浅岡真一 独断流

2006年04月14日

金本は阪神にも大きな財産を残した

世界新の偉業

 素晴らしいセレモニーでした。9日の金本の世界新記録樹立。試合後、阪神が企画した記念イベント。大阪ドームで目の当たりにして年甲斐もなく、目頭が熱くなりました。
 一つの通過点だからでしょう。底抜けの喜びは表さず、むしろ淡々とお立ち台に上り、リプケンの祝辞に聞き入り、長寿の秘訣、思いを明かしていました。そのセリフについてはもう既に大々的に報じられているのであまり触れないでおきます。

 これは余談ですが、ケーブルTVを御覧になっていた方、翌日の新聞を読まれた方はスコアボード内のリプケンの姿を見れなかったことに疑問を持たれたのではないでしょうか。これは、肖像権の問題が絡んでいるからだと聞きました。阪神が本人に正式な許可を受けていたため、スタンドのファン、現場の報道陣、関係者だけは見ることができたそうです。アメリカ社会の一端を垣間見た感が残りました。

 さて、金本選手のことに戻りますが、彼が勲章を手にしたことは偉大ですが、それは彼個人に止まることなく、タイガースにも勲章、新たな伝統を与えたと思っています。彼の練習態度、野球に対する姿勢、ふだんの生活習慣、これらは若手の手本になっています。

 球団関係者に聞いてみると中堅、若手は遠征に出た時、無茶な夜遊びはしていないとのことです。そりゃあ金本も聖人君子ではなく夜の街へ繰り出すことも、たまにはあると自ら明かしています。だが、自己管理をきちんとやっているから、偉業を達成できたのであり、その背中をチーム全員が見ています。

 かつて闘将と呼ばれた西本幸雄氏に阪急の監督時代の思い出話を聞いたことがあります。福本豊、加藤秀司らが若手だった1965年(昭40)、彼らを鍛えるべく西宮球場の左翼スタンド下の室内練習場で打ち込ませていました。初めは数人だったのが、一人二人と増え、すぐに全員が揃うようになりました。「オレはその時、しめた!と思ったね」。チーム全員が懸命に練習する気風。これが後の阪急の伝統になり黄金時代の礎を築いたと言えます。

 阪神でもかつて掛布が頭角を現し、スター街道を歩んでいったころは猛練習で周囲を圧倒し、それが手本となりチームメート、後輩たちに素晴らしい影響力をもたらしました。しかし、彼が晩年を迎え、引退してしまった後には、強烈なインパクトを与える主軸バッターは、私の知る限り出現しませんでした。

 それがチームの低迷にもつながっていったと受け取っています。だが、今や金本を中心に矢野、下柳の38歳トリオがグラウンド内外で範を示しています。もちろん赤星、浜中、鳥谷、関本をはじめ後輩たちも、いい手本であることは十分、理解しているでしょう。

 現状は戦力が整っているから2、3年は優勝争いするでしょうが、多少、戦力が落ちても金本らが残してくれた“財産”は永遠に保有してもらいたいと願っています。

April 14, 2006 12:37 PM

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