2005年10月04日
それでも、稲尾の偉業は生き続ける
藤川の日本新記録
阪神・藤川がダブルの歓喜を手にしました。9月29日の巨人戦でリーグ優勝を日本最多登板(79試合)で飾りました。ほとんどの阪神、いや日本のプロ野球ファンの多くはご存知のことですが、記者席にいた私にもすこぶる感動的シーンでした。
1年間の試合数の半分以上に登板したのですから、山あり谷ありのシーズンでした。決して体調万全で乗り切った訳ではありません。連投が30試合以上を超えたのですから、疲れが蓄積したことは当たり前のことです。8月下旬には扁桃腺炎で2試合欠場したこともありました。しかし、彼は「疲れ? それは禁句でしょう」と言い続けてきました。
さすが「土佐のいごっそう」といえる精神力の持ち主です。そう言えばいごっそうの先輩・中西ブルペンコーチはシーズン前に「藤川には70試合以上行かせるよ」と宣言していました。一方でシーズン半ば、をチラリと見せてくれて「全く投げない日も作っているでしょう」とケアに対する自信を示していました。
周りにも支えられての金字塔。ただ、私は稲尾さんの偉業は記録が破られても日本プロ野球の歴史の中でさん然と輝くものだと思っています。オールドファンの方なら記憶に残っている方も多いでしょうが、若い野球ファン、いや私もあの方の現役時代を知らないので、ここで簡単に回顧したいと思います。
稲尾さんは1956年、別府緑ヶ丘高校から西鉄ライオンズに入団、三原監督にその素質を見込まれ、1年目に21勝6敗、防御率1.06で新人王に輝きました。以後35、33、30、20、42、25勝と7年間で200勝をオーバーした、まさに鉄腕です。
神様、仏様、稲尾様……のキャッチフレーズが出来たのは、私の記憶では58年の日本シリーズ、巨人に3連勝を許しながら、稲尾さんが4連投で4連勝と奇跡の日本一になった時だったはずです(稲尾さんはその前にも2試合登板して、通算は6試合でした)。
まさに化け物。今の野球では考えられません。テレビで幼少の頃に見ただけなので、後にライバルの方々に取材してみるとストレートはキレ抜群、スライダー、シュートは曲がりが鋭く少なく、それがバットの芯を外させるのに絶妙だったそうです。
神様……から3年後、78試合登板を達成したのですが、140試合制でその中身は先発30、救援48試合で42勝の日本記録を樹立しました。投球回数は404イニング。まさに鉄腕といえるでしょう。
藤川の快挙は称賛するばかりですが、稲尾さんの場合は“両刀使い”。打撃技術の向上、分業制の確立と時代の変化がありますが、稲尾さんの偉業はプロ野球の歴史に永遠に残るものです。
それと、稲尾さんの藤川へのコメントです。「チームが優勝するために登板してできた記録、胸を張ってもらいたい」と。61年、西鉄は3位。稲尾さんがどんな思いでマウンドに上っていたか、胸が熱くなる言葉でした。
October 4, 2005 11:16 AM
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コメント
稲尾投手の偉大さは、わかっていたつもりですが
藤川投手へのコメントを読み一層偉大な方なんだなと再確認しました。
実績は、皆さんご存知かと思いますがこういう形で現代の野球ファンの方々に知って頂いた事がとてもうれしく思います。
投稿者 ふうりん : 2005年11月29日 17:24
稲尾さんの記録は、確かに凄い!と思いますが...
なぜそんなに、球児の記録と比べるのか?疑問に感じる部分もあります。
もちろん試合数の違いや、投球回数、中継ぎ・先発でのフル回転など...
しかし、それを言っていたら記録は必要なくなると思う。
例えるなら、オグリキャップとシンボリルドルフ(古いですが...)どっちが強いとか、
大鵬と朝青龍のどちらが凄いかみたいな感じかな?
とにかく、稲尾さんも「胸を張って...」とおっしゃって下さったのだから、素直に褒めてあげたい!
球児の苦労だって大変だったと思います。
怪我やファーム暮らしの日々などを思えば、こんなに成長した球児がマウンドに上がるたび、
涙が出ました。
投稿者 はかせ : 2005年10月14日 23:58
藤川の凄さは登板数ではなく低めに伸びる直球だ。
昨年まで球速140km弱の投手が低めに150km出せるようになったことは驚異的だ。久保田も速いが藤川のような低めの伸びはない。
どういうトレーニングを積めばこのような低めに伸びのある直球を投げることができるのかそのメカニズムを解明すべきで、それがわかれば中学生や高校生の投手の育て方が格段に向上するはずだ。
昨年までの藤川との違いは見た目に踏み出すステップがやや狭くなり腰の位置を高くしたように感ずる。これだけで球速が10km以上増すとは思えないので他にも変えた部分があるのかもしれない。
150km超の速球は天性の素質がなければ無理、と言われていることを平凡だった投手藤川が覆した。そこに野球の指導者は注目しなければならないと思う。
投稿者 珍打くん : 2005年10月13日 06:54
やっぱり稲尾投手には感動です。
現役時代の稲尾投手を見ていませんが、今回の藤川選手への心遣いといい人柄を感じます。年毎のイニング数を調べたら、近年の先発投手の2年分を1年で投げる位のイニング数を何年も続けて(404の年は3年分位でしょうか、今200イニング位投げられそうな投手は松坂投手位?)、あんなに肩を酷使しながらそれでも10年以上投げられたなら、アイシング等肩や腰のケアの技術が有れば、もっと投手寿命も伸びて500勝位出来ていたのではと、文字通りの鉄腕に思いが過去へフィードバックしました。でも肩の回復がもとより図抜けているので回復が早くなれば、この鉄腕なら140試合中60試合くらい先発で行ってしまったかもしれませんね。今では考えられない文字通りのスーパーマン(チョットやそっと鍛えても不可能な人)な選手の特集も良いですね。
投稿者 高橋勉 : 2005年10月11日 10:07
菊地原毅を忘れないでください。
投稿者 Owner : 2005年10月10日 12:08
確かに今のご時世で藤川の最多登板はすごいし、優勝の立役者としての凄まじいストレートの三振は確かに価値がある。言っては悪いが菊地原の登板記録とは比べ物にならない。でも、稲生はやっぱり凄すぎる。登板試合数だけではなく、イニング数が比較にならないよね。私の兄貴なんかは「昔の江夏はクルーンよりも速い球投げていた」と言うから本当にすごい時代があったんだと物思いに耽る、秋です。
投稿者 takeshi-kun : 2005年10月09日 23:49
「それでも、稲尾の偉業は生き続ける」、
さすが練達の野球記者、浅岡真一さんならではの、目のつけどころが違う、素晴らしい記事をありがとうございます。
野球記録を語るものならば、はずせない名著、宇佐美徹也さんの「最新版 プロ野球データブック」(講談社文庫)のなかで、この稲尾のシーズン最多試合登板について、昭和59年の事後談にふれた箇所があります。
そのなかで、プロ野球の後輩たちが、「稲尾が腕を折れよと投げぬいて残した価値ある」この記録に、最大限のレスペクト(敬意)をもっていたことが、宇佐美さんらしい野球への愛情に満ちた筆致で、記されています。
おそらく、浅岡さんは、何もかもご存じで、最後に、稲尾の藤川へのコメント、「チームが優勝するために登板してできた記録、胸を張ってもらいたい」とのコメントを紹介されたのでしょう。
まさしく、今回の藤川の記録は、賞賛されるべき記録更新、
そしてまた、稲尾の偉業は、浅岡さんのおっしゃられるとおり、「それでも、稲尾の偉業は生き続ける」価値のあるものでした。
全盛期を過ぎた稲尾が平和台で投げ続ける様を密かに応援したオールド・西鉄ライオンズファンとして、本当に、うれしく、感謝の気持ちをこめて、初めて、ブログへのコメントをさせて頂きました。
投稿者 過ぎし平和台の日々 : 2005年10月08日 19:52
僕は今年の藤川が出てくると、絶対的な安心感というか、
打たれると思うことがなかった。稲尾さんの活躍した時代
は、まだ生まれてもいなかったので、その活躍ぶりは知り
ませんが、おそらく、登板すれば、観客は安心して見るこ
とが出来たのだろうと思います。内容こそ違え、見応えと
いう点では、同じではないかと思います。
投稿者 ty : 2005年10月07日 22:18
メジャーでは、ことあるごとに過去の偉大な選手を話題にして、そのすばらしさを語り継いでいます。
だから、MLBファンは驚くほどに過去の名選手のことをよく知っています。
かたや、日本ではどうでしょうか?
オールドファンでは常識の名選手でも、若い子はその存在も知らない場合がよくあります。
野球殿堂入りの表彰式を見ても、あの人誰?という風な目で見ている野球ファンも少なくありません。
稲尾を知らない10代の子も多いことでしょう。
大人が常識だと思い語らないと、いつしか常識ではなくなってしまいます。
今回のコラムのように、過去の偉大な選手を現代の選手と絡めて再認識し、語り継いでいくことはとても大事だと思います。
今後も、機会があれば更にコアな選手にスポットをあてて、このようなコラムを書いてください。
できれば、野球放送中やスポーツニュース中でも、色々なチームの名選手を取り上げる機会を増やして欲しいものです。
投稿者 政志 : 2005年10月07日 11:20
稲尾の話となると黙ってられません。
小学生だった小生(浅岡さんと同年生れです馬場辺りの雀荘でお会いしてるかも)がいつも驚愕させられたのは、絶妙精緻なコントロールとともに、打者心理を翻弄する稲尾さんのアタマの良さでした。
ツーアウト満塁、一打逆転の場面。
打者は絶好調、内気満々でバッターボックスへ。
ここで前日完投したばかりの稲尾がリリーフ。
3球続けてボール。ラジオの解説者曰く、
「稲尾、さすがに疲れてますねえ、ストライクが入りません」
4球目、5球目はくさいコースにストライク。
フォアボールが頭に浮かんでしまった打者は見逃す。
そして6球目、シュートがズバリと決まる。
打者は空振り、試合終了。
記憶を要約するとこんな感じです。
全盛期を過ぎたころのほうがスゴかった気がします。
別府の帯刀でもらったサインは今でも小生の宝物です。
失礼しました。
投稿者 泰亜堂 : 2005年10月06日 15:47
稲尾投手の実績が素晴らしいことは、多少なりとも野球を知っている者なら数字を見るだけでもすぐわかることで、今回の記事の内容は正直言って「当たり前ではないか」という印象があります。
それよりも、数字だけではわからない稲尾投手のすごみ、記録を残さなくても藤川投手のような「すごみ」を与えていた他の投手のエピソードなどを、もっと様々な取材を通して今の野球ファンに伝えてほしいと思います。プロなのだからもっと当たり前でないお話を書いてください。
投稿者 山本 潤 : 2005年10月04日 12:10
