2007年06月30日
夏の高校野球を占う/九州・四国
沖縄、南北北海道をはじめ、1日には鹿児島でも幕を開ける第89回全国高校野球選手権大会予選。特に今年は特待生問題で春の公式戦に出場できなかった高校・選手たちの戦いぶりに注目。全国49地区の戦いから目が離せない!
<九州編>
全国に先駆け16日に開幕した沖縄。連覇を狙う八重山商工(沖縄)は甲子園経験者が10人残る。同じ離島勢として宮古(沖縄)・下地孝幸(3年)はプロからも注目される好投手。羽地淳平(2年)を中心に複数投手で3年ぶりの出場を狙う中部商(沖縄)など混戦模様だ。
鹿児島はセンバツ出場の鹿児島商が一歩リード。ベンチ入りできない3年生部員の入場行進、準優勝旗の授与も行うことになった宮崎は秋4強、春優勝と安定した力を持つ日南学園(宮崎)が優位か。また、延岡学園(宮崎)-日向学院(宮崎)は1回戦屈指の好カードだ。
春の大分県大会で初優勝した森(大分)は緩急が武器の武石卓(3年)が健在。柳ヶ浦(大分)や明豊(大分)、昨秋旋風を巻き起こした豊後大野連合(大分)も控える。藤村大介(3年)、加久統之(3年)と俊足ぞろいの熊本工は本命だろう。
長崎は春の九州大会王者・清峰(長崎)が3年連続出場を狙うも、同じ佐世保地区の波佐見(長崎)なども負けていられない。
エース・松尾朋侑(3年)の存在感が光る鳥栖(佐賀)が春の佐賀県大会を制したが、今大会は初戦で佐賀学園と激突。同じブロックには佐賀商もいる。
福岡は昨夏代表の福岡工大城東を筆頭にタフネス左腕・長岡大樹(3年)擁する筑陽学園(福岡)、北九州市立(福岡・前戸畑商)も校名変更後初の甲子園を目指す。
<四国編>
4県とも混戦模様の四国。なかでも大混戦が高知だ。センバツ出場の高知、室戸(高知)はもちろん馬渕史郎監督(51)の長男・馬渕烈主将(3年)が率いる明徳義塾(高知)、その明徳義塾を春の県大会で敗った高知商。どこが出場しても不思議ではない。
過去8年間で6校も出場している愛媛は今治西(愛媛)が虎視眈々と3季連続出場を狙う。徳島は旧チームからレギュラー6人が残る徳島城東のブロックに実力校が集中。全国屈指の捕手でもある鳴門工(徳島)・中田祥太(3年)にも注目だ。
香川は春王者・香川西、2年生主体の寒川(香川)の私学が際立つ。丸亀城西(香川)には202センチ、102キロというバスケットボール選手のような体格の左腕・関口将平(3年)がおり、甲子園で見てみたい。また、創部3年目で春8強と着実に力をつけている英明(香川)の戦いぶりも楽しみだ。
June 30, 2007 07:13 AM | コメント (16)
2007年06月18日
早大・日本一の勝因はスキのなさ
名門同士の決勝戦を早大が制して幕を下ろした第56回全日本大学野球選手権。あらためて6日間の熱戦を振り返る。
33年ぶりに日本一に輝いた早大の勝因は何と言ってもスキのなさだ。4試合で無失策、5投手の与四死球10という数字がそれを証明している。斎藤佑樹(1年=早実)、松下建太(2年=明徳義塾)、須田幸太(3年=土浦湖北)がリーグ戦同様安定した投球を見せてくれた。なかでも先発経験の少ない松下が大事な初戦で9回途中まで好投したことが大きい。準優勝した東海大と4強入りの東日本国際大の粘り強さも光った。東海大は最終回の、東日本国際大は2死からの集中力が見事。リーグ戦で優勝決定戦を経て勝ち取った出場だったこと、スタメンに4年生が多かったことなど両チームには共通点も多かった。
しかし、全体を見渡すと主体が3年生以下というチームが多かった。特にその傾向が強いのが投手陣で、決勝カードの早大や東海大を筆頭に創価大、関西国際大、八戸大、愛知学院大などがあげられる。1年生では早大・大石達也(1年=福岡大大濠)、愛知学院大・小川優(1年=東濃実)、中央学院大・秋吉亮(1年=足立新田)の成長が楽しみ。3投手ともストレートで勝負できる力を持っているのが魅力だ。
暴投数が昨年より17も減っておりコントロール重視の投手が多く、コールドゲームが2試合のみで比較的僅差の試合が多かった。東北福祉大-九州産大、早大-九州国際大の最後が本塁クロスプレーで終わる薄氷の勝利、最後の最後まで白熱した試合を見せてくれた。全体的に戦力が拮抗していた印象があるが、2勝以上をあげたチームが1つもない西日本勢の不振が目立つ。ただ、選手個人にスポットを当てると関西国際大、九州産大、九州国際大、奈良産大などには来年以降も大会を賑わせてくれそうな選手が多い。また、創価大、愛知学院大、関東学院大などはフライアウトが確実でも多くの選手が二塁ベースまで全力疾走していたのが印象に残っている。
残念だったことが、敗れたチームの取材へ行っても落胆している選手が少ないということ。話しかけるのが申し訳ないくらい落ち込んでいる甲子園や都市対抗のベンチ裏とはかけ離れたものがある。そのせいか準々決勝で0-1で惜敗した東北福祉大・井戸順平主将(4年=県岐阜商)の姿が今でも鮮明に覚えている。取材に応じていた井戸主将は終始視線を落としたまま。そして最後の最後に目を閉じて震えながら息を吐いていた。大会にかける強い気持ちが伝わってきた。
June 18, 2007 03:52 PM | コメント (8)
2007年06月17日
東日本国際大が得たもの
立命大、上武大といった強豪を敗り準決勝まで勝ち上がった東日本国際大。東海大に完敗したものの、全国未勝利だったチームの躍進に大会は盛り上がった。
「普通の人ができないようなことができた。いい経験でした」。
主将の三浦一磨(4年=仙台育英)が今大会を振り返る。チームメートの分も込めるようにハキハキと大きな声だった。初戦でチーム全国初勝利をあげると、立命大戦では延長10回サヨナラ勝ち。つづく上武大戦も3本塁打を放って圧倒した。「4試合を通してとても勉強になりました。選手が1戦ごとに強くなっていたと思います」とは4月に就任した仁藤雅之監督(27)だ。
南東北大学野球連盟に大学選手権への出場権が与えられるようになったのは平成11年。東日本国際大も平成10年に加盟して以来4度という高い出場率を誇っている。大学関係者が関東の大学を中心に野球部の施設を見学に周るなど更なる発展に意欲を見せていた。しかし、昨年ライバルの石巻専修大が連盟初勝利。先を越された。
「それなら自分たちは2勝をあげよう」と闘志を燃やして臨んだ今大会。チーム全体がそれを強く意識していたこともあり、大会では日替わりヒーローが誕生した。東京ドームの四国学院大戦で恐怖の8番打者になったのは3打点の川澄雅人(4年=常磐大高)。翌日のナイターで輝いたのは6回2死から逆転の3ランを放った長澤和矢(2年=銚子商)だった。今度は小雨が降るなかで加藤康典(4年=仙台工)が史上8人目の満塁弾を放てば、8回には4番・川添継久実(4年=仙台育英)も続いた。秋にも彼らの活躍を、と期待せずにはいられない。
しかし、歴史を刻んだ4年生の多くがこの春で引退を決めているという。その1人でもある三浦が下級生へ激励を送った。
「あくまで目指しているのは日本一です。今日は悔しいくらい力の差が出ました。後輩たちは秋までにもっと細かいところを修正してほしい」。
仁藤監督も「この大会だけだったと言われないように、いわき(福島)へ帰って気を引き締めたい」と厳しい表情。
東日本国際大野球部は今大会をスタートにして日本一を目指す。
June 17, 2007 08:47 AM | コメント (0)
2007年06月16日
自分のピッチングを貫いた創価大・大塚
大塚豊(2年=創価)が4安打完封し、3年連続で4強入りを果たした創価大。「おまえのピッチングは楽しいよ」と苦笑いされた右腕は最後の最後でもがき苦しんだ。
絶体絶命のピンチだった。初回に挙げた味方の1点を守り続け、勝利の2文字は目の前。しかし、9回というイニングがプレッシャーとなって大塚を襲った。
「最後まで簡単には勝てないのだと実感しました」。
安打、四球などで1死満塁。一打逆転、犠飛でも同点だ。実は、14日の関東学院大戦も2点リードで迎えた9回に2死満塁のピンチをつくっている。岸雅司監督(51)は「こんな経験はできないんだから、とにかく楽しもう」とリラックスさせていたものの、まさか2試合連続で“貴重な経験”を味わうことになるとは思っていなかった。が、慌てる大塚に難しいことは言わない。
「勝負にはこだわらず、自分のピッチングをしろ」。
打席には8番・谷和彦(3年=光星学院)。初球はいきなり右翼ポール横へ運ばれる特大ファウル。「あぁ! と思いましたが切れていったので切り替えました」と大塚。そこからストレートで見逃し三振に抑えた。2死に追い込んで、冷静さを取り戻したかに見えたのもつかの間だった。9番・井上結貴(3年=日南学園)に対してカウントはノーツーに。ついに3球目も外れてノースリーになるとスタンドがざわめいた。急ぎ足でマウンドを降り、捕手からの返球を自ら取りにいく。「やばいな…」という大塚の心境は態度にも出ていた。
しかし、深呼吸をしながら思い返していた。1年前の同じ大会の同じ場所で青学大に打ち込まれた。そこからこんな思いはしたくないと厳しい練習をこなしてきた。
「後悔はしたくない。気持ちで絶対逃げたくない」。
そこから4球続けて最も自信のあるストレートで押した。それに井上もファウルで食らいついていく。そして5球目、これだけストレートが続けば、そろそろ落ちる球で勝負だろうと思われた。だが、そのサインに首を振って選んだのはやはりストレートだった。打球は右翼手のグラブへ一直線。芯を捕えられたが、気持ちがこもっていたのだろう、球威が勝った。
動揺はしたが、最後まで自分のピッチングを貫き通すことを忘れてはいなかった。
◆大塚豊(おおつか・ゆたか)1987年(昭和62年)12月20日生まれ。東京都出身。エースだった創価高3年夏は5回戦で都保谷に敗れた。大学入学後すぐに第2戦の先発に起用され、今春は6勝をあげてMVPを獲得。最速144キロのストレートとフォーク、スライダーによる緩急をつけた投球が持ち味。179センチ、80キロ。右投げ右打ち。
June 16, 2007 08:50 AM | コメント (0)
2007年06月15日
佑ちゃんは宿命を背負っている
本人も「まさか」の出番だった。九州国際大戦、早大2点リードで迎えた9回裏2死一、三塁。ベンチから応武篤良監督(49)が球審のほうへ歩き出すと、場内は拍手と歓声が轟いた。そして無数のフラッシュを浴びながら背番号16・斎藤佑樹(1年=早実)がマウンドへ走った。
「ホームラン打たれたら、おまえ負け投手だよ(笑)」。マウンドを譲った松下建太(2年=明徳義塾)のゲキに斎藤佑は「フフ」っと笑ったという。しかし、それは余裕の笑みではなかった。「まさかまわってくるとは思っていなかったので、正直びっくりしました」。しかも相手打者はプロ注目の4番・松山竜平(4年=鹿屋中央)。投球練習を見た松山は「球があまり走っていなかった」という印象だった。このとき、狙いをストレート一本に絞った。
初球は真ん中へ135キロのストレートを見逃し。2球目は140キロの外角ストレートをファウル。普段通り2ストライクに追い込んだ斎藤佑。「細山田(武史・3年=鹿児島城西)さんと1球外して、縦のスライダーかフォークの落ちる球で勝負しようと決めました」。だが、細山田の構えたところから1球分内へ入ってしまった。試合中に100球近い投げ込みをしていたものの、ベンチに戻り投球練習を再開したのはマウンドへむかう直前。「心より体の準備がまだできていなかった。自然と甘くなった」のはそのせいだった。
この144キロのストレートを待っていたと言わんばかりに松山はフルスイング。「正直(スタンドに)入ると思いました。入らなくても同点だな、と思いながらベースカバーに入りました」(斎藤佑)。打球はものすごいスピードで左翼・田中幸長(4年=宇和島東)の頭を越え、フェンスに直撃した。歓喜と悲鳴が交錯するなか、まずは三塁走者がホームイン。誰もが釘付けになったのは三塁ベースをまわった同点の走者だ。そこへ中継を受けた本田将章(4年=智弁和歌山)が見事なバックホームを見せる。クロスプレーの結果は、間一髪タッチアウトとなった。「本田さんに刺してもらい、今日は野手の方に助けられました」。ストライク返球を見せた本田のプレーがチームを、斎藤佑を救った。
「今日は0点です。本当に運だけです」。
しかし、それをも味方につけてしまう斎藤佑。やはりそういう“宿命”を背負っているとしか思えない。
○…失投を見逃さず「無意識に振りぬいた」と振り返る松山。この会心の当たりに斎藤佑も「あのボールを逆方向にあんなに飛ばされたのは(高校時代を含めて)初めて」と脱帽した。ここまで8打席無安打だったが最後に4番の意地を見せたのだった。
June 15, 2007 07:33 AM | コメント (7)
2007年06月14日
八戸大・桜田は横浜高出身
川島亮(ヤクルト)、青山浩二(楽天)らを輩出している投手王国・八戸大。2年ぶりの出場で全国デビューを果たしたのが桜田裕太郎(2年=横浜)だ。
名門・横浜(神奈川)出身。しかし、甲子園出場はない。最後の夏は24年ぶりのノーシード、4回戦でセンバツ8強の慶応(神奈川)に1-2で敗れている。この試合でエースナンバーをつけていた桜田は最後の1イニングだけしか投げられなかった。出身の北海道から横浜へ来て2度の手術を経験。度重なる故障に泣いた高校時代を象徴するかのような試合だった。
それから、入学の決まった八戸大では「競っていけたらいいけど、ケガをしたら何もできない」と繰り返し自分に言い聞かせてきた。「1つ1つ悔いの残らない試合をしたい」という抱負も不完全燃焼に終わった過去があるから言えることだろう。1年春から登板経験を積みつつ、オフシーズンは体力強化のためにウエイトトレーニングに励んだ。今では体重は高校3年のときから8キロアップの73キロに。特に太腿は見違えるほど太くたくましくなっていた。この春のリーグ戦はエースとしてフル回転、6勝をあげてMVPとベストナインを獲得。チームを2年ぶりの神宮へ導いた。
この日の別府大戦前には恩師・渡辺元智監督(62)からも電話で激励をもらった。桜田は4回に味方の失策で先制を許すが、終わってみれば4安打1失点完投。6人並んだ右打者にはこの春覚えたシュートを決め球にした。「四球を出すと自分が苦しむだけ」と最も意識するコントロールでも、わずか1四球。それでも、本人は調子が悪かったと反省する。
「変化球が抜け気味で甘く入っていた。あと…投げるのが楽しくてウキウキして、逆に力が入りすぎてしまったみたいです」。
リーグ優勝決定前、気合いを入れるために剃ったという坊主頭をかきながら苦笑い。渡辺監督の「(高校時代は)気持ちが優しすぎる」というのが信じられない。八戸大・藤木豊監督(42)も「試合展開が悪いなかでこれだけ投げれば十分です」とエースの力投を労っていた。
◆桜田裕太郎(さくらだ・ゆうたろう)1987年(昭62)5月8日生まれ。札幌市出身。札幌新琴似シニアでは八戸大の4番・木村貴仁(文星芸大付)と一緒に全国大会4強。横浜ではエースだった3年夏に4回戦で敗れた。リーグ戦通算10勝4敗。ストレートの最速は143キロ。176センチ、73キロ。左投げ左打ち。
June 14, 2007 06:55 AM | コメント (5)
2007年06月13日
奈良産大・桑原が4年生の貫録
全日本大学野球選手権が12日に開幕した。開会式直後、他大学の選手たちが見守るなか行われた奈良産大-中央学院大。両チームの選手たちはリーグ戦にはない全国の雰囲気を肌で感じ取っていた。
「初回が緊張した」というのは奈良産大のエース・桑原謙太朗(4年=津田学園)だ。最初の打者でいきなり自己最速タイの146キロをマークするも四球。1死二塁から3番篠木隼人(2年=二松学舎大付)に初球を右中間深々と破られた。
「1点取られてまずいなあ…」。
逆に桑原の目が覚めた。2回から見違えるようなリズムで打者を料理していく。「勝手に変化する」という予測不能な小さな動きを見せるストレート、スライダー、縦のカーブ、フォークを武器に7回まで毎回の9奪三振、無安打。148キロも計測した。
一方の中央学院大も国際武道大、東京情報大などの強豪を破ってきたという“自信”があった。この日も桑原の立ち上がりを攻めて先制点を奪い、幸先のいいスタートを切れていた。
しかし、4回無死一、二塁のピンチで送りバントを一塁手が悪送球し同点に、続く6番藤本健太(1年=光星学院)にも三塁線へバント安打を決められた。沸き立つ三塁側、そして浮き足立つ中央学院大の野手陣。正捕手の初鹿野敬介(2年=千葉商大付)は「みんな思ったよりガチガチになってしまっている」とマスク越しにチームを見つめる。さらに2死満塁から9番榎堀剛(3年=平安)の打球はダイビングキャッチを試みた中堅手の後ろへ転がっていった。返球を待つ初鹿野だったが、無情にも榎堀までかえる逆転のランニング満塁本塁打となってしまった。攻撃でもチームで狙い球を絞っていたにも関わらず、各打者がいろいろな球種に手を出してしまった。中央学院大の狂った歯車は最後まで戻らず、1-6で敗れた。
「つないで守ってという自分たちの野球ができなくてショックです…」。
うつむく初鹿野とは対照的に桑原は「(終わってみれば)調子がいいほうだったと思います」と白い歯をのぞかせる。4年生エースが、先発メンバー6人が2年生以下という若いチームに貫録を見せた。
June 13, 2007 08:51 AM | コメント (0)
2007年06月09日
見所いっぱいの大学選手権!
第56回全日本大学野球選手権が12日に開幕する。早大・斎藤佑樹投手(1年=早実)が出場することから注目度が高い今大会を制するのはどこだ!?
大会初日、神宮球場の開幕ゲームに挑むのが奈良産大。146キロ右腕・桑原謙太朗(4年=津田学園)は春季リーグ戦で完全試合を達成するなど関西を代表するプロ注目投手だ。他にも林幸弘(4年=北海道栄)、蕭一傑(3年=日南学園)など好投手を擁すチームに仕上がっている。第2試合では中部学院大が全国舞台へ初参戦。日米大学選手権代表候補にも選出された山木俊政(3年=県岐阜商)と永田英之(3年=県岐阜商)がどんなプレーを見せてくれるのか楽しみだ。
4試合を行う2日目になるとシード校が登場する。大場翔太(4年=八千代松陰)のいる東洋大は神宮第1試合で奈良産大と中央学院大の勝者とぶつかる。トーナメントの大会を勝ち抜くためには、河原井章太(4年=日大高)など他投手の働きが非常に重要になってくる。同じ頃、東京ドームでは愛知学院大が23年ぶりの出場となる大阪経済大と対戦中。春季リーグ戦で1年生ながら“佑ちゃん”よりも多い6勝をマークした小川優(1年=東濃実)の投球に期待がかかる。54イニングで自責点3という実力を初めてのドームでも発揮できるか。
第2試合は東北福祉大-九州産大の1回戦屈指の好カードだ。投手育成に定評がある九産大はエース・西村憲(3年=福岡工大城東)や黒岩拓朗(4年=佐伯豊南)、また昨夏の甲子園を沸かせた榎下陽大(1年=鹿児島工)などが控えている。つづく、第3(旭川大-九州国際大)、第4試合(八戸大-別府大)も北日本勢-九州勢という顔ぶれになった。なかでも九州国際大と八戸大は下級生にもキラリと光る選手がたくさんいる。特に八戸大は春季リーグで首位打者を獲得した岩佐一樹(1年=旭川実)、日米代表候補の秋山翔吾(1年=横浜創学館)の1年生コンビに注目だ。
出場校すべてが出そろう3日目。神宮第1試合に前年優勝の阪神大学リーグから初めて関西国際大が全国に臨む。平成13年に加盟し、16年に2部昇格すると翌年には1部へスピード昇格した。エースは高校卒業後に三菱自動車岡崎に入社していた榊原諒(3年=中京)。会社の休部をきっかけに関西国際大へ入学した。中京(岐阜)では明治神宮大会で優勝しており、大学でも得意のスライダーを武器に日本一を目指す。全国初出場の原動力はもう1人。184センチの大型左腕・伊原正樹(3年=岡山共生)の台頭だ。この左右2枚看板で春季リーグ戦では6試合連続完封勝利をおさめている。
この後、神宮では準々決勝2試合が行われるが、ドームでは2年連続ベスト4の創価大とタレント軍団・早大が満を持して登場。早大は前回出場した54回大会でドームで敗れている。“ホーム”ではないドームでの苦い思い出を払拭したいところだろう。
June 9, 2007 10:31 AM | コメント (9)
2007年06月02日
東洋大・大場がもらったご褒美
13季ぶりの優勝。最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナインとタイトル総なめ、東都大学リーグ記録の115奪三振も達成した東洋大・大場翔太(4年=八千代松陰)。高橋昭雄監督(58)も「勝因は大場」と断言するも、苦しい苦しい春だった。
味方が9回表に逆転し、背番号17がマウンドにのぼったがとても平常心ではいられなかった。無理もない。待ち焦がれた瞬間がすぐそこに迫っていたからだ。
「僕はまだ全国舞台を踏んだことがない。甲子園に行けなかった思いを大学でぶつけるために野球を続けているんです」。一躍脚光を浴びるようになった2年のとき、目を輝かせながら語っていた。最上級生になった今もその気持ちは変わっていない。リーグ開幕前も「高校は不完全燃焼だったので大学はそういうわけにはいかない。まずは全国出場です」と闘志を燃やしていた。
リーグ戦、東洋大は15試合を戦った。大場はそのうちの13試合に登板した。88回2/3という投球回数は2位の投手より23イニングも多い。過去4年間で見ても最多だ。「今季一番苦しかった」と語ったのが最初の専大戦。1戦目を3失点完投したが、2戦目でリリーフに失敗し引き分けに。翌日も7回途中からマウンドに登ったものの決勝打を許して敗戦投手になった。4回戦で何とか勝ったが、2日連続のリリーフ失敗は痛恨とも言える苦い思い出。
しかし、野球の神様は大場に厳しい。優勝を目前に、これと全く同じ試練を与えた。1点リードでむかえた9回裏、先頭打者に中前安打を許し犠打などで1死二、三塁の大ピンチだ。常時140キロ中盤を計測するストレートが、疲労やケガの影響で130キロ台中盤を出すのが精いっぱいだった。最後はプロも高く評価する縦のスライダー。打者は空振り三振、飛び出した三塁走者が挟まれタッチアウト。大喜びのチームメートの外側で、プレッシャーから解き放たれたかのように小さくガッツポーズをした。興奮冷めやらぬ試合後は「明日もあると思って切り替えていました」と語る大場だった。
数時間後、もう1度最後のシーンを振り返ってもらった。なぜなら、とても明日のことを考えられるような精神状態であるはずがないと思ったからだ。
「それはもう、本当はどうなるかと思っていましたよ(苦笑)。あんなふうに終わって信じられないです」。
きっと神様が贈ってくれたご褒美だったに違いない。
◆大場翔太(おおば・しょうた)1985年(昭60)6月27日生まれ。東京都出身。この春9勝をあげ、リーグ新記録となる115三振を奪った。じっくり言葉を選びながら自分の考えを述べ、常々「応援してください!」と話すなど純粋な一面も持つ。各球団がマークすることに対して「嬉しいけどプロのレベルがよくわからない。今を一生懸命やるだけ」と目の前にことに集中している。182センチ、79キロ。右投げ右打ち。
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http://blog.nikkansports.com/baseball/amateur/yajima/archives/2007/04/post_19.html
June 2, 2007 07:46 AM | コメント (6)
