井上真
2006年12月23日
亀田が再戦で得た物
亀田興毅はランダエタと拳を交えていたが、同時に世の中とも闘っていたと感じた。20日のボクシングWBA世界ライトフライ級タイトル戦。負ければ、王者・亀田の敗北では済まず、父史郎さんを含めた亀田家の負けになっていただろう。
今回は、倒せないが絶対に負けないボクシングだったと思う。8月、亀田はKOする可能性が高いパワー任せのファイトで、本人いわく「不細工な試合」をした。そして初防衛戦では、ファンがKOを期待する中、敢えてKOできないアウトボクシングに徹した。
評価は試合が終わってから始まる。「つまらない」「物足りない」「よく頑張った」。いろいろだ。正解は見た人の心にそれぞれあって、万人に共通する模範解答を見つける必要はない。ただ、強く感じたのは、親子のきずなの強さだった。また、亀田は泣いた。リング上で、父史郎さんがバッシングの盾になってくれたことに感謝し涙を流した。次の瞬間、史郎さんは亀田のマイクを奪い「これから興毅を応援したってや」と叫んでいた。
有明コロシアムの観客席で聞いた。鳥肌ものの絶妙な間だった。ベテランの役者が演じてもあの空気は醸し出せない。それは演技ではなく、本物の人生だったからだ。亀田の負けを楽しみにしていた人も大勢いただろう。現に、こうして書いている自分も、負けた亀田がどうなるのか、父史郎さんがどういう言動を取るのか、見たい衝動はあった。
敵であるランダエタの活躍を応援するというよりも、亀田のぶざまな負けを期待する意味合いが濃い空気の中で闘うのは、非常にレアケースだ。ファンもアンチも、すべてを引き付ける動機が必要だった。負けて亀田親子に反省がなければ、バッシング側が勝ち誇っただろう。勝ったとしても勝ち方に“疑念”が残れば、それはそれで禍根を残しただろう。KOか、大差での判定勝利しか許されない状況で、亀田は結果を出した。これはスポーツマンの勝者亀田興毅をたたえるべきだ。
前回8月に応援しながら、今回は応援に来なかった著名人がたくさんいた。理由はそれぞれにあるだろうが、バッシングの標的になっていた亀田を応援する自分のイメージを心配する打算はあったと感じた。同じニオイをかいだボクシングファンもいたはずだ。亀田を応援するということは、その人の価値観まで試される、それほどの影響力があったということだろう。
今年、日本サッカーはW杯ドイツ大会で惨敗した。五輪などの世界大会の度に、日本人には決定力がない、本番に弱い、精神面が未熟だと叫ばれてきた。その「日本人の限界」に、極限状態の中で亀田は挑み、ひ弱=日本人の殻を破った。
ケチはいくらでもつけられるだそう。でも、探して見つけるケチは小さい。亀田一家の愚直さが勝ったのだ。あの、いかにもありがちな風景にこそ、よくよく考えなくてはいけない子育てや、親子のきずなが詰まっていたと強く思う。
December 23, 2006 10:35 AM
2006年12月13日
石原真理子に負けた
石原真理子の会見がくだらなくて品がなくてばかばかしくて、とっても楽しめた。リポーターたちが、恋愛相手の迷惑を考えないのかと、詰問したのも面白かった。
いつも不倫、恋愛発覚、破局、三角関係を追いかけている側が、急に立場を180度変えているようだった。火種を見つけると、当事者に殺到し、その家族、関係者に聞き回り、それこそ“迷惑”などお構いなしがマスコミの実態だ。
これは自身が同じだからよく分かる。読者の知る権利などと大義名分を振りかざし、報道媒体自身が「これは伝えるべき」と独自に価値判断した事象に、人も金もつぎ込む。事実を伝えるためなら、一般常識の範囲ギリギリのところまで土足で踏み込む。それは視聴者や読者も薄々感じていることだ。
それが石原の恐れを知らない自爆型告白がさく裂した途端に「相手の事を!」などと叫ぶところがコミカルだった。有名人たちが直接暴露を始めると、これに勝るネタはないから、取材する側の立場が危うくなる。それで怒っているのかな、と勘繰ったりもした。
一方で、いかにも「私は冷静よ」とアピールするような口調の石原も不気味だった。女優だからあんなに堂々としていられるのだろが、助け舟を出す女性司会者との絶妙なチームワークも台本通り? の名演技だった。司会者の声を聞いても、石原の顔にはほっとひと息つく気配も見えない。思わず画面に向かってうなってしまった。
すべては本を売るためなんだろうけど、どうして実名とイニシャルを使い分けるのか、そこだけ疑問だった。大切な体験を知ってもらうためにウソはつかないというなら、13人を同じ扱いにした方がもっとインパクトも強かったとは思う。きっと、実名にしたらよほど差し障りがあるんだろう。
まあ、何かの論文じゃないし、そこまで突き詰めても仕方がない。不倫はともかく、恋愛は悪いことではない。支離滅裂な主張は、ぺラペラしゃべる政治家やIT起業家たちで慣れているし許容範囲だった。むしろ、この師走に一瞬だけでも重い社会問題を忘れることができた。
殺伐とした会見終盤の空気も、今後の展開へ興味をかき立てた。結果的には石原とリポーターのやりとりも、一部視聴者の好奇心をあおるには抜群の効果があった。会見で本を買った人もいるだろう。石原の主張をうまく理解できなかったが、売りたい熱意は満点だ。自分には関係ない他人の、それも有名人同士の醜聞には適度な好奇心が沸く。おめでたい日本を熟知したマスコミ操縦法だった。
ここまで書いて、そうか!と気付いた。時間をかけて考えるべきことじゃなかった。なんて単純で愚かなんだ。本を買っていたら思うつぼだ。この欄でこれだけ書いただけでも完敗だ。おめでたい国民の1人として、パソコンに打ち込んだ「自己嫌悪」の4文字を見詰めてしまった。
December 13, 2006 11:15 AM
2006年12月03日
考えようもっと何か
ある会議の中で提案をしたら出席者に「もっと何かないか?」と言われたことがある。「もっと何かって?」と聞き返すと黙った。これは、誰もが陥ることだ。どこかにきっとあるはずの「もっと何か」は、人をあてにしていては絶対に見つからない。
安倍首相直属の教育再生会議は、いじめ問題に8項目の緊急提言をまとめた。批判的な意見ばかりが耳に入ってくる。確かに「これはすごい。絶対にやってみるべきだ」と思える提言はなかった。でも、と思う。「いじめ撲滅へのもっと何か」など、最初からどこにもない。即効性があって、夢のような解決策はない。地道にコツコツとやるしかないのだ。その間に自殺していく子供は何人も出てしまうだろう。
最初から妙手はないと分かっていて取り組んだ。だから「なあんだ、その程度か」とは言わない。例えば「見て見ぬふりをする者も加害者だと徹底指導する」などは、乱暴でむちゃくちゃな結論だと思うが、そこに踏み込んで行った迷走ぶりを想像すると、よっぽど紛糾して苦しんだはずだ。
ならば、みんなで考えるしかない。たとえば、こんな実体験からも学べることはある。下校時、5年生の男子ばかり約40人が校門に集結していた。集団心理も加わり、1人の少年を待ち伏せしていた。少年が現れたが、グループは何もできなかった。たった2人の少年が付き添っていた。それでも40対3だ。ケンカになれば勝負は見えている。なのに誰も手は出せなかった。それは2人の圧倒的な人望、抜群のリーダーシップに、みんなが尻込みをしたからだ。
なぜ、その子を守ったのか? 大人になってから聞いたことがあった。答えは簡単だった。「ただ、先生に『守ってあげてね、お願いね』って頼まれたからだ」。あっけない答えに「じゃあ、頼まれなかったら?」と聞くと「さあ? 何も知らなかったらそのまま帰っただろうな」。
大切な教訓がある。その担任の先生の目は確かだった。その2人を選んだこととその頼み方。待ち伏せを知っていたこと。学年内の子供の力関係を正確に把握していた。この観察力が救ったといえる。
何でもかんでも、先生がする必要はない。頼りがいのある子供、周りから一目置かれる子はどのクラスにもいる。その子に託すことがあってもいい。きっとその先生は、どこかで校門の様子を見ていたはずだ。
子供の世界を知るには、現場の教師や、親の観察と判断に勝るものはない。子供が肌で感じ、日々塗り替えられていく勢力図を知るためには、子供の情報は欠かせない。子供の力を借りてもいい。時として子供が子供を救う。頼りになり、勇敢で信頼できる児童は、何十人もの大人以上の働きをすることだってある。
「いじめを減らす『もっと』は何か」。それはいつだって子供の中にある。見る、話す、聞く、その繰り返しだ。人の議論の結末を批評するだけでなく、自分で思い巡らすことが大切だ。
December 3, 2006 09:57 AM
2006年11月23日
徹底した話し合いを
正しいと確信していた価値観が一瞬にして揺らいだ。テレビ番組の中で、映画観賞前の漫画家蛭子能収さんが言った。「ボクが戦争映画に求めることは、できるだけ残虐に描いてほしいということなんです。見た人が、こんなことは2度と繰り返しちゃいけないと思うからです」。
言われてみてその通りだと感じた。そんな観点から戦争映画をとらえたことはなかった。血しぶき、肉片が飛散するリアルな映像で、事実に即した記録映画などを見ると「こんなむごいシーンを誰が好むのだろう」といつも感じていた。
むしろ、そうしたシーンを流すことと、犯罪が横行することは、どこかでリンクしていると思っていた。戦争に限らず、殺人、拷問、暴力、犯罪をリアルに描くつくり手の感覚が分からなかった。暴力の連鎖への「助長」「誘発」に目が行き、「抑止」の視点はなかった。蛭子さんが感じたことを、みんなが意図しているとは思えないが、受け手の感性はさまざまで「戦争はあってはならない」と同じ結論に至るにも、そこまでの思考は1つに縛られないと痛感した。
心に引っ掛かっている事がある。自民党の中川昭一政調会長が提起した核武装是非論だ。最初から中川氏の発言は冷静に受け止めていた。もちろん、核兵器で殺されたただ1つの国民として、核兵器を落とされることも、落とすことも、どんな理由があっても絶対に許されないと言い切れる。それでも、核の傘の元で安全が保証されるか、と聞かれれば「どうかな?」と思う。
他国を尊重しつつ日本がこれからも平和で繁栄することが最優先される。そのために、政治家はあらゆる可能性を探るべきだ。核の保有を一貫して放棄してきたことは、唯一無二の被害国として立派な態度だ。一方で、何が何でも持たないの1点張りではなく、豊かな国を残すために、あらゆる議論の結論として「持たない、つくらない」のゴールを導き出す道もあるのではないか。
戦争はこんなに悲惨ですよ、とすべてをさらけ出すことで「ああ、やっぱり戦争はいやだ」と思う人も多い。同じように核兵器はこんなに人類と地球を破壊する。その兵器を周囲の国はすでに持ち、日本も保有するのに十分な技術がある。さあ、日本が核兵器を持てばどんなことが起こりますか。その上で「やはり核は持たない、つくらない」と再認識してもおかしくはない。
被爆した広島や長崎の人は、日本人だろうが他国の人だろうが、決して同じ目に遭ってはいけないと思うから反対する。その現実を踏まえ、核を使わない、使わせないために、どんな方法があるか、あらゆる角度から話し合う必要性を感じる。
戦争放棄した日本の思想は、悲惨な経験の上に築かれた。その価値観は正しい。ただし、その価値観が日本の平和を永遠に守るか、と自問すると即答できない。豊かに育った世代の1つの率直な考えだ。
November 23, 2006 11:12 AM
2006年11月13日
いじめはあるを直視
いじめによる自殺が続いている。命を最終武器にスイッチを押すように死んでいく印象だ。現実逃避よりも、最後の手段として強烈に死のメッセージを残し、恨みを抱いた者への罰を求めている。
いじめはなくなるのか? 最初から答えはある。いじめはなくならない。いじめはどこの学校にもある。いじめがないと思い込むのは、大人の勘違いだ。願望から生まれる幻想であり、戦争、交通事故、犯罪、病気がなくなればいいと願うのと同じことだ。程度の差こそあれ、いじめはこれからもなくならない。
大人の社会を見れば、競争という名のいじめが満ちあふれている。意見が合わないから、ついていくリーダーが違うから、好きじゃないから。大人の社会にいじめはまん延しており、子供は同じ社会生活を営むその大人の影響を受ける。
いい例が政治の世界だ。郵政民営化をしたい小泉純一郎前首相が「反対派」という仲間をはじいた。仲直りできないよう「刺客」という新しい仲間を引き込み、彼らの居場所を奪ってしまった。オーソドックスないじめの構図だ。子供の目にはどう映るか?
なのに、子供にだけ「みんな仲良く」などと求める。仲良くしてほしい理想はあっても、ありのままを直視し、我が子がいじめにかかわっているかもしれない現実を見るのは怖い。「とりあえず、みんな仲良くと思い込んでしまえ」のあいまいさが実態をぼかす。
これは持論だが、子供はなるべく早い時期に仲間はずれくらいには遭った方がいい。疎外される寂しさを味わい、そのつらさや、はじく側の魔力を知る。疎外はしないが疎外もされない「安全地帯」で育てば、ある日、中学や高校、大学で初めてはじかれ、対処ができず大きな心の痛手を被る。
やみくもに理想を掲げずに「いじめはある。いじめはなくならない。でも、いじめられても死なない、生き抜く知恵を教える」こと一点に絞るべきだ。いじめを隠さない風潮をはぐくみ、いじめられている子供を複数の目で守る。周囲が自分を気に掛けていることが、当人に伝わることがすべての始まりになる。
「ああ、あの子はいじめられてるんだ」と、みんなが知ることが大切だ。今はいじめが判別できないほど陰湿で巧妙だ。それでも、子供は大別すれば、いじめているか、いじめられているか、傍観しているか、止められずに悩んでいるか、本当に知らないかのいずれかになるだろう。自分の子供がそのどれかに必ず当てはまっているとの思いで、子供と接するべきだ。
いじめは昔からあった。しかし、自殺者が出ることで、自殺=いじめを学校が認めない風潮が生まれ、「いじめはない」との建前で子供の真実は覆われた。その下から見たくない実態が現れる予感はあっても、まず、そのウソで固められた覆いを引きはがすことが最初の一手になる。
November 13, 2006 10:24 AM
2006年11月03日
医療現場の声聞いて
厳しい意見をいただきました。前回、奈良の町立病院で妊婦が出産中に意識を失い、18病院が受け入れ不可能と判断、約6時間後に男児を帝王切開で無事出産も母親は死亡したことで、私は医療を批判しました。そして医療関係者から、実態を知らずに書いたことへの抗議と、現状を知らせるメールがたくさん届きました。
多くは「感情むき出しの批判の垂れ流し」との声でした。その通りです。改善策も示さず、感じたままを文字にしました。
医療がどれだけ混乱しているかを、どんな形であれ読んだ人に痛烈に、思い知ってもらいたいと思いました。主観を前面に、一方的な視点で言葉を投げることにしました。なぜなら、私のように無知でも、病院は救ってくれるんだと信じ、医者にすがるしかない人が、どれだけ深く絶望したかを、そのまま伝えたかったからです。読んですぐ忘れられてはいけないテーマと思い扱いました。読む人の心に石を投げ込むように書きました。
「知りもしないで」との声もありました。知る→書く、知らない→書かない。これは論理的なことです。我々の仕事は、知る→取材→書く→検証、の連続です。一方でこうしたコラムに臨む時、大きな驚きや失望に接した時「知らない」「取材していない」の理由で書かないことには疑問があります。問題が起きたその時に、伝えたいものがあるのなら、事実を踏まえてどれだけ提起できるか。これも求められると思います。
今回のケースは<1>産婦人科、脳外科、麻酔科、小児科などの医師、大勢のスタッフが必要な非常に難しい状態だった<2>地域に対応可能な高次医療機関の不足(社会保障への国、地方行政のあり方も関連)<3>度重なる訴訟で、助けられそうにない患者は引き受けない、いわゆる「防衛医療」への加速化、などが背景に考えられます。
訴えられるケースが増え、産科医、小児科医などへのなり手の減少もあります。病院の能力以上の患者を受け入れ、それ以前の入院患者への対応が不安視される時、病院は「引き受け不可能」と判断する。現場の生々しい言葉でした。
まるで診察をするように、私への感情を抑え、静かに真実を伝えようとする文章がありました。現場には「助けたい」と懸命に働く人が多いことも今さらながら十分に分かりました。
医療現場の病巣は深く、いつ、どこで、誰が同じ目に遭うか、不安はみんなが抱えています。知れば知るほど絶望します。「なぜ助けてくれないの」。私は弱い側のやり場のない悔しさを医療へ向けて投げました。そして「救いたくても救えないんだ」の声を聞いたその先に、強いはずの医療が実はもろく、その崩れ方を知らずに「助けてもらえる」と信じていた現実を知りました。
医療が命を救う、その根元が折れそうです。人は必ず医療の力を必要とします。例外なく誰もが、この混乱を「冷静」に見つめて行くしかないと自戒を込めて感じました。
November 3, 2006 11:57 AM
2006年10月24日
命を救ってこそ病院
命にかかわる緊急事態で医師の治療が切迫しているのに、受け入れ病院が決まらず焦る。誰でもいいからすがり付きたい。わらにもすがる思いだ。
今年8月、奈良県大淀町の町立大淀病院で出産中の妊婦が意識不明の重体になった。受け入れ先の病院を探すも、18病院に「満床」を理由に拒否され、妊婦の高崎実香さん(32)は19カ所目の病院で脳内出血と診断された。緊急手術で男児出産も約1週間後に死亡。意識を失ってから処置を受けるまで6時間かかった。
激しい怒りが込み上げる。拒否した病院の無責任さ、受け入れ先を見つけられず手間取った病院の無能ぶりに対してだ。該当する18病院は高崎さんの死をどう受け止めるのか。「我々以外の17病院も拒否した。責任は18分の1だ」とでも言うのか。「18病院もが受け入れできなかったのだから致し方ない。非常に残念です」。そんな空々しいコメントが容易に想像できる。
後日、実は新生児集中治療室(NICU)が満床ではなかった病院の存在が明らかになった。その病院は切迫早産で入院中の妊婦のためベッド確保の必要があった、と説明している。理由はあるだろう、いくらでも。後から探せば何とでも言える。できない理由など100でも1000でも探せる。
難しくても急を要する患者を、厳しい条件下で受け入れ、でき得る限りの治療を施すのが医療人の使命であり義務だ。時間的余裕もあり誰でも治せて、助かる確率が高い患者だけを選んでいるのか? 18病院が受け入れの姿勢を見せていれば、助かる確率は19番目の病院到着時よりも高かった。その事実をどう思うか。
以前、家族が意識を失い救急車で搬送された。付き添った救急車の中で驚いた。受け入れ先が見つからない。1時間は待っただろう、家の前で。救急車は停車したままだ。隊員は困った表情で「ベッドがいっぱいで入院はできないそうです。どうしますか?」と、1病院ごとにこちらに判断を求めてきた。
精神的なゆとりはわずかにあったが、緊急搬送の実態を知って焦りは倍増した。「ベッドがどうかは気にしないでください。まず治療を受けられる病院に、それも一番近いところに運んでください」と伝えて、ようやく走りだした。
信号を無視して突っ走る救急車に乗りながら、ものすごく矛盾を感じた。「ここで急ぐことよりも、もっと根本のところが間違っている」。
18病院は大淀病院がどの順番で打診したかを知りたがるだろう。そして、早くに打診された病院は「我々に打診された時はまだ重篤ではなかったはず」と言い逃れ、最後の方の病院は「自分たちよりも前に打診された病院の責任が重い」と主張するだろう。
高崎さんが亡くなり、これだけずさんな実態があらわになった。死に至らないケースはもっとある。とても人を助けるどころじゃない。命を救うのが病院ではないのか。命を見捨てた18の病院に言いたい。恥を知れ。
October 24, 2006 11:46 AM
2006年10月14日
V逸=低年俸でいい
プロ野球選手の契約書を見たことがある。その選手は9000万円の複数年契約だった。サインして記者会見を終え、一緒に入った喫茶店で「見るか?」と言われ「えっ、いいんですか。それならぜひ。写真に撮っていいですか?」と聞いて「ダメに決まってんだろ!」と怒られた。
甲とか乙とか、いかにも法律っぽい表現が並び、確かに9000万円と書いてあった。「こんなにもらっていいのか?」。コーヒーをスプーンでかき回す手が震えていた。
まだ1億円プレーヤーが数人の時のこと。「大型契約を勝ち取ったぜ」の得意満面な様子はなく「オレなんかがこんなにもらっていいのか。税金払えるかな」と本気で心配していた。話を聞いていて、至極まともな印象を受けた。お金に対する感覚は、庶民と変わらないことに好感を持った。
今は1億円プレーヤーなど珍しくない。好成績を残せば5、6年でガンガン億の年俸を手にしていく。それ自体に文句はない。プロなのだから、結果に年俸が見合うのはおかしくはない。ただ、思い返してもらいたい。球界はつい2年前には、近鉄とオリックスの合併問題で大揺れした。球団経営に行き詰まり、老舗の近鉄が球団を手放すことになった。その時、近鉄の選手だけでなく、球界の選手みんなしてプロ野球の危機を叫んだ。
今もあの時の切実な危機感を持っているのかと、あらためて聞きたい。当時、近鉄がギブアップするならと、球界の中ではホリエモンに託そうとした動きがあった。その時、在京チームの主力選手に真剣に問い掛けたことがある。「ある程度の年俸の選手が、自分たちの出せる範囲で自腹を切り、集めたものを近鉄に差し出し『これだけ集めました。微々たるものですが、現場も血を流します。球団も努力を続けてください』って頼むのがスジだろう」。すると、その選手は即座に「そういうことなら、ボクは2000万円だって出します」と真顔で言った。
本来、プロ野球選手は入場料収入を基にして年俸を得ている。グッズや放送権料もあるが、根本はお客さんがどれだけ入ってくれたか。これは部数の新聞、視聴率命のテレビ界と同じだ。どんなに素晴らしい働きも、給与の原資を支える収入がなくては、好待遇を求めても無理だ。この仕組みをいま一度、選手は自覚すべきだろう。
特に優勝を逃したチームは、いくら個人の成績が突出していても、冷静に状況を理解すべきだ。球団も若い選手や勘違いしている選手に、まともな金銭感覚を教え込む使命がある。根気強い作業だが、そうした教育は先々で選手の大切な知恵として財産になる。見事な成績を残し、我が物顔の選手に甘い顔をすれば、いつか球団経営を圧迫する契約を求めてくる。
パ・リーグのプレーオフが盛り上がり、セの覇者中日との日本シリーズを控え、球界はにぎわっている。そんな時だからこそ、「自分さえ良ければ」の年俸交渉が話題になってほしくない。
October 14, 2006 09:22 AM
2006年10月04日
極悪犯罪から弱者守れ
奈良の小学1年女児が04年11月の下校中に誘拐、殺害された事件で、奈良地裁は9月26日、小林薫被告(37)に死刑を言い渡した。
女の子の絶望感と家族の悲しみは想像を超える。卑劣な、そして今後誰の回りでも起こり得る常軌を逸した極悪犯罪の可能性について考えさせられた。
被告の育った環境は劣悪だったが、知れば知るほど「それがどうした」との思いが強くなる。事実を解明することは大切だが、殺すまでの詳細な背景を知っても脱力感が増す。なぜ防げなかった、なぜ救えなかったかに力点を置くべきだ。
従って、彼が更生するかどうかなどに興味はない。もし仮に、自分の生活圏内で更生するなら、子供をその近くに行かせない。
被告には強制わいせつ致傷罪の前科があった。鑑定により精神医学的に反社会性人格障害と診断された。そうした人間と、自分の身を自分の責任で守れない幼児や、狙われやすい若い女性が同じ生活圏で生きることは間違っている。
反社会的な人間になるおのおのの理由はあり、小林被告は視力が弱くいじめに遭い、父親からも暴力を振るわれ、唯一の理解者である母を小学4年時に亡くした。その現実だけに目を向ければ確かに悲惨だ。この卑劣な犯罪と無縁であれば、社会の中で強く生き延びてほしいと願った。
しかし、その不満を弱者に向けるのが反社会性人格障害者の特質で、科学的に証明されたなら、彼らは自分で自分を守れる人間と共同生活を送るべきだ。むしろ「更生の可能性」などときれいごとを言って、野に放つ側にも大きな責任がある。
安倍首相は再生のチャンスがある日本にしたいと言った。それには賛成だが、幼児や性に関連した犯罪者は別だ。犯罪から立ち直り、更生を目指す人々にはつらいが、性犯罪と幼児を狙った犯罪者には、再犯を阻止するために24時間監視し、行動範囲も限定すべきだ。弱者を殺す前に救う道を確立するしかない。
こうした凶悪犯罪のとき、判決文の中に「更生の可能性」という言葉を見る。どこかおかしい。犯罪者の基本的人権を考える前に、同様の犯罪を未然に防ぐ手だてを全力で考え、実行すべきだ。
もはや、日本は安全な国ではない。己の不遇をこじつけ、人生を捨てて犯罪に突進する人間を止めるのは困難だ。異常者や、常習者も数え切れない。それを警察も地域住民も防げないでいる。さらに、困難を理由に傍観することや、犯罪者の人権を擁護する考えが犯罪者を助長させていく。
こんなむごいことを決して起こさせないために、その可能性の芽を確実に摘むしかない。もう何度、こんなひどい死に方を子供がしたのだろう。守るためには非情になってでもやり抜くしかない。
October 4, 2006 09:37 AM
2006年09月24日
前向きな失敗の意義
J1東京のシーズン会員なのでよく試合を見る。子供と一緒のため自ずと説教臭くなるが、Jリーグから何を学んだか気にもなるので、その練習も見るようになった。
見れば教えたくなる。すると教える難しさに直面する。成功→褒める、失敗→教える、それでいいのかと考える。成功のプロセスがまともか、偶然か、ズルか。見極めず結果だけ重視すれば、ほめられた子供は何がいいのか戸惑う。
たとえば同じ失敗でも、吟味すれば2通りだ。何も考えず漠然と当然の結末としての失敗と、工夫しようとチャレンジしてのミス。教育論的に何の根拠もないが、なるべく後者の失敗をした時に、褒めるようにしている。
前向きなミスなら正しいことは1つある。今までと同じではだめだと気付いた点だ。少しでもうまくなろうと思い試す。大切な失敗であり、下手くそが飛躍する兆しだと思っている。
大学4年の春、都内の商業高校で数週間の教育実習をした。その間、サッカー部の練習も見た。レベルは低かった。部員にとびきり下手くそがいた。茶髪のロン毛が目にかかり、前が見えない。まっすぐ蹴れず、インサイドキックはおろか、トラップもシュートもできない。練習不足と指導者不在のせいだった。
部員には、サッカーはゴールを奪うスポーツで、そのためにはいかにゴールに効率良く近づき、なるべくフリーでシュートが打てるかだ、と伝えた。基本練習も満足にできないがゲームをした。すると、試合途中で茶髪ロン毛君が、とんでもないパスを出した。それも無謀にもノールックのダイレクトパス。大きなサイドチェンジを狙った。当然、へなちょこキックになり、無残にも敵へのプレゼントボールになった。
ただし、狙ったところには味方がいた。通っていれば素晴らしいチャンスが期待できた。
悲惨な試合後、部員に基本練習の大切さを説明した。聞いているのか、いないのか、まるで手応えはない。終わる時、そういえばと思い出して茶髪ロン毛君に言った。「素晴らしい狙いだったな。でも、パスも通らなければ敵に取られてピンチになる。正確なキックと、ロングパスが蹴れるパワーと、ダイレクトキックができるボールタッチが必要だ。だから基本練習をしろ」。彼は両目にかかった茶髪ロン毛をかき分けもせず、下を向いて黙って立っていた。
教育実習が終わり、部として色紙をくれた。その中に茶髪ロン毛君のコメントがあった。「先生に言われてうれしかった。練習を頑張りたい」。その後、彼が必死に練習したかどうか、知らない。ただ、あの時褒めたのは本当のことだった。ちゃかした気持ちはみじんもなかった。下手くそが、下手さをさらけ出し、嘲笑(ちょうしょう)覚悟で果敢に挑んだのに目を奪われた。
うまくなりたい熱意が、からかわれるかもとのためらいを超えた時、その失敗には可能性があることを、子供たちには伝えたい。
September 24, 2006 11:11 AM
2006年09月14日
姑息なネクタイ着用
ネクタイをしたかどうかで騒がれるのは、この平和な日本の中でも、4日の初公判に臨んだ堀江貴文被告だけだろう。とても気になった。ニュースで知り「無罪を勝ち取るために必死なんだな」と感じたが、具体的な場面を知ると感想も変わってきた。
裁判長にだけはネクタイ姿を見てもらいたかったようだ。東京地裁に入る時はどこかに“ブツ”を忍ばせ、法廷前の廊下で必死に締め、閉廷し裁判長が退廷しするとすぐに外した。そんなことに必死な堀江被告が、こっけいで面白かった。そこまで面倒くさいことをする何か特別な理由があったのなら、ぜひ知りたい。
堀江被告は、金があれば何でもできるとの独特の価値観で大きな騒ぎを巻き起こした。固定観念を打破する新時代のヒーローとしてもてはやされたが、今は宮内被告ら側近にも見放された格好で、等身大の“ホリエモン”に戻った感じがした。
あれだけしないことにこだわっていたネクタイをした。たかがネクタイだが、自分の名誉と将来のためには、再び社会規範に沿った行動を取ったと感じた。
やっぱり賢い。いい意味ではない。ずる賢い。ツボを心得、効率を重んじ、最大限の成果を目指す、いかにも損得勘定にたけた、らしい選択だった。あれだけ拒否していたネクタイをすれば最初だけでも、裁判官の心証は良くなる。敬意の証しになり、インパクトも強い。
ならばなぜ、その賢い姿を堂々と見せないのか。ネクタイ着用は、どうせすぐに知られてしまうことだ。着けたり外したりと面倒くさいことをせず、普通にネクタイして入廷し退廷すればいいだけのことだ。むしろ、手間をかけたことは姑息(こそく)にも映り、マイナスにすらなる。
人と同じにできない、普通にできない特性があるのかもしれない。普通にしたい堀江被告自身を邪魔する何かがある。屈折したプライドか、間違った意地か、きっと機会があれば、本人は巧みにペラペラとしゃべるだろう。
株を駆使し企業買収をしては大騒ぎするホリエモンの大冒険は終わった。今度はネクタイを締め、TPOを上手に使い分ける、スケールダウンした本当の人生が始まる。きっと、つまらない。でも、多くの人はそんなつまらない日常の中、失敗ばかりして、それでも何とか生きている。
我々一般人は、ネクタイをすることに、そこまでこだわっている暇も理由もない。第一、自意識過剰なまでに、自分のネクタイ姿を気にする人間などばかげている。人からどう見られるのか、そのことで彼の頭の中がいっぱいになっているのが想像できる。
問われているのは、粉飾決算など証券取引法に違反したかだ。なぜそこまで徹底して検察に調べられることになったのか? そのことを深く考えず、ネクタイ着脱の綿密なタイムスケジュールをたてているようじゃあ…。人間の器量というものがあるなら、これで彼のスケールははっきりした。それを気にする我々は、もっと小さいことを否定できないのが悔しいが…。
September 14, 2006 12:03 PM
2006年09月04日
監督辞めさせる弱さ
横浜の牛島和彦監督のシーズン終了後の辞任の動きが明らかになった。96年に横浜の担当をしていたが、もろい球団体質はまるで変わっていない。
プロ野球のチームを持つということは何だ? 何を意味するのだろう。建前としては、スポーツを通じての健全な青少年の育成など、きれい事ならいくつもある。本質的な企業としての目的は、ホリエモンが近鉄を欲しがったように大きな宣伝効果であり、その先には企業としての利潤がある。
企業のイメージを高めるためにも、強く魅力あるチームであることが大切になる。選手や監督ら指導者を強化するのもそのためだ。なのに、能力があっても、結局は、球団内の確執によって強化途上のチームは解体させられる。
問題なのは、シーズン中に最重要項目であるはずの監督人事が外に漏れることにある。それもオーナー、球団社長らトップがそれら一連の話し合いと、牛島監督が辞任の意向を持っていることを半ば認めている点だ。そこには球団主導の解雇ではなく、牛島監督主体の辞任を暗に強調したい計算が見える。イメージを損ないたくない球団が、先手を取っているように映る。まるで政治の世界だ。
球団を強くしようという熱意があるとは思えない。今後、横浜の監督を任された人間なら、誰しもが考えるだろう。「この球団は夏場には人事の動きを外に漏らす。自分はどう動けばいいのだろう?」。まともな人間なら、とてもじゃないが夏場のペナントレースに集中できないだろう。
どの球団でも、水面下では来季に向けた編成の動きはある。逆に、検討すらしていなければ、それは企業努力が足りない。不振球団なら、先を見据えた具体的なビジョンが必要だ。誰を解雇し、浮いた人件費で誰を獲得し、そしてチーム全体をどう補強するか。選手に限らずコーチや監督、フロント幹部だってその対象になる。
首を切られる選手にはたまらないが、それが現実だ。そこで肝心なのは、そうした球団内の動きは、極力表に出さないようにする配慮がなければ、現場とフロントの信頼関係は成り立たない。
強いチームは、背広組=フロントも強いものだ。たとえそれが事実でも、球団にとって都合のいい部分であっても、フロントがしっかりグラウンドとファンを見ていれば、平然と徹底して否定できる。そして秋になり、すべてが終わってから上手に納める。それが、強いチームをつくるための、球団トップが守らなければいけない最低限のマナーだ。
一見すれば、牛島監督が低迷した成績の責任を取り、契約満了に伴って男らしく退団ということだろうが、球団は本気で引き留める気があるのか、と疑いたくなる。それほど、球団の本気度の低さがぷんぷんにおった。弱くなるチームは、フロントも親会社も含めてすべてが緩くなる。監督を慰留もできない球団が、本気で優勝を目指しているのか? やる気が伝わって来ない。
September 4, 2006 12:09 PM
2006年08月25日
憎まれてもビデオ判定
つくづく思う。心の底から感じることだ。「プロ野球の審判はつらい職業だ」。“誤審”問題は後を絶たない。反対に“名裁き”は皆無。間違えるたびに矢面に立たされる審判は、緊張し、必死に正しいと信じ、そして間違えるのだから気の毒と言うほかない。
誰も意図的に「間違えてやれ」などと思ってジャッジしていない。真面目に取り組んだ結果として“誤審”が連続するのだから、これは審判を糾弾して解決できる問題ではない。誰かが手を差し伸べるしかない。その役目を負うのは分かり切っている。コミッショナーであり、両リーグの会長である。
非常に悲しい回答書を目の当たりにした。セ・リーグの複数球団から提出された抗議書、要望書に対する、先日18日のセ・リーグ豊蔵会長の回答だ。その中で「審判の判定は最終のものというルールが存在する限り論評できない。判定を否定した場合、ルールの根幹を崩すことになる」と従来の考えを繰り返した。さらに「進歩した機器により、審判の判定と違う結果が判明することがあり、それが不信につながりかねないことを理解し、憂慮している」と加えた。
「違う結果」とは、判定とグラウンドで起きた事実が違っていたということだ。つまり、審判の判定を優先するあまり、本当の出来事をねじ曲げ、判定を押し通しているということだ。少し冷静に読めば、リーグ会長の苦しい胸の内も伝わってくる。そりゃそうだ。試合が終わり、静かにビデオに見入れば、誰が正しく、誰が間違っていたかは一目瞭然(りょうぜん)。そこに異論を差し挟むものはない。
そこを認めつつ、それでも審判の権威を守るために苦肉の文面になっている。さらに、この苦しい文章で審判は救われ、助けられるのか、と言えば全く反対だ。ますます厳しい目を向けられ、選手-審判間のストレスはムダに高まっていくばかりだ。
もう、こんな非生産的な議論は続ける価値もない。トップとしてコミッショナーはビデオ判定を一部導入すればいい。審判が反対しても、日本プロ野球組織(NPB)のトップとして突っぱねればいいだけのことだ。憎まれ役になってでも、1歩を踏み出さない限り、この問題に出口はない。
野球を取材した経験者として、ベースを踏んだかどうか、バットにボールが当たったかどうかすら、きっちり正しく判断できないのでは、試合進行は無理だ。審判のレベルが下がったのか、選手のスピード、技術が向上したためきわどい場面が増えたのか。いろんな原因があるだろうが、試合を左右する大事な局面での“誤審”は、ペナントレースを戦う選手、ひいき球団を応援するファンにとっては到底我慢できない。
どこに、どれだけのカメラを設置するか、いつ、どのタイミングでビデオを導入するかなど、決め事はたくさんある。それでも、これでどれだけの審判が救われ、どれだけ選手がプレーに集中できるか。それによって、もっとスリリングな試合が見られるなら、コミッショナーらトップは、思い切ってすぐさま断行すべきだ。
August 25, 2006 09:23 AM
2006年08月15日
「本物」の安物ドラマ
亀田興毅のチャンピオン誕生を「安っぽいドラマ」と評した人がいたが、まさにコテコテの浪花節だった。そして、不覚にも目頭が熱くなった。
2日のWBA世界ライトフライ級で新王者となった亀田興毅の試合をテレビで見た。最終12回が終わり、負けを確信した。ジャッジの集計を待つ間、父史郎さんの表情を目で追った。敗れた時、どんな顔をするのか、そこだけ知りたかった。
新王者に亀田が指名され、驚いたような戸惑うような目をした。よく見ると史郎さんはアザラシのゴマちゃんのような真ん丸いまなざしをしているが、その目が点だ。びっくりしている様子が如実に出ていた。
亀田が「どんなもんじゃ~」と強がった後、「え~ん、え~ん」と泣き「オヤジありがとう」と言ってベルトを手渡した。予想通りのパターンだ。分かっていても、それでも、思わず鼻の奥がじ~んと来た。
確かに芝居がかっていたし、TBSの演出が鼻につくドラマ仕立ての王座奪取劇だった。リングインするときに、亀田はわざわざカメラをにらみつけるような視線を送っていた。試合に集中しているのか疑問だった。ただ、試合そのものは、巧妙なランダエタに対して、亀田は死に物狂いの戦いで、不格好な戦いぶりが真剣勝負をストレートに視聴者に伝えていた。
微妙な判定はジャッジの問題であり、亀田にこの点を詰問しても意味がない。むしろ「自分が負けていた」などと言うはずもなく、「好きに言ったらエエヨ」とのコメントもうなずける。王者にふさわしかったのはランダエタだと今でも思うが、その後のマスコミに対する態度を見ている限り、この次の世界戦で答えを出さなければいけない亀田の決意も感じる。
言葉遣いは目に余る。これまでの対戦相手には物足りなさを感じる。試合前のパフォーマンスも度が過ぎている。対戦相手に敬意を払っているとは思えない。しかし、これは批判を覚悟で亀田家がずっと前から選択し継続してきた道ではないか? 失敗をすればこき下ろされ、そしてすぐに忘れ去られていく。その危うさを、少なくとも父親は知っていただろう。それでも貫いてきたことには、信念に近いものを感じた。「嫌なら見なければいい」。史郎氏の言葉には半ば開き直りの響きもあるが、その場しのぎの言い逃れとは違う強い意志を感じた。
試合は終わり、判定は亀田を支持した。微妙な判定だったからといって、これまでの亀田の言動を一斉に攻撃するやり方には、弱い者いじめに近いものを感じる。いまだに謙虚さを表に出さない亀田への反感は確かにあるが、今回の騒動でより興味がわいたのが本音だ。
あれこれ考えさせられた。そして今の率直な感想はこうだ。「安物のドラマの方が分かりやすくていい」。いつまでも、じわりじわりと効いてくる。なかなか忘れることができない。抜群の余韻を残した「本物」の安っぽいドラマには、まだ続きがある。
August 15, 2006 12:16 PM
2006年08月05日
「真実」優先の判定を
毎年いつも不思議に思っているのが、プロ野球の審判の判定問題だ。中でも、特に感じるのは「真実」が優先されるのか、それとも「審判の判定」が優先されるのか、という疑問だ。
言い換えれば、フェンスを越えればホームランが大原則なはずだが、審判が認めなければホームランとはならない。それが現在の審判団への不信感を招いている。今は審判の判定が最終的なものとされているが、明確に事実が確認できる場合は、「真実」を優先させるべきだ。
以前、“誤審”を下した審判を取材した。その審判は、ダイレクト捕球を見間違えて、セーフと判定した。試合後、審判室を出てきたところで、ビデオで確認したかどうかを質問した。すると「ビデオに1コマ足りなかったな」と言って笑っていた。
意味が分からず聞き直すと「私が見たはずの、捕球前にワンバウンドするワンカットが抜けていた」と言い直した。取材していて痛々しい気持ちになった。自分が間違えたことに気付きながら、笑えない冗談しか言えない。審判室の中で、苦し紛れのセリフを考えていたのかと想像すると、気の毒でさえあった。
間違った判断など、どこの世界にもある。そもそも、人間にミスはつきものだ。さらに、今はビデオがあるために、判定の正否がはっきりしてしまう。それでも、頑として間違いを正当化しなければいけない悲しさが、審判を追い詰めている。
ボール、ストライクの判定やハーフスイングまでビデオ判定をする必要はないだろう。なぜなら、それらの判定は、ビデオを何度見ようとも、見る側の思い入れによって、どうとでも受け取れるからだ。
ただし、ホームラン、アウト、セーフ、フェア、ファウルなど明確に判断ができるものについては、ビデオ判定を導入すべきだ。ビデオは「事実」と「真実」を示しているからだ。例えば、先述したダイレクト捕球をミスジャッジした審判も、ビデオで検証すればその場で混乱を収束することができたはずだ。たとえ、走者がいたとしても、それこそ審判の裁量の中で、単打として場面を設定すれば済むことだろう。
おそらく審判の中には、「たとえ間違いであっても、審判が下したらそれが事実になる」との認識があるのだろうが、それは今の時代には通用しない。また、試合の中の一部にビデオを導入したら、審判の権威が失墜するとの不安もあるだろうが、ビデオの力を借りることは恥ではない。ほかのスポーツでも大相撲、NFL、NHLなどが有名だが、ラグビーやテニス、柔道でもテストを含めて導入され始めている。
明確に分かるものについては、潔くビデオ判定を導入すべきだ。フェンスを越えたかどうか、ダイレクトで捕球したかどうか、両チームがビデオを確認することで、明確に公平さが保たれる。まずは、試験的にでもやってみる価値はあるはずだ。
August 5, 2006 09:27 AM
2006年07月26日
軍曹だった球団代表
球団オーナーの指示に忠実であり、プロ野球という組織の中では流れを読みつつ脇役に徹した。一方で、12年間にわたって務めた球団代表としては、特に選手を陰で支えた。19日に心不全で死去した前ヤクルト球団社長の田口周(たぐち・いたる=享年73)さんは、人からどう評価されるよりも、当人はどうしてもらいたいのか、をいつも気に掛けていた。
数年前、本音が見えない田口さんのことを、無口なヤクルト土橋勝征内野手(37)に聞いたことがある。今年でヤクルト一筋19年のベテランは、米陸軍歩兵連隊を描いた往年の人気テレビドラマ「コンバット」を引き合いに出した。「あの人は、サンダース軍曹なんですよ。もし、戦場の最前線でオレが敵に撃たれて倒れたら、あの人は助けに引き返してくる。仲間を見捨てない。そんな人です。うまく言えないけど」。ぶっきらぼうな土橋にしては珍しく、熱くなって一気に話してくれた。
後に、田口さんとゆっくり話す機会があった。土橋との会話を伝えておいた方がいいような気がして、そのまま話した。黙って聞き終えてから「そうか」と一言。運転しながら、ほんの一瞬笑った。表情が変わったのは1秒にも満たない。あっけなくて逆に驚いた。たとえうれしくても、感情の動きを表に出さないようにしている。しばらく沈黙したが、何となく田口さんの人柄が少しだけ分かった気がした。
「あんまり驚かないんですね。もし、自分が言われたとしたら、喜んじゃいますけど」と尋ねた。すると「だからな、そういうことはな、彼がそう感じてくれたらそれでいいんだよ。だから、どうこうじゃないんだよ」と言った。いつものように指示語ばかりだ。相手をけむに巻く言い回しだったが、その時の空気で何も聞かなくても分かった。田口さんは人から信用される人なんだと感じた。
損な役回りもたくさんこなした。球界の中ではヤクルト本社が巨人追随の方針を示し、球団代表として矢面に立って批判されたことも。人事を預かるだけに解雇を宣告も重要な仕事だった。だみ声でせわしなく動き、監督人事で忙しい最中も、苦悩する顔は見せなかった。「球団の代表ってのはな、日本に12人しかいない」が口癖で、球団社長になっても「代表と呼べ」とうるさかった。
四十数年前に日刊スポーツに勤めていたこともあり、先輩だった。ヤクルト担当を外れて初めて、いろんな話を聞くことができた。相撲好きで、昨年の秋場所に両国国技館で一緒に十両の取組を見た。「まあ、また今度、ゆっくり飲もう」と、帰って行った。「あんなにやせて。でも、ここが戦場なら、撃たれた仲間を見捨てないんだろうな」。はね太鼓が響く中、残暑の両国を帰る、だみ声のサンダース軍曹の後ろ姿を見送った。
July 26, 2006 10:18 AM
2006年07月16日
「投げてくれよ」の意味
優勝を期待されて、その通りの結果を出すことがいかに難しいか。W杯でのブラジルの敗戦を見て、特別な国にだけ課された重圧の大きさを思った。スポーツの中にはブラジルのサッカーと同じく、極めて厳しい条件下で勝利を求められている競技がある。日本の柔道だ。
4月29日の全日本選手権で、鈴木桂治(26=平成管財)は順調に勝ち進みながら、どこか納得していなかった。「僕は自分の中にあるいくつかの引き出しの中で、最悪の時にしか使わない引き出しで試合していました。その引き出ししか使えない自分がつまらなかったです」。
準決勝では05年カイロ世界選手権90キロ級で金メダルを獲得した泉と対戦した。試合中に鈴木は「きれいに投げられたい」と感じたという。何とか勝ち進んだものの、自分本来の柔道ができず、いっそのことひと思いに泉に投げられてすっきりしたい、との勝負師としての「価値観」があった。優勢勝ちした鈴木は試合後、泉にこう言った。「投げてくれよ」。
鈴木の中の基準からすれば、当日の柔道は負けてしかるべきものだった、という。それを自分でも分かっていた。言葉に出してあえて試合後に泉に発したのは、試合を通してそのメッセージが伝わっていた、と確信していたからだ。話を聞きながらそう感じた。
当日の自分の力を客観的に測る分析力。その中で勝ち進む手段を選ぶ判断力。苦しい時に備えて勝ち進む複数の術をそろえておく周到さ。常に頭の片隅で「こんな自分は本当に勝っていいのか?」と、第3者的な視点で自分で自分を評価している。それらすべてを心の中に受け入れて、結果を出していく。
「自分の力を出したい」「頑張ります」と、ひたすら唱えるだけのレベルとは雲泥の差がある。勝つことだけに四苦八苦している選手、チームには望み通りの結果はついてこないのかもしれない。勝利への執念、気迫、欲求、プライド。いろんな単語があるが、鈴木ら日本を代表する柔道家の思いの背景には、ありきたりな言葉とは別次元の、確かな血のようなものが流れている。
それを端的に言葉にすると伝統になるのか、伝承になるのか、歴史になるのか、スピリットになるのか、自信を持って示すことはできない。
鈴木が泉に「投げてくれよ」と言った時、泉にはその言葉の本当の意味が伝わったはずだ。きっと、泉も鈴木と同じ境遇になった時、泉の後輩に同じように接するだろう。みんなが模索して、迷って、失敗して、ちょっとずつ積み上げてきた。それが、伝承になるのかもしれない。
鈴木は決勝で19歳の石井に敗れ、史上5人目の3連覇は逃した。結果だけを見ると新生石井の台頭ということかもしれないが、王者鈴木を中心に、日本の柔道界は厳しいせめぎ合いの中で戦っている。常に、上を向いて試合をするからこそ、日本柔道は世界から目標にされている。
July 16, 2006 08:57 AM
2006年07月06日
桑田の走り抜く決意
91年初夏のことで、15年以上前のことになる。ジャイアンツ球場で桑田真澄が残した言葉が、不思議と頭から離れない。W杯や五輪など大きな大会になると、気が付くと思い出している。取材を通して意思疎通ができた選手ではない。むしろ、その反対だった。
その時も、ジャイアンツ球場で調整中の桑田にアクシデントがないか、何かを探るような取材だった。薫風の中、桑田は走っていた。桑田が走るのは外野フェンス沿いギリギリの場所で、普通の選手はもっと内側のラインを走っていた。桑田だけが踏み固めた有名な「桑田ロード」だ。芝生がはげた道を見るだけで一目瞭然(りょうぜん)、何の説明もいらなかった。
取材陣は右翼ポール付近にいたが、テレビカメラは右翼のフェアゾーンに入ってレンズを向けていた。左翼からスピードを増して走り込んでくると、カメラに気付き数メートル手前でスピードを緩めた。両手を腰に当て、息を整えながら穏やかに言った。「もう少し、後ろに下がってもらえませんか?」。
意表を突かれていると、桑田は言葉を添えた。「僕はラインを全力で走り抜けるんです。ラインがゴールなんです。そこに皆さんがいては走り抜けられませんから」。
まだ報道陣にぎこちない空気が漂っていると、きっぱり言った。「走り抜けても、抜けなくても、その差はわずか数メートルですよね。でも、僕は毎日何度も走る。たかが5、6メートルでも、これから野球をやめるまでなら、何キロにも、何十キロにもなるんですよ。分かります?」。よお~く分かった。取材陣は照れ笑いを浮かべたが、その場にいた誰もが理解し、すぐに道をあけた。
思い返してみると、踏み跡よりも、その「考え方」にこそ、桑田がほかの誰とも決定的に違う「真剣さ」があったと思う。左翼から右翼へ走ることを真剣に考え、何のためにやっていることなのかを、いつも忘れなかった、ということだ。ノルマの本数だけ数えながら、義務的に走るのとは違う。これが取り組み方、意識の差だとおぼろげに感じた。
中田引退のニュースを聞いて、ふと桑田のあの時の言葉がよみがえってきた。勝ってほしいとか、意地を見せてほしい、そんな感傷的な思いはない。ダメなら辞める。それがプロスポーツの世界だ。その鉄則を、まだ20代前半の桑田は本能的に知っていたからこそ、妥協なく汗を流してきたのだろう。
プロ野球は夏場を迎えた。投手陣がバテ、控えの投手にチャンスが回ってくる。しかし、桑田にとってはチャンスという表現は当てはまらないだろう。自分の成長を披露するのは若手に許されたもので、ベテランにとっては過酷だ。プロでいられるための正念場、一種の修羅場になる。そうして173勝してきたが、もう後はない。まだ桑田には「走り抜く決意」は残っているのか、じっくり見たい。
July 6, 2006 10:26 AM
2006年06月26日
忘れず目そらさない
日本が戦った12日から22日まで、思いっきり嫌な人間になっていた。性格がギスギスしていた気がする。人よりも気の利いたことを言おう、言おうとしていたのかもしれない。褒めることよりも、人が指摘しない際どいところを、さも、自分だけが見抜いているかのように、持論を展開することに酔っていた。
W杯は不思議だなと感じた。本当は日本代表が好きなのに、非難したくなる。「きっと負けるだろう」とのよけいな予測があることで、評論家ばりの批評を加えたくなる。素直に応援できない。伝える側にいることで、無邪気に見入る心にブレーキがかかっている。
それに気が付いたのは、意外な場所だった。検査の結果を聞きに訪れた病院のエレベーターでの医師と看護師の会話からだった。
医師 昨日のブラジル戦、見ました?
看護師 見てませんよ。寝ました。勝ちました?
医師 いえ、負けました。1-4です。
看護師 ああ、やっぱり。
医師 でも、ブラジル相手に1点先に取りましたからね。立派ですよ。
看護師 そうですよね。すごいですよね。
普通の会話が、すんなり耳から脳みそに届いた。当然の会話が、まともに聞こえた。新聞社にいたら、こんな会話は成り立たないかもしれない。それは職種の違いよりも、置かれている環境の違いが大きいように思えた。
病院は体に不安を抱える人が集まり、治す人が働く。常に、不安や絶望、心配や戸惑いがあり、安心したり、感謝する空気よりも、マイナスの空気が圧倒的に濃い。その中では、血気盛んなバリバリのサッカーファンとは、また違う価値観があった。
いろんな見方がある。どうしても声の大きい人の意見が露出するが、みんながサッカー解説者になる必要はない。日本サッカーが立ち直るには、選手や関係者の反省と分析の日々になるだろう。だからと言って、受け手がみんな悲嘆に暮れると思い込むのは早計だろう。トータルの結果には納得できなくても、日本代表の一瞬のプレーを大切に胸にしまい込んだ人の存在は否定できない。そんな人は意外に多いかもしれない。
日本代表を冷めた目で見てしまった分だけ、終わった今、本当に日本代表がどう戦い、どう負けたのかを、ありのまま味わえなかったことに戸惑いが残った。
埼玉スタジアムや、スポーツバーで大声を出し、熱狂しながら見るW杯もあれば、静かに何の制約も、うんちくもなしに、1人フラットな気持ちで画面を見つめた人もいた。
厳しい意見もあれば、その反対の思いもある。さまざまな感性の中で、それでもみんながあきらめず、忘れず、日本のサッカーを気に留めておく。失望しても目はそらさない。それができるか? 難しいことだけれど。
June 26, 2006 11:18 AM
2006年06月16日
たじろぐ程強く蹴れ
オーストラリアに負けた後、何度も何度も考えた。「この煮え切らない感情はどこから来るのか」。チェコ-米国や、韓国-トーゴを見ているうちに、だんだんモヤモヤの源が整理されてきた。サッカーはゴールにボールを入れるスポーツだ。緩いシュートでも、ゴロでも、カーブでもシュートでも何でもいい。
しかし、「シュートはインステップで蹴れ」と教えられてきた世代として、日本代表の攻めに壮快さは感じない。初戦で、それらしいシュートは、前半にFW高原が左ポストをわずかに外した場面、同点にされた直後、MF福西が右へそらしたやつしか思い出せない。
日本代表のシュートは、なるべくコースを狙った無難なものだ。見ている側の1つの考えとして言う。「最大公約数的」なシュートは見たくない。コースを狙いつつスピードを抑えたシュートだ。それだけの技術もないのに、ボールが外れていく軌道を見るたびに力が抜ける。試合に出ているDF陣はその数十倍、数百倍の落胆がある。だから、同点に追いつかれ崩れ落ちた。DF陣を責める気にはなれなかった。
GKの正面でもいい。GKごとゴールにたたきこむ、それぐらいのシュートが見たい。
強いシュートで思い出すのはベッカムだ。右足でのコントロールを武器に、正確なロングパスを出す。好きなタイプではない。プレーを見てグッと来るものがない。02年は1次リーグでアルゼンチンと対戦。ベッカムは98年フランス大会で、アルゼンチンのシメオネの執ようなマークにいらだち報復行為で退場。
その因縁の相手に、ベッカムは0-0での前半44分、オーウェンが得たPKを蹴った。「インサイドか、インフロントでコースを狙う」と予想していた。ベッカムはほとんどど真ん中に、インステップで激しく蹴り込んだ。ジャージーを引っ張り、スタンドのサポーターに見せ、ハンサムな顔をゆがめて狂喜した。グッときた。
4年間の思いを込めたように映った。きっと、後ろで見ていた10人も含め、みんなが納得するのは、こん身の力を込めたシュートだと、ベッカムは感じていたのかなと、思った。
シュートには正確さが不可欠だ。その正確さと同じくらい、強さも大事だ。正確さは絶対に外してはいけない時に求められる。そして正確さは「うまさ」を感じさせる。強さはどうだ? チャレンジする果敢さに、相手はたじろぐ。「こんなところから打ってくるのか」「こんなパワーがあったのか」「こんなに必死なのか」。
ブロックに伸ばしてくる相手DFの足ごと、容赦なく蹴り抜くシーンが見たい。その後で点が入るかどうか、それは結果だ。その愚直な勇猛さが、相手をビビらせ、守備に疲労していく味方にエネルギーを与える。シュートを打てとか、枠に飛ばせとか、もう、ごちゃごちゃ言わない。蹴れ、強く。
June 16, 2006 10:43 AM
2006年06月06日
「つば吐き」に見た執念
中学生のころ、テレビ東京の夕方6時からの「三菱ダイヤモンド・サッカー」を見ていた。当時、岡野俊一郎氏(現日本協会名誉会長)がブンデスリーガやプレミアリーグを解説しながら「これが世界のトップレベルのパス、センチメーターパスですね」と言っていた。走り込んだ選手の足元へ、ぴたっと30センチ違わずボールが供給されていた。
まだ80年代。高校サッカーがブームで、日本リーグは身内が観戦する程度。センチメーターパスなんて、遠い国の、知らない人の、特別な話にしか思えなかった。
93年、Jリーグが生まれる。それがすべての出発点になったが、衝撃的なシーンを1つだけ挙げるなら、ジーコがボールにつばを吐きかけた瞬間だ。どこか、きれい事で進んでいたJリーグ元年が、サッカーに潜むとんでもない現実に初めて触れた時だ。
94年1月16日、Jリーグチャンピオンシップ、川崎-鹿島の第2戦だ。ジーコは、非紳士的プレーなどはるかに飛び越えた「汚い行為」を犯した。後半36分、賀谷のプレーに高田主審がPKを宣告。カズが蹴ろうとしていたボールに、ジーコはちゅうちょせず歩み寄り、ボールにかがんだ。実況のアナウンサーはヒステリックに「これは…、どういうことですか? ジーコが…、どうやらボールにつばを吐いたようですね?」と叫んだ。
瞬間的に思った。「そうなんだ。そうまでしてジーコは勝ちたいんだ」。前半と合わせた2枚目のイエローで退場。主審へあざけりの拍手を送りながら、ピッチを去るジーコを見て、心の底からそう感じた。ジーコのJリーグ初代王者への本気度がはっきり見えた。
違う意見もある。「あれは審判に対するジーコの抗議だ」。「レベルの低い日本サッカーへの侮辱だ」。そんな声はサッカー経験者からも多く聞かれた。憤りを忘れないサッカーファンは多い。川淵キャプテンもその1人だった。
確かに言えることは、なりふり構わず、相手がミスをする可能性のために、ジーコは何でもした、ということだ。恥ずべき行動を、サッカー弱小国の日本で泥臭く演じた。それが、衝撃的だった。「もしかしたら、Jリーグはジーコがそこまでするほど価値あるものなのかもしれない」と思った。
敗れたジーコは、勝った時のためにひそかに用意していたシャンパンを、涙を浮かべながらチームメートに配った。つば吐きは美談にはならない。しかし、サッカーが根付くには、日本サッカーが本物になっていくには、じっくり考える必要があった。
センチメーターパスへの尊敬は、つば吐きの衝撃に粉々に砕け散った。きっと、ジーコは後悔している。それでもあの驚きは、後味の悪さだけを残したとは思わない。勝つための際どい一瞬には、どんなことだって起こり得る。ミスジャッジ、ラフプレー、乱闘、退場。そしてつば吐きだって。良いも悪いもない。これは教訓だ。
June 6, 2006 09:36 AM
