浅岡真一 独断流

2006年12月22日

今年もいろいろありました

プロ野球10大ニュース

 年の瀬も迫り、平凡ですが、06年の球界を振り返ってみたいと思います。

 (1)金本、世界記録樹立

 4月9日の横浜戦(京セラドーム大阪)は日本球界に、いや世界の球史に残る試合になった。メジャーの鉄人、カル・リプケンの903試合連続フルイニング出場超えを達成。度重なるケガと戦いながらの偉業達成に。プロ野球関係者以外からも多くの賛辞を受けた。最終的には1042試合。来年も金本は出続けるだろうし、もうこの記録は永遠に破られることはないだろう。

 (2)新庄引退宣言も日本ハム日本一

 新庄が4月18日に引退宣言をしたが、安定した投手陣を中心にリーグV。シリーズでも中日に先勝を許したが以後、4連勝。札幌ドームでヒルマン監督が胴上げ。ただ、新庄引退ともに2冠・小笠原が巨人へFA移籍。来年は苦しい戦いが待っている。

 (3)阪神、4年連続300万人突破

 かつてこのコラムで書いたように、阪神は8月下旬から中日を猛追、連覇はならなかったが最大9から2ゲーム差まで詰めた。今岡、藤川、久保田らの離脱が響くも、それでもトラ党は応援し続けた。実数発表になったここ2年は巨人を上回り、すっかり全国区になった。

 (4)原巨人、低迷

 4月は開幕ダッシュを見せ、5月11日には最大14あった貯金は瞬く間に減り、失速。上原が8勝止まりなど先発、中継ぎ投手陣が乱れ、攻撃面でも高橋由、小久保などが故障、4位。日本テレビの視聴率も降下。来年度は主催72試合で40しか中継しないことを発表。

 (5)王監督、胃がんで入院、長期休養

 7月5日、自身が胃の腫瘍摘出手術をすることを発表。17日に慶応大病院で胃の全摘出手術などを受け。8月2日退院。ソフトバンク選手は「監督のためにも」と燃えたが、日本ハムにプレーオフで敗れた。

 (6)ヤンキース・松井が長期離脱

 5月のレッドソックス戦で捕球プレーの際に左手首を骨折。日米で続けてきた連続試合は1768でストップ。回復に手間取り、9月12日、124日ぶりに試合復帰。ヤンキースにとっても戦力ダウンは痛く、地区シリーズでタイガースに敗退。

 (7)外国人監督4人に

 仰木監督の逝去で、中村GMが監督に就任、清原、中村紀の加入でパの台風の目と注目されたオリックスだが、故障人が相次いだ上に投手陣も回転がうまくいかず5位に。球団は新監督にメジャー通算444勝のテリー・コリンズを招へい(本紙スクープ)。これでパは半数が外国人監督。新時代に。

 (8)広島・黒田投手(31)が残留

 最優秀防御率のタイトルを獲得したエースが、FA権を獲得。阪神はじめ何球団かが獲得に動いたが、シーズン中も含め8度の話し合いを持った球団の熱意に黒田は11月6日にFA権を行使せずに残留を表明。4年12億円は、カープ史上、最高俸。

 (9)松坂、井川、岩村がメジャーへ

 ポスティン制で3人のスターが流出。松坂はレッドソックスが60億円で、井川が30億でヤンキース、岩村がデビルレイズが5億3千万で落札。松坂は契約金含め6年約61億と破格、井川は5年23億6千万でほぼ合意。岩村3年9億。この制度は改めて日本球界の課題になるだろう。

 (10)セ・リーグもプレーオフ制導入へ

 4月中旬から検討されはじめ、9月4日の実行委員会で決定。現行のパと同形式ながら、交流戦は12試合減り、144試合制。しかし、シーズン1位を優勝とする点、アドバンテージは無し、日本シリーズと呼べる戦いになるのかなど、矛盾ある方式だと私は首をかしげます。

 ※金額はすべて推定

December 22, 2006 12:43 PM | コメント (4) | トラックバック (1)

2006年12月15日

ほぼ正確なのですが…

年俸契約の「推定」

 慌ただしい時節に入ってきた折、球界の話題の一つとして契約更改交渉があります。今年度の成績、チームの貢献度を対象にして来年度の給料を選手と球団が話し合って決めるシステム(最近は代理人を立てるケースも出ていますが)は、もう長く行われています。

 すんなりサインする選手もいれば、評価が低いと保留する人もおり、まさに悲喜こもごも。ファンの方も「このぐらいもらって当然」「安すぎるんじゃない、もう少し出してやっても……」という思いを抱かれることもあるでしょう。

 さて、そんな今年の契約交渉でビッグな? 更改をした選手が出ました。ヤクルトの監督も兼任する古田敦也捕手(41)です。11日、何と1億8000万円(推定)ダウンの6000万円(最大6000万円の出来高払いも含む)で判を押したのです。

 監督としては2年契約で1億円の保障がありますが総額としては半分以下。もちろん日本球界では史上最大の減額です。一応、野球協約では「選手のその年度の参稼報酬の金額が1億円を超えている場合、40パーセントまでとする」と減額制限が明記されていますが、その選手が同意すればこの限りではない、とも記されています。古田の場合は納得ずくだったわけです。

 ところで、選手の年俸について新聞では「推定」と必ず付記しています。読者の方も不思議に思われているでしょうが、それは選手が正確な数字を滅多に明らかにしないからです。先の古田の場合も「75%減です」と記者会見で語っていました。そこで、ベースとなる昨季の年俸から類推してほぼ各社が“統一金額”を出すのが慣例となっています。ただし、正確性はかなり高いものですし、念押し取材もしています。

 その推定金額に関しては苦いというか、今では懐かしい思い出があります。あれは78年のオフ。通算317勝(歴代4位)を挙げた近鉄・鈴木啓示投手の交渉でした。この年、25勝で最多勝、2・02で最優秀防御率のタイトルを手にした同投手は大幅アップを狙っていました。

 交渉は1時間ぐらいでしたか。番記者が待っていた6畳ほどのプレスルームで会見が行われ「サインはした」と語りましたが、金額はすぐには明らかにしません。その時、机の上に置いてあった夕刊の1面に「4000」という見出しがあったので「これぐらい行きましたか?」と尋ねると、同投手は、わずかに間を置き首を縦に振ったのです。

 すわ、史上初の4000万投手誕生! 確か1面記事になったと記憶してます。ところが翌年、4000万に達していなかったことを同投手が漏らしたのです。何百万という差はなく、わずかに達していなかったことは取材で分かりましたが、結果的に誤報。狼狽すらして、翌年の更改時に修正の原稿を書きました。

 鈴木氏の人間性からしてウソをつく気はなかったはずです。元々、サービス精神旺盛、番記者とも友好的だから、話題を提供しようとしてくれたのです。以後、できるだけ多角的に取材して、正確な報道をしようとあらためて反省しました。

 まあ、古田の場合にはかなり正確でしょうが、来季「代打オレ」でなく「スタメン・オレ」が多くなることも期待しましょう。監督として自らを戦力として期待しているのですから。

December 15, 2006 12:53 PM | コメント (0) | トラックバック (4)

2006年12月08日

最後もプロの選抜軍団なのか

星野五輪監督

 突然、降って湧いた…という印象が拭い得ませんでした。1日、日本代表編成委員会の長船騏郎委員長(82)が、北京五輪野球の日本代表監督に阪神・星野シニアディレクター(SD)就任を打診したことを明らかにしました。11月中旬に電話で打診、好感触を得たことも公表しました。

 この発言を同日伝え聞いた星野SDは困惑の表情を浮かべながら「私はプロ側の人間。光栄なことだがプロ側から正式な要請を受けたわけではないので返事できない」と慎重な姿勢を示しました。しかし、プロ側は唐突に出てきた話として驚き、というより怒りすら表しました。

 3日後に開かれたプロ野球実行委員会。日本代表監督の人選には結論を出していない状況の中で“長船発言”に対して「情報の出方がプロ側としては釈然としない」(阪神・野崎取締役)という声に代表されるように多くの球団から、さらにコミッショナー事務局の方々も不快感を隠そうとはしませんでした。

 もともとプロ、アマ合同の全日本野球会議・日本代表編成委員会という組織があり、監督、派遣選手の選考などが話し合われることになっているのですが、プロ側としては星野氏がどうのこうのではなく、長船氏の先行発言に“メンツをつぶされた”、良いように言えば手順が違うというムードがあったようです。

 私はこの行き違いに関しては、まあプロ側の論理の方が当たっていると思いますが、大した問題ではないと思っています。それよりアマ側からプロの人間を招請しようとする姿勢に疑問を感じるのです。

 五輪の野球の歴史を振り返ってみれば84年のロサンゼルス大会、公開競技として採用されました。参加国は8。日本は松永怜一監督はじめコーチ、選手はすべてアマ。伊東(元ヤクルト)伊藤敦(現阪神コーチ)に正田、広沢、和田(いずれも阪神コーチ)ら後にプロで活躍した陣容で金メダルを獲得しました。88年ソウル大会では銀、92年のバルセロナ大会で初めて正式競技に採用され、銅メダルを獲得、96年は銀メダルでした。

 そして00年シドニーからプロ・アマ合同軍が結成されたのですが、メダルには手が届かず。さらに04年は長嶋ジャパンとして、全員がプロで占められようになりました。恐らく北京も同様の布陣になるでしょう。だからこそ、長船氏は掌握力、参加選手の強制力? を見込んで星野氏に白羽の矢を立てたのでしょう。

 でも、五輪の野球は絶対にアマが参加すべきだと考えています。4回目までは最高峰としての目標があったはずだし、そこにモチベーションも高まったはずです。米国もシーズン中とあってスター選手は派遣していません。「世界一決定戦」なら、運営方法に問題があるとはいえ、WBCのような別の大会を作れるはずです。

 15日の全日本野球会議幹事会でプロ側は長船氏に抗議するとしていますが、もう星野ジャパンはほぼ間違いないでしょう。12年のロンドン大会ではソフトボールととに野球も正式競技から外れました。観客動員、テレビの視聴率の低さから今や商業主義が最優先する五輪では復活は困難でしょう。

 だからこそ余計に、北京はメダルを度外視してもアマ選手に門戸を開くべきだったのではないでしょうか。

December 8, 2006 11:48 AM | コメント (20) | トラックバック (1)

2006年12月01日

日本球界も多国籍軍化へ?

阪神の中南米進出

 やはり、この人の発言は影響力があるというか、話題になるようです。星野シニアディレクター(SD)のことです。先月末、あるイベントに参加した同SDは外国人補強に中南米地区にターゲットを広げるプランを明かし、今月中旬に行われるベネズエラ・ウインターリーグに調査団を派遣することも、決まりました。

 やっと目を向けたのだなあ…という思いもありますが、これまで日本球界の助っ人獲得はほとんど米国球界の市場に限られてきました。編成担当が渡米するなり、提携球団のあっせんを受けるなどで補強をやってきました。

 唯一、中南米に早くから注目したのが、広島カープです。メジャーリーグが将来、有望な選手を育成するための研修組織を運営していることにヒントを得て90年、ドミニカに「カープアカデミー」を設立しました。先見の明があったと思っています。

 ちょっと調べてみたのですが、06年度の開幕時点での外国人の支配化選手登録は52人。うち米国生まれは31人と多いのは確かですが中南米や、台湾、韓国、豪州など9カ国生まれの選手は21人。4割以上を占めていました。その点では今回の阪神の新戦略は時代の流れに沿ったものでしょう。

 ただ、そう簡単に直接交渉で獲得するのは不可能に近いでしょう。岡田監督が星野プランについて「(将来の)ルートを作ろうということでしょう」と語っていましたが、的を射てると思います。前述の中南米出身者にしても、一度は米球界に属してから、来日した選手がほとんどです。

 時間がかかる上に、なお“障害”があります。日本の球団とメジャーとの資金力の差です。西武松坂に60億円、阪神井川に30億円の落札額を提示できるのです。ある選手に目をつけても金庫の中の豊富さで勝ち目は、なかなかありません。

 さらに、メジャーで芽が出ず、日本にきて活躍すると大幅な年俸アップを要求してくるのが常です。現在、ソフトバンクとズレータとの契約交渉が難航しているのがその一例で、やむなく契約解消というケースはこれまで何度もありました。プロだから、アップを望むのは当然としても、球団としては経営上、他選手ともバランスを考慮するのも止むを得ないでしょう。

 この阪神の中南米進出で刺激を受ける球団も出てくるのではないかと想像しています。2、3年で実を結ばなくても、地道に活動を続けていけば、いつか成果が上がるかもしれません。

 前回のコラムでは日本人選手の海外流出に危機感を覚えていると記しましたが、一方で日本球界の外国人獲得にも変革の機運が出始めたと解釈しています。個人的には日本人選手の中からスターが続出するのが球界の発展の第一だと思っていますが、かつてはバース(阪神)や近鉄時代のローズらファンを熱狂させる助っ人がいました。

 5年後、10年後、果たして外国人獲得の戦略がどう変わっているか、密かに注目しています。

December 1, 2006 11:39 AM | コメント (0) | トラックバック (0)