2007年03月26日
「寮長」菅野氏の訃報(ふほう):高山通史
日本ハムの07年が始まった。千葉マリンでの開幕カード2試合、ロッテ戦が終わった。ともに引き分け。内容のある、面白い試合だった。ただ何か、気持ちは乗り切れなかった。そんな時は、なかなか原稿が書けない。サラリーマンとしてはあってはいけないことだが、よく記者たちの間で表す「筆が乗らない」状態だった。あの昨季の感動的な終盤戦の印象が強いからなのか。新庄がいなくなって、初めてのシーズンだからなのか。千葉から東京へと移動する電車の中、考え込んでしまった。
様々な要素が複雑に絡んでいるのだろうが、思い当たることが1つ。22日の開幕2日前の練習中だった。鎌ケ谷の2軍の「勇翔寮」の寮長だった菅野光夫氏の訃報(ふほう)が飛び込んできた、ことだった。
いろいろと報道されている各選手たちの悼む言葉の数々が、人柄を物語っている。報道陣も「寮長」と呼んで、慕っていた。寮の前で選手の出待ちをしていれば「誰を取材したいの」と聞き、寮に不在かどうか、練習があと何時間くらいで終わりそうかなど、教えてくれた。球場事務所の終業時間を過ぎても記者室で原稿を書き、締め切りに間に合わないと、焦っていると特別に時間を「延長」してくれた。記者が特別に間違った取材のやり方をすれば、容赦なく怒られた。
厳しい人だった。だが“人を見て”接するような方ではなかった。選手に対してもそうだったが、誰に対しても「寮長」は筋が通っていた。間違っていたことをすれば怒る、人が困っていれば助ける。練習態度がふまじめに見えた選手を呼び出し、こんこんと説教をしたという話を何度も聞いた。陽が1年目のキャンプへ出発する時、移動用のバッグがないと騒いでいると、自分の「ルイヴィトン」のバッグを惜しげもなく貸した。言動すべてに、愛情があった。
そんな「寮長」の人柄を表す、一言が胸に残っている。順調に主力選手への道を歩んできた、それほど2軍暮らしの経験がないはずの金子誠は、こう言った。「菅野さんには僕が一番、世話になったと思う」。たぶん、そう思っているのは金子だけではないのだろう。誰もが、自分が「一番-」と思うほどの接し方をされてきたのだろうと。今季、一気に若返りを図っているチーム。いつか昨季のような快挙を遂げた時には「寮長」の存在があったことを、きっと思い出すだろう。
March 26, 2007 11:04 AM 投稿者:高山通史
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