2006年07月24日
新庄と過ごした短い夏:高山通史
珍しく受けた「取材攻勢」に、その偉大さをあらためて実感した。新庄が最後のオールスターを終えた。その期間中に異常事態だ。「新庄は次は何やるの?」「新庄はどのタイミングでパフォーマンスがあるの?」。日刊スポーツの先輩、後輩の記者やカメラマン、はたまた他紙の知り合いの記者から質問攻めの毎日だった。
いつもは日本ハム担当はあまり注目されない(私に個人的な問題があるのかもしれないが)。だが、球宴だけはちょっとした「お祭り男気分」に…、いや浸れるわけがない。新庄の姿を見失わないように追いかけ、見失ったら探す。まるでストーカーのように過ごした2試合。時に、しょうゆとソースを間違うような鈍感な嗅覚(きゅうかく)じゃなければ、新庄の香水のにおいを頼りに発見できるのにとも思う。そんな犬への変身願望を持つまで、現実逃避をしてしまうのだから、もう頭の中はパニック状態だ。
ただ、もうじき来る「現実」と向き合うと、寂しかった。新庄がいなくなる。現役最後の交流戦、そして球宴をまず終えた。あとは残るはレギュラーシーズン。球宴期間中の新庄の表情を見ていても、笑っているようでも、目の奥は笑っていないように見えた。ある新庄をよく知る関係者は「彼はいつも心の中で泣きながら、毎日プレーしているはず」という。
第2戦の試合前練習でのこと。全パの「4番DH」で出場する小笠原へ、うらやましそうに声を掛けていた。「ガッツ(小笠原の愛称)最高やん! 4番DHって」。そして試合後は一番弟子で初出場の森本が2年前の自分に続く本盗を決め、1発も放った。2戦連続の頭部パフォーマンスでも、球場中をわかせた。第1戦は主役級だったが、この日はそうではなかった。
新庄はラストの球宴を終え、口は重かった。報道陣の森本の「大活躍しましたね」という質問に「ねえ~」と同調しただけ。この日の試合前も、これまで2年間もことあるごとに「ヒチョリ(森本)を取り上げて」「あいつおもしろいから見ていて」などと宣伝してきたが、試合後はもう必要がなかった。一番目立ちたかったはずの新庄が目立てなかった。3年連続3度目のオールスター取材。初めての世代交代がやはり迫っていることを感じた、新庄と過ごした短い夏だった。
July 24, 2006 04:23 PM 投稿者:高山通史
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