2008年02月10日

梨田監督と始まった5年目:高山通史

 名護キャンプの取材をして今年で5年目。計5カ月をここで過ごしている計算になる。感覚には個人差があるだろうが、長い。ともに仕事をする担当記者の顔ぶれは大きく変わりはしたが、すべてが、もう見慣れた光景だ。街並みや商店、ひいては球場へ日参する名護市の関係者の面々、私生活? においては、かつてよく通っていたスナックで働く女性従業員の方々のラインアップ…。フラッシュバックしたような錯覚と闘うような、いい意味でも悪い意味でもマンネリ化した日々を過ごしている。

 個人的に大きく違うと思っていることが、背番号「88」の主だ。ヒルマン監督から梨田監督へ-。取材していて、まず返ってくる答えが英語ではなく日本語。これまでは通訳を介していたが、英語がまるで理解できない私にとっては、直接の「会話」が可能な状況になった。逆に言えば、こちらの考え、思い、感情もダイレクトに伝わるということ。ヒルマン監督は積極的にマスコミへサービスしてくれる方だったが、梨田監督も同様。取材での接点の多さは変わらないが、ただ日本語同士の「キャッチボール」ができる点で、新鮮な感覚で取材をしている。

 キャンプがスタートして10日。昨季まで弊紙の評論家だったため、その時に数度、あいさつはしたことはあるが、ほぼ初対面に近い。温厚でダンディで、紳士的なイメージを持っていて、それは今も根本の部分では変わらない。ただ新しく感じたのが、かなり熱い勝負師だといういうこと。基本の返答は、ダジャレがお得意なようにウィットに富み、また周囲を気遣っているような場合が多い。ただ時折、激しい言葉が出てくることがある。ちょっと激しすぎて? 紙面にしていないコメントが多いので割愛するが、ユニホームを着て、グラウンドでの本当の姿は、きっとその「一面」の方なのだろう。

 4年ぶりの監督復帰。話題をさらっているのはルーキーの中田翔内野手。少し影が薄いと言っては失礼だが、日本ハムは北海道移転5年目で、初めて日本人監督を迎えた。コーチ陣の顔ぶれも、大きく変わった。主力選手の田中幸、金村と投打の大黒柱がいなくなり、今では稲葉や森本、ダルビッシュへと代替わりした。新生日本ハムを操縦するのは、梨田監督。低迷球団ではなく、リーグ連覇球団を率いるという珍しいケースに、どう対応し、カラーを出していくのか。取材する側も、いつの日か本音を聞き出せるように、1年間、しっかりと梨田監督と向き合っていきたい。

February 10, 2008 01:03 PM 投稿者:高山通史

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