2008年01月20日
山田GMの手腕に注目したい:高山通史
注目の中田翔ら新人とともに、新たなステージに立った人がいる。山田正雄ゼネラルマネジャー(GM)だ。GMを3年間務めたヤクルト高田繁監督の後継として、重責を託された。前職はスカウトトップのアマスカウトグループのシニアディレクター。他球団のGMは監督経験者や現役時代の有名選手など「過去」が輝かしい人物が多い中で、その事例と比較すれば、「現在」の実績を評価された、異例の内部昇格と言えるだろう。
達観した生きざまが、魅力だ。その過程には、数奇な人生がある。プロ野球選手としては投手、野手としてプレーをしたが大成しなかった。引退後、一般企業に就職した。営業だった。山田GMの説明によれば、衣料メーカー。しかも男性用下着を売る営業マンだった。「パンツを1枚売って、利益が1円という世界だった」と、華やかな世界から激変した当時を淡々と振り返る。量販店などに営業をかけ、少しでも商品を卸す。そんな毎日だったと、事もなげにいう。
その会社の社長には、ある年数を経過した時に、こう伝えられたという。「あと○年頑張れば、きっといいことがある」。ちょうど10年後の転機を“予言”していた。山田GMは「本当にそんなことがあるのか、と思った」。営業マンとして節目の、そのちょうど10年目、日本ハムからスカウトとして勧誘された。その時には、成績優秀な敏腕営業マンだったが、カムバックを決意した。当時の名残だろうか、年下の担当記者を呼ぶ時は、すべて「○○さん」と必ず敬語だ。体育会系の上下関係が重んじられる球界では、ちょっと珍しい。
話は横道へそれたが、辞表を提出した直後、その恩師でもある社長に頭を下げられたという。「お前にこのビルを建ててもらった」と、立派な社屋を指さされて、逆に感謝された。その最後のあいさつを終えて、ビルを出た時に自然と体と心がシンクロし、ある行動に出たという。道路にひざまずいて、そのビルへ向かって土下座をしたのだそうだ。しかも深々と頭を下げたと、山田GMは目じりを下げて笑いながら回想する。「周りの人(通行人)は変なやつがいると思っただろうね。でも、なぜかそうしていた。不思議なもんだよね」。
スカウト時代は、周囲、他球団の仲間に迎合しない「一匹おおかみ」だった。勝負をかけているような選手は、球場のバックネット裏の定位置と言える“スカウトだまり”で視察はせず、ほぼ1人、違う場所、角度からお目当ての選手をチェック。スカウトの間では「忍者」との愛称があるほど神出鬼没な活動で、異彩を放った。選手としての才能は第一だが、記者顔負けの取材力で、周辺から人間性も調査。誰にもこびることなく、たった1人で、すべての道を切り開いてきた。正義感が強く、手法が違う他球団のスカウトともたびたび、衝突したという逸話が幾つもある。
そんな狭い世界に染まることがなかったから今、次へのステップが開けたのだと思う。新しいGM像を作りそうな、手腕に注目している。
January 20, 2008 03:07 AM 投稿者:高山通史
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