2007年03月25日

2軍行きで見えた井上の思い:伊藤馨一

 「原点に返るという意味では、オレ自身、いい経験をできたと思っているよ。ファームの遠征に行った時に若い選手と一緒にメシを食べたりして、いろんな話もできたしね。オレも若い頃はこうだったのかなって思い返すこともあった」。19日、翌日から1軍合流が決まった井上が残した言葉が印象深かった。そこには6日から2軍で調整を続けてきた選手会長のいろいろな思いが透けて見えた。

 きっかけは中村紀の入団だった。三塁を守る大砲が入団したことで、昨年三塁の定位置を獲得した森野を左翼でテストする機会が増えていた。これによって左翼を争っていた井上の出番は激減していた。実戦での打席数を確保させたいという首脳陣の思惑もあり2軍での調整となった。規定打席不足ながら昨年、自己最高の3割1分1厘をマークしたベテランにとっては複雑な思いは残っただろう。

 オープン戦序盤でのレギュラー争いからの事実上の脱落を示唆されたような措置にも、井上は私情を一切表に出すことはなかった。2軍の練習では先頭に立って声を出した。教育リーグの試合終了後に率先して特打を行ったこともあった。それは投手から野手に転向し、1軍昇格を目指してバットを振り続けた94年と同じ。これが井上の言う「原点に返った」というところだったのかもしれない。

 1軍に復帰した井上からは陰からチームを支える決意の言葉が出た。「あまり人がやりたがらないようなこともやっていこうと思っているよ。気づいたことがあったら、意見を言っていくつもりだよ」。野球選手である以上、レギュラーとして試合に出ることが目標だろう。だが、自らのエゴを殺して脇役に徹することのできる内面に、井上がチーム内外から慕われる理由の一端を見た気がした。

March 25, 2007 12:29 PM 投稿者:伊藤馨一

2007年03月17日

運勢、顔相でみる2007年版ノリ:益田一弘

 中村紀洋内野手(33)が、山あり谷ありの道をノンストップで走っている。入団テストから年俸400万円の育成選手契約、ルール変更による1軍合流即本塁打。左ひじへの死球で欠場もあった。中村紀はいったいどんな1年を送るのか? その未来を、日本占術協会会長で著書300冊を超える浅野八郎氏(76)に占ってもらった。

 浅野氏 生年月日を基にした彼の運命数は「6」で昭和48年生まれは「九紫火星」。これを感情感動人間と呼びます。燃える時はすごい。基本的には安全を求めるが、ムキになったり腹を立てると、無茶をする。情熱家だが冷めるのも早い。1発勝負のタイプです。

 中村紀にとっての07年は、大きく頭角を現す年になるという。

 浅野氏 今年は九紫火星が伸びる。当たれば非常に大きい、1発屋の年。彼らしい生き方ができて運勢もいい方に出るでしょう。ただし今年結果が出なければ、来年以降は厳しくなる。

 では、顔相はどうか。00年近鉄、06年オリックス、07年中日と3枚の写真を見てもらった。

 浅野氏 彼はおでこが狭いが前に張り出している、まゆげの上が盛り上がっている、鼻の上にほくろが3つある。その3点は意志の強さや変化を求める心、反抗心の強さを示します。唇が厚いのは感情感動人間の特徴。燃える面とおとなしい面の2つがある。この二面性は彼の苦労の原因でしょう。

 浅野氏は、中村紀の顔つきは大きく変化していることも指摘した。

 浅野氏 00年は「変わったことがやりたい」という気持ちが出ている。06年に比べると07年は目の輝きと口のしまりが違う。スポーツ選手の「口」は重要で決心、決断を示す。口がだらしない時はダメなのです。中日の写真を見ると、いい加減な気持ちがなくなっている。

 浅野氏は落合監督を占ったこともあるといい、2人の関係についても触れた。

 浅野氏 落合監督と彼は対照的なタイプ。落合監督は自分がやりたくてもできないことを彼に託すでしょう。2人がけんかをする場合もあるが、おもしろい相性と言える。落合監督が彼をうまく引き上げることになるでしょう。

 かつてメジャー挑戦した男の年俸400万円からの再出発。浅野氏が「吉」と予言したノリ劇場から目が離せない。

March 17, 2007 05:24 PM 投稿者:益田一弘

2007年03月10日

ノリ加入で森野が思い出した原点:鈴木忠平

 まさにプロの顔だった。4日、ロッテとのオープン戦後、初本塁打を含む3安打を放った森野はナゴヤドームの駐車場で約15人の報道陣に囲まれていた。

 「僕だってそう簡単にレギュラーを明け渡すわかにはいかない。僕にもそういうもの(プライド)がありますから」。

 質問は育成選手ながら三塁の座を狙う中村紀について。プロ11年目の28歳はここで、球界を代表するスラッガーに対して堂々と“宣戦布告”した。それまでの森野からすると、一歩踏み込んだ発言だった。

 1カ月前のことだった。沖縄キャンプ中の2月13日、昼下がりの読谷球場で森野、福留、井端ら主力組がフリー打撃をしているところに落合監督がやってきた。グラウンドに出た指揮官は打撃ケージの裏にいた森野に歩み寄り、何やらささやきかけた。

 「もうすぐ強力なライバルがテストに来るぞ」。

 関係者によれば、この時落合監督はこう言ったという。そして翌14日、森野はそれがオリックスを自由契約になっていた中村紀だと知ることになる。昨季、苦労して立浪から奪った三塁レギュラーがキャンプ終盤にきておびやかされる。不安、不満、不信感…。様々な感情が森野を襲ったはずだ。「何も言うことはありません」。以来、中村紀についての質問には厳しい表情でこう繰り返すばかりだった。

 ナゴヤドーム駐車場での“宣戦布告”から一夜明けた翌日、森野に変身ぶりについて聞いた。
 「この世界は競争ですから。僕も今までそうやってきた。だから原点に戻って必死にやっています」。

 中村紀の獲得については育成枠の趣旨に反するという意見もある。ただプロの世界である以上、地位を保証されている選手なんていない。森野もそうやって立浪を追いやった。そして、その原点をまた思い出した。ひと皮むけた森野の今季がより楽しみになった。

March 10, 2007 02:53 PM 投稿者:鈴木忠平

2007年03月04日

育成選手制度が可能にした「格安補強」:伊藤馨一

 2月25日、中日はオリックスを自由契約となっていた中村紀と育成選手契約を交わした。年俸は昨年の2億円の50分の1となる400万円で、出来高払いなどの付帯条項はなし。仮に支配下選手登録され、150日以上1軍に登録されたとしても、中村紀が受け取れる年俸は最大で1500万円ということになる。落合中日は通算319本塁打のスラッガーを格安に“補強”できた格好になった。

 「お金じゃないですからね。もう1度ユニホームを着ることができてうれしいです。チャンスをいただいて感謝しています」。入団発表会見で中村紀が発したコメントは本心だろう。オリックスとの交渉がこじれた末に自由契約となり、その後は受け入れ先が浮かんでは消えのくり返し。育成選手という形ではあるが、ユニホームを着られる状況となったことへの喜びは、想像以上だったと思う。

 今後、中村紀は2軍で結果を残すことで支配下選手への昇格を目指すことになる。「(近鉄で)レギュラーを獲った時はチャンスで結果を出すことができました。今度もそうなればいいですね」。中村紀はかつての自分とダブらせてこう話した。統一契約書に記されていた年俸400万円は、プロ1年目の430万円よりも低い。プロに入りの頃とほぼ同じ条件、気持ちで再出発を切っている。

 “再チャレンジ”する中村紀に「初心」を思い出させた今回の育成契約について、ある関係者はこう話した。「(育成選手から支配下選手への登録変更の)期限は6月末だけど、そこまで長引かないんじゃないかな。(中村紀は)元々、育成選手のレベルじゃないから」。もちろん今回の契約は協約違反ではない。だが、育成選手制度の運用面で今後へ課題を残したのも、また事実だ。

March 4, 2007 02:34 PM 投稿者:伊藤馨一