浅岡真一 独断流

2005年09月27日

果たして、社会人・大学生への影響は……

注目の高校生ドラフト

 パリーグのプレーオフ、そして日本シリーズとポストシーズンの大イベントが行われる10月を迎えることになりました。先に書いた注目の3位争いは西武が制し、ロッテとの第1シリーズ(10月8日から)が楽しみとなってきました。関西人としてはオリックスが脱落したのは残念なんですが……。

 一方でオフの大イベントの一つがもう間もなく、開かれます。10月3日の高校生を対象にしたドラフト会議のことです。今年は例年になく逸材が多く、最速156キロを誇るサウスポー辻内、高校通算70本塁打の平田外野手の大阪桐蔭コンビをはじめ、各都道府県にスター予備軍が豊富に散らばっています。

 日本高野連は、この早期高校生ドラフトに賛意を表明しています。その最大の理由は、大学の推薦制度が最近は早まってきており、11月まで待っていて、ドラフト指名されなかった場合には、スポーツ推薦を受けれない選手が出てきて、本人に不利になるからということからです。

 いわゆる“青田買い”というもので、ほとんどの大学はそのスポーツ推薦の枠が決まっており、一般的にはセレクション、簡単に言えば「テスト」を行い、そこで合格を得れば、いろんな特典が与えられます。これは公然の秘密ですが、推薦を受ければ、入学はもちろん、入学金の免除、授業料の軽減などを得ることが出来るのです。

 余談ながら、かつて20年前、桑田が早大進学を言明しながら、巨人に1位指名される急転、巨人入りを決意したことがありました。同僚の清原は念願の巨人入りが出来ず、西武に涙ながらに入団したドラフト会議がありました。オールドファンなら、ご記憶されていることでしょう。

 桑田自身の人生ですからこの翻意を非難するつもりはありませんが、早大はもちろんのこと、東京六大学側は怒りは隠せず、無言の合意ということで、六大学はPL出身者の受け入れを拒否する時期が長く続きました。

 今回は日本高野連が「プロ野球志望届」を各選手から受け付け、さる20日に締め切られました。提出者は112人に及び、この中から指名される選手が出てくることになっています。

 この会議の指名順位は25日に確定、この時点のセの最下位・広島からパの楽天に移り、11番目が阪神、ラストがソフトバンクということになりました。1位が重複すれば抽選になり、以後は完全ウエーバー制という方式です。

 12球団と機構側で「改革元年」として、今回の分離ドラフトが採用されたのですが、11月18日に行われる大学・社会人ドラフトに希望入団枠(昨年までの自由枠)が1つあるという点は完全ウエーバー主義者の私には不満です。というのは例えば7年前、この制度があれば上原と松坂の両投手を獲得する可能性があったのです。

 希望入団枠を残したのは12球団の妥協の産物だと聞いていますが、1野球記者としては納得できません。この分離ドラフト、取りあえず2年、やってみて再考することになっていますが不可思議な結果が出た時は来年、見直しすべきと思っています。

September 27, 2005 10:38 AM | コメント (4) | トラックバック (7)

2005年09月20日

球趣は盛り上がるが5割以下でVでは…

パのプレーオフ

 セ・リーグは阪神の優勝が秒読みに入りました。もしかしたら、今週中に岡田監督の五体が宙に舞っているかもしれません。

 一方のパ・リーグは終盤に入ってプレーオフ進出争い、リーグ優勝決定シリーズを巡って、シ烈な争いが繰り広げられています。

 多くの方はご存知だろうとは思いますが、このシリーズについて簡単に説明させていただきます。まず2位チームと3位チームが戦い、先に2勝した方が、首位チームへの挑戦権を獲得します。その首位決戦は先に3勝した方がチャンピオンフラッグを手にします。ただし、首位チームが2位以下のチームに5ゲーム差以上をつけていた場合、1勝のアドバンテージが与えられることが、パ・リーグのアグリーメントの申し合わせ事項に明記されています。

 この方式は昨年度から採用されて昨年は、2位の西武が1位のダイエー(現ソフトバンク)に3勝し、リーグ優勝、その勢いで日本シリーズでも中日を4勝3敗で下し、日本一に輝きました。

 ダイエーにとっては悲運というしかないのですが、アドバンテージを取っていなかったのが響いたことは確かでしょう。

 だから、今年のソフトバンクは最後まで懸命の戦いを続けていますし、安全圏に入るまでは、必死の姿勢を崩さないことでしょう。逆に追いかけるロッテにしても、アドバンテージを与えまいとして、連日、総力戦に近い集中力を発揮しています。

 さらに今年の場合には、3位争いが混沌としています。西武かオリックスが有力ですが、日本ハムが20日に脱落して2チームのマッチレースになりました。ここでもプロ野球ファンには目の離せない日々が続くことでしょう。

 かつて、パでは73年から82年まで2シーズン制を敷いていました。前期、後期と分け、2つとも首位に立てば文句なしですが、優勝チームが異なる場合はプレーオフを行い、先に3勝した方がリーグチャンピオンになるという形でした。私が近鉄を担当していた79年は前期優勝で阪急に、80年は後期優勝でロッテをともにプレーオフで下し、連覇しました。

 残念ながら、広島にはいずれも3勝4敗で敗れ、闘将・西本幸雄氏はついに一度も日本一になれず、ユニフォームを脱がれました。10年間続けて、このシステムで行われましたが、マンネリになっているとの声が多く廃止になりました。

 昨年から採用されたプレーオフ制は、前の2シーズン制よりは優れていると思っています。前回は消化試合が結構あったのですが、今回は3位チームを加えることにより、リーグ活性化という点で、それなりに球趣は増しました。今年のレース展開はその表れですが一つ、疑問に思うことは、3位争いをしているチームが勝率5割を切っていることです。西武あたりが最終的に5割に達するかもしれませんが、もし、5割以下でペナントを獲得すれば、制度見直しの声も起こるだろうし、連盟もこの制度の改良を考えるべきではないでしょうか。

 最後に阪神ファンへ。優勝の余韻に酔いながら、2つのシリーズを楽しまれたらいかがでしょうか。見たい対決、その球団を応援していったら、一興だと思います。

 なお日程は第1シリーズが10月8~10、第2シリーズが同12~13、15~17日の予定です。

September 20, 2005 10:24 AM | コメント (6) | トラックバック (8)

2005年09月13日

厳しく、やさしい大正生まれの母親がまた一人…

故梨田栄子さんを悼む

 その死に顔は安らかで、やるべきことはやりました……と語っているように感じました。献花をし、頬を撫でながら、涙が溢れて仕方がありませんでした。「ありがとうございました。本当にお世話になりました」と何度もつぶやいていました。

 さる7日の夜、近鉄最後の監督、現日刊スポーツ評論家の梨田昌孝氏の実母・栄子さんが死去されました。享年84歳。2日ほど前から病状が悪化し、遂に帰らぬ人となられたのですが、私は天寿を全うされたと思っています。

 栄子さんの夫・豊さんは1967年10月8日に旅立たれました。昌孝氏が中学2年生の時でした。兄と姉と3人兄弟、栄子さんは一家の大黒柱として、パートに働きに出るなどして、3人の子供さんを立派に育て上げ、息を引き取られ時は8人の孫と1人のひ孫がいらっしゃいました。昌孝氏は母の背中姿を見て、新聞配達のアルバイトをしたこともあったそうです。

 その後、昌孝氏は浜田高校に進学、3年では春夏の甲子園大会に出場、秋のドラフト会議で近鉄に2位指名されました。当時の強肩ぶりはすさまじかったと聞いていますし、ある大学からは破格の条件で誘いがあったそうです。しかし昌孝氏は「母を少しでも早く楽にさせたかった」とプロ入りを決意しました。

 その契約交渉時のいかにも栄子さんらしいエピソードを二つ挙げてみたいと思います。まず契約条件については「ウチの子をお預けするのするのですから……」とスカウトの提示に一切口を挟みませんでした。また、取材に駆けつけた記者に「遠くからお越しいただいたのですから、ウチに泊まっていってください」と配慮の言葉をかけたとのことです。

 ただ、やさしい側面ばかりではありませんでした。幼少の頃、昌孝氏のイタズラが過ぎた時、物置小屋に何度も閉じ込められたと述懐しています。それと「自分がされてイヤと思うことは絶対、人にするな」と事あるごとに教育していました。この母の教えは「ずっと守ろうと心掛けてきた」と昌孝氏は語ります。

 その後、近鉄の寮を彼が出るとすぐに大阪へやってきて一緒に生活を始めました。食事、洗濯などの身の周りの世話をし、野球に専念させたい、との親心だったのでしょう。癒着と受け取られるかもしれませんが私はマンションによく訪れ食事をご馳走になったり、お酒もいただきました。そして「昌孝が間違った方向へ行きそうになったら、遠慮なく注意してくださいね」との言葉も受けました。私ごときが注意するような人格ではないのですが、あえて言われたのでしょう。 遺影は01年の祝賀会の着物姿でしたが、この時も会場の片隅にひっそりとイスに座り、祝福に訪れる方々に頭を下げ「皆様方のお陰です」と頭を下げてられていました。

 数多くの苦労をされたはずですが、そんなグチは一度も聞いたことがありません。大正生まれの気骨、やさしさ、感謝の気持ちを持ち合わせた母。世の中には不遇の身の方もかなりおられると思いますが、梨田栄子さんの生き方が少しでも励みになれば……と鎮魂歌を書かせてもらいました。

September 13, 2005 01:11 PM | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年09月06日

賛意は有り難いがちょっと自信が……

続・高校野球のあるべき姿

 先週の「すべての“暴力”が悪なのか……」というコラムには、驚くほどの反響がありました。ほとんどを「コメント」の欄に掲載させていただきましたが、意外だったのは、時代錯誤もはなはだしい! とお叱りを受けるのがほとんどだと想像していたのですが、そういう抗議、批判だけではなく、現代社会のひずみや親の教育の問題点から迫ったご意見が多かったことです。

 私は決して、我が意を得たり……と胸を張るつもりはありません。高野連の方々にも知り合いが多く、ああいうことを書くのには、かなりの勇気がいったことは確かです。ただ、私は暴力肯定論者ではなく、時には……という思いを理解してくださった人々がおられたことに感謝さえしています。

 日本の高校野球も年々、良化はしていっているとは思っています。前回は全国の野球部員が増加しているデータを示しました。5月31日現在、16万5293人と過去最多になったことをきしましたが、さらにつけ加えるなら、これは8年連続の増加で、昨年比4492人増ということです。そして、高野連への加盟校も昨年比プラス23校に上りました。野球を愛する一記者として、裾野が広がるのは喜ばしいことです。

 もう一つのデータとして3年生まで野球部に在籍する“継続率”が過去最高の81・2%になったことです。高野連の過去最多の原因分析として発表されたもので、もう一つ部員100人を超える大規模チームが64校(昨年比プラス10)も要因に挙げています。

 レギュラーになれなくても、ベンチに入れなくても野球を続けていく球児には本当に心から拍手を送りたくなります。また、ほとんどの良心ある親御さんや親類の方も立派だとつくづく思います。

 もう一つ、これはあくまで私の推測ですが、イジメが少なくなってきているのではないかと考えます。それが継続率の増加につながっていると分析し、分別ある上級生も増えているのではないでしょうか。

 ところが、そう思っている矢先、柳川(福岡)で上級生による暴力事件が発覚しました。これには私もショックを受けました。頭を4針も縫うような行為をするなんて、当人も当人ですが、学校側の指導に大いに問題があるのは確かです。

 一方で、ある高野連の関係者に「昔でも20発、30発も殴るような指導者はいなかたですよ」と言われました。確かにそうでしょう。愛があれば時には、節度ある肉体的制裁を--との信念はやや揺らぎそうになりますが、基本的に変えないつもりです。

 それより、私は各学校に要望したいのですが、指導者、選手、父兄、OBをきちんと監視するチェック機構を作るべきではないでしょうか。愛のない指導者なら、即刻解任するぐらいの権限はあるはずです。

 高野連も年々、柔軟な対応をするようになってきています。何でもかんでも連帯責任を負わすようなことはなくなってきています。暴力絶滅の精神もあるべき姿だとは思います。だからこそ、学校側も変わっていかなければ……。ほとんどの純粋な高校球児のためにも……。

September 6, 2005 12:02 PM | コメント (14) | トラックバック (2)