2006年12月05日
デニーが弟分・松坂に贈るエール:鈴木忠平
ポスティング制度によって西武松坂との交渉権をボストン・レッドソックスが約60億円で獲得した。このニュースを見た時、すぐにあるベテラン投手を思い出した。05年、同球団へ移籍したが、メジャー登板できず今季から中日に入団したデニー友利だ。
「スイ~ト、キャ~ロラ~イン♪…」。デニーがマウンドがブルペンから出てくると、ナゴヤドームにはテンポのいい洋楽が流れる。大阪本社の先輩カメラマンに教えてもらったのだが「スイート・キャロライン」は米国の歌手ニール・ダイヤモンドが1969年に全米でヒットさせたナンバー。レッドソックスの本拠地フェンウェイパークでは毎試合必ず流れるいわば“球団歌”のような曲だという。
しかし、なぜ日本に戻ってきてまでボストンを思い出すような曲を流すのか? 先輩カメラマンのリクエストもあって本人に聞いてみたことがあった。
「あれはマイナーでも流れる曲で、うちの家族が大好きなんだよ。でもね…。オレにとってはボストンでの悔しさを忘れないためでもある」。
レッドソックスが本拠地とするボストンは米国の支配層が住む街だ。白人以外の人種には今だに差別的思考が強い。米国人の父と日本人の母を持つデニーも「差別された」と感じることがあった。マイナーで成績を残したと思っても、メジャーからお呼びはかからない。「×××!」。時には心無い野次も浴びせられたという。
「差別なんてクソくらえだと思ったよ…」。
純粋に実力で夢破れたなら「スイート・キャロライン」は登場曲に選ばなかったかもしれない。ただ“差別のにおい”を感じ取ったから悔しさが残った。
松坂とは西武時代から兄弟分だった。「頑張って欲しいよね」。その言葉には野球だけでなく、ボストンという街とも戦って欲しいというメッセージが込められていたに違いない。
December 5, 2006 01:16 PM 投稿者:鈴木忠平
