2006年06月30日
いっそのこと現場にアンケートを…
再び審判問題
先日、審判の判定に対する巨人、ヤクルトが提出していた抗議書、意見書にセ・リーグ豊蔵一会長名で回答書を返送、阪神には口頭で返答されました。
その内容は既に紙面でお読みかもしれませんが、概ねの内容は「審判員の判定は最終のもの。連盟会長や審判員は論評すべきものでも、左右されるものでもない」と従来通りの考えを繰り返していました。
論評できない…。実に奇妙な返答です。ヤクルト古田監督が直後に「じゃあ誰に抗議したらいいのかな。おかしな組織だね」と疑問を呈していました。私も全く同感です。選手が暴行を働いた場合には出場停止や罰金の処分を科すのに審判員は不可侵だということでしょうか。大阪弁で言えば「どこへ言うていったらエエねん!」ということになります。
確かに審判は正確なジャッジをして当たり前という大きなプレッシャーを抱えていると思います。今季は不幸な事故も起きました。また人間のすること、時には間違いも起こすこともあるでしょう。しかし、審判と同じく選手にも生活権があります。
だから、判定ミスを限りなく少なくするために、コミッショナー、連盟が中心になって各審判員の技術向上に全力を注ぐのは当然のことです。
私は先々週に書いたように外部委託、審判団が独自組織を作り、その組織から連盟が審判を派遣してもらうシステムがベストだと考えています。この形態なら競争意識が激化、技術向上にもつながるでしょう。
ただ、現実に今年、来年にそのシステムが出来上がるのは難しいでしょう。中長期的な視野を持って取り組んでもらいたいと球界に提言させてもらったわけです。
では、現状でどう取り組むべきか。まずは、チェック機関の設置が第一でしょう。審判員には酷かもしれませんが「信賞必罰」を強化する方向に向かう必要があると確信しています。確かにゲーム後に反省会を開いたり、オフには研究会をして、それなりの努めをしているのは認めますが、球界全体で改善していく時期に来ていると思います。
かなり突飛な提案ですが12球団の監督、コーチ、レギュラー選手にアンケートを求めたらどうでしょうか。彼らは現場で、一番間近で個々の判定を見ているのだから、技量の判断は最も正確でしょう。審判員の生活権を守るため、ワーストは表記せず、ベスト5、10を選んでもらう方法です。もちろん、私情、感情をはさまないのが、大前提。マスコミに非公開でもOKですが…。
連盟の回答に納得できない巨人側は7月3日の理事会、実行委員会で連盟の意見を再度、問うとのことですが、この間の連盟の姿勢からして、新しい見解は出てこないでしょう。何か大きな流れの変化が起きればこのコラムを差し替えるつもりではいますが…。
June 30, 2006 10:33 AM | コメント (1) | トラックバック (18)
2006年06月23日
今年も明暗が…Tは大健闘
交流戦の総括
1カ月以上に及ぶセ・パ交流戦が終了しました。開始前は各チームがリーグの違う相手とどんな戦いを繰り広げるか、楽しみにしていたのですが、ほとんどが緊迫したゲームを展開し、昨年同様に球趣を盛り上げたと感じています。
ただ、結果的には勝ち組と負け組が予想外にくっきりと表れ、今後のペナントレース争いを大きく左右する流れを作ってしまったと思っています。
とりわけ、巨人の失速ぶりはプロ野球ファン全体にも衝撃ではなかったでしょうか。通算13勝23敗、借金10、快調に3・0ゲーム差で首位を突っ走っていたのに、終わってみれば中日、阪神に4・5ゲーム差をつけられてしまいました。
敗戦にはいろんな要素が絡むのが野球ですが、やはり巨人の場合には主力の故障が最も響いたでしょう。小久保、高橋由、阿部らが離脱してクリーンアップが固定しませんでした。李が16本塁打を放っても補うことはできませんでした。
投手陣でも上原が出遅れ、ローテーションが整備できませんでした。詳しい取材はしていないので正確な分析が出来ないのは申し訳ないのですが、これだけ故障者が続出するのは、チームの管理体制に何らかの問題があるとしか思えません。そのあたりはまた勉強して機会を作りたいと思っています。
さて、ライバルの阪神はひと言でいえば「上出来」でしょう。チーム打率は12球団最低(・245)、今岡や赤星の故障もあって打線の固定が出来ず、タイムリー欠乏症も目立ちました。それでいて貯金6はよく踏ん張ったと言えるのではないでしょうか。
プラス要素としてはウィリアムスが交流戦直後に復帰して、終盤の逃げ切り態勢が再構築できたことです。守護神・久保田が崩れたことはありましたが、チーム防御率は3・08とNO.2、勝てる展開はほとんどモノにしてきたことが大きかったのです。
岡田監督は3位の結果に「まあまあやな」と振り返っていましたが、彼の強気な性格からしてこのコメントは本音ではないでしょう。チーム状態からして、中日に離されんで良かった…というのが心中であったと確信しています。
ヤクルトが終盤、勢い衰え、ロッテに単独Vを譲りましたが、この4位チームまでが、リーグ制覇の圏内に入り、今後のし烈な戦いになるでしょう。パは日本ハムまでの4チームがプレーオフ進出の可能性が高いでしょう。
ところでこの交流戦、昨年より0・5%観客増で終わりました。ファンの支持は持続されたということでしょうが、来年はひと区切りの3年目、更なるファンサービスの余地は残っていると思います。例えば予告先発、今年の阪神のようにホームとビジターのユニホームを逆にする、始球式はすべて一般ファンにする、試合数の増減を検討する、ETC…。
すばらしいアイデアがあれば、コメントとして送っていただきたいと思います。可能な限り、掲載させていただきたいと思っています。
June 23, 2006 12:09 PM | コメント (2) | トラックバック (5)
2006年06月16日
いいアイデアと不要な抗議文
審判団の再編成
球技の審判は重要なポジションです。1つの判定によりゲームの流れが変わったり時には勝負の行方を左右してしまいます。だから、名演出家であることが求められるのですが、実際には100%完ぺきなジャッジができているとは言い難い状況です。まあ人間だからミスはあるでしょうが…。
さて、その審判を巡ってプロ球界で最近、2つの動きがありました。1つは阪神岡田監督が組織の独立化を提言したこと。もう1つは、ベースの踏み忘れの判定に巨人が「誤審」としてセ連盟に抗議書を提出したことです。
まず、岡田監督の提起は基本的に大賛成です。彼は「民営化」と表現していますが、その方が各球団にも審判団にもメリットが多いと思います。現在は両リーグに所属して、給料をもらい労組も組織しています。この形態を人材派遣会社のような組織にして、各ゲームに送り込む方式です。
実は最近、パ連盟の関係者から聞いたのですが、その人も同様の考えで交渉を何度も行った(相手は顧問弁護士)とのことです。しかし、現状の方が給与保障など有利な条件があるとのことで、何度か決裂したとのことです。
新組織の設立資金や法人化などの諸課題はあるでしょう。でも、しっかりした審査委員会を作り、技術の巧拙を競う団体にすれば、全体のレベルの向上につながるはず。さらにユニホームのソデに広告を募ることも可能で、年金の積み立てにも役立つでしょう。
メジャーではコミッショナー直属。ただし審判学校が2つあり、そこで技術を習得し、卒業証書をもらった人がほとんどジャッジしているとか。日本では正式な学校はなく毎年、筆記と技術のテストが行われ、採用された人が2軍から修業を積み、やがて1軍へ、がパターン。プロOBが多いのもこの方式があるからでしょうが、よほどの失態がない限りは永久就職。年収1000万円を超える人もそこそこいるとか。
岡田監督もこの年功序列に疑問を呈し、各ゲームでのギャラはコミッショナーと12球団で持てばより競争社会の原理が働くと主張しているので、私も同感しています。
もう1つの巨人の抗議書ですが、李のホームランで一塁走者・小関が三塁ベースを空過、ロッテ今江のアピールでアウトになった“幻の2ラン”にDVD添付で送ったものです。その時点では何の抗議もせず、DVDを見てからやり直しを求めるなんて常道を逸しています。
阪神も今季4月上旬、2度ビデオとともに抗議文を送っていますが、こんなやり方はすべきではないと断言します。今回も巨人は判定へのビデオ導入を提言していますが、そんなことをして、1度認めれば次の可能性ができ、収拾がつかなくなります。野球の連続性、スピーディーさが失われ、魅力はなくなります。大相撲は勝負が決してからの確認ですから全く異種です。
確かにネット裏から見ていて首をかしげる判定はありますが、それを解消するには一にも二にも審判の技術向上。抗議書を送ることより、コミッショナー、両連盟、実行委員会で外部委託に移行することを検討することの方が、長い目で見て、球界の発展につながるのではないでしょうか。
June 16, 2006 09:00 AM | コメント (4) | トラックバック (20)
2006年06月09日
最悪の事態は避けられたが…
急神統合決着へ
事態は、一挙に進展しました。阪急が5月29日に阪神株の公開買い付け(TOB)を発表。このTOBの対象は村上ファンドが保有する47%前後の株が主目的だったが、5日に村上世彰氏がインサイダー取引の疑いで逮捕されるに至って、同ファンドは受け入れざるを得なくなったのです。
その2、3日前から売却の方向に進んでおり、逮捕によって決定的になりました。私は経済に決して明るくはありませんが、村上ファンドが阪神の経営を主導することなど、絶対にあり得ないと思っていました。阪神側がそうなれば、全役員が辞任すると明言しており、鉄道はもちろん、レジャー事業、百貨店経営のノウハウを持っていないからです。
タイガースのファンにとっても、ほっとひと安心というところですが、これについても、私は楽観視していました。買い占めを続ける中で、村上容疑者は「企業価値」という言葉を良く使っていました。タイガースはその最たるもので、それに手を付けることはないと考えていました。
ただ、阪神の子会社から引き離して上場するプランは明らかにしました。この辺りは彼のゼニ儲け欲からの発想だったのでしょうが、私はかつてこの欄で反対姿勢を示しました。主な点は2つです。一つは株主優待で一般のファンが不公平を被る危険性。さらに株主が無茶な要求をして球団や監督、選手の人事に口を出しかねないからです。
ところが、つい最近、ある著書を手にして、いろいろ考えさせられることがありました。元プロ野球投手で参議院議員も務められた江本孟紀氏が新たに著した「プロ野球をダメにする構造」(税別1000円、PHP研究所刊)という本です。
江本氏には失礼ながら、米国の野球組織を詳しく勉強されていて、そのシステムと日本の野球を比較、わが国には「致命的な構造」があると持論を展開されています。
どこやらの画家のように盗作になってはいけないのであまり詳しい内容を記す事は控えますが、その論調の一つに親会社が1球団を保有するのは将来的に限界があり、メジャーリーグのように複数オーナー制にすべきだという説がありました。
確かに、戦後、特に1950年の2リーグ分立以降はこのシステムがほとんど踏襲されてきました(現在の広島カープは違いますが…)。そして、一昨年の近鉄、オリックスの統合(事実上は近鉄の売却)のように南海、阪急など子会社の赤字を抱えられず、手放すことが、繰り返されてきました。
複数オーナー制では球団の経営から補強、監督の人事など統括する優秀なゼネナルマネジャーが不可欠。日本にそんな人材がいるかどうか。そこが日本球界の大きな課題でしょう。
阪神は手塚オーナーが退き、宮崎恒彰氏が後任に、これまで通り阪神電鉄の子会社で再出発することになっています。これほどの人気球団、阪急も異論がないようですが、過去の低迷時代を体験している身としては、今の隆盛が永遠に続くか、見守っていきたいものです。
June 9, 2006 10:39 AM | コメント (1) | トラックバック (12)
2006年06月02日
また功労者が1人…
追悼・故小林治彦氏
5月27日夜、ある阪神のフロントOBが亡くなられました。白血病の病魔に侵されているのが発見されたのが今年頭。すぐに入院され、闘病生活を続けてこられました。無菌室で治療を施されながら、携帯電話は使用されていました。2月初旬、私用で私がかけると留守電。すぐに掛け直してくださり、お願いをしたのですが、それが肉声を聞いた最後になりました。
いろんな人生経験をされた方で、私もそれなりのお付き合いをさせていただきました。寝屋川高時代にはセンバツ大会に出場、法大に進み、新人監督を務められ、大阪日刊スポーツに入社。途中、休職して御所工(奈良)の監督として甲子園にも導かれました。私が入社した頃は復職、いろんな教えも受けました。
そして、1976年、阪神タイガースに乞われてスカウトとして転職。私が野球記者としてデビューしたのはその2年後。阪神担当になった83年から本格的なお付き合いが始まりました。いろんな役職を務められたのですが、やはりチーフスカウトとしてチーム強化に尽くされたことが最大の功績でしょう。
現在の岡田監督の入団に際しては交渉役の責任者として活躍され、その後も法大の先輩・田丸仁氏(故人)を立てながら、名コンビでスカウト陣をまとめ、優れた眼力で有望選手を獲得されてきました。
思えば85年の初の日本一、氏を中心にしたスカウト陣が獲得した選手の活躍があってこそでした。5番の岡田、平田、守りの要・木戸捕手、先発の池田、抑えエース中西…。当時は管理部長でしたが、吉田監督の思い切った登用と一体になった陰の功労者だと思っています。
苦い思い出もありました。あの球界を揺るがした“江川事件”。空白の1日。野球協約の不備をついたドラフト会議の前日の巨人の江川宣言。翌日、阪神は敢然として江川を1位指名(当時は完全ウエーバー制)。だが、自民党・舟田中議員をバックにした江川氏側のガードは固く、本人と1度も交渉できませんでした。
「一スカウトではどうにもならんわ…」。当時は近鉄担当でしたが、援軍に出かけた時、そうつぶやいておられました。結局、金子コミッショナー(当時、故人)の裁定で1度は阪神に入団、小林繁投手との交換トレードが同時に発表されたのです。
後の取材によれば「獲得する自信はない」と氏は進言したとのことですが、球団トップの指令に従わざるを得なかったとのこと。まあ、小林投手はその後エースとして数年も活躍したのですから、苦い思い出も薄れていったことでしょう。
阪神を定年退職した後、実家の天理教の家業を継ぐべく修行され、枚方市内のある分教会長に就かれた。不謹慎と言われるかもしれないですが、土曜日に亡くなられ通夜が月曜日、葬儀が火曜日。このタイミングがあって岡田監督、オリックス中村監督が通夜に駆け付けることが出来ました。
天理教は神道。逝去は「出直し」と表現するようです。自分に関係が深かった人たちが来られるよう別れの場を作ったのではないかと思えてなりません。死が避けられない身で「最高の出直し」をされたのではないでしょうか。
June 2, 2006 10:35 AM | コメント (0) | トラックバック (5)
