2008年01月15日
常勝オレ流監督に休息なし:鈴木忠平
バスは伊勢道を東へ向かっていた。2008年1月4日の夜、落合監督は年末年始を過ごした和歌山県太地町から家族とともに名古屋へ戻った。「早いなあ~」。そう言うとちょっと厳しい表情になった。休息は終わり、また戦いが始まる。この日を境に指揮官は徐々に戦闘モードになっていくのだ。ただ…、1つ気がかりなことがあった。
January 15, 2008 11:26 PM
2007年11月14日
「非情」は落合監督へのほめ言葉:鈴木忠平
記者席で思わずつぶやいた。「やっぱりな…」。11月1日、日本シリーズ第5戦、9回表が始まる前に落合監督がベンチを出た時だった。完全ペースの先発山井から岩瀬への交代を告げた。後出しジャンケンのようで嫌だが、この“オレ流さい配”を予測していた。自分だけではない。担当記者の大部分が同じような反応だった。
November 14, 2007 01:39 AM
2007年10月13日
結果論で振り返らないのがオレ流:鈴木忠平
オレ竜の連覇が消えた。10月1日、広島に敗れて巨人のマジックが「1」となり事実上の終戦を迎えた落合監督はこれだけ言った。「仕方ないだろう。勝負事なんだから」。敗軍の将、兵を語らず。巨人の優勝が決まった翌日も、その姿勢を貫いた。
October 13, 2007 06:33 PM
2007年09月11日
真の「天王山」知るオレ流監督:鈴木忠平
8月21日、落合監督は東京ドームのロッカーへと続く薄暗い通路を歩きながらいさめるように言った。
「おまえら、天王山という言葉の意味を知っているのか? 144試合目で優勝が決まるというならいくらでも使えよ。でも、まだ30試合以上もあるんだぞ。言葉を扱う仕事なんだからもうちょっと考えろ」。
September 11, 2007 05:02 PM
2007年08月07日
問われる球宴の権威、オレ流嘆き節:鈴木忠平
7月20日、オールスター第1戦。セ・リーグを指揮する落合監督の表情は冴えなかった。「楽しくなんかないよ。気をつかうことばっかりだ」。「オレもいろいろ考えを言ったけどムダだ。もう言うのはやめた」。出てくるのは嘆き節ばかり。とてもこれから年に1度のお祭りに向かう人とは思えなかった。
August 7, 2007 04:15 PM
2007年06月02日
マイペース中田のテンポアップに驚き:鈴木忠平
もしこれが車の運転ならば“速度違反”かも!? セ・リーグのハーラートップタイ6勝をあげている中田賢一投手(25)。5月12日巨人戦(東京ドーム)から投球間隔をスピードアップした。それまで捕手からボールを受け取って投げるまで約12秒かかっていたが、約6秒に短縮したのだ。
June 2, 2007 03:00 PM
2007年05月05日
松坂の初球カーブに福留は:鈴木忠平
ちょっと古い話になるが、4月12日のことだ。珍しく自然に目が覚めた。遠征先・大阪市内のホテル。アラームをセットした午前8時より5分早くベッドから出てテレビの電源を入れた。画面に映し出されたのは米ボストン・フェンウェイパーク-。そう、早起きの理由はレッドソックス松坂とマリナーズ・イチローの初対決だった。
May 5, 2007 06:05 PM
2007年04月07日
現役時代と変わらぬ川相コーチのスタンス:鈴木忠平
「71・KAWAI」-。2ケタになった背番号が初々しかった。3月30日、開幕戦(対ヤクルト・ナゴヤドーム)、中日の川相昌弘内野守備走塁コーチ(42)が第2の野球人生を歩み始めた。
April 7, 2007 12:39 PM
2007年03月10日
ノリ加入で森野が思い出した原点:鈴木忠平
まさにプロの顔だった。4日、ロッテとのオープン戦後、初本塁打を含む3安打を放った森野はナゴヤドームの駐車場で約15人の報道陣に囲まれていた。
March 10, 2007 02:53 PM
2007年02月24日
「うまく抜く」本能で知る堂上直:鈴木忠平
今キャンプの不思議の1つに高校生ドラフト1巡目・堂上直のバッティングがある。初めてのシート打撃を行なった11日、3安打デビューした。さらに初めての練習試合となった16日の韓国SK戦では途中出場で2安打した。大物ルーキーもキャンプ中盤までは目立たず存在感が薄くなっていた。その矢先に輝きを放ち始めた。
February 24, 2007 04:17 PM
2007年01月30日
ルーキー堂上直の初練習に見た「本物」:鈴木忠平
堂上直は1人だった。1月9日、高校生ドラフト1巡目の「大物ルーキー」はプロとして第1歩を踏み出す入寮日を迎えた。そしてその日のうちに隣接する屋内練習場へ向かった。たった1人で-。
January 30, 2007 04:53 PM
2007年01月14日
山本昌、懐かしくも寂しい母校自主トレ:鈴木忠平
41歳のベテランはグラウンドに出てくると、まるで少年に戻ったような笑顔を浮かべた。「やっぱりここに来るといいね…」。記者の仕事始めとなった1月4日。母校・日大藤沢高で自主トレを行った山本昌を取材した。
January 14, 2007 05:49 PM
2006年12月20日
もがくのは格好悪くない:鈴木忠平
「もがくことって格好悪いことじゃないんですね」-。中日を戦力外となって楽天に入団した川岸強投手(27)の言葉だ。ほんの1カ月前とは比べものにならないたくましくさ。「クビ」というドン底の経験が1人の男を成長させた。
December 20, 2006 01:05 PM
2006年12月05日
デニーが弟分・松坂に贈るエール:鈴木忠平
ポスティング制度によって西武松坂との交渉権をボストン・レッドソックスが約60億円で獲得した。このニュースを見た時、すぐにあるベテラン投手を思い出した。05年、同球団へ移籍したが、メジャー登板できず今季から中日に入団したデニー友利だ。
December 5, 2006 01:16 PM
2006年11月10日
日本シリーズ、オレ流強攻策の裏に:鈴木忠平
記者席にも、落合監督の苦悩が伝わってきた。日本シリーズ第3戦、中日はついに1度もバントをしなかった。やれる機会は少なくとも3度はあった。それでもベンチは頑なに強攻。第4戦に敗れて王手をかけられるまでそれは続いた。
November 10, 2006 02:15 PM
2006年10月15日
福留が背中の「1」に込める思い:鈴木忠平
福留の背中にある「1」-。それはただの背番号ではない。この3年間、見続けてきてわかった。リーグ最高のバットマンへの成長を支えた「福留流哲学」の象徴なのだ。
October 15, 2006 04:29 PM
2006年09月19日
大記録消したミス、実は大記録アシスト:鈴木忠平
山本昌、ノーヒットノーラン-。史上最年長の快挙が生まれた16日阪神戦(ナゴヤドーム)から一夜明けた17日、各紙にはこぶしを突き上げるベテラン左腕と、そこにうれしそうに駆け寄るナインたちの写真が。しかし、待てよ。写真の隅に複雑な表情の選手が1人…。森野だった。4回に失策。結果的に完全試合を消してしまったのだ。
September 19, 2006 01:35 PM
2006年09月05日
球児の速球打ち砕いたオレ竜野球の気骨:鈴木忠平
オレ竜が藤川を打った。8月30日阪神戦(甲子園)1点ビハインドの9回裏2死走者なし。井上が152キロの“火の玉ボール”をバックスクリーン右へたたきこんだ。
September 5, 2006 01:07 PM
2006年08月22日
ブラウン発言に激怒した落合監督の思い:鈴木忠平
優勝へ独走しているオレ竜が「スパイ疑惑」に揺れた。広島ブラウン監督の発言に、落合監督が激怒した一件は、球団間の話し合いで収束した。だが、その裏では“被害者”となった人たちもいた。
August 22, 2006 01:05 PM
2006年08月08日
鉄人・谷繁の大記録の「礎」とは:鈴木忠平
緑の芝生を蹴る。その一足、一足が、大記録への礎だった-。7月26日、谷繁が捕手として史上4人目となる通算2000試合出場を達成した。「プロに入ってから1度も大きなケガしなかった。だからここまで来れたんだと思う」。その言葉の裏には、プロスポーツの世界で生き残る極意が隠されていた。
August 8, 2006 01:27 PM
2006年07月05日
現役最多出場捕手・谷繁の「勲章」:鈴木忠平
6月29日、神宮球場-。谷繁が古田を抜いた。通算1986試合目の出場を果たした中日の正捕手に対しヤクルトの選手兼任監督は出場せず、1985試合のまま。「そうなの? 全然知らなかったよ! でも…。すごいことだな」。現役最多出場捕手となった事実は知らなかった。だが知れば感慨は押し寄せてきた。
July 5, 2006 11:07 AM
2006年06月20日
サッカーにも通じる福留の極意:鈴木忠平
6月13日は朝からもやもやした気分だった。サッカーのドイツW杯で日本代表がオーストラリア代表に敗れた翌日。「なぜジーコ監督は…」。一丁前の敗因分析をしながら監督、選手とも自然とその話題へ。すると、打者として抜群の実績を誇る2人は同じ点を指摘した。
June 20, 2006 12:13 PM
2006年06月06日
ぼやく人ぼやかぬ人、監督の目的:鈴木忠平
ぼやく人とぼやかない人が仲良く並んでいた。6月2日、フルキャスト宮城スタジアム。楽天対中日戦の試合前、打撃ゲージ裏では野村監督、落合監督の談笑が延々と続いていた。ともに球史に残る右打者。ヤクルト時代の野村監督が巨人を退団した落合獲得に名乗りをあげたという過去もある。だが指揮官としては決定的に相容れない部分があるはずだが…。
June 6, 2006 10:58 AM
2006年05月23日
敵地で弱いオレ竜、復調のカギは?:鈴木忠平
もどかしさ、怒り、落胆が言葉に詰まっていた。「もう! 本当に…。うちの選手は環境が変わると弱いなあ」。オレ竜は敵地で弱い。21日までの交流戦を例にとれば札幌ドームでは日本ハムに1勝2敗、千葉マリンではロッテに3連敗。この結果を予想していたかのように関係者はため息まじりに吐き出した。
May 23, 2006 10:56 AM
2006年05月09日
これぞプロの仕事、福留の足元に学ぶ:鈴木忠平
ピカピカの足元に思わず目が止まった。5日の広島戦(広島)前、福留が新品のスパイクとともにグラウンドに飛び出してきた。「どういう天気になるかわからないからね。いろいろ試しておこうと思って」。ラバー部分がエナメル製の雨天用。だが、空が快晴だったので記者は話を聞きながらもピンとこなかった。
May 9, 2006 10:36 AM
2006年04月25日
落合監督と新庄、引き際は対照的でも…:鈴木忠平
日本ハムの新庄が18日、今季限りの引退を表明した。なぜ今? なぜお立ち台で? 直接取材したことのない記者は不思議に思った。おそらく多くの人も同じ思いだろう。
April 25, 2006 10:38 AM
2006年04月11日
藤井スタメン落ちで「勝利至上主義」不変を痛感:鈴木忠平
決断は思った以上に早かった。4月6日、スタメンからルーキー藤井が外れた。
April 11, 2006 12:00 PM
