2006年04月25日

落合監督と新庄、引き際は対照的でも…:鈴木忠平

 日本ハムの新庄が18日、今季限りの引退を表明した。なぜ今? なぜお立ち台で? 直接取材したことのない記者は不思議に思った。おそらく多くの人も同じ思いだろう。

 一夜明けた19日の阪神戦。落合監督夫人の信子さんがナゴヤドームにやってきた。「新庄さん、びっくりしたわね! もったいない」。前夜、名古屋市内の自宅で落合監督と見ていたスポーツニュースで知ったという。そして話は自然と落合監督の引退時へ。「そうね、あれは突然だったわ」。

 98年、日本ハムでプレーしていたある日、東京都世田谷の落合家では夕食の準備ができていた。「福嗣、きょうはこっちへ座れ。おまえ(夫人)はここだ」。わざわざ長男を自分の目の前へ座らせたことに信子夫人は「何かある」と直感したそうだ。そしてついにその時はきた。

 「なあ、父ちゃん野球やめていいか?」。

 2人は何も言えなかったという。8年過ぎた今、信子夫人は当時の心境をこう語る。「私に何の相談もなかった。自分でずっと考えていたんでしょう。何を言ってもだめだなって思った。だってずっと我慢してきた言葉を男が口に出しちゃったんだから。新庄さんもかなり考えたと思うわ」。

 記録にこだわり、引退セレモニーも、引退試合も拒否したオレ流の引退宣言は家族だけに向けられた。記憶に残るパフォーマー新庄はお立ち台で数万のファンに向けた。生き様が違うだけで、結論にいたるまでの苦悩は同じ…。そう思うと新庄の引退宣言も理解できるような気がした。

April 25, 2006 10:38 AM 投稿者:鈴木忠平

2006年04月18日

荒木の不振の原因は?:伊藤馨一

 荒木が苦しんでいる。開幕から11試合を終えた時点で打率1割5分2厘は、両リーグ規定打席到達者の中でワースト。さらに出塁率も唯一の1割台の1割8分8厘と低迷している。「いつも開幕直後は苦しんでいますから。今年もそんな感じになっちゃいましたね」と荒木は話す。本人に暗さがないことは救いだ。

 現在の荒木の不振には、今年のチーム事情が微妙に影響していると思う。「3番井端」構想だ。これにより荒木の打撃に狂いが生じた。2番に入ったのはルーキーの藤井。能力面うんぬんは抜きにして荒木は先輩の責任を強く感じた。そして開幕後、藤井に結果が出なかったことで、2人分の重圧を背負ってしまった。

 「ボクも井端さんに育ててもらいましたから。今度はボクが藤井を育てる番だと思ってやっています。何とか調子を上げていって、(藤井を)助けてあげたいんですけどね…」。荒木がこう話したのは5日の横浜戦が雨天中止となった時だった。皮肉にもその時、落合監督は藤井をスタメンから外す決断を下していた。

 開幕から5試合目。昨年までと同じ荒木、井端の1、2番コンビが復活した。これで荒木は重圧から解放されたはずだった。だが、その後7試合の打率は1割4分3厘。大事に打ちすぎていることで、特長である思い切りのよさが影を潜めている。巨人が独走気配を漂わせるだけに、復調への猶予期間は長くはない。

 キャンプ、オープン戦を通じて、落合監督は打順について関係者にこう話したという。「井端を2番に戻すのはいつでもできるし、それが1番簡単なことだろう。ただ、今は藤井が頑張って結果を出しているんだから」。だが、それによって生じた荒木の精神面からくる極度の不振は、想定外の事態なのかもしれない。

April 18, 2006 10:48 AM 投稿者:伊藤馨一

2006年04月11日

藤井スタメン落ちで「勝利至上主義」不変を痛感:鈴木忠平

 決断は思った以上に早かった。4月6日、スタメンからルーキー藤井が外れた。

 試合前、落合監督は予告していた。「決断したよ。現時点ではプロ世界で、しかもうちで2番を打つのは無理。ただ失格ということではない」。オープン戦から藤井を2番で起用し、今季の目玉とした新打線を開幕5戦目で解体した。

 その2日前、落合監督は頭をめぐらせていた。開幕から3試合を終えた時点で打線が機能しているとは言えなかった。周囲からは藤井2番起用に疑問の声があがっていた。「まだ3試合だろ。オープン戦と公式戦は違うって。周囲が持ち上げるからだ。打たなくても他にできることはある。新人なんだから育てていかないといけない面もある」。新人を育てるには勝利とのバランスを取りながらぎりぎりまで我慢することが必要。そう説明した。

 ただしばらくの沈黙の後に指揮官はつぶやいた。「まあよっぽど悪けりゃ考えるけどな…」。そして、藤井は外れた…。動揺など絶対に見せない落合監督だが、多少なりとも迷っていたのだ。だが04年の就任から掲げてきた勝利至上主義は今季も不変だった。

 スタメン落ちの日、藤井はプロらしく言った。「プロですから当然。僕はベストを尽くしてきたし、外されて腐っているようじゃつぶれてしまう。これからもやることは変わりません」。結果最優先の成熟したチーム。改めてオレ竜でレギュラーを獲ることの難しさを実感した。

April 11, 2006 12:00 PM 投稿者:鈴木忠平

2006年04月04日

岩瀬、爆睡で復活セーブ:伊藤馨一

 セ・リーグが開幕した3月31日。名古屋市内の自宅に帰った岩瀬は強烈な睡魔に襲われていた。そして…気がついたら朝だったという。睡眠時間は12時間以上。「目覚めは本当にさわやかでしたよ」。そう言って笑顔を見せた。開幕戦でまさかの救援失敗。昨年46セーブのプロ野球新記録を樹立した守護神にとっては最悪のスタート。それでもすぐ床に就いたという。

 失敗は誰にでもある。問題はどうやって切り替え、次に向かうか。岩瀬が出した結論はリセットだった。「早くその日を終わりたいんですよ。いいイメージで次の日を迎えたい。それだったら寝てしまえばいいんじゃないかって思ったんです。最近では、失敗した日はすぐに眠くなるようになっちゃっていますねえ」といたずらっぽく笑った。

 もちろん、最初からできていたわけではない。「最初の頃はいつも(失敗を)引きずっていましたね」と話す。ルーキーだった99年の開幕戦では逆転された挙げ句、1死も取れずに降板した。その時には眠れない夜を過ごしたという。だが、次の日はやってきた。もちろん反省は必要だが、それ以上に考え込むことはマイナスにしかならなかった。

 開幕戦では失敗したが、岩瀬は2、3戦目で連続セーブを挙げた。そんな切り替えの達人の失敗した時の心得は…。「クヨクヨしていても始まらないんです。終わったことは戻ってこないんですから。先にあるもので、それ以上にやればいいんです」。簡単そうでなかなかできないことだが、そこにピンチ(=失敗)に強い岩瀬の秘密がある。

April 4, 2006 12:41 PM 投稿者:伊藤馨一