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2007年03月14日

日本ハム木下の夢は1軍初勝利

 今年は「1軍で初勝利が夢だ」と話すのは日本ハムの2年目、木下達生投手(19)だ。

 今春のキャンプでは投げ込みとスタミナ作りに目標を置いた。投げ込みは速球を中心にカーブ、カットボール、スライダーといった変化球の制球力をつける工夫をした。ピッチングの間を取り、右足に体重を乗せての腰のひねりやタメ。そしてリズム良く投球する事に重点を置き、走って投げての調整を積み重ねた。木下は「楽しく調子良く練習ができて制球力もついた」と言う。最速146キロの直球と変化球の磨きに期待がもてる今シーズンだ。

 3月1日の教育リーグの開幕ロッテ戦(ロッテ浦和)では開幕投手として登板した。1番の早坂を三ゴロに打ち取ってから安定したピッチングを見せる。2回2死で金沢に4球目の速球を左前打され初ヒットを許した。それでも4回2死後から神戸、金沢、青松、定岡を4者連続三振に仕留める好投を見せた。

 この日は5回、64球を投げ1安打、6三振、無四球、無失点で首脳陣に強烈にアピールした。最速は139キロだったが、スライダー、カットボールの変化球も良く制球され、ロッテ打線を抑えた。野村2軍投手コーチは「投球にリズム感があり、間の取り方が良かった。1軍のチャンスも十分にある」と合格点だった。

 木下も「開幕の気分でした。ピッチングも気持ちよく投げられた。今年は1軍で初勝利が夢ですからね。昨年のプロ初登板は西武戦でカブレラとリーファーに打たれたホームランは一生忘れられない。今年はチャンスを大切に1軍を狙います」と気合が入っている。 しかし3月9日楽天戦(鎌ケ谷)では1回2死走者一塁で4番フェルナンデスに2球目のカットボールを右翼席に2ラン、そして横川、憲史に連打され初回に3失点と苦しいスタート。4回にも1死走者二塁で中島に2球目スライダーを左翼席に2ランと本塁打に泣いた。木下は「配球間違いでした。反省してピッチングを勉強です」と次の登板でリベンジだ。

 福良2軍監督は「もっと勉強が必要」とアドバイス。3月12日現在、2試合に登板し1勝0敗、防御率5・00。

 ◆木下達生(きのした・たつお)1987年11月28日生まれ、愛知県出身。東邦から05年の高校生ドラフト3巡目で入団。好きな言葉「夢球」。ボールに夢を込めて投球したいと言う。目標の投手は中日川上。昨年1軍で2試合に登板、0勝1敗、防御率7・56。イースタン・リーグでは9試合に登板、1勝3敗、防御率2・70。183センチ、90キロ。右投げ右打ち。

 ○…ヤクルトの昨年ドラフト大学・社会人希望枠の高市俊投手(22=青学大)は3月7日のロッテ戦(ロッテ浦和)の教育リーグで2番投手としてプロ入り初登板をした。6回裏、4-3でリードしている場面で救援登板した。5番神戸を3球三振、6番新里も三振、7番定岡も3球三振。3者連続三振と好スタートを見せた。7回には8番角中を四球、9番藤井に3球目のスライダーを中前打され初安打、無死一・二塁のピンチを迎えた。しかしここからが強運ぶりを発揮した。1番の早坂は中飛。二塁走者と一塁走者が飛び出しており三重殺が成立したのだ。
 高市は「カーブ、ツーシーム、スライダーと変化球を全部投げた。6回は思った通りのピッチングでしたが、7回の四球は反省です。最速139キロでしたがもう少しスピードは出るでしょう。三重殺は野球生活で初めての経験です」と初登板を振り返った。ネット裏では「実戦に強い変化球投手で最速145キロ以上は出る投手だ。もう少し投げれば結果は出るでしょう」と評価をしていた。この日は2回22球を投げ1安打1四球3三振、無失点だった。

 ○…日本ハムのルーキー、今浪隆博内野手(22=明大)が実戦に強い打撃を見せている。3月1日、教育リーグのロッテ戦では「9番遊撃」でスタメン出場し、3回の初打席で三島から右中間に二塁打。7回には中郷から投手強襲安打し4打数2安打とデビュー戦を飾った。福良2軍監督は「勝負強くて実戦向きだ」と評価した。3月12日現在、5試合で4試合連続安打を含む17打数6安打、1打点、2三振、1盗塁で打率3割5分3厘。左右に打ち分ける打撃が光る。大学4年の秋に打率3割6分1厘と打ち、打撃2位に入っただけあってシャープな打撃は買える。守備範囲も広くフットワークもいい。思い切った気持ちで打球を追うプレーは好感が持てる。3月9日楽天戦で初の3番を打ったが、3打数ノーヒットに終わり連続安打はストップした。好きな言葉は「自分に勝つ」。注目したい新人だ。

河野祥一郎「今週のイチ押し!」
河野祥一郎(こうの・しょういちろう)
 1940年(昭和15年)愛媛・今治市生まれ。59年愛媛県立西条高校卒。同校野球部では内野、外野を守り1番を打った。芝浦工大に進学し、大学2年から野球部マネジャーとなり、同校野球部の東都大学野球リーグ優勝や、明治神宮大会などで日本一のチーム作りに貢献する。
 63年の卒業と同時に、日本プロ野球機構コミッショナー参与で東大野球部監督だった神田順治氏の推薦により、セントラル・リーグ野球連盟の記録部に入社。66年から5年間、故鈴木竜二元セ・リーグ会長宅に下宿し、プロ野球について勉強。69年4月15日大洋対広島1回戦(川崎球場)で、公式記録員のスタートをきる。
 数々の名勝負、名場面の中でも、73年8月30日阪神対中日の延長11回ノーヒットノーラン試合、76年の巨人加藤初投手のノーヒットノーラン試合、94年巨人槙原寛巳投手の完全試合、97年のヤクルト石井一久投手の、98年の阪神川尻哲郎投手のノーヒットノーラン試合を担当した。
 そしてイースタン・リーグでも82年日本ハム芝投手や、99年巨人入来祐投手のノーヒットノーラン試合も見届けた。  日本シリーズ3度、オールスターにも5度参加し、71年のオールスター第1戦(西宮)で阪神江夏豊投手の9連続奪三振と、全セのノーヒットノーランを担当した。
 公式記録員38年間で1808試合を担当し、99年に退職した。
 著書に「スコア・ブックのつけ方」(86年)がある。

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