2006年07月07日
王監督の偉大さと存在感:高山通史
あの夜。連勝に沸くお祝いムードは一瞬にして吹き飛んだ。7月5日。日本ハムが42年ぶりの9連勝を達成した直後、ソフトバンク王監督の病気療養の一報が札幌ドームにも飛び込んできた。おおかたの取材を終えていたため、一気に王監督に関する選手、球団関係者らの談話をとるための取材へと方向転換。言葉、対応を慎重に選ぶ日本ハム選手らの姿を見ると、あらためて「世界の王」と呼ばれる偉大さを感じた。
翌6日、オリックス戦に備えた試合前練習。ヒルマン監督が、ある行動に出た。八木とダルビッシュら、すでにグラウンドでストレッチなど練習準備をしている選手たちをロッカールームへ1度、引き揚げさせた。ブルペン捕手ら裏方の球団スタッフも全員集合させ「王監督の早い回復をみんなで祈りましょう」という趣旨の話をしたという。異例ともいえる、ミーティングだった。
ヒルマン監督はその後の試合前の定例会見で、感傷的な表情でこんな話をした。「(日本で)たくさんの野球関係者にお会いしたが、あの方ほど尊敬に値する方はいない」。もちろん選手としての“サダハル・オー”も米国時代から知っているだろうが、常勝球団を率いるライバルで成功を収めている“王貞治監督”としても強烈に知っているだろう。あこがれの存在であるのは間違いない。
ミーティングはヒルマン監督が今、起こせるできる限りの行動だった。その夜、2年ぶりの完封をしたエース金村は一夜明けて「ショックです」と消え入りそうな声で話した。選手会長の金子は「何もできることはないが、1日でも早い回復を祈りたい」と沈痛な面持ちで話した。WBCで一緒に戦った小笠原はその試合前練習で、報道陣との接触を避けるようにしていた。福岡だけでなく、札幌も異様なムードだった。
私事だが4歳年下の妹に今年3月、長男が誕生した。名前は鉄生(てっしょう)君。王監督の特集番組に登場した同監督の兄鉄城さんの名前からヒントを得て名付けた。野球を何も知らない20代の夫婦を引き付けた、王監督という存在。日本ハムの記録的な連勝でパ・リーグは今、混戦模様だ。だがずっと日本ハムが、ヒルマン監督が、追いかけてきた、あの大きな背中がいないと寂しい。
July 7, 2006 03:04 PM 投稿者:高山通史
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