2007年09月13日

やはり「アメリカ人」だった:高山通史

 やはり「日本人」ではなかった。ヒルマン監督が9月8日に突然、今季限りでの辞任を表明した。球団も、日本ハム本社も続投を希望していたが、自ら身を引くことを決めたのだ。試合前に球団広報からの報道陣への連絡メールが「ヒルマン監督に関する特別記者会見」。3連休のまっただ中の2日目だったが、取材へと急ぎ、向かうことになった。

 あくまでその時点では推測だったが「特別-」とのタイトルから、続投ではなく、辞任だろう。予想通り、試合後、あっさりと監督を辞めることを発表した。とても淡々と、懇々と、決断に至る経緯、心境を約1時間も話し続けた。ほとんど表情を変えることなく、報道陣の質問に応じていた。いい意味でも悪い意味でもなく、かなり「クール」だった。開き直り、すっきりした表情にも見えていたのだ。

 就任2年目から今季まで同監督を取材してきた。昨季までは、喜怒哀楽が激しく、時には放送禁止用語も聞いたことがあるほど血気盛んな、まさに「アメリカ人」だった。しかし今季は、どんな時も感情をほとんど表情に出さず、冷静にその時々の状況を分析していた。戦術も「スモール・ベースボール」ではなく、高校野球に代表されるような「野球」だった。小技に長ける日本の野球の特長のような選手を生かした采配だった。もう「ベースボール」ではなかった、と個人的に思えた。

 選手とも対話をし、失敗についても穏やかな口調で指摘する。不振の時にはあえて声を掛けない、また明るく振る舞って接するなど、日本の「わび」「さび」を理解したかのような掌握術も見せていたように思う。快調に首位を走り続けている今季は、さらに、そんな力に磨きがかかったように見ている。戦力ダウンが不安視、確実視されたチームをここまで導いてきた理由の1つに「日本人」を操るのにマッチした、監督自身の内面の変化もあるだろう。

 電撃的な辞任表明。久しぶりに「個人主義」のアメリカらしさを、感じてしまった。球団幹部から公表をシーズン後にと再三、要請されたが、踏み切った。好調なチームを率いている日本人監督ならば、きっと二の足を踏んだだろう。しかも、それ以前に、今回のような発表をする思考はないだろう。ヒルマン監督が貫いた、最後のわがまま。きっと「アメリカ人」として選んだように思う、生き様の行方を、注目している。

September 13, 2007 02:39 PM 投稿者:高山通史

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