2007年06月16日

ノート

自分のピッチングを貫いた創価大・大塚

 大塚豊(2年=創価)が4安打完封し、3年連続で4強入りを果たした創価大。「おまえのピッチングは楽しいよ」と苦笑いされた右腕は最後の最後でもがき苦しんだ。

 絶体絶命のピンチだった。初回に挙げた味方の1点を守り続け、勝利の2文字は目の前。しかし、9回というイニングがプレッシャーとなって大塚を襲った。

 「最後まで簡単には勝てないのだと実感しました」。

 安打、四球などで1死満塁。一打逆転、犠飛でも同点だ。実は、14日の関東学院大戦も2点リードで迎えた9回に2死満塁のピンチをつくっている。岸雅司監督(51)は「こんな経験はできないんだから、とにかく楽しもう」とリラックスさせていたものの、まさか2試合連続で“貴重な経験”を味わうことになるとは思っていなかった。が、慌てる大塚に難しいことは言わない。

 「勝負にはこだわらず、自分のピッチングをしろ」。

 打席には8番・谷和彦(3年=光星学院)。初球はいきなり右翼ポール横へ運ばれる特大ファウル。「あぁ! と思いましたが切れていったので切り替えました」と大塚。そこからストレートで見逃し三振に抑えた。2死に追い込んで、冷静さを取り戻したかに見えたのもつかの間だった。9番・井上結貴(3年=日南学園)に対してカウントはノーツーに。ついに3球目も外れてノースリーになるとスタンドがざわめいた。急ぎ足でマウンドを降り、捕手からの返球を自ら取りにいく。「やばいな…」という大塚の心境は態度にも出ていた。

 しかし、深呼吸をしながら思い返していた。1年前の同じ大会の同じ場所で青学大に打ち込まれた。そこからこんな思いはしたくないと厳しい練習をこなしてきた。

 「後悔はしたくない。気持ちで絶対逃げたくない」。

 そこから4球続けて最も自信のあるストレートで押した。それに井上もファウルで食らいついていく。そして5球目、これだけストレートが続けば、そろそろ落ちる球で勝負だろうと思われた。だが、そのサインに首を振って選んだのはやはりストレートだった。打球は右翼手のグラブへ一直線。芯を捕えられたが、気持ちがこもっていたのだろう、球威が勝った。

 動揺はしたが、最後まで自分のピッチングを貫き通すことを忘れてはいなかった。

 ◆大塚豊(おおつか・ゆたか)1987年(昭和62年)12月20日生まれ。東京都出身。エースだった創価高3年夏は5回戦で都保谷に敗れた。大学入学後すぐに第2戦の先発に起用され、今春は6勝をあげてMVPを獲得。最速144キロのストレートとフォーク、スライダーによる緩急をつけた投球が持ち味。179センチ、80キロ。右投げ右打ち。

June 16, 2007 08:50 AM


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