2007年04月02日
無口で無骨だが存在感ある金子誠:高山通史
プロ野球が開幕した。またうらやましいな、と思う春が来た。選手会長兼主将の金子誠、先発で7年ぶり白星を挙げた建山…。2軍で苦しんでいるが、清水も1軍へはい上がろうと必死だ。今年32歳。同い年の選手がまだユニホームを着ている。私も高校までは野球をやっていた。プロ野球選手を夢見て、野球を始めた。あこがれていた存在が、いつも目の前にある。だから「同級生」は、少しだけ特別な思いで見てしまう。
金子誠。高校時代からスター選手だった。初めて、その姿を生で見たのが91年春。私の郷里の新潟市にある鳥屋野球場だった。金子誠の出身の常総学院を招いての招待試合で、母校が対戦した。その夏に甲子園へも出場し、後にプロへと進み活躍した3年生の先輩投手がめった打ちにあった。もちろんレギュラーではない私は応援していたスタンドで、そのシーンにぼう然とした。驚いた。さらに驚いたのが、常総学院の全員が1年生(記憶が確かであれば…)だと聞き、さらに驚いた。その中の1人、目立っていたのが金子誠だった。
甘いマスクに、強肩を生かした華麗な守備。高校野球雑誌をめくれば、いつも「金子誠」の名前があった。ちなみに現在は巧打のイメージがあるが、当時は一発もある強打者だった。その2年後の夏、私の高校も甲子園へ出場できた。同大会に出場して現在プロで活躍しているのは、中日の川上(徳島商)と井端(堀越)と平井(宇和島東)巨人高橋尚(修徳)ソフトバンク大村(育英)、1学年下なら広島嶋(東北)横浜の土肥(春日部共栄)と金城(近大付)ら。そんな中でも「常総の金子誠」は、トップクラスの有名選手だった。
また「再会」できた。入場行進前の球場外で全出場校が待機している時、遠くにスター選手の金子誠がいた。近寄りがたく、気軽に話しかけられる雰囲気ではない。しかも周りには甲子園ギャルが殺到していた。そのシーンは、うらやましいという域を越えて「大変だな」と思ってしまうほど、すごかった。「こんな選手がプロになるだろうな」と思った。私はその夏を最後に、野球を続けることをあきらめた。限界を感じて、違う道を探すことを決めた。当時から好きだったスポーツ新聞の記者になることが、目標になった。
あれから今年で14年。初めて日本ハムを担当した04年キャンプで名刺を持ってあいさつし、あの「金子誠」に初めて接触した。ぶっきらぼうだったが、イメージ通りでちょっと感動したことを思い出す。今年、担当記者になって4年目。金子誠は選手会長を2年連続で務め、今季は主将も兼務する。昨季の2大スターが抜け、いろいろと周囲の雑音が多いチームを束ねていくことになった。無口で武骨だがユーモアも持ち合わせる、新チームリーダーとして信頼を得ている。
あの時の「金子誠」と変わらない存在感を見せている。今の自分の姿、仕事ぶりと重ね合わせて見る-。毎年の反省は生かし切れていない。記者として4度目の球春到来だが、またちょっと複雑でほろ苦い思いがある。
April 2, 2007 03:28 PM 投稿者:高山通史
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