2005年09月06日
賛意は有り難いがちょっと自信が……
続・高校野球のあるべき姿
先週の「すべての“暴力”が悪なのか……」というコラムには、驚くほどの反響がありました。ほとんどを「コメント」の欄に掲載させていただきましたが、意外だったのは、時代錯誤もはなはだしい! とお叱りを受けるのがほとんどだと想像していたのですが、そういう抗議、批判だけではなく、現代社会のひずみや親の教育の問題点から迫ったご意見が多かったことです。
私は決して、我が意を得たり……と胸を張るつもりはありません。高野連の方々にも知り合いが多く、ああいうことを書くのには、かなりの勇気がいったことは確かです。ただ、私は暴力肯定論者ではなく、時には……という思いを理解してくださった人々がおられたことに感謝さえしています。
日本の高校野球も年々、良化はしていっているとは思っています。前回は全国の野球部員が増加しているデータを示しました。5月31日現在、16万5293人と過去最多になったことをきしましたが、さらにつけ加えるなら、これは8年連続の増加で、昨年比4492人増ということです。そして、高野連への加盟校も昨年比プラス23校に上りました。野球を愛する一記者として、裾野が広がるのは喜ばしいことです。
もう一つのデータとして3年生まで野球部に在籍する“継続率”が過去最高の81・2%になったことです。高野連の過去最多の原因分析として発表されたもので、もう一つ部員100人を超える大規模チームが64校(昨年比プラス10)も要因に挙げています。
レギュラーになれなくても、ベンチに入れなくても野球を続けていく球児には本当に心から拍手を送りたくなります。また、ほとんどの良心ある親御さんや親類の方も立派だとつくづく思います。
もう一つ、これはあくまで私の推測ですが、イジメが少なくなってきているのではないかと考えます。それが継続率の増加につながっていると分析し、分別ある上級生も増えているのではないでしょうか。
ところが、そう思っている矢先、柳川(福岡)で上級生による暴力事件が発覚しました。これには私もショックを受けました。頭を4針も縫うような行為をするなんて、当人も当人ですが、学校側の指導に大いに問題があるのは確かです。
一方で、ある高野連の関係者に「昔でも20発、30発も殴るような指導者はいなかたですよ」と言われました。確かにそうでしょう。愛があれば時には、節度ある肉体的制裁を--との信念はやや揺らぎそうになりますが、基本的に変えないつもりです。
それより、私は各学校に要望したいのですが、指導者、選手、父兄、OBをきちんと監視するチェック機構を作るべきではないでしょうか。愛のない指導者なら、即刻解任するぐらいの権限はあるはずです。
高野連も年々、柔軟な対応をするようになってきています。何でもかんでも連帯責任を負わすようなことはなくなってきています。暴力絶滅の精神もあるべき姿だとは思います。だからこそ、学校側も変わっていかなければ……。ほとんどの純粋な高校球児のためにも……。
September 6, 2005 12:02 PM
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コメント
禅の修行で警策で叩くのは明らかに体罰だが、許されるのはそういうシステムだと明示され、かつ参加者が了解済みだから。
部活の限られた時間内で訥々と説く必要はない。本人も分かっててミスする場合もあるのだから。「ミスったら尻(ケツ)バット一回」てなルールを決めておいて了解させればよい。それ以前に、勝つための厳しさを容認するか、和気藹々で行くかの方針も決めておくべき。一つの部内で混在しててもよい。エンジョイしながら勝てるのは天才に与えられた特権。凡人は厳しさの中で勝利を目指す集団に入るしかない。
暗黙の了解(=阿吽の呼吸)は日本人の美徳たりえますが、時と場合によります。こういう場合は契約文化を見習いましょう。
投稿者 K作 : 2005年10月14日 17:27
少し遅いですが、このコラムを始めて読みました。
色々な意見が出ていて興味深く読んでいるうちに、自分も意見をしたくなりました。
不特定多数の生徒を指導するということは大変なことですよね。素直な子もいれば反発的な子もいます。全ての子が口で言ったことを理解し実践してくれればいいのですが、なかなかそうはいきません。
だからといって暴力を肯定するつもりはありませんが、組織になじまない子がいることも事実です。そこで、暴力により理解させようと考える指導者が出てくるのでしょう。しかし、暴力を否定した場合、その様な子にはどう対応したらいいのでしょうか?授業がわからない子のように補足説明を延々とするのですか?指導者は、その様なことに力を注ぐより、もっといいプレーができるように、プレーについて指導したいことでしょう。だとしたら・・・部内の空気になじまない子や空気を乱す子を部の判断で退部にすることはできないのでしょうか?
皆が一丸となって勝利を目指しているときに、そうでない子がいたら。。。同好会やサークル向きの子も多いはずです。
でも、部活動を教育の一環としている日本では、MLBやNBLのようにシビアにクビにはできないでしょうね。
社会に出ると会社組織に入ることになりますが、その殆んどの場合、上司は部下を選ぶことはできますが、部下は上司を選べません。上司は気に入らない部下を他の部署に回せばいいので熱血漢を表に出す必要はないのです。そして部下は、上司を気に入らない場合は、自分でやめていくしかないのです。
しかし、やめさせる権利を持たない部活指導者とやめる気のない子と保護者。これが現実です。
特に学校や地域から勝利を要求される部活指導者のストレスは想像を絶すると思います。
コラムに対して理想論による反論ははいくらでも言えると思いますが、もっと現実的に、色々な角度から判断した反論をして欲しいものです。
投稿者 政志 : 2005年10月06日 17:56
野球をこよなく愛する30代の主婦の方へ
「保護者」っていう表現は今や常識だと思いますけどね。こちらが伝えたい事は一言ならそうなります。文章にするとカタイ感じに受け取られるかもしれませんが、言っている内容は至極単純です。見知らぬ方に真意をキッチリ説明しようとするとどうしても字数が多くなるのであしからず。
暴力を交えた指導については、他の投稿にも書きました(「すべての“暴力”が本当に悪なのか…」に対する私の投稿の事です。)が、なぜか野球(特に高校野球)は軍隊の影響を一番残している競技だと思いますから、そういう部分から根本的に是正していかないと中々無くならないんじゃないでしょうか。指導者が言葉や動作などで指導する自信が持てない場合などについ(発作的に?)出てしまうのかも・・・。
投稿者 SPORTS評論家 : 2005年10月01日 22:34
SPORTS評論家さんへ
あなたの文章を読んでいるとやっぱり気難しいことを言っているように感じてしまいます。
ご自身で仰っているとおり、話の本筋からもずれているので、あまりムキにならないでください。
投稿者 珊瑚 翔 : 2005年09月29日 12:42
暴力は悪に決まっています。しかし、子供が暴れたら押さえつけるしかない。そういうことではないのですか、飯を食わないから殴るのはおかしいですが、殴りかかってきたら叩き返すのは必要でしょう。
体罰を肯定化するのは子供のころを振り返った大人のかってなノスタルジーから来る思いでしょう。その時点でそんな高尚な気分になれるような子供は殴られたしないと思います。日本では被害者にも落ち度が、、という考えが常にあると思います。被害者のことをもっと考える人が増えてくれたらもっと日本もいい社会になるのではと考えます。
投稿者 KK : 2005年09月24日 13:48
野球をこよなく愛する30代の主婦の方へ
「保護者」っていう表現は、学校などにおいては今や常識ではないでしょうか。気難しい事言ってるつもりは全然ありません!あなたも小学生の子どもがいるならおわかりでしょう?決して卓上の議論として使ったわけではありませんよ。私だって小学生の子どもがいますし、PTAの役員になって現場で汗も流しました。それらの経験を踏まえて注意喚起しただけです。繰り返し主張させていただきますが、「父兄」という表現は、父親(或いはそれに代わる立場の男性)よりも圧倒的に学校とのやりとりが多い母親(或いはそれに代わる立場の女性)を無視した不適切な表現だと思いますからね。
学生時代の事まで想像だけで決めつけないでください!!
投稿者 SPORTS評論家 : 2005年09月16日 20:02
体罰は法によって禁止されている。
教師による法の侵犯は、教師たる権威を自己否定する。
ゆえにそれは罰でも指導でもない、単なる暴力となる。
暴力には善も悪もない。
ところですべてのスポーツは間延びした暴力である。
投稿者 ドカ便 : 2005年09月16日 16:36
私も野球をこよなく愛する30代の主婦です。
子どもの頃から女の子だてらに、近所の子どもたちと私設野球団を作って遊んだりしてました。その頃のバイブルは「野球狂の詩」や「ドカベン」「キャプテン」はたまた「あしたのジョー」などの、スポ根ものと言われる(この言い方は好きじゃないですが)マンガでした。
学校でも、先生達に反抗するのは当たり前、生徒指導部でソロバンに正座させられるなど、日常茶飯事の学生時代でした。
ですが、今でもその頃の先生達とは仲良くしてますし、決して私は無口でも、無気力でもありませんし、暴力沙汰で警察にご厄介になった事もないですよ(笑)
今現在、小1の娘を持っており、学校の広報活動や地域の広報誌の活動をしてますが、近頃は色んな事に親があまりにも過剰反応しすぎる世の中だなぁ、とは感じてました。
こちらのコメントを読んでいても、それはありありとしてます。
浅岡さんは「体罰」とはおっしゃってません。
なのに、「体罰を受て育った子どもは~」のコメントが入る。
または「父兄」といった言葉使いがおかしい、「保護者」にしろ、だの・・・・・・・。
こういう方達が世の中を複雑にしているんだろうな、と感じました。
きっと、そういう彼らは私のような落ちこぼれ的な学生時代を過ごしてない、と思います。
品行方正な、卓上の議論では世の中は回らない事を、どうか解ってください。
投稿者 gersyon : 2005年09月15日 09:51
基本的には体罰は反対ですが、体罰を受ける側の気持ちはあまり理解されていないのでは?と思います。
私の卒業した学校は体罰OKでした(決してルールで認められていたわけではありませんが)。小中高とそれなりに体罰を受けましたが、暴力で解決する大人でも、何も言えない大人でもありません。同級生にもそんな奴はいません。
教師が憎しみを込めて体罰しているか、愛情を持って体罰しているかを、かなりの精度で生徒側は感じ取れるものだと思います。愛情を持っての体罰には、自分も悪い事をしたのだからといった、かなり許容的な気持ちを持って体罰を受けたことを覚えています。確かに憎しみを込めて体罰する教師(この範疇に「言葉で言うのが面倒だから体罰する」という教師も入るかもしれませんが)もいました。ただ、こういう教師には生徒もついていこうとはしません。所謂、全校生徒からの嫌われ者でした。蛇足-決してまじめな生徒ではなかった私や私の仲間達は、しっかり教師に仕返し(今となっては笑えるレベルですが)し、溜飲を下げましたから。
普段は温厚で体罰などと縁が無い教師が、「育」には「飼育」・「教育」・「智育」と段階があり、親のレベルでされるべき飼育が出来ていない子供には学校でも飼育を施さなくてはならないと言っていたこと思い出しました。
投稿者 体罰経験有り : 2005年09月13日 16:28
体罰で教育された子供は暴力で解決するような大人になるか、何もいえない大人になるかの二つです。
教えるっていう事を言葉で言うのが面倒だから体罰一発で教えてる気になってるだけでしょう。
それは”教育”じゃなくて”調教”って言うんです。
投稿者 airi : 2005年09月12日 16:21
浅岡さん、今回のコラムだけではなく他のコラムにおいても、「父兄」という表現を時々使われますが、これは前時代的な言い方ではないでしょうか。母親の存在や実の親ではない人に養育されている子ども達に配慮して、最近はどこの学校でも「保護者」と表現している筈ですよ。話の本筋ではありませんが・・・。
投稿者 SPORTS評論家 : 2005年09月06日 21:52
暴力やら喫煙やらの前に、現状の高校野球そのものが時代錯誤なんですよね・・・。
老朽化して、アスベストがガンガン舞ってる感じなんですよね・・・。
でもって、早くなんとかしなきゃいけないのに、野球界の改革は遅々として進まず・・・。
投稿者 PJ : 2005年09月06日 18:42
「部活動の指導」は大変だなと、教諭の皆さんを眺めている野球好きです。
ひょっとしたら、他の部活動の場合、指導者がいなくなったら下手をすると休部→廃部という流れをたどる事が多いのに、高校野球の場合には、指導者がいない、という事態にならないから人数が減っていないのかもしれません。
(「皆、そろって転勤しちゃったら?」と尋ねたら「高野連人事があるから問題ない」という揶揄めいた答が返ってきました)
>全国の野球部員が増加している
のは、運動能力の有る生徒が選べる部活動の選択の幅が狭まっていることに遠因があるかもしれませんね。
そうはいっても、かなりの怪我をしても、あるいは女子で公式戦に出場資格が無くても辞めずに頑張っている野球部員がいるということは、魅力の有る活動をされている指導者の方が多い証拠だな、と思っております。
投稿者 (まめ)たぬき : 2005年09月06日 17:37
ゴキブリを自称されるわりには清潔な理想論ばかりなのですね。
投稿者 山駄太郎 : 2005年09月06日 16:44
