2006年04月28日

新庄引退発言の舞台裏(その2):高山通史

 前回の衝撃的な引退宣言の舞台裏の続きです。7回、新庄選手にこの日2本目となる満塁ホームランが飛び出しました。だがベンチへ戻っても笑顔はなく、思い詰めたような表情。また直後に守備位置に就く時、ファンからコールを受けると同じように一礼をしました。何かが変…という思いは、ほぼ確信へと変わりました。現場では各紙担当記者らが「これマジだな」などとバタバタ。試合中に記者を1人、現場へ補充する社もあるなどパニック状態でした。

 9回、オリックス最後の攻撃。試合終了と同時にグラウンドへ飛び出し、その姿を追います。チームメートとハイタッチを終えた後、1人、ベンチに残っていました。肩から真っ赤な長いタオルを掛け、カメラの放列に背中を向けた、その時でした。目頭の付近を両手でぬぐってから、お立ち台へと神妙な顔つきで歩いていきました。

 新庄選手にとって04年9月、あの「幻のサヨナラ満塁弾」以来のヒーローインタビューです。何かある…。お立ち台のインタビュアーを務めた村瀬美希フリーアナウンサーに、そっと耳打ち。「今日はオレが1人でしゃべるから」。試合中に異変を知っていた同アナは事前に上司から「引退宣言をするなら、そのようにしてもらえばいい」と指示を受けていたそうです。そして、あの突然の引退表明でした。

 その後、ごった返す報道陣に対して、東京ドームのイベントルームで記者会見を開催。約20分間と長くなっても、新庄選手は「もう最後かもしれないから、何かありますか? 」と自分から質問を要求していました。冗談を飛ばすシーンもありましたが、いつもと違い、言葉を選びながら、ゆっくりとかみ締めるように話した姿が印象的でした。時には目が潤んでいるように見える場面も。新庄選手の足元はサンダルでしたが、その場の空気は厳かなものでした。

 メジャーから日本復帰、そして日本ハムに入団した新庄選手とともに始まった、私自身の野球担当としての生活。偉大な選手のそばにいられた、という感謝の思いを込め、新庄選手のラストスパートを追っていきたいと思っています。

April 28, 2006 11:09 AM 投稿者:高山通史 | トラックバック (4)

2006年04月25日

清原に死球を与えてしまったダルビッシュ:上野耕太郎

 前回の日記で金村のマウンドでの暴行を書いた。その後、再び死球をめぐる問題が起こった。20日オリックス戦、ダルビッシュが初回、清原に死球を与えた。清原が翌日に怒りの声明を出し、波紋を広げたのは記憶に新しい。

 この発言については是非もあるだろうが、やはり死球を受け続けている清原本人にしか分からない気持ちもある。想像や憶測で勝手なことを言うのは避けようと思う。

 投手は内角攻めも投球術の一つ。好打者だからこそ、微妙な制球力でギリギリのところを突く。打者、投手ともに死球を恐れずに戦う野球の、それもプロのすごみがそこにある。

 清原に死球を与えた翌日のこと。あれほど悩んでいるダルビッシュを初めて見た。眠れなかったという。

 ダルビッシュは大阪の先輩でもある清原が好きだ。昨年2月に不祥事を起こしたときも、高田GMを通じてメッセージをくれたのが清原だった。昨年の契約更改後の会見では「清原さんと対戦したい。今、持っているすべてをぶつけたい」と話した。照れ屋な彼にしては珍しくストレートな表現が印象的だった。
 
 大人びて見えるがまだ19歳だ。いろいろな経験が目の前に待ち受けている。今回はある面で野球の怖さを、1球の重さを感じ取ったと思う。ショックを強く乗り越えて欲しいと思うのが、今の私の心境だ。

April 25, 2006 12:22 PM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (2)

2006年04月21日

新庄引退発言の舞台裏(その1):高山通史

 4月18日、午後6時56分。私のパソコンに届いた1通のメールに時刻は、そう記されています。球団広報から試合中に先発投手などの談話を報道陣は発信してもらっています。取材現場に衝撃が走ったのが1本のメール。ちょうど新庄選手がオリックス戦で本塁打を放った直後に飛び込んできたのが、これです。「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニホームを脱ぎます打法」。

 現場は大混乱しました。事実なのか、それともジョークなのか。もちろん試合中、新庄選手本人に確認することはできません。周辺取材をしても、いわゆる「裏」が取れない。ただその日、行動がいつもと違った。打法の最後に「!」マークがなかった。本塁打を放ちベンチへ戻った直後、右翼席の応援団に脱帽して一礼する姿。2本目の満塁弾には命名せず、笑顔もなかった。担当記者の間では「これは(引退)するね」と話していた。

 後日談だが、その日、右翼を守っていた稲葉も、試合中からおかしかったという。タイムがかかり中堅へ集まった時、新庄の行動が不思議だったという。「新庄さんが『小学校2年からだから1年、2年…』と数えていて変だなと思って」。打法につけた“28年間”の確認をしていたとみられる。夕方に突然、その短いようで長い激動の1日が始まった。長くなってしまうので続きは次回、また紹介します。

April 21, 2006 01:51 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (1)

2006年04月18日

今回のソフトバンク2連戦で思うこと:上野耕太郎

 試合を見る、取材をする。この2つの行為をするとき冷静でいようと思っている。性格が単純でのめり込みやすい体質。客観性が必要な仕事だけに心掛けてきたつもりだ。ただし、今回の福岡の2試合は自分でつくった唯一の“お約束”を忘れてしまっていた。

 15日のソフトバンク戦、ルーキーの八木が快投した。10回をノーヒット・ノーランに抑える好投だった。延長12回に決勝点が入り、白星と大記録達成はならなかった。球史に名前が刻まれる絶好のチャンスだった。本当に惜しい。最後まで投げたかったんじゃないのかなって率直に思った。

 試合後、八木は「(記録達成できずに)残念だけど、チームが勝って良かった」とコメントした。本音かな? って正直、思った。振り返ってみた。試合中に八木から笑みがこぼれたのは最終回に点を取ってからだった。その後からは、表情が崩れっぱなし。取材をして共通しているのはプロ選手は異様なほど負けず嫌いだ。そうでなくてはこの世界の入り口さえ、見ることができないだろう。

 個人的な感想。あの日、八木は5連敗中のチームの勝利だけが目標だった、記録は二の次だった-良く見過ぎかもしれないがそう感じた。選手たちは勘が鋭い。だからこそ新人の必死な姿に先輩たちが呼応し、むき出しの感情をぶつけていった。グラウンドを越えて熱さが伝わってきた。
 熱は伝染する。翌日の試合の金村だ。ソフトバンクのズレータに暴行を受けながらも、自分でつくった2死満塁のピンチを切り抜けマウンドを降りた。

 実物のズレータは本当に巨大だ。昨年、初めて見たとき、横にダルビッシュがいた。身長はほとんど変わらないダルビッシュが「すごいっすねぇ」と声を上げたのを覚えている。「生」ズレータの威圧感は半端じゃない。

 その大男が死球に怒り、金村に突進してきた。取材陣もスタンドもあっけにとられた。0-0で2死一、二塁のケース。故意の死球ではないと感じるのは日本の野球界の常識だ。ただし、米国では前の打席で本塁打を打った打者に死球を狙いにいくというケースがある。この日は稲葉が該当していた。それに対する金村の報復とズレータは勝手に解釈したのかもしれない。

 そんなことはどうでもいい。あの細身の金村がマウンドから逃げずに応戦した。これまでの経験からか危険を察知したソフトバンク松中が止めに入ったため、大きな事故にはならなかった。松中がいなければどうなったか…。考えるだけでちょっと怖い。

 恐怖と闘いながらも、向かっていった。自分の職場であり、神聖なマウンドを明け渡さなかった。勝手な想像だが、多くの先輩投手が控え、2ケタ勝利をする投手がゴロゴロいるチームに金村がいたならば、そこまで立ち向かっただろうか。向かってくるわずか数秒間、金村の動作に迷いの後の覚悟がうかがえた。「自分の責任とは」と考えたはずだ。「逃げてでも体を守り、勝ち星を重ねるのがエース」「かなわないと分かっていても、決して背中を見せないのがエース」と瞬時に秤(はかり)にかけ、後者を選んだように思える。

 この2戦、ファイティングスピリッツがあふれていた。それが試合に興奮を呼んだ。別に暴行を礼賛しているのではない。なぜ、チーム名がファイターズなのか。闘志、そして必死さは見ているものの胸を打つ。チーム名の意味をあらためて確認した気がした。

April 18, 2006 09:42 AM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (0)

2006年04月14日

活気を与えてくれるのは新庄の「肉声」:高山通史

 ちょっぴり寂しい気持ちが今、胸の中にある。新庄剛志。日本ハムにとっては球団史の「記憶」の部分に名前を残す選手だろう。今後、残すであろう記録は偉大ではなくとも、特に本拠地移転後からの功績は、いろいろな意味で偉大だと思う。だが13日の楽天戦。打撃不振を理由にスタメンから外れた。それが寂しいのではなく、頭に残っている試合後のあるシーンがちょっぴり気に掛かっている。

 楽天が連勝。三塁側に選手が整列して熱狂するファンへあいさつをしていた。じっと一塁側ベンチから見詰めていた。ダッグアウト裏へ消えようとする足を1度止め、本当に「じっと」という表現が当てはまるほど視線をずらすことなく見ていた。苦笑いなのか、何なのかは分からない。だがちょっと笑っていた。うらやましそうだった。好奇心旺盛な子どものようだった。

 昨季は、1度もお立ち台に立つことはなかった。試合を決めるような活躍をしても、その試合で同様の活躍をした後輩に譲ることもあった。チームメートらから取材をしていてよく聞く、周りから見るよりも「いい人」の人物像そのものの気遣いなのかもしれない。それが新庄の人間性そのままなのだろう。そして築き上げてきた「美学」の1つなのかもしれない。

 だが少し(あくまで個人的に)物足りないと感じる。仙台の楽天に負けずに札幌ドームは盛り上がっている。新庄のプレー見たさに訪れる、特に女性や子どもたちの姿が目立つ。だがプレーだけではなく「声」も発信してほしい。心に残るのは好プレーだけではなく、たった一言の直接、耳に残るメッセージだったりもするのだから。

 このブログを書いている時点で開幕から16試合が経過。今季は「新戦力」「復活」などチーム自体に明るい材料が少ない。そんな今こそスーパースター新庄が発する「肉声」が新鮮だろう。ファン、元気のないチームに活気を与えてくれるような気がする。

April 14, 2006 04:15 PM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2006年04月11日

ダルビッシュの「裏切る」ハラハラ感が魅力:上野耕太郎

 ダルビッシュが6日のソフトバンク戦、12球団で完封一番乗りを果たした。

 「やっぱりなぁ」。

 この一言が率直な感想だった。

 ダルビッシュの取材をしてきて思うことがある。彼はよく「裏切る」のだ。それも多くの人の予想が一致しているときに。ソフトバンク戦の試合前だ。勝利を予想していた記者、関係者はほとんど、いなかった。

 記者A「今日は無理だろうなぁ。まだ肩の調子が悪いし」

 記者B「前回登板(3月30日のロッテ戦、3回6失点でKO)を見ると、今年の勝利はもう少し、時間がかかるだろうね」

 球団関係者「今年はどうなのか、厳しいかも」

 こういった周囲の目が、「無理だな」って思っているとき、彼はその力をこれでもかっていうほど発揮する。昨年6月の広島でのデビュー戦、8回まで無失点という快投をみせた。それほどの活躍を予想した関係者はほとんどいなかったと思う。「1軍に早く上げすぎ」という声も数多くあった。

 今季初完封を見ながら思った。「また、裏切られたなぁ」。

 じゃあ、普段から本気を出せよっていうこと-。そうではない。なぜか、ダルビッシュのバイオリズムが周囲の評価と反比例する。確かに負けず嫌いという側面もあるが…。この見事に裏切る「ハラハラ感」が魅力なのかもって思ったりもする。

April 11, 2006 09:42 AM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (2)

2006年04月07日

グラウンド外の戦力分析:高山通史

 長い遠征が6日、ようやく終わった。今日7日からの西武3連戦で、ようやくパ5球団との一回り目の対戦が終了。千葉マリン、スカイマークと大阪ドームの敵地ロードも回ってきた。試合の結果は周知の通りなので割愛した上で、グラウンド外、特に売店における「戦力分析」をしてみた。

 一番衝撃的だったのがオリックスだった。「中村勝(カツ)カレー」と「中村勝(カツ)サンド」。阪神時代以来の現場復帰をした中村勝広監督にあやかった、ネーミング的にも珠玉の一品だ。「清原弁当」も発売されるなど、商魂たくましい大阪の生き様をここに見た。

 日本ハムの新名物は…と考えてみると、ちょっと独自性という観点からは寂しい気がする。報道陣との雑談の中で、ヒルマン監督を使ったアイデアが飛び出してきた。「ヒルマン・カレー」-。う~ん…、ライバルに“ひるまない”という意味か。それとも“昼間ない”からナイター限定の幻の逸品となるのか。ただいずれもピンと来ない。

 まあ、無理につくる必要はない。「武田勝カレー」とかやっても、マネと思われても…。どうしてこんなに野球と関係ないことばかり考えいるのか、振り返ってみた。チームが無事に開幕から好発進し、調子がいいから、ムードがいい。そうなると担当記者たちの気持ちにも余裕がある。またシーズン終盤にも「雑談」を書けることになれば、きっと好結果につながっているだろう。

April 7, 2006 10:31 AM 投稿者:高山通史 | トラックバック (0)

2006年04月04日

「チームの中継ぎ」建山のすごみ:上野耕太郎

 聞かれたくないことを聞くのが商売。ただし、いつもいつも悪いなぁって思うことがある。中継ぎ陣の大黒柱、建山だ。

 抑えて当たり前という中継ぎの仕事。打たれたときに話を聞くことが多い。ある日、建山が打たれて降板した。そんなケースが続いていた。「こんなときばかり、聞きに来てゴメンネ」と思わず言ってしまった。

 「それも仕事ですから、気にしないでください。抑えた打たれたで、いちいち一喜一憂していたら、この仕事はだめですから」。

 建山のすごみは、自分を冷静に見ていることだ。投げている自分と、それを見ている自分がいる。だからこそ、正確に状況判断をすることができる。「今日は直球がシュート回転していた」「今の時期のポイントは下半身の粘り」などと、常に自分の良い点と悪い点を言葉にすることができる。

 視野が広い。自分が自分がという選手、特に投手は「我が一番」というタイプが多い。そんな選手のつなぎ役になれる男だ。一昨年も中継ぎ陣の地位向上のために契約更改で踏ん張り、球団に新しい査定制度を導入させた。率先して汚れ役を引き受けることができるのも、建山のすごみだ。

 自分のことよりも、みんなが幸せになることを考える-。投手陣の中継ぎ役というより、チームの中継ぎ役が建山という投手だ。

April 4, 2006 10:29 AM 投稿者:上野耕太郎 | トラックバック (0)