2007年09月28日

連覇へ試練の竜見て思い出す運命の日:益田一弘

 中日が、球団初の連覇に向けてがけっぷちに立たされた。26日に巨人との大一番に逆転負けして追い詰められた。まさに土俵際だが、落合監督に悲壮感はない。そんな指揮官の姿に、サッカー担当時代の05年12月3日を思い出した。今年のセ・リーグは中日、巨人に阪神が加わって3チームによる残り10ゲームを切ってまでのし烈な優勝争いを繰り広げたが、05年のJリーグも、史上初めて5チームが最終節まで優勝の可能性を残しており、12月3日は運命の最終節だった。

 首位はC大阪、2位にG大阪。浦和、鹿島、千葉にも逆転Vの可能性があり、5チームが勝ち点2差以内にひしめく大混戦。自力優勝のないG大阪の西野監督は「8回裏に逆転されてもまだ9回の表がある。1人でもうちがあきらめたら終わり」と“そんなの関係ない”とばかりにネバーギブアップ宣言。最終節は同時刻開催。午後2時にホイッスルが一斉に鳴った。

 どこかの会場でゴールが入るたびにめまぐるしく優勝の行方が変わった。そして首位C大阪が後半44分59秒に東京に同点ゴールを許す。C大阪のホーム長居に悲鳴がこだました直後、神奈川の等々力競技場でアウエーを戦うG大阪が3-2からダメ押しの4点目を入れて勝ち点3を確定的にした。

 FW大黒がベンチを飛び出して大きなVサイン。ゴールしたFWアラウージョは両手を広げてゴール裏のスタンドに走った。ピッチになだれ込んだファン約100人が歓喜のうずを作って、その中心には絶叫する助っ人FWの姿があった。

 劇的な幕切れ。C大阪は残り1秒で散り、G大阪が逆転で初優勝した。Jリーグ初期に「こんなチーム、消えてしまえ!」と現キャプテンの川淵氏に罵倒(ばとう)された元弱小軍団がつかんだ初栄冠だった。

 中日の状況が、非常に厳しいことは間違いない。連覇へのミラクルを起こすためには、ネバーギブアップ精神が必要になる。それが残酷であれ、歓喜であれ、結末はしっかりと目に焼きつけたい。

September 28, 2007 05:19 PM 投稿者:益田一弘

2007年09月21日

苦節10年、新天地で開花した元竜投:伊藤馨一

 堂々とした様子は“1軍選手”のオーラを放っていた。名古屋への移動のため新幹線ホームへ向かっていた東京駅。なつかしい顔にあった。小山伸一郎。覚えている中日ファンの方も多いだろう。96年のドラフト1位で中日に入団。150キロの直球とスライダーで将来を嘱望された右腕。中日ではチャンスを生かしきれず、04年オフの楽天球団発足と同時に無償トレードで移籍していた。

 小山にとって今季は飛躍のシーズンとなっている。クローザーの福盛が右ひじ手術のため離脱。野村監督によって、その後釜に抜てきされると、一気にブレーク。20日現在の成績は24試合に登板して3勝1敗24セーブ、防御率0・69。ほぼ完ぺきな数字が示すように今では野村楽天の絶対的な守護神としてフル回転している。これまで潜在能力を高く評価されてきた未完の大器が開花した。

 過去にも何度かチャンスはあった。最近では楽天移籍初年の05年。圧倒的な球威で当時の首脳陣からセットアッパー、クローザーとして期待されていた。だがシーズンで結果を残すことはできず、その年は30試合に登板し、1勝2敗、防御率4・50に終わった。昨年も22試合に登板し、0勝2敗、防御率8・56。移籍3年目、プロ11年目の今季は結果を求められる背水のシーズンでもあった。

 「今のポジションをつかめるように、頑張りたいですね」。ようやくチャンスをモノにしただけに、小山におごりや過信はない。小山と同期入団(ドラフト2位)の森野はプロ10年目の昨年、三塁のレギュラーを獲得。今季は投手と捕手以外の7ポジションを守る万能ぶりを発揮しつつ、打っては5番打者として打率2割8分7厘、14本塁打、84打点と自己記録を塗り替える活躍を見せている。

 中日在籍時には、当時ドジャースの絶対的クローザーだったガニエ(現レッドソックス)に憧れ、サングラスなど、そのスタイルを真似ていたこともあった。だが、もうそんな必要はなくなっているだろう。少し遠回りして本格化したが、これからが本当の勝負。来年以降の交流戦、日本シリーズでパ・リーグを代表するクローザーに成長した小山が、古巣と真剣勝負する姿を見てみたい。

September 21, 2007 06:09 PM 投稿者:伊藤馨一

2007年09月11日

真の「天王山」知るオレ流監督:鈴木忠平

 8月21日、落合監督は東京ドームのロッカーへと続く薄暗い通路を歩きながらいさめるように言った。
 「おまえら、天王山という言葉の意味を知っているのか? 144試合目で優勝が決まるというならいくらでも使えよ。でも、まだ30試合以上もあるんだぞ。言葉を扱う仕事なんだからもうちょっと考えろ」。

 敵地で首位巨人との3連戦。マスコミはこぞって「天王山」だと盛り上げた。これにクギを刺したのだ。

 こう言われたら黙っていられない。早速、調べた。天王山(てんのうざん)とは京都府にある山で西側の山腹が大阪府と京都府の国境をよぎっている。そのため天正10年(1582年)に織田信長を討った明智光秀とそのあだ討ちを果たそうとする羽柴秀吉が戦った山崎の戦いでは、この山を制した方が天下を取るとして「天下分け目の天王山」と表現されたという。

 翌22日、東京ドームの通路。こっちから仕掛けた。

 「監督、天王山という言葉の意味ですが…」。

 「そんな言葉、本当はないんじゃないのか?」。

 「いえ、京都の山なんです。秀吉と光秀が…」。

 そこまで言うと、歴史が好きな落合監督はすべてを理解し、にやりと笑った。

 「ああ、山崎の合戦か。そうか。だったら余計に(天王山という言葉を)使うなよ。まだそんな段階じゃないんだろう?」。

 本当の修羅場を経験している人間は勝負をあせらない。現役時代、落合博満は真の「天王山」を経験している。

 ロッテ時代、シーズン終盤のある試合で、無安打に終われば3冠王を逃すという試合があった。自宅を出発する時、落合選手は信子夫人に言ったという。「オレ、きょう打つから。いっしょに行こう!」。球場までのタクシーに同乗した夫人はスタンドで観戦していると目の前で打って、3冠王を確定させた。

 さらに94年10月8日。「国民的行事」として伝説になった中日対巨人の優勝をかけたシーズン最終戦(ナゴヤ球場)。巨人の4番・落合は先制本塁打を放ち、チームを優勝に導いた。

 「ああいうのを本当の天王山というんだ。まだまだ決まらないよ」。10日現在チームは首位阪神に1・5ゲーム差の2位。落合監督の姿勢は不変だ。何でも「天王山」と表現され、大袈裟があふれる時代にあって決してペースを乱さない。巨人より、阪神より残り試合が多いことも自信の源だろう。オレ流指揮官はひょっとしたらシーズン最終戦のドラマすら見据えているのかもしれない。

September 11, 2007 05:02 PM 投稿者:鈴木忠平

2007年09月02日

「ピッチャー森野」コールも近い?:益田一弘

 左足を上げて振りかぶる姿に驚いた。16日の阪神戦が行われた京セラドーム大阪。中日森野将彦内野手(29)が、速いボールを投げ込んでいた。わずか5球程度だったが、野手の送球とは明らかに違う。「投手? いやあ、遊びですよ。遊び」と質問は右から左に受け流されたが、それは完全に投球フォームだった。

 ギョッとしたのには訳がある。森野は、プロ野球史上3人目の珍記録に向けて一向聴(イーシャンテン)を迎えている。一向聴とは麻雀用語であと2牌で「あがり」という意味だが、森野も「マジック2」としている。プロ野球史上3人目の全9ポジション制覇だ。

 今季は112試合中110試合に出場して、捕手と投手以外の7ポジションを守っている(29日時点)。春季キャンプでは三塁以外はほとんど練習していないことを考えれば、失策「4」はまずまずの数字だ。

 森野は「僕は守備のことはいいんです」と謙そんする。それでも中堅や遊撃もこなす適応力は「便利屋」というよりも「万能」という言葉がふさわしい。外野用、一塁用、三塁用のグラブを持ち歩く森野の荷物に、まずはキャッチャーミットが加われば1歩前進だ。

 過去に全9ポジション制覇を記録したのは2人だけ。74年の高橋博士(日本ハム)と00年の五十嵐章人(オリックス)だ。セ・リーグでは達成者はいない。森野は珍記録について「そんな気持ちはないです」と言う。たとえ捕手をクリアしても、最大の難関「投手」が残っている。米大リーグでは大差のついた展開で本職の投手を消耗させないために野手をマウンドに送ることは珍しくないが、それはあくまで米国の話。それでも「ピッチャー森野」のコールを1度でいいから聞いてみたい。

September 2, 2007 09:27 PM 投稿者:益田一弘