2007年11月12日
「1番投手」の明豊・今宮が大活躍
<神宮大会:明豊14-6下関商>◇初日◇11日◇高校の部1回戦◇神宮
第38回明治神宮野球大会が開幕した。高校の部では初出場の明豊(大分)が登場。エース・今宮健太(1年)が4安打を放ち投打に存在感を残した。
試合開始のサイレンが鳴り止まぬうちに中前安打を放った。「初回の初球を絶対狙う」という今宮にとって、してやったりの一打。これをきっかけに明豊は3点を先制、チームの流れを作った。すぐさま今度はマウンドへ走った。171センチの小さな体で小気味良いピッチングを披露。今宮はエースで1番という2つの顔を持っていた。
「新チームになったときにピッチャーをやる上で打順はどこがいいか聞かれた。自分から1番を志願しました」。明豊中時代はエースとして全国大会に出場した実績を持つ。しかし、高校へは遊撃手として入学した。打撃のほうが自信があるからだ。1番については「打席が多いほうがいいから好き」とか「自分が最初に打ちたいから後攻より先攻がいい」など、物事をはっきりと答える姿が印象的だ。夏の間、大悟法久志監督(59)からピッチャーへの転向を言い渡された。九州大会では3試合に先発し、自己最速の138キロも計測。沖縄尚学(沖縄)との決勝戦は2-1で競り勝った。
この試合で今宮は沖縄尚学のエース・東浜巨(なお=2年)が投げていたツーシームに注目。「東浜さんみたいにボールを軽く落としてみたい」と、見様見まねで覚えた。このツーシームを下関商打線に試したところ効果的だった。スライダー、カーブと持ち球を織り交ぜ要所を締めた。
「ピッチャーをやるようになってから大悟法先生を胴上げしたいと強く思うようになった。バッティングも好きだけど残りの2年間も『1番ピッチャー』でやっていきたい」。
大きな夢に向かって、今宮はまた1歩前進した。
◆今宮健太(いまみや・けんた)1991年(平3)7月15日生まれ。大分県別府市出身。野球を始めたのは大平山小入学前から。明豊中時代にエースで全国大会出場し初戦敗退。明豊へは遊撃手として入学した。50メートル走は6・3秒。球種はストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、シンカー、ツーシーム。171センチ、64キロ。右投げ右打ち。
☆…「1番・投手」というオーダーについて、来春センバツ出場候補の中では興譲館(岡山)のエース、酒井佑輔(2年)が中国大会で打率5割3分3厘を残しています。また阪神浜中も南部高(和歌山)時代、「1番投手」として活躍したそうです。
November 12, 2007 06:38 AM
