2008年02月05日
センバツ出場校訪問記・安房(千葉)その1
「センバツ出場校に潜入せよ!」。出場校選考会が終わった1月25日夕、気まぐれなデスクから突拍子もない指令が出ました。「潜入? 忍者じゃあるまいし」と思いながらも、興味がわきました。もちろん「潜入」ではなく、アポを取っておじゃましています。第1回は21世紀枠で初出場の安房(千葉)に行ってきました。題して「センバツ出場校訪問記」。36校全部は回れそうもありませんが、読んでみてください。
東京駅から最寄りの館山駅まで特急列車で約2時間。安房高校のある館山市は房総半島最南端に位置する。駅を降りるとJRの掲示板、駅前までの通路、飲食店など至るところに“センバツ出場おめでとう!”の文字。大手ガソリンスタンドの電光掲示板にも出場を祝うメッセージが流れていた。
お祝いムードの市内を歩くこと15分、校舎を通り抜け一般道を渡ると第2グラウンドに着いた。周りは住宅街。裏の畑から大根が早く収穫してと言わんばかりに頭を出している。午前9時、アップを止めた35人の選手たちが元気のいい挨拶で迎えてくれた。頭の真上が見えるくらい深いお辞儀だ。
第2グラウンドは変わった形をしていた。イメージとしては400メートルトラック競技場。ハンマー投げなどを行う芝生部分が野球部のグラウンドになっている。右翼側にはテニスコートと弓道場、左翼側は民家が並ぶ。「ここでの練習試合はたまにしかやりませんね」。すこし高い声が特徴の早川貴英監督。母校を率いて13年目を迎える。部長の森政幸先生も、児玉秀一コーチも野球部OBだ。
モットーは「常に全力で」。選手たちは少しの移動でも全力疾走で、返事も写真の通り元気いっぱい。
「相手からしたら元気のあるチームが一番嫌ですからね。それに、うちのような普通の県立高校は自分たちのできることを精いっぱいやらないと勝てません」。新しい戦力や難しい技術に頼るのではなく、今あるものにより一層の磨きをかけていく。これが安房高校野球部だ。

この日、旧エースの加藤寛人投手(3年)が練習に参加していた。昨年夏、チームを県4強へ導く“安房旋風”を巻き起こした1人だ。彼は右スリークォーター気味の変則投手だった。今年の佐野公亮投手(2年)も右上手ながら独特の投球フォームをしている。
「毎年そういうピッチャーばかりです。前は左利きのセカンドもいたんですよ。いつも見てくれは悪いんです(苦笑)。でも、勝つのが目標。そのためには千葉という強豪ひしめくなかで、普通に、きれいにやったら勝てない」。
最初の2年間は結果が出ずに苦しんだ。99年、春と秋に初めて4強に進出した。「満足はしてなかったですが、その先がなかなか…」。00年から3年連続8強止まり。決勝進出への壁がなかなか打ち破れなかった。そして、志学館、東総工などのシード校を次々と倒していった07年夏。早川監督は初めて夏の大会で4強まで勝ち上がった。新チームにも鹿嶋勇太捕手(2年)、鈴木雄也遊撃手(2年)、岩沢寿和中堅手(2年)のセンターラインが残った。秋の県大会でも“定位置”の準決勝まで勝ち上がる。
「夏、秋と連続でベスト4。今回を逃したら、もう(今後の)決勝進出はないという覚悟でした」。優勝候補筆頭・木更津総合を相手に、12三振を喫し、11安打も浴びた。しかし、前半のリードを守り続け5-4で勝利を手にした。早川監督は「木更津総合さんは10回やっても勝てない相手です。おしん野球ですね」と耐えて耐えてつかんだ勝利を振り返った。児玉コーチは「ようやくこの子たちで実った。勝つコツを教えてくれた3年生にも感謝です」と話した。(つづく)

February 5, 2008 10:38 PM
コメント
安房高校には、ぜひ1勝してほしいです。21世枠で残念ながら青森県の五所川原農林は補欠校となってしまった今、青森県人としては、残念な思いを声援に代えて応援しますので、頑張ってください!
それにしても写真の練習風景を見てビックリです。全然練習出来るんですね。五所川原市の球児がグラウンドを使えるのは、入学式のあたりかな? やはり甲子園は遠いですね。
投稿者 青森県人 : 2008年02月06日 18:38
YOSHIKIの母校でしたっけ
応援歌とか作ってもらえちゃいそうじゃないですか?
投稿者 BB : 2008年02月09日 08:25
青森県人さん
心温まる投稿をありがとうございます。
五所川原はかなりの積雪になるのでしょうか。
安房のある房総半島南部はとても暖かい地域ですが
雨・風の強い日が多いという面も持ち合わせています。
それでも土のグラウンドで練習できるのは大きいですよね。
青森県の学校も冬の練習できなかった分も春にぶつけてほしいです。
投稿者 矢島 : 2008年02月09日 21:47
