2006年07月18日
取材を受ける側になって考えたこと:上野耕太郎
最近、系列の雑誌社から日本ハムについての取材を受けた。取材をするのは日課だが、取材を受けたことは皆無だ。いざ、聞かれるとしどろもどろだった。
女性記者 日本ハムの好調の要因はなんなんでしょうか
私 う~ん、何なんでしょうね。え-…(無言が30秒ほど)。投手陣が育ってきていますしね。中継ぎも良いからですかねぇ。
女性記者 それでは投手陣が育ってきた理由は
私 そうですねぇ、たまたまってわけではないですよね…。
女性記者(ちょっとあきれ顔) 好調の時に取材したなかでチームの印象的なエピソードってありますか
私 そうですね…、北海道は涼しいから体調がいいのですかねぇ…。エヘヘ(笑いでごまかす)。
女性記者の「同業者なのに…」というあきれ顔に焦り、まったく機能停止の受け答えになってしまった。気の利いたことを言ったりする選手はたいしたモンだと思う。
調子が悪くてもしっかりと受け答えすることで取材陣から支持を受けるセットアッパーの武田久は言う。「きちんと話しをしようと思いますが、やっぱり僕も人間ですから。嫌だなぁと思うこともあります。例えば『調子はどう』という質問をされても、何て答えていいか分からない。具体的に『ここの部分、こう思うんだけど実際はどうなの』に聞かれると答えやすいですね。それにこの人は自分を見てくれているんだなと思いますし」。実際、取材をする側として耳が痛いが確かにその通りだ。
本紙のコラムのタイトルは「見た、聞いた、思った」だ。そのなぜ、最初に「見る」が来ているか。観察することから取材は始まる。先輩記者はこう言った。「ふざけて言っているじゃないよ。野球担当は選手の形態模写が出来るようになって一人前。そのくらい見て、記憶していくんだ」。前段で記者の質問に答えを返せなかった。取材慣れしていないからではない。見て、考えていないからではないのか。ただ目の前で起きている「風景」を漠然と見てはいるのではないか。そう自省したりする。
July 18, 2006 02:24 PM 投稿者:上野耕太郎
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