチックなセレモニーで、ただ1つ残念だったのは「球団主導」ではなかったということ。いまだにシーズン終了後に慰留に努めるとしており、新庄選手の引退する意思を受け入れていないのです。そのため球団は、試合後にセレモニーを行うことを認めているにもかかわらず、引退は認めていない。ファンへの告知も球団を通じてはできないなど矛盾だらけです。新庄選手の「花道」を、しっかりとつくってあげることができなかったのです。
引退の意思が固いことを一番知っているはずなのに、なぜ、いまだに引き留めるとか慰留とか言えるのでしょうか。新庄選手はこの日の試合前、ファン約15万人の引退撤回を求める署名を受け取りました。その時に記念のサインをしていると、あるファンから「北海道に残るって書かないの?」と問われ、こう答えました。「気持ちだけ置いていきます」。そんな決意をあらためて感じていた試合でした。それだけに新庄選手と球団見解、その「気持ち」の大きなズレを間近で感じ、違った意味で寂しくなってしまった1日にもなりました。
September 28, 2006 01:18 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月25日
引退セレモニーはあってもいい/新庄番(7):高山通史
新庄選手の「こんなシーンを見られたらいいな」と思ってしまいました。24日ロッテ戦。試合後、千葉マリンスタジアムではその日で現役生活を終える諸積選手の引退セレモニーが行われました。ちょっとだけ日本ハムの取材をそっちのけ? で、感動的な光景に見入ってしまいました。場内1周の時にはファン手作りの紙吹雪が舞ったのです。一瞬、諸積選手の体が見えなくなるほどの量でした。最後には快晴にもかかわらず、得意技の雨中のヘッドスライディングを演出。球場全体が盛り上がり、感動的でした。
ふと、そんな時に頭に浮かんだのが新庄選手のことです。諸積選手には失礼だとは思いますが(ロッテファンの皆さん、すみません)、きっとさらに多くのファンに愛されています。ですが、新庄選手本人は球団主導の儀礼的なセレモニーは嫌がっているようで、27日のレギュラーシーズン最終戦のソフトバンク戦。プレーオフ3位進出なら、札幌ドームのラストゲームになるかもしれませんが、何も用意はされていないようです。
引退の決意は固いようなので、翻意することはないでしょう。しかし、新庄選手発の何らかのサプライズはある可能性が高いんです。それでも球団、ファンサイドから仕掛ける、心温まる、何かがあってもいいのではないか、と。諸積選手の最後は、ちょっと涙が込み上げてしまいそうになるいいシーンでした。
球団、ファンの手作り感あふれる、すてきなお別れのセレモニーも見てみたいと感じます。やはり、それに値する、ふさわしい選手だと思いますから…。
September 25, 2006 01:16 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月21日
最後の日が近づいているという実感/新庄番(6):高山通史
新庄選手との初対面の時を最近、たまに思い出すことがあります。このコラムを書いている9月21日の時点で、今季レギュラーシーズンは残り4試合。その後にプレーオフ、勝ち進めば日本シリーズがあります。ですが、新庄選手がプレーする、すなわち私にとっては取材する最後の日が、少しずつ近づいています。個人的にも1つの仕事の節目になるカウントダウンは始まっているのです。
その思い出す出来事とは04年2月1日、沖縄・名護キャンプ初日でのことです。大フィーバーの中、日本ハムのユニホームを着ての初練習が終了。その後、宿舎のホテルロビーで記者会見が行われました。その終了後でした。日本ハムの各社担当記者が名刺を手に、新庄選手の前に列をつくり、1人ずつ社名と名前を名乗り「○○新聞社の○○です。よろしくお願いします」とあいさつした後のことです。
今や代名詞にもなった「サプライズ」ですが、担当記者にとっては、この時が1発目。約20枚ほどあったでしょうか、その名刺の束。新庄選手はていねいにすべて受け取った後、何とトランプのようにいきなりシャッフルしだしたのです。もちろん順番はバラバラに。そして最後に一言、「もう誰か分かんな~い」。私を含めた記者たちは何が起こったのか一同、あ然…。何しろ、これが初めての接触だったのですから。
この後は、ファンの皆さんも知っての通り3年間があっという間に過ぎ、もうすぐ終わりが見えてきました。3年間、ほぼ追い掛けてきましたし、今年は1月のハワイ自主トレにも会社に無理を言って行かせてもらいました。練習の合間に、ごくたまには話し掛けてもらうこともあります。名前までは厳しいかもしれないが、顔ぐらいは少し覚えてもらえているだろう…。そんな、ささやかなプラス思考の自問自答を繰り返すのは、担当記者としてちょっと恥ずかしいですが。
しかし、すべてにつかみどころがなかった新庄選手を取材する日々のゴールが近いことだけは実感する、ちょっと寂しい毎日ですから、ふとあの時の思い出が浮かんでしまうのです。
September 21, 2006 01:14 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月19日
ベンチのど真ん中の「指定席」/新庄番(5):高山通史
新庄選手には、試合前にチームの誰よりも早く行わなければならない儀式があります。ファンの方なら知っている人も多いでしょう。まるでお花見のように「場所取り」をしているのです。試合前のベンチのど真ん中に、ほぼ必ずといっていいほど真っ赤な大きなバスタオルが置いてあるのです。
ホームゲームの札幌ドームの場合は、ビジターチームより先に行われる試合前練習後。敵地の場合では、球場入りすると、ほぼ最初にバスタオルを置いてから練習をスタートします。体のケアのため、いつもより長くロッカー室にいる場合は、チームマネジャーや専属広報がその仕事を「代行」することもあります。
なぜか? スタンドのファンから一番見えやすい位置というのが、周囲から聞いた説です。試合中にベンチにいる時も、そのタオルを首から掛けていることが多いんです。距離がある外野席のファンからも、すぐに自分の位置を知ってもらうことができる「目印」がバスタオル。ベンチの真上は無理ですが、なるべく360度に近くスタンドから自分が見えるようにしたいという配慮から「ど真ん中」なのです。
北海道のファン、敵地のファンも自分見たさに足を運ぶ人も多いはず。新庄選手流の小さな気遣い、こだわりなのです。私自身は最初は不思議に思っていた行動で、しかもチームメートも訳も分からず、そのベンチのど真ん中に座っていたこともあります。ですが、今や誰もそのスペースに不法侵入しようとする選手はいません。新庄選手がファンを少しでも楽しませよう、満足させようという思いが詰まった「指定席」だからです。
September 19, 2006 01:12 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月18日
「目指せ てっぺん」:上野耕太郎
しかし、強い。ロッテ戦で3連勝した17日にこのブログを書いている。負ける気がまったくしない。
試合前の練習で感じたことがある。選手の顔にプレッシャーがないのだ。稲葉らが準備運動中に形態模写でみんなを笑わせる。取材陣がここ2週間で倍くらいの数になった。周囲の変化も気にしていない。稲葉は「緊張なんてありませんよ。日本一を他の選手に伝授? いえいえ、逆に僕はプレーオフを経験していないので、その短期決戦のやり方を聞きたいくらいです」と言う。小笠原も毎日、同じメニューを同じ表情でこなす。引退を表明している新庄も何1つ変わらない。センチメンタルな気分を表に出すこともない。
8月中旬から「目指せ てっぺん」と書かれた土産物がベンチの片隅に置いてある。富士山の土産物店で購入したファンが小笠原へプレゼントしたものだ。縁起のいい置物が功を奏したのかは分からないが…。それをベンチに飾った8月12日のロッテ戦以降、チームは9月17日現在で22勝6敗。最近、負けた試合の記事を全然書いていないなと思ったら、圧倒的な数字を残している。このまま普段着の野球を続けることができたなら。本当に「てっぺん」まで駆け上がりそうな気がしてならない。
September 18, 2006 09:51 AM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (6)
2006年09月14日
真っ赤に染めて号泣させよう/新庄番(4):高山通史
混パが続く中で、ひっそりと新庄選手の「引退セレモニー」の仕掛け、準備がスタートしました。9月12日西武戦から札幌ドームなどで「SHINJOプレミアム レッドTシャツ」が発売されました。これはプロ野球人生最後になる可能性が高い「新庄グッズ」です。
実はこれ、新庄選手からファンへ向けた「手紙」だったのです。英文で胸元には「最後の感謝」、そして「おれはファンのためにいつまでもスーパースターでいるよ。みんなの思い出の中に生き続ける」と記されています。しかも、もう1つ意味があります。真っ赤なこのTシャツが、周囲の関係者が最後に仕掛けたサプライズです。
狙いは新庄選手への「逆サプライズ」。このTシャツをきっかけに、同27日札幌ドームのレギュラーシーズン最終戦・ソフトバンク戦を真っ赤に染めようというものです。プレーオフ進出は決定しています。ですが、本拠地でプレーするのは最後になるかもしれない一戦になります。だからこそ、ファンの力、民意で真っ赤に染めてほしいという仕掛けなのです。このTシャツはあくまでも布石で、タンクトップでもトレーナーでも、とにかく赤いものを着用してその日だけは球場に来てほしい、という周囲の願いが込められています。
しかも、新庄選手は引退試合など仰々しいセレモニーに関しては辞退する意向であるとも聞きます。それだけにラストになるかもしれない北海道での試合で、ファンの力で、真っ赤に染まる「新庄ドーム」をプレゼントしようという周囲の関係者の希望なのです。
「あいつ(新庄)を泣かしたい」。周りがそう考え、静かに、さりげなくスタートしたプロジェクトは成功するのでしょうか。個人的にも真っ赤なスタンドを見てみたい。ファンの皆さんも、新庄選手に対する「最後の感謝」を体全体に表してほしいと思います。人前でなかなか涙を見せない新庄選手を号泣させるには、大きなパワーが必要です。
September 14, 2006 01:30 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (2)
2006年09月11日
引退撤回の声もあるけれど/新庄番(3):高山通史
新庄選手の引退撤回を求めるファンの動きが、ここにきて大きくなっています。先日も温かみある博多弁で、報道陣に対して訴えてくる人がいました。「あいつを、何とかできんですかねえ。報道陣の皆さんも考えてくださいよ」。新庄の母校である福岡・西日本短大付高野球部の西村慎太郎監督(34)でした。
高校時代のチームメート。2年前の夏の甲子園出場時には、差し入れとしてバスをプレゼントしてもらったこともあります。9月7日ソフトバンク戦(福岡ヤフードーム)の試合前、新庄を激励に訪れました。本当に辞めるのかと聞くと、新庄選手は「あれだけ辞める言うとって、辞めんわけなかろうが」などと答えたといいます。
「やっぱ寂しいですからねえ」。引退する固い意志を感じ、報道陣に良いアイデアはないかと提案してきたのです。ただ、その後に「(引退撤回は)もうないでしょうね。あいつのことやからですね」と自分に言い聞かせるように話したのが印象的でした。
今、北海道内ではファン主導での署名活動などさまざまな動きが起きています。引退しないでほしい、と思うファンが行動を起こしています。それだけ、新庄選手はファンに求められ、引退を惜しまれているんです。ですが、もし引退を撤回して来季も現役を続行したらと想像すると、新庄選手には良いことではないと思います。批判の声も出るだろうし、常にまた「引退」の2文字が付きまとう、決してプレーに集中できる環境ではないでしょう。
日本ハムはプレーオフへ進出することが決まりました。レギュラーシーズン後もまだ、その勇姿を見ることができます。私は事実を受け止め、最後の散り際をワクワクしながらしっかり目に焼き付けたいと思うのです。日本シリーズへ進んで、その相手が阪神なら、何てドラマなんだろうと想像する方が、楽しいから。
September 11, 2006 01:10 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月08日
「W武田」の存在感:上野耕太郎
日本ハムの「W武田」の存在感をあらためて思い知った。7日のソフトバンク戦だ。まずは武田勝だ。左手の骨折後、約2カ月ぶりの先発。中3日での登板は1勝1敗で迎えた2位ソフトバンクとの大一番だった。この日、昨年まで所属したシダックスの廃部が決まった。試合前の表情がいつもと違っていた。個人的にはチームでもっとも腰の低い選手だと思う。表情が柔らかく、失礼かもしれないがスーツ姿はサラリーマンにしか見えない。そんな男がこの日、少しだけ張りつめた空気を漂わせていた。
7回途中でマウンドを降りたが、被安打4の1失点で4勝目を挙げた。ソフトバンク打線を完全にほんろうした。試合後のコメントに強い思いが込められていた。
「自分の力で何もすることができない。一緒にやってきた仲間に勇気を与えたい」。
この日の最速は135キロ。シュートとスライダー、そして落ちるチェンジアップで凡打の山を築く。どんな状況でも自分のスタイルは崩さない。直球で押してみたり、いい格好をしようという所は一切なかった。攻めるときは攻め、抜くときは抜く。
薄っぺらい言葉だが「男だなぁ」と素直に頭が下がった。男気とかたくましくとか…、そういうのではない。みんなから腰が低すぎると言われようと、緊張しすぎと言われようと関係ない。自分らしく虚勢を張らず、淡々と仕事をやり遂げる。あるセ・リーグの監督がぶぜんとした表情でこう言った。「何であの球が打てないんだ」。その監督はかつて天才と言われた。プロ中のプロにも、そう見えてしまう投球。逆に武田勝のすごみを感じるエピソードだ。
一方の武田久も輝いていた。2番手で登板し、打者5人で4奪三振。まったく付け入るすきを与えなかった。68年森安のシーズン67登板という記録にも並んだ。この2人は同じ年だ。普段も一緒にいることが多い。勝が「静」なら久は「動」という印象だ。武田久はどんな状況でも愚痴も弱音は絶対に吐かない。童顔だが、物おじせず堂々としている。
今季のチームの好成績の要因に武田久の存在は欠かせない。彼も武田勝と同じにおいを持つ。謙虚で自分の仕事を全うしようとする。打たれても抑え込んでも試合後にほとんど、表情を変えない。気持ちの振り幅を小さくすることが調子の波を作らない。それが彼の持論だ。
そんな2人を見ていると、気が付くことがある。怒鳴り散らしたり不機嫌になってみたり、過度に喜んでみたり-。喜怒哀楽を過剰に表すことは、自分を小さくしてしまう行為なのではないかと。胸に熱いものをしまい込みながら、淡々と1歩ずつ前に進むことが、どれほど大切かと思い知らされた日だった。
September 8, 2006 11:23 AM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (3)
2006年09月07日
終盤の大活躍を信じたい/新庄番(2):高山通史
ちょっと気になります。新庄選手、最近元気がないんです。9月3日西武戦は欠場、同5日ソフトバンク戦は途中出場。試合前練習で様子を見ていても、何かちょっと物足りない…。ファンの皆さんも球場で、またはテレビでプレーする姿を見ていて、そう思っている人もいるのではないのでしょうか。
体も満身創痍(そうい)の状態ですが、一番は気持ちの部分が大きいのではないかと思います。4月に引退を表明。本人は胸の内を報道陣に明かすことはありませんが、新庄と親しい人たちからは「毎試合、引退興行のつもりでやっている」などと聞きます。
緊張状態で常に自分に重圧をかけて…。野球以外でもいろいろなことと闘い続けて、ここまできました。しかも、チームはプレーオフのシーズン1位通過も狙える絶好の位置。「オレがやらなきゃ」という責任感が人一倍強い新庄選手のことですから、相当負荷がかかっているのだと思います。
ただ1つ、変化がありました。先発からは外れましたが、5日ソフトバンク戦の試合前練習のこと。01年メッツ時代に新庄選手の通訳を務めた現ヒルマン監督付きの岩本賢一通訳がポツリと漏らしました。打撃練習シーンを見て「これから打ちますよ」と。大活躍した04年終盤のように体の力が抜け、無理のないフォーム、自然体でバットを振っている姿を見て確信したそうです。
打線全体は元気ですが、新庄選手はちょっと元気がありません。救世主のように現れた「予言者」の言葉を信じてみようと思います。
September 7, 2006 01:08 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)
2006年09月04日
お立ち台に「新庄ルール」/新庄番(1):高山通史
新庄選手が電撃的な引退発表をしてから約5カ月。レギュラーシーズンは残り1カ月を切り、日本ハムがプレーオフへ進めば、まだその勇姿を見る機会はあります。ですが、ユニホームを脱ぐ時は確実に近づいています。担当記者としては「同期入団」のため、少し寂しさを感じている今年の秋。引退までの短い間ですが、少しでも新庄選手を知ってもらえるよう、今回ブログをスタートしますのでよろしくお願いします。
いきなりですが、皆さん知っていますか? 日本ハム内の一部に厳しい暗黙の「新庄ルール」があることを。チームが絶好調の今季、よく目にするあのシーンです。勝利した試合後の本拠地ならお立ち台、敵地ではヒーローインタビューってありますよね。アナウンサーがマイクを持ち「放送席、放送席」と定型句の呼び掛けから始まる、あのインタビューです。
アナウンサーが「放送席…」なら、選手の決まり文句は質問に対して「そうですね」と相づちを打つこと。そこから返答することが多いですよね。ちょっと注意して聞いてみてください。本当に、かなりの頻度でそうなっていますから。
実は、新庄選手は日本ハム1年目の04年途中で、一部のチームメートに「そうですね禁止令」を出しているのです。しかも、そう伝えている選手の時は映画監督さながらにベンチで足を組み、インタビューシーンを厳しくチェック。万が一「そうですね」と言ってしまった場合には、内容は定かではないですが、ペナルティーもあったようですよ。04年の守護神・横山投手なんて苦し紛れ? に「北海道が大好きだ!」なんて絶叫したこともあったぐらいですから。
今でも試合後、新庄選手はお立ち台の様子を見届けてからロッカー室へ消えることが多いんです。しかも、ほかの選手のトークを聞いて爆笑したり、拍手したりと本当にうれしそうに。だから、日本ハム選手は格段に、受け答えがうまいような気がします。今シーズンは残り何回、そんなシーンを見られるのでしょうか。新庄選手が残している無形の遺産にも、ちょっと注目してみてください。
September 4, 2006 01:04 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (9)
