松井清員
2006年12月31日
ワクワクさせてくれ
私が子どものころ、遊びといえば野球が一番だった。サッカーもはやっていなかったし、テレビゲームもない。学校帰り、近所の空き地に集まって、ボールが見えなくなるまで野球をしている時間が、とにかく楽しかった。「将来の夢はプロ野球選手」。小学校の卒業文集には堂々とそう書いたし、野球帽をかぶった友達がほとんどだった。
野球に興味を持ち、面白さを教えてくれたきっかけは王さんのホームランだった。ベーブ・ルースを抜き、ハンク・アーロンを抜き、世界の王になったことは、子供心に衝撃的だった。右利きだから右打席だったが、1本足打法はしょっちゅうまねた。大阪から1度だけ神宮球場に観戦に行った時、目の前で王さんが本当に右足を上げた姿には心底感激したものだ。
実際、プロになった選手たちも少年時代はそんなカリスマ選手にあこがれ、夢を抱いて志し、スタープレーヤーになっていったことだろう。野球を観戦する楽しみ。それは見ているファンを「ワクワクさせてくれること」。これが原点だと思う。
残念ながら、今の日本球界に「ワクワク感」は減ってきた。先発松坂・井川、抑え大塚・斎藤、捕手城島、二塁井口、三塁岩村、遊撃松井稼、左翼松井秀、中堅田口、右翼イチロー。野茂や大家もいる。あと一塁手がいれば、メジャー移籍組で“日本代表”と言えるドリームチームができるほど、スター選手の海外流出はとどまるところをしらない。ただでさえ人気が低迷する中で、来季は松坂と新庄が抜ける。個性的な選手が減り続ける現在、ファンも誰を応援していいか分からなくなってきているのではないだろうか。
かつてプロ野球が高い人気を誇れたのは、ファンが好きな選手、チームに感情移入しながら観戦できたからだろう。あるいは自分の人生を重ね合わせていたかもしれない。ファンはひいきの選手、チームを応援しながら「自分物語」に酔うことができた。だが、スター不在だけでなく、巨人のように何でもかんでも補強では、G党ですら「勝って当たり前、負けたら情けない」と拒否反応を起こし、結局どっちつかずになっている。感情移入したくても、できないプロ野球になってきているように思う。
「すべては歓声のために」。今年のプロ野球のキャッチフレーズだ。だが、果たして、球団も選手も「歓声のために」ベストを尽くしたと言えようか。試合、ファンサービス、FA、ポスティング、ドラフト、プロアマ問題…。自分たちの権利ばかり主張して、ファンを置き去りにしていないだろうか。球団は経営努力して魅力あるチーム、球場をつくり、選手はプレーだけでなく、ファンをひき込むショーマンシップを持って戦ってきたのだろうか。
オリックスの清原は自戒を込めて言っていた。「勝てばいいだけの時代は終わった。球団も選手も危機感を持って、もっとファンを意識して“また見たいな”って思わせるボールパークをつくっていかんと」。プロ野球は今後ますます、厳しい状況に置かれるだろう。だが今こそみんなでエゴを捨て、もう1度原点に返って、少年たちが心からあこがれることのできる場所にして欲しいと思う。活気あふれる野球界への発展を願って「見た聞いた思った」の最後の提言としたい。
December 31, 2006 12:04 PM
2006年12月21日
球界のバブルも崩壊
ノリことオリックスの中村紀洋内野手(33)が、来季の契約交渉で厳しい数字を突きつけられている。下交渉での球団提示額は1億2000万円減の8000万円。「年俸1億円以上は40%以内」と定められた野球協約の減額制限を大幅に超えた60%のダウンに「ショックで声にならないです」とうつむいた。
85試合の出場で打率2割3分2厘、12本塁打、45打点。数字は物足りないが、両手首痛を耐えながら1年間戦ったことを思えば、ちょっと気の毒なダウン額だ。球界の慣例では故障で1年を棒に振ってもここまで下がることも珍しい。だが懐寂しい思いをしているのはノリだけではなかった。
ヤクルト古田6000万円(2億4000万円から1億8000万円減、75%ダウン)
巨人谷1億5000万円(2億8000万円から1億3000万円減、46%ダウン)
横浜鈴木9000万円(2億2000万円から1億3000万円減、59%ダウン)
それぞれパターンは違うが、1億円以上のダウン更改自体、95年オフのダイエー(現ソフトバンク)石毛が2億円から1億円にダウンして以来、11年ぶりのことだった。それが今年は保留中のノリも含めて4人もいる。1億円以下でも横浜仁志が9000万円減、巨人清水と横浜佐伯が8000万円減と、1年に1人いるかいないかだった8000万円以上の大減俸が、今年は7選手もいる。
野球界に何が起こっているのか。ある球団首脳は「プロ野球にも本当の意味での能力給の時代が来たのではないか」と分析した。過去の更改を振り返った時、倍増、3倍増はあっても、これほど大きなダウン額はあまりなかった。プロ野球の年俸は「能力給」といわれるが、実態は上がりやすく、下がりにくい性質。シーズン成績に加えて、選手が積み重ねてきた「実績」が加味され、どちらかといえば選手に温かく有利な契約システムと言えた。
一般社会のバブルは90年代初頭にはじけた。だがプロ野球界のバブルはその後も膨らみ続け、1億円が当たり前という年俸高騰時代がやってきた。「実績+能力」を兼ね備えた億万長者が急増し、06年度でも1億円以上が74人(外国人選手除く)もいる。だがここへきてプロ野球人気は頭打ち。収入源となる観客動員は伸び悩み、巨人戦の視聴率の低迷でセ・リーグ球団を中心に放送権収入も減っている。一方で外国人補強やFA選手の獲得・引き留め資金やドラフトに費用がかかり、球団経営は厳しい状況に追い込まれ、何かを切り詰めなければやっていけない非常事態に陥っている。
選手サイドに立てばノリのように、昔ならあり得なかった大減俸を宣告された“ギャップ”を理解できず、のみ込めないのも当然だろう。それでも経営に必死の球団は過去の「実績」を顧みず、あくまで今季成績に表れた「能力」でビジネスライクに電卓をはじいているように映る。他球団でも今回の前例にならい、大減俸の選手は一層増えることになるだろう。とうとうプロ野球界のバブルも崩壊してしまったのか。実績ある7選手の大減俸が、その象徴に思えてならない。(金額は推定)
December 21, 2006 02:46 PM
2006年12月11日
清原の目からウロコ
野球選手にとって「いい目」とはどんな目なのだろうか。視力2・0? 答えはNO。では動体視力2・0? これも答えはNO。オリックス清原が7日、大阪府吹田市の視覚情報センター(田村スポーツビジョン研究所)で行った“目ヂカラ養成トレーニング”に同行取材した私は、目からうろこの連続だった。特に「動体視力の数値」こそ野球センスの物差しと思っていた私に、同センターの田村知則代表は「動体視力が2・0でも、1軍に上がれない選球眼の悪い選手は数多くいます」と否定した。
正解は「正しい目の使い方」ができているかどうかだそうだ。打者は左右の両目でボールを見て、球種やコースを判別して打つ。だが、このとき、1つのボールを追いかける左と右の眼球の動きは同じではないという。左目と右目の誤差が大きい選手ほどピントがズレ、本来あるべきボールの場所と違う場所に「錯覚のボール」を見る。しかも加齢とともに目の筋力は弱まって「錯覚」は増幅し、とらえたと思ったボールを打ち損じたり、極端な場合はボール球もがストライクに見えたりするというのだ。
こうした両眼視機能が優れている選手ほど「錯覚」は少ない。その代表的選手がイチローだ。オリックス時代に同センターで四角い枠の上下、左右、斜めに書かれた1から30までの数字を順番に見る眼球運動検査を実施。するとほとんど顔を動かさず、一定した眼球の動きだけで的確に数字をとらえたという。同じ検査を1軍半の選手に実施したところ眼球は不規則に動き、顔も激しく動いて口は半開き。それは本人は無意識でも目でものをとらえることに苦労し、1軍に定着できない要素の1つではないかと田村代表は分析した。
これは打席でボールをとらえる時と同じ。目が正しく使えているイチローは顔が動かず、体の軸がブレないから難しい球にも対応できる。反対に目が正しく使えていない選手は、自然と顔を動かしてボールを追う分、軸がブレる。下半身も安定せず、本来そこにない「錯覚のボール」を打ちに行ってしまう。球の数ミリ上をたたくか、下をたたくかで本塁打かアウトか大違いの野球界。清原もうなっていたが、田村代表はもう1つ大事な要素を付け加えた。
「人間は打席で感情が入るほどボールを見過ぎる。その分、反応は0・1秒以上遅れる。プロではボールが捕手のミットに収まるまでが平均0・4秒だから、0・1秒がいかに大きな数字か。当然見過ぎると力も入って顔は動くし、軸もブレる。若い時はまだ対応できるけど年を取るほどやめた方がいいし、損でしょう」。
いかに適度な緊張と「平常心」で打席に立てるか。気合の入り過ぎはNG。「打席では絶対にカッカしたらダメなんですね」。これまで「僕は力んでナンボ」を自称してきた清原は、またうなりまくっていた。
スキルアップに大切なものは「正しい目の使い方」と「平常心」。特に前者は自宅でもできる「眼球運動トレーニング」などを継続すれば、矯正可能という。イチローはメジャーでもこのトレーニングを継続しているとか。清原も「一生懸命やります」と検査代込みの1万円で一式を買って帰った。もちろん“目ヂカラ”だけで6年連続200本安打は打てるものではない。だがイチローが世界のヒットマンたるゆえんを垣間見た気がした。
December 11, 2006 09:20 AM
2006年12月01日
オリックスの催しに7000人という現実
25日に行われたオリックスのファン感謝イベントに集まった観衆は、わずか7000人だった。イチローが在籍していた98年以来、実に8年ぶりのファン感謝イベント復活。だがフタを開けてみれば、11位楽天の1万7454人からも大きく引き離され、12球団で最も少ないファンの動員数だった。内、外野席ともにガラガラのスカイマークスタジアムを見回してみると、主催者発表の人数より、実際はもっと少ないようにも感じた。
そして目を凝らして見ると、防寒着をまとったファンは客席で震えていた。最高気温10度の天候のせいだけではない。フェンス越しのスタンドから、じっとグラウンドでのイベントを“眺めているだけ”だったからだ。メーンは地元女子高生VSオリックスナインのソフトボール対決や、吉本芸人VSオリックスナインの野球対決。清原や吉井のトークショーで瞬間的には盛り上がったが、ファン参加型は○×クイズなど少数で参加できる人数もごく少数。3時間のほとんどがファン不参加型イベントだった。
「これじゃ面白くないでしょ。ただでさえお客さん少ないのに来年はもう来ないって人もいるんやないですか」。中村紀洋は怒りも込めてそう言った。目の前では出番のない選手がウインドブレーカーに身を包んでベンチに座り、手持ちぶさたに時間が過ぎるのを待っていた。「ヒマな選手もたくさんいるんやし、球団も機転を利かせて即席のサイン会とかやったらエエのに」。その時グラウンドでは猿VS北川のトイレットペーパー早巻き対決が行われていた。ある主力も「こんなんテレビでも見れる。一緒に綱引きしたり駆けっこした方が子どもも喜ぶやん」と口をとがらせていた。
少ない観客に加え、お寒いイベント内容。とても寂しい気分になったが半面、選手が球団に怒りの声を上げたことは救いだった。今季はプレーオフ争いすら参加できず、8月末に7年連続Bクラスが確定。それでも毎試合、選手のために声をからす熱心なファンがいた。遠征費や交通費はもちろん自腹。どんなに負け続けようが午後6時の試合開始にはトランペットを吹いてきたファンに、何とか報いたい気持ちが伝わってきたからだった。
オリックスがこの7年間ファン感謝イベントを行わなかった背景には、スポンサーの撤退があった。イチローのメジャー流出を引き金に、成績下降、人気低迷の悪循環。スポンサーが消えると球団は身銭を切ることもなく、ファンに感謝する場と新たなファンを開拓する場を放棄していた。今年は清原や中村の加入もあって再びスポンサーが付いての復活。だが1度惜しんだ営業努力にファンは敏感だった。8年ぶりの開催、そして近鉄との統合で2球団分のファンが一緒になっても、7000人という現実が、事態の深刻さを物語っていた。
強いチームのファンは優勝や優勝争い参戦の満足感で、ある程度報われると思う。だが負けたチームほど、報われる機会は少ない。それだけに弱い時、苦しい時に応援してくれるファンこそ、球団は大切にしていく必要があるのではないだろうか。努力もせず「ファンのために」と叫んでも空々しいだけだ。球団は現実を受け止め、お客さん第1主義の原点に返って欲しい。
December 1, 2006 10:42 AM
2006年11月21日
王監督の前でもう1度
小久保がFA宣言して古巣のソフトバンクに戻った。球団方針による“謎の無償トレード”で巨人に移籍して4年。FAで古巣に、という異例の復帰を決断したのは、野球と人生で公私にわたって慕う王監督を日本一にしたい、いちずな思いだった。「王監督を胴上げするために、僕は大好きな酒を断ちます」。晩酌を欠かさず、1年でアルコールを口にしない日は「4、5日ぐらい」という男が禁酒宣言までした。主軸としてチームを引っ張って優勝させることが、1番の恩返しと考えていた。
小久保とは正反対で、ソフトバンクを“やっつける”ことが王監督への恩返しと考えている選手もいる。今オフにソフトバンクを解雇され、オリックス入りが内定した吉田修司投手だ。11月29日で40歳。秋の高知キャンプで3日間のテストを受け、コリンズ監督から合格切符をもらったサウスポーは充実の汗を流して誓った。「“まだ、やれる”と言ってくれた王さんの目が間違ってなかったことを証明するためにも、いいピッチングをしたい。今度は敵になっても…」。
吉田は北海道拓殖銀行から88年ドラフト1位で巨人に入団。先発で期待されたが6年で6勝と伸び悩み、94年途中ダイエー(現ソフトバンク)にトレードされた。その新天地で中継ぎでの生きる道を切り開いてくれたのが王監督だった。98年から03年まで6年連続で50試合以上に登板し、2度の最多ホールド(最優秀中継ぎ)をマークし、3度優勝に貢献。左ヒジの故障で1年間を棒に振った昨季、球団が戦力外通告をしようとしていた矢先、再び救いの手を差し伸べたのが王監督だった。
「まだ、やれる。まだやれるんじゃないか」。
現役続行を志願して登板した9月末、2軍のシーズン最終戦。雁ノ巣球場で投げた1イニングを視察した王監督が球団に“待った”をかけ、奇跡的な逆転残留が決まった。だが今年も左ひじの回復が思わしくなく、約3年ぶりの1軍復帰を果たしたのは9月に入ってからだった。し烈な1位通過争いを展開していた同26日の日本ハム戦で3点ビハインドの7回から登板。これ以上点をやれない場面だったが1死も取れず、3失点でチームの8年ぶり3位以下を確定させてしまった。それがソフトバンクでの最後の登板になった。
「期待に応えるどころか僕は王さんを裏切ってしまったわけですよ」。先月球団から戦力外通告を受けた。だがその夜、王監督は電話口でこう言ったという。「どのチームでもいいから頑張れっ! まだ、やれる」。1年前、解雇寸前のがけっぷちから救ってくれた時と同じフレーズ。吉田は現役続行を決意してトライアウトに参加し、その姿がオリックスの目に留まった。
小久保との恩返しの仕方は180度違う。私たちの一般企業ではライバル会社に入って恩返しするなどということはなかなかできない。でもこれがスポーツ、プロ野球の成せる魅力だろう。「元気な姿を見せたい。それが王監督への恩返しですから」。何かの因縁か、オリックスの来季開幕は福岡でのソフトバンク戦が有力だ。そしてそのマウンドで必勝リレーの一翼を担い、古巣を抑えることが吉田の願い。小久保との恩返し合戦にもいい意味で火花が散るだろう。不惑の挑戦をしっかり見守りたい。
November 21, 2006 09:59 AM
2006年11月11日
谷の穴埋まるのか
オリックスの谷放出には驚いた。私の中でも<賛否>両論が渦巻いている。
谷は三菱自動車岡崎から96年にドラフト2位で入団して以来10年間、チームの顔だった。4年連続3割のほか盗塁王も獲得し、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回。イチロー、田口との外野は鉄壁トリオと称され、特に2人のメジャー移籍後は人気、実力ともにチームを引っ張ってきた。柔道五輪金メダリストの亮子夫人との2ショットは、国民的平和な家庭の象徴とも言われた。チームのイメージアップへの貢献も計り知れず大きかった。
<賛>その谷を巨人の1軍未勝利投手と1軍無安打野手2人と交換した。どう考えても不釣合いだが、小泉球団社長は「5年後に評価されるトレード」と表現した。若手の将来性を求めたオリックスとベテランの実績を求めた巨人。ファンには複雑な思いもあろうが、オリックスも英断したもんだと感心した。実際、谷はここ2年、右ひじ痛の影響で満足な成績を残せず、若手の台頭もあってくすぶりかかていた。ただ環境さえ変われば働ける力はあると思う。谷個人には、もうひと花咲かせるチャンスをもらった、いい移籍だと思う。
もちろんオリックスはそんな情よりも「商社」らしいビジネス感覚を優先させたことは間違いない。戦力としての不振に加え、清原や中村の加入によって人気面での後退も否めなかった。昨年までは谷1人に集中していた取材依頼やグッズの売り上げは大幅減。オリックスの名前を宣伝すべく「どれだけスポーツ新聞の大きな記事になったか」も査定の対象にしている球団では、著しくポイントが下がっていた。それはオリックスでの「賞味期限切れ」を意味していた。
<否>そんな谷放出は経営戦略として妥当かもしれない。ただ1番疑問を感じるのは、目指すチームの方向性が見えないことだ。皆さんはオリックス選手の顔と名前がどれだけ分かりますか? 清原、中村、吉井、北川、村松、デイビー、セラフィニ…。現在の看板選手のほとんどは他球団からの移籍組。近鉄との合併があったにせよ、生え抜きの主力は川越、塩崎、日高ら少数しかいない。中でも谷は屈指の顔で、オリックス色を持った幹部候補生だったわけだ。そんな選手を簡単に出すなんて…。
イチローと田口が去り、星野伸は阪神にFA移籍した。だがこの間、球団が次代のスター選手を作ることはなかった。人気の低さゆえ、ドラフト上位で有望選手を獲得できなかったことも一因。ドラフトそのものの失敗、育成の失敗もあるだろう。7年連続Bクラス、7年連続監督交代によって、チームの土台作りができなかったこともあるだろう。結果生え抜きの主力が育たず、他球団からの寄せ集めチームになった現状が放置されているのだ。
オリックスと同じ現象は、今の巨人にも見て取れる。中日や西武のように生え抜きが主力を張っているチームは強く、その反対はもろい。オリックスも昨年のドラフトで平野佳や“なにわのゴジラ”岡田ら次代のエースや4番候補をようやく獲得したが、色が付いてくるのは数年先だろう。いずれ清原が去り、中村が去り、吉井が去った時、果たして誰がチームを引っ張っているのか。谷が抜けてぽっかり開いた穴から、現実が透けて見えた。
November 11, 2006 12:19 PM
2006年11月01日
お手軽な外国人監督
オリックスの新監督にドジャース育成部長のコリンズ氏が就任した。これで現時点での外国人監督は日本ハムのヒルマン、ロッテのバレンタイン、広島のブラウンの計4人。12球団で見れば3分の1、パでは2分の1が外国人指揮官ということになる。この4人を除く過去の米球界出身の外国人監督は、広島のルーツ、南海と阪神で指揮を執ったブレイザー、そしてオリックス・レオンの3人しかいない。サッカー界でもジーコからオシムにバトンは受け継がれたが、日本球界も外国人監督の全盛時代だ。
日本ハム 2642425365→535<1>=ヒルマン
ロッテ 2456656655→2=第1次バレンタイン
ロッテ 56645544→4<1>4=第2次バレンタイン
広島 3355545556→5=ブラウン
オリックス 2334466645→? =コリンズ
外国人監督を招へいする球団には共通した特徴がある。上の数字は外国人監督が就任する前年まで約10年間の順位と就任後の順位を示している(<>は日本一)。この数字から分かることは、長年Bクラスに低迷しているチームが海外から指揮官を迎えている点。そして外国人監督を迎えたチームはチーム浮上の足がかりをつかんだ、もしくはつかみかけている点だ。メジャーでも昨年、低迷の長かったホワイトソックスもベネズエラ人初の指揮官としてギーエン監督を迎え、88年ぶりの世界一に輝いている。
なぜ外国人監督なのか。オリックスの首脳は「日本人監督の場合、選手起用や采配面で独特のしがらみが出てくる。それらを全部取り払ってチームを作り直して欲しい思いがある」と明かす。チームに根付いた悪い慣習に縛られる場合もあれば、選手より監督の実績が下の場合、遠慮が出る場合もある。本来は大改革しないといけないのに、それらが障壁となって思い切ったチーム作りができないことがある。その点、外国人監督なら私情は抜き。客観的な白紙の視点から、現状にあったベストのチーム作りができるというわけだ。
日本球界としては寂しい現実でもある。カリスマ的な監督の人材不足の裏返しだからだ。日本ではイメージアップや集客を考慮し、看板選手を監督にという風潮が強くある。だが、ほとんど指導者経験のないまま、指揮官に就任する名選手の中には名監督にあらずでチームを弱体化させてしまうこともある。一方で仰木元監督のように選手時代の実績は秀でていなくても、コーチ修業を積んでたたき上げで指導者になった人材は減っているように思う。いわゆる「名将」と呼ばれる人たちの減少だ。
コリンズ監督は現役時代に1度もメジャー経験なくエンゼルスとアストロズの指揮官に就任し、チームを5年連続地区2位に導いた。米国との風土の違いと言えばそれまでだが、日本球界も「監督の育成」を検討すべき段階にきているのではないだろうか。もしコリンズ監督も成功すれば、外国人監督の偏重路線はますます拍車が掛かるだろう。弱かった90年代の阪神も一時期、外国人監督に触手を伸ばしていた。チーム再建には安易でお手軽なのかもしれない。だが4人もの助っ人監督が乱立する今の時代こそ、日本野球の危機を感じるいい機会だと思う。
November 1, 2006 10:46 AM
2006年10月22日
日程は中日有利だが
「こんなんタイガース史上初めてちゃうか?」。私が阪神担当だった昨年、岡田監督は事あるごとに青空を見上げてつぶやいていた。昨年の阪神は雨天中止がたった2回。それも1回目は交流戦の楽天戦(仙台)で3日後の月曜日に振り替えられ、2回目はシーズン終盤、8月30日の中日戦(甲子園)だった。感覚的には中止なしも同然。ドーム球場なら分からないでもないが、本拠地が甲子園だけに梅雨も台風もかわした奇跡が際立った。
だが順延試合がない影響で、シーズン最終戦から日本シリーズ第1戦まで16日間ものブランクができた。実戦形式の練習で打球が前に飛ばず、岡田監督が「感覚が鈍っとる。心配や」と嘆いた時は遅かった。阪神が空白の16日間を過ごす間、シーズン2位通過のロッテはプレーオフ第1、第2ステージで計7試合の激闘を制し、中4日でシリーズ突入。勢いの差は歴然で阪神は完敗の4連敗だった。
敗因に「ブランクの長さ」を挙げた評論家も多く、実際そうだったと思う。あれほど強かった虎が変わり果てていたからだ。シーズン中は“アメチュウ”が少なく、主力からは「少しは休みたい」とボヤキも出た。だが先発ローテーションも狂わず、営業収入も確実に計算できるなど、メリットの方が大きかった。最後に落とし穴があるとは誰も予想しなかったが…。
そんな阪神を思えば、今年の中日は理想的だ。ドームを本拠地としながら、地方主催試合やビジターで実に11回もの雨天中止があった。先発ローテのやり繰りは大変。営業的痛手もあっただろうが、シーズン最終戦は10月16日まで延びた。実戦感覚を鈍らせず、中4日でシリーズに臨めるのだ。10日の優勝決定後、「残り4試合を有効に使う」と話していた落合監督は満面笑顔だった。
ウッズや福留ら主力に適度な休養を与える傍ら、川相の引退試合を華々しく飾った。また川上ら先発陣にも3イニングずつの最終調整舞台を与え、成績下降選手にはシリーズ要員かどうかのテストまで行えた。日本一への機運を高め、消化試合を絶好の“プレシリーズ”にできたのだ。もし昨年の阪神がこの日程なら…と思わずタラレバを考えてしまうほどの万全さだ。
一方、日本ハムのレギュラーシーズン最終戦は9月27日。1位通過でプレーオフも第2ステージからの登場。あっさり2連勝で優勝を決めて“しまった”。シリーズまで中8日。紅白戦は行ったが、第1戦までの23日間で対外試合はプレーオフの2試合だけで、登板機会がなかった守護神マイケルや中継ぎの武田久らは実戦感覚で不安が残ることは否めない。
阪神が天のいたずらで泣いた日程の妙では、今年は中日が有利だろう。だが日本ハムがそんなハンディをものともせず、底力発揮で日本一を勝ち取るのか。ちなみに今年の交流戦は日本ハムの4勝2敗だった。シリーズはいよいよ、今夜開幕する。いろんな邪推をしながら、ワンプレーワンプレーに注目したいと思う。
October 22, 2006 10:44 AM
2006年10月12日
負け越しが日本一?
パ・リーグのプレーオフ第1ステージ(PO第1S)は、ソフトバンクが西武を倒して勝ち上がった。白熱したレギュラーシーズンの延長戦のように、1球1球手に汗握る大接戦。「興行」は大成功だろう。セ・リーグでも阪神が中日を猛烈に追い上げ、10月まで盛り上げた。日本シリーズでも熱パ熱セの勢いそのままに、両リーグ代表が熱い戦いをしてくれそうだ。だが、楽しみな半面、来年こそが課題のように思う。
来年から両リーグ合同でポストシーズン制を導入する。セもPO形式の試合が導入される。具体的なルールはまだ決まっておらず、アドバンテージの問題など、今年のPOの成否は重要な参考資料になるという。だが、今年のパは近年にない大激戦で、最終戦まで順位が決まらなかった。最後は1位日本ハムと3位ソフトバンクの差は4・5まで開いたが、3球団に優勝チャンスがあった。文字通りの3強は、どこが1位通過してもおかしくなかっただけに、仮に3位のソフトバンクがPOを制しても、納得するファンも多いだろう。
だが、過去の球史を振り返った時、2強のデッドヒートはあっても三つ巴はめったにない。1位独走の1強5弱シーズンも往々にして存在する。来年はセにも3位まで日本シリーズ(来季は名称未決定)に進出する可能性が出てくる。当然、3位VS3位の日本一決戦もあるわけだ。両リーグとも3位が最後まで優勝争いに絡んだ末の展開なら、それもいいかもしれないが、シーズン負け越し3位同士の組み合わせになる可能性もゼロではないのだ。
今年のヤクルトは3位を確定させているが、2強に10差以上引き離されて勝率5割前後。最終的に負け越し3位となるかもしれない。実際、昨年の西武は負け越し3位でPOに進出した。1950年の2リーグ分立以降、昨年までの56年間で、負け越し3位はセで7回、パは6回ある。それも現ルールでは3位に入りさえすれば、第1Sをビジターで戦うことぐらいしかハンディはない。2つ勝てば第2Sに進める。
それも勝負の1つで、面白いという意見があるかもしれない。だが、140試合前後戦ってのシーズン1位は、かけがえなく尊いものだと思う。今年はゲーム差に関係なく第2Sのアドバンテージ1勝が与えられたが、それでもたった1勝かと思えてならない。ましてや負け越しチームが日本一の可能性を残す現制度に、強い疑問を感じずにはいられない。昨年POに進出した西武の選手にも「僕たちが勝っていいのか複雑な気持ちだった」と明かしている。
そこで個人的意見だが、負け越しチームは、3位であろうとPOへの進出権利は、はく奪すべきではないだろうか。その場合のPOは第2Sだけでいい。勝率5割以上でも、1位と10差以上離されれば出場資格なしなど、もっと厳しい条件を付けていいと思う。うまくいき過ぎとも言える今年の盛り上がりにばかり目を奪われていては危険だ。実際戦う選手はもちろん、ファンは心理はどうなのか。関係者には是非慎重な議論とルール作りを望みたい。実際に負け越し3位の日本一が誕生し、慌ててルール改正するようでは、日本球界が笑われるだけだ。
October 12, 2006 09:26 AM
2006年10月02日
今こそ長期的視野へ
ホテルでの就任会見から1年足らず。オリックス中村監督の辞任会見は、スカイマークの選手食堂でひっそりと開かれた。「借金30に近い数字に、ケジメをつけざるを得なかった。ファンの皆さんに申し訳ない」。9月27日の今季最終戦終了後、中村監督は沈痛な面持ちで頭を下げた。無念の表情がありあり。真意とは180度違っていたからだった。
「自分から投げ出すようなことは絶対しない」。中村監督は常々、来季巻き返しへの意欲を語っていた。今季は清原や中村をはじめ主力に故障者が続出。戦力さえ整えばの自信があった。だがそんな思いとは裏腹に、フロントからは「一体どないしますのん?」と責任を押し付けられた。気が付けば、辞めざるを得ない状況に追い込まれた。表向きは聞こえのよい「辞任」だが、実際は「解任」だった。
「辞任したいという中村監督の意志は固い」「やむなく受諾しました」。宮内オーナーのコメントが何とも空々しかった。続投要請もなければ慰留もない。同じく辞任に追い込まれた現場NO・2の新井チーフ兼打撃コーチも無念をにじませた。「こちらが辞めると言っても、本当に必要なら『そんなこと言うな!』となるハズでしょ?」。
プレーオフ争いすら参戦できなかった中村監督の責任は重い。疑問に残る采配や選手起用もあった。だが低迷責任は100%現場とする手法に疑問を感じずにはいられない。チームを預かるフロントの責任はゼロなのか。それは全球団に共通する、プロ野球監督の悲哀と言えばそれまでだろうが、今のオリックスに当てはめるのはあまりに酷だ。
オリックスは01年オフの仰木監督退任に始まり石毛、レオン、伊原、仰木、中村、そして来季は外国人監督招聘(しょうへい)と6年連続で指揮官を代えている。長いプロ野球史でも珍しく、異常な姿だ。監督を代えればチームは再建できるのか。この間連続でBクラスに低迷している現実が、その答えにほかならない。その監督に任せたのは一体誰なのかということだ。
監督が代われば編成、戦略、起用、役割と方針すべてが変わる。コーチも代われば指導法も変わり、オリックスの選手はその度に戸惑っている。だが監督は1年で結果を出さなければいけないから、目先の1勝にこだわり、酷使もする。すべてにおいて長期的視野に立てないから、若い選手も育たず、強いチームづくりは遅れる。オリックス主力の平均年齢は30歳代中盤。その年齢構成そのものが、危機的状況を物語っている。
一昔前、低迷していたころの阪神もそうだった。それでも新監督に2、3年の「猶予」はあった。今のオリックスは1年限定で結果を求めている。これでは来季、元メジャー監督を迎えても同じ繰り返しだろう。来年も低迷すればまた監督を代えるのか。今こそ必要なのは長期展望に立った経営戦略。そして現場と責任を分かち合い、一体で戦うフロントの姿勢だ。関西には2球団しかない。だが「栄華の阪神」と「没落のオリックス」との差はますます広がっている。涙しているファンのためにもこれ以上、悲惨な歴史を繰り返してはいけない。
October 2, 2006 11:52 AM
2006年09月22日
「ホーム」と呼べるか
これでもか、これでもか。今年のオリックスは最初から最後までけが人に泣かされた。先日の西武戦でも2日間で菊地原、本柳、ユウキの3投手が故障で抹消。とうとう人員補充も追いつかず、本来ならベンチ入り投手9人のところ7人で戦った試合もあった。
清原、中村、北川、谷、阿部真、平野恵、後藤、吉井、川越、大久保、セラフィニ、デイビー。主力だけでこれほど登録抹消者が出ては、5位低迷は仕方ないのかもしれない。どの球団を見てもここまで故障者が出たチームは過去にもない。来季巻き返しへ、けが人撲滅は重要なテーマの1つになることは間違いない。
「でもこのままなら、来年はもっとけが人が出るんじゃないですか」。そんな中で、選手からはさらなる不安が聞こえて来た。オリックスは来季から専用球場を神戸から大阪に移す。スカイマーク(以下スカイ)での主催試合数は約20試合強に減り、京セラドーム(以下ドーム)での試合数は約40試合強に増える。ダブルフランチャイズ制の認可期限が切れる再来年は、より“大阪のオリックス”色が強まり、約9割がドームでの試合となる見込みだ。
スカイは12球団唯一の内外野天然芝。一方のドームは人工芝。当然選手の足腰への負担はまったく違う。ただでさえレギュラークラスの平均年齢は30歳以上。優勝へベストプレーを見せるどころか、故障が増えるのではと心配するわけだ。
何より1番の問題は、具体的対策が後れを取っている点にある。選手会長の川越はすでに、球団に足腰に優しいハイテク人工芝への張り替えを要望している。「今のドームの芝はちょっと硬い。選手の体に負担のかからないようなものに変えてもらいたいんです」。
97年に開場したドームの人工芝は03年に1度張り替えられた。だが摩耗などもあり、他球場の最新式に比べると硬い。ある外野手は「コンクリートの上で野球をしている感じ」と言うほどだ。「ドームは嫌いだし試合が増えるのはイヤ」とはっきり言う投手もいる。
だが残念ながら今の球団に、深刻な叫びに耳を傾ける空気は乏しい。ドームは今年オリックスが90億円で買収し、自分たちのものになった。「でもすでにオフにはイベントが入っていて、張り替え工事をする時間が取れるかどうか」(球団関係者)というものだ。
もちろん選手会も球団任せではいけない。本当に張り替えを望むならもっと声を大にし、切実に訴えていく必要がある。だが現状は人任せ的で空気は薄い。選手会長の川越1人に任せるのでなく、1人1人がもっと声を上げるべきだろう。
一体誰のためのグラウンドなのか。そこは来シーズンこそ屈辱を晴らすべく、それこそ自分たちが命懸けで戦う場所ではないのか。ホーム球場で有利に戦えないならこれほどの悲劇はない。故障してからでは遅いし、あとで不平不満や泣き言を言っても遅いのだ。
選手会の心からの叫びが結集してこそ、球団にも思いは届く。工期の再検討など、是が否でもベストの環境を提供しようと誠心誠意、努力するのではないか。7年連続Bクラスのチームが勝つためには、球団と現場が「本気」にならないと無理だ。人工芝張り替え問題が1つの象徴だと思う。
September 22, 2006 09:58 AM
2006年09月12日
心動かすのは難しい
人間は達成可能な目標に突き進む時、ものすごい力を発揮する。でも一度その夢をかなえてしまうと、なかなか本気には戻れない。高校野球などではよく「勝負への執念、気持ちが大事」といわれる。でもそれはプロ野球も同じとつくづく感じた1年だった。オリックスで開幕ローテーションを務めたデイビーとセラフィニ。同じ32歳の両助っ人投手が送った好対照なシーズンを見ていて、人間にとっていかにモチベーションが大切かを痛感させられた。
とにかくデイビーはキャンプから必死だった。昨オフに広島を自由契約になった右腕に、手を差し伸べたのがオリックス。1年契約で年俸は3600万円。もうあとがないという“土壇場感”や、恩返しの気持ちもあっただろう。結果を残してジャパンマネーを稼いでやろうというハングリーさが、まじめな練習態度からも伝わって来た。7月に右太もも肉離れで一時戦列を離れたが、完治していない状態でもすぐ志願の復帰。ほぼ年間ローテを守り、ここまでチームトップの9勝(7敗)、防御率はリーグ4位(2・66)の好成績を残している。
一方セラフィニは昨年のアジア王者ロッテを支えた11勝左腕として、鳴り物入りで入団した。2年契約で1年当たりの年俸も6000万円から約3倍の1億7250万円にアップ。だが「来年」を保証されたことで満足してしまったのか。キャンプから調子が上がらない。そして左肩痛を訴え、4月と6月に自らの希望で2度の治療帰国。つい先日も「臍(さい)ヘルニア」、いわゆる「出べそ」の治療で3度目の帰国となった。登板7試合で0勝4敗、防御率9・97の成績。中村監督は「もう想像を絶した」と失望感いっぱいで、「だまされた」とまで言う球団関係者もいる。ケガや病気は不可抗力にしても、何が何でもの執念は最後まで伝わって来なかった。
拾い物の3600万円とドブに捨てたも同然の1億7250万円。2人の現状を目の当たりにした球団は今、来季の契約に頭を悩ませている。セラフィニは来季も活躍に疑問符が付くが、2年契約を結んだ以上、今季と同額を支払っての残留が決まっている。問題はデイビーの方だ。今季の活躍から年俸の大幅アップは確実。だがどこまで増額すれば満足させられるのか…。さらに問題を複雑にさせるのが、他球団の動向だ。オリックスは昨年、14勝右腕JP(現登録名パウエル)との契約が難航して決裂。複数年で好条件を提示した巨人に“横取り”された苦い経験があるのだ。
日本で実績を残した助っ人の獲得がはやる球界にあって、格安かつ安定感のあるデイビーに他球団が興味を示しても不思議はない。当然デイビーもより良い好待遇を求めていくだろう。かといって複数年契約や過分な昇給は、第2のセラフィニを生まないとも限らない。だがその心を満たさなければ、第2のJPを生む可能性もある。球団首脳はハムレットの心境を明かした。「2年連続勝ち頭が流出したら、来年も苦戦必至だ。でもつくづく人の心を動かすのは難しい。本当に契約したいのはハングリーな心なんだけど」。教訓を生かして、どんな契約交渉を行っていくのか。その手腕にも注目していきたい。
September 12, 2006 01:51 PM
2006年09月02日
悔しさ見せんかい!!
盛り上がるパ・リーグのプレーオフ争いの陰で8月27日、オリックスが終戦を迎えた。残り試合に全勝しても上位3球団に届かない。プレーオフ進出が完全に絶たれ、昨年より1カ月も早く夢も希望もなくなった日本ハム戦の敗戦だった。試合後の重苦しい会見。中村監督は「ファンの方に申し訳ない」と寂しくわびた。それは今年オリックスを取材する機会が多い私にとっても、つらい瞬間だった。原稿を書き上げて出た札幌ドームの外は、もう秋の気配が漂う夕暮れ。言いようがなく切ない気分になって、いろんなことを思い返した。
2月のキャンプは清原や中村の加入で大フィーバーした。開幕戦で西武に勝った時は、優勝原稿も用意しなくてはと思ったほどの勢いだった。だが、清原が4月下旬に死球を受けて欠場に追い込まれて以来、チームは暗転。中村、北川、阿部真、平野恵、川越、吉井、セラフィニと、これでもかこれでもかと主力に故障者が続出した。ここにデイビー以外の5助っ人の不振が追い打ちをかけ、あとはズルズル黒星街道。長期低迷のチームに戦力のハンディを挽回(ばんかい)する力は残っていなかった。いや、私にはその気力や意地のかけらすらないように映った。
例えば敗戦後。ベンチから出てくる選手の中には笑みを浮かべている選手もいる。報道陣の前でバツの悪い照れもあろうが、負けてどうして笑っていられるのか…。その光景は一昔前、暗黒時代の阪神を見ているようだった。「弱いんだから負けても仕方ない」「この戦力なら善戦した方じゃないの」。ある阪神選手が当時、そう言っていた。根本にあるのは、どうせ勝てっこないというあきらめにも似た発想。いわゆる「負け犬根性」だった。長く低迷が続くと、マイナス思考が染みわたる。悲しいかな、今年で7年連続Bクラスが決まったオリックスにも、そんな空気がまん延している。
薄い勝利への執念。そんなムードに危機感を抱いていたのが清原だった。「これからは目標のあるチームとないチームの差がはっきり出る。本当に心してかからんと、実力差以上の点差で負けることになる」。西武と巨人で天国と地獄を知る男は、後半戦を前にそう話していた。そして満身創痍(そうい)にもかかわらず40度近い酷暑の中で早出特打を行い、試合後は居残りスイング。だがその背中についていける選手がいなかった。それでも1人黙々と汗を流すパ・リーグ最年長の39歳。どうしてみんなもベストを尽くさないんだ。弱い時こそ練習しかないだろう? 清原の姿は寂しそうだった。
1人が体を張っても、勝てるものではない。実際清原の心配通り、パ上位3強との対戦では淡泊な戦いぶりで完敗することが多い。1度こびりついた「負け犬根性」の払しょくは簡単ではないだろう。でもシーズンは残りあと1カ月、17試合もある。少なくともプロとして、負けて笑っている場合ではない。テレビで敗戦後のベンチが映った時、なぜかニヤけている選手の姿に一番悲しい思いをしているのはファンだ。我々報道陣に声を荒らげてもいい。無言でも取材拒否でもなんでもいい。とにかく負けたら、腹の底から悔しがらないことには、来年の成績も知れている。きっと天国の仰木さんも泣いている。このままでいいのか、オリックス!
September 2, 2006 09:20 AM
2006年08月23日
ファンに説明責任を
ここへきてプロ野球審判団の不手際が頻発している。VTRなどで確認すれば、明らかな誤審も見受けられる。当事者の監督や選手、そしてファンにすれば納得しがたい「審判の権威」だろう。春先にもこのコラムで書いたが、今は映像技術が進歩し、判定の正誤が数十秒後に分かる時代。人間の肉眼だけに“正確なジャッジ”を頼ることは、もはや限界だろう。各球団もVTR導入を訴えて両リーグの実行委員会の議題とする構えだが、実現は早くても来年以降になりそうだ。
ならば誤審問題とは別次元になるが、06年中の課題として審判団にお願いしたいことがある。それはグラウンドで起こったことに対し、しっかりファンに説明責任を果たすことだ。例えば7月5日の巨人-中日戦で落合監督が退場になった時のこと。審判の場内アナウンスは「遅延行為で退場処分にします」だけだった。落合監督はなにゆえ15分間も抗議し、何ゆえ退場なのか。東京ドームのファンは???だらけ。状況が理解できないまま、再開された試合を見るしかなかった。
「小坂選手の中飛でタッチアップした二塁走者パウエル選手の離塁が捕球より早いと落合監督から抗議がありました。その際選手をベンチに引き揚げさせて抗議を続け、こちらはセ・リーグの申し合わせ事項(裁定に対する異議の禁止)に抵触すると警告しましたが、応じなかったため遅延行為で退場処分にしました」。
これぐらいの説明があってもおかしくはない。ファンは高い入場料を払って試合を見に来ている。テレビを見ている分には解説者の推測、説明でおよその見当はつく。だが観客は審判のアナウンスしか事態を把握する方法がない。家に帰って深夜のスポーツ番組を見るか、翌朝の新聞を見て初めて「ああそうだったのか」と知るしかないのだ。
一体だれのためのプロ野球なのか。審判団もその原点に立ち返れば、分かりやすく、丁寧な説明ができるはずだ。審判も当事者として頭に血が上っているのは分かる。興奮状態で言葉足らずになるのかも知れない。だが「審判の権威」を示すなら、そんな時こそ冷静な言葉でファンに伝える義務がある。
1日の横浜-阪神戦で石井琢のファウルが暴投とみなされた時の説明では「4人の審判ともバットに当たったことが確認できなかった」。当然、当事者やファンからは「じゃあバットに当たってないことは確認できたのか」との反論が沸き起こるわけだ。
中継しているNHKの再生映像を参考に取り入れている大相撲は、アナウンス用の「虎の巻」なるマニュアルがあるという。そこにはなぜ物言いがついたのか、どんな意見が出たのか、協議の結果どうする(取り直し、軍配通り、差し違え)かを明確、かつ適切にアナウンスする手順が明記されている。プロ野球の審判にもこの手のマニュアルはある。だがどれほど詳細で、徹底されているかは大きな疑問だ。今は誤審問題で手いっぱいかもしれない。だがファンが長年審判に抱く不満が、こんなところにもくすぶっていることを見逃してはいけない。
August 23, 2006 09:11 AM
2006年08月13日
阪神岡田監督の野球哲学
阪神岡田監督のバント嫌いは有名だ。ファンの方の中にも「何でバントじゃないの?」と思った場面は多々あるはず。評論家諸氏も特に負けた試合では、バントさせなかったことを敗因に挙げることが多い。しかも身内のベンチですら、某コーチが岡田監督の背後で「ここはバント」と願望を込めて構えのポーズを作ったこともある。
そんなある夜、酔いに任せて聞いた私に虎の将は言ってのけた。「何で簡単に1アウトをやらなあかんのよ。バントのサインでホームランはない。おれの経験からしても、じっくり構えて打ってこられた方が相手も嫌やで」。
独特の理論だった。野球は1イニングで3つアウトを取られるまで攻撃できるスポーツだ。バントは二塁に進めるが、楽々1死を相手に与えることになる。岡田監督はこの“取り引き”が釣り合わないと考えていた。単打1本で1点を奪えるチャンスをつくれるが、投手側に立てば、あと2人(2死)を抑えるだけと気分は楽になる。1死二塁が1人倒れて2死となれば、逆に打者の方に重圧がかかる。プロあたりでは、無死一塁から3人を抑えることの方が至難の業。強攻した方が、得点になる確率は高いと見ているわけだ。
「バントは銭にならん。何億も稼いだヤツがおるか? 打って初めて選手は稼げる。その打ち方を教えたるのがコーチの仕事やん」。
単に勝つだけではない。そこには選手の力を伸ばしながら、勝つ目的も含んでいると岡田監督は言った。特に打力が1番のアピールポイントになるファームではなおさらだ。阪神2軍監督時代からナインに究極の意識改革を施してきた。無死一塁。走者を進めようとおっつけて右打ちした北川(現オリックス)をしかり飛ばしたことがある。「引っ張ってゲッツー打ってこんかい! 誰がそんな打撃を求めてるんや。相手も怖ないやないか」。
「あの長嶋さんでもゲッツーばっかり打っとったんや(通算257併殺は歴代4位)。ミスターに近づこうと思ったら、ゲッツー打ちに行ったらええんや」。
バント同様、確率が低いことを理由にエンドランも好まない。スクイズもこの3年間で1度もない。よほどの場面以外、右方向へ打って走者を進めろとも強制しない。じっくり、自然に、思い切り打たせることこそ、1番確率の高い作戦という持論なのだ。「1点だけを取りにいくバントは絶対せん。おれがバントさせるのはここで1点取れば勝ちという場面だけや」。酒をグビグビ、岡田監督は自信満々だった。では実際、他球団の選手はどう感じているのか。
巨人上原 打ってくる方が嫌。バントなら確実に1つアウトが取れるし、少し楽に投げれますからね。
強攻こそ相手の嫌がる戦法なのか。実際このスタイルで昨年優勝し、今年も2位につけている。時に無策とまで批判される岡田野球。打者心理、投手心理を考えながら見てみると、ちょっと興味深くなってきた。
August 13, 2006 11:22 AM
2006年08月03日
夢与える応援形式を
後半戦が始まった甲子園の応援風景に、少しホッとするものがあった。これまで相手投手がイニング途中で降板した時、阪神ファンが大合唱してきた「蛍の光」の回数が減ったのだ。応援団が“歌うルール”を変更したのが理由だが、昨年までの虎番記者時代の7年間は、そのメロディーを聞くたびに強い疑問を感じずにはいられなかった。
黄色のメガホンを手に球場全体が「蛍の光」のリズムに合わせて左右に揺れる。いくら敵とはいえ、KOされた投手を4万大観衆が寄ってたかっていじめているような、異様な光景。よく見れば、小さな子どもたちまでも笑顔で右に左に揺れている。
2年前。私の友人の小学6年生(当時)の息子が不登校になった。いじめられていたわけだが、一番きつかったのが「蛍の光ゲーム」だったという。集団からののしられたり、蹴られたり…。そして泣きだしたところで、その子を取り囲んで「蛍の光」を合唱する。泣くまで「蛍の光」を歌ういじめが続くという。
「いじめっ子の1人の親が熱心な阪神ファンで、一緒に球場に行くうちに応援から何かヒントを得てしまったようです」。担任教師からそんな説明があったという。友人も熱心な虎党。ビールを手に「蛍の光」を目いっぱい歌っていた。「でもまさか自分の子どもがそんないじめられ方をしていたなんて…」。以来、甲子園に足を運んでいない。息子は中学校に入っても不登校が続いているという。
記事になるほどの事件ではない。珍しいケースかも知れない。だが天下の阪神タイガースの応援方法が、子どものいじめの道具になった現実がそこにある。自分の親が声をからして「蛍の光」を熱唱していれば、子どもたちは何の疑いもなく感化されるだろう。だから怖いのだ。
今回の「蛍の光」の見直しは、野球評論家・江夏豊さんが「投手への侮辱行為」と提言したことがきっかけだった。点差に関係なく合唱していた「蛍の光」を「阪神リードの展開だけ」に縮小された。だがもう1歩、全面撤廃まで踏み切って欲しいと願わずにはいられない。
二十数年続いている応援スタイルは、阪神が弱かった暗黒時代の産物だ。試合で勝てないなら、応援でストレスを発散しようとしたファン心理は分からなくもない。だが今の阪神はここ3年で2回も優勝するほど変ぼうした。強い虎が弱いものいじめをして、格好いいはずがない。巨人が低迷する今、球界のリーダーとして応援形式でも引っ張っていく立場にあると思うからだ。
ロッテのように試合後スタンドのゴミ拾いまでしてから帰る応援の仕方もある。鐘やトランペットをやめ、メジャーのようにいいプレーには拍手、緩慢なプレーには味方でもブーイングするスタイルもある。阪神は全国どこへ行ってもファンがいる人気球団だ。これだけの大応援団がマナー良く、斬新で活気ある応援スタイルを持ち込めば、野球観戦ももっと魅力的になるはずだ。子どもたちに夢を与えるのは選手のプレーだけではない。時代にマッチした応援スタイルの確立も大事な要素だと思う。
August 3, 2006 09:24 AM
2006年07月24日
球宴は1試合だけに
今回の球宴取材で、ひそかな「マイ・スター」5人衆がいる。投手では剛球の松坂、ミスター完投の黒田。野手ではお祭り男の清原、そしてID野球の申し子・古田。もちろんド派手パフォーマンスの新庄も絶対に外せない。でも来年、このうち何人が同じ舞台に帰ってくるのだろう。22日、東京から大雨の宮崎へ移動した飛行機の中で、ちょっぴり感傷的になった。
今オフに松坂はポスティング、黒田はFAでメジャー挑戦がウワサされている。来年、清原は40歳、古田兼任監督は42歳を迎える。新庄に至っては今季限りの引退を宣言してしまった。人気と実力を兼ね備えたこの5人は、プロの中のプロと言える数少ない存在だと思う。でもきょう23日の球宴を最後に、2度と全員がそろうことはないかも知れない。上原にも大リーグへの夢があると聞く。来年と言わずとも、近未来の球宴はすごく寂しくなっている気がした。
いろんな意味で、日本の球宴はそのあり方を考える時期に来たと思う。ただでさえイチロー、ダブル松井、井口、城島ら球宴常連組のスターが海を渡って不在。おかげでメジャー熱の低かった数年前に比べドキドキ、ワクワクの夢対決は減った。そして日本のプロ野球自体、お客を呼べる個性的な選手が減っている現実もある。今年の球宴ですら、最初から最後までテレビにかじり付くファンはどれぐらいいるのだろう。
「球宴」。年々おもむきが薄れ、うたげの実態すら怪しくなってきた中で、やはり2試合開催は多すぎるのではないだろうか。メジャーは1試合。だがその分、ワールドシリーズに匹敵すると評されるほど権威も高い。選出選手数は30球団から64人で、日本は12球団から56人。メジャーは1球団平均2・1人だが、日本は4・7人が出る計算になる。日本は試合数が2倍ある分、疲労考慮などで選手数も増やさなければならない事情もあり、おのずと「選ばれる価値」も下がってしまっているのだ。
ある選手は「本当は後半に備えて体のケアもしたい時期。移動日なしの2連戦は疲れるし、ケガでもしたら大変」とこぼした。一方で「セとパの対戦は1カ月前に交流戦で見たばかりだし、真剣度では交流戦の方が上でしょう」といったファンの厳しい声も聞こえてくる。全員が全員ではないが、肝心の選手からもファンからも、心から楽しむ雰囲気が伝わって来ない。誰のための球宴なのかと、考えさせられてしまう。
1試合制に踏み切れない理由の1つに収入減がある。2試合なら入場料や放送権料だけで約10億円が日本野球機構に入る。その運営費や選手年金は球宴収入でまかなわれる。だが球宴の栄誉を希薄にし、ファンを失望させてしまっては本末転倒。選手が本当に選ばれる栄誉を実感し、その喜びを全力プレーでお返しする。これが真の球宴の姿ではないだろうか。
1試合制なら5億円の収入が減る-と門前払いしていては、何も進まない。1試合で価値を高め、その上で高い収益を得る方法を真剣に考えることが先決だと思う。一流選手のメジャー流出熱は当分冷めそうもない。個性的なスターにも必ず身を引く時が来る。「球宴」の名にふさわしい輝きを取り戻す努力は、早急に必要だ。
July 24, 2006 11:35 AM
2006年07月14日
純粋な阪神消滅した日
「これで阪神タイガースは阪神タイガースでなくなるということになるんやろ
な」。阪神の球団首脳はタメ息交じりにつぶやいた。
5日、プロ野球オーナー会議で阪神に衝撃の判断が示された。10月1日付で実施される親会社阪神電鉄と阪急ホールディングス(HD)との経営統合。阪急HDが阪神電鉄を完全子会社化することで「球団保有者が変更になる」と他球団オーナーにみなされた。阪神は新規参入球団と同じく、25億円の預かり保証金など計30億円を日本野球機構へ納付する義務を課された。
「うちは71年間、球界発展に貢献してきた」。球団は情状酌量も訴え、コミッショナーに再考を求めている。だがこの決定が覆されることはまずないだろう。
実は阪神が本当に恐れているのはお金の問題ではない。保証金は10年間球団を保有すれば返金される。一番怖いのは“純粋なタイガースの消滅”だった。球団首脳は言った。「これで阪急の球団のイメージが定着してしまう」。つまり阪神タイガースが「阪神のタイガース」でなくなるのだ。
球団側もファン心理を察し、阪急へのけん制も込めて「経営統合後もタイガースは阪神電鉄が運営する」と必死にPRしてきた。だが世間、オーナー会議の見方は違った。完全子会社化されていてどうしてそこまで言い切れるのか。説得力は何もない。それは阪神の見通しの甘さを再び露呈した皮肉な結末でもあった。
そもそも危機管理能力に乏しい経営体質に問題があった。昨年9月末、村上ファンドによる阪神電鉄株の大量買い増しが発覚した時、取り乱していた阪神電鉄幹部の第一声がすべてを物語っていた。「タイガースの優勝間近で株価が急騰したと思っていた」。「テクニカルな企業防衛はしていなかった」。あぜんとした。一気に約40%を取得した村上ファンドは、その時すでに筆頭株主となっていた。
阪神電鉄100周年史の編さんに携わっていた久万前オーナーは「私が経営にかかわっていれば、こんなことにはならなかった。最後のページに『100周年目で乗っ取られました』なんて書けるか!」と激怒した。笑えぬ話だが、どうして誰も危機感を抱かなかったのか。折りしもライブドアがニッポン放送株を大量取得し、村上ファンドは企業買収を進めていた時期だ。ある本社役員に話を聞きに行くと、村上氏のことを「アイツは金もうけしか考えてない」とアイツ呼ばわりして非難ばかりしていた。だが株を正当な方法で取得された以上、負け犬の遠ぼえにしか聞こえなかった。
村上氏の逮捕、阪急との統合で「村上タイガース」は免れた。だが虎ファンにとって、かつて球団を身売りした阪急傘下となるタイガースとはいかがなものか。阪急側も現時点ではファン心理を考慮してか「球団経営は阪神に任せる」としているが、いずれ色が出てくることは間違いない。
「タイガースは文化だ」。プロ野球草創の時代から関西球界を引っ張り、庶民的でファンに愛されたタイガースは、そう呼ばれてきた。その文化を守るべき重大な責任が阪神にはあった。すべては企業防衛の怠慢。「純粋なタイガース」を消滅させた罪は、あまりにも重い。村上氏を恨む前に、現実もしっかりと受け止めなければならない。
July 14, 2006 07:42 AM
2006年07月04日
清原歩む「仰木イズム」
早くも今年2度目になる。オリックス清原が6月末、1軍登録を抹消された。左太もも裏痛、左手打撲、左内転筋痛、昨年手術した左ひざ痛、そして今回の右太もも裏痛。欠場を余儀なくされた故障だけでも、もう5度目だ。もちろん「21年間のプロ野球人生でこれだけケガをしたのは初めて」だ。今年39歳という年齢で故障が続けば、投げやりになってもおかしくない。だが清原はケガのたび、すさまじい精神力で立ち上がり、ファイティングポーズをとってきた。体は折れても心は折れない。不屈の闘志は、金本に勝るとも劣らぬ鉄人だ。
今回のリハビリも壮絶だ。早期復帰のため選んだのは神経ブロック注射。神経に直接針を突き刺すため、一般人なら泣き叫ぶほどの激痛が走る。しかも一時的に痛みは和らぐが完全治癒には至らない。昨年、腰痛の里谷多英がトリノ五輪の競技直前に、同じく腰痛のみのもんたが紅白司会前日に打ったように、本番前の「ここ1番」で使用されるケースが多い。痛みやしびれの後遺症が残るリスクを伴うからだ。だが清原はリハビリ初日の段階で打った。それも通常1回のところ、3日間で2度も…。副作用の全身のだるさに顔をゆがめながら、神戸の合宿所で黙々と汗を流している。
休みごとに東京や名古屋、広島の病院通いを続ける日々。特打のためだけに痛み止めを打ったこともある。なにゆえそこまで頑張れるのか。中村監督は「普通の選手ならとっくに休んでいる。しかもあの年齢。でも彼の言動から休もうという気持ちがみじんも感じられない」と言う。そんな時思い起こしたのが、開幕前夜に語った言葉だった。「今年1年、命懸けで戦う」。その時はややオーバーにも思えた。だがその真意が今、やっと分かったような気がした。その後こう続けていたからだ。「仰木さんはグラウンドで倒れるまで戦った。だからおれもグラウンドで倒れる覚悟で戦う」。
新天地へ導いてくれた仰木さんはがんと戦って逝った。体調が悪く、試合中のベンチ裏で倒れていたことは1度や2度ではない。昨年9月末の最終戦後はもう西武ドームの階段を上れず、バックスクリーン横の出口に車を横付けしたほどだった。もし監督を引き受けなかったら、せめて途中休養していたら、寿命は延びていたかもしれない。
だが仰木さんはその道を選ばなかった。「男なら溝の中でも前のめりで死ね」。それは清原も敬愛する坂本龍馬の言葉を地でいく武士道のような生きざま。だからこそ「オリックスを助けてくれ」と逝った恩師を思えば、楽な道を選ぶはずもなかった。
「おれ、頑張ってるよな? 仰木さん、天国で喜んでくれてるかな?」。時々問い掛けられることがある。私には「もう十分でしょう」としか言葉が見つからない。「もう仰木さんも許してくれますよ」と言いたい時も山ほどある。だが体が動かなくなるまで、この男はグラウンドに立ち続けるのだろう。そう思うともう何も言えない。くしくもケガの前日「おれが何とかしたる!」とリーダー宣言した。今は5位でもあきらめるのは早い。おれも頑張るからみんなもおれが戻るまで踏ん張っててくれ! 清原に宿る仰木イズム。腹の底からの叫びは、仰木さんからのメッセージそのものに思えた。
July 4, 2006 10:40 AM
2006年06月24日
待ち焦がれた「恋人」
記者生活で初めて見た光景だった。ホームグラウンドで敵チームの打者に対し、ファンが総立ちになって大声援を送る。しかも自分の応援するチームが負けていて、8連敗を喫しようかという終盤だ。スタンドはその日一番の熱狂と興奮に包まれた。引退試合ではない。仮に引退試合でも、敵地でここまでのスタンディングオべーションがあるだろうか。
14日、東京ドームでの巨人-オリックス戦。清原が7回に代打で登場し、移籍後初めて古巣と対戦した場面だ。心から「お帰りなさい」の意味を込めた拍手。新天地で身を削りながら奮闘する姿に心打たれた拍手。それは今なお、巨人ファンが清原を愛していることを感じさせられたシーンでもあった。だがそこにはもう1つ、巨人ファンの悲痛な叫びが隠されているような気がしてならなかった。
巨人は今季も主力が相次いでリタイア。小粒になったチームは交流戦で大失速した。視聴率低迷が示すように、チームは生え抜きスター不在と勝てない、Wの迷路にはまってしまっている。誰を応援していいのか、何を信じて応援すればいいのか。巨人の「顔」が見えないのだ。連日高い入場料を支払い、熱心に応援してもなかなか報われない情熱…。ファンは巨人ファンであるべき心のよりどころを失いかけていたのではないだろうか。
そんな時、昨年までの9年間で数々のドラマと感動を与えてくれたあの男が打席に立った。何かをやってくれそうな予感。フラッシュバックする思い出。耳をつんざく「清原コール」には、久しく待ち焦がれていた恋人に出会ったような熱さでいっぱいだった。巨人の敗色が濃厚で、半ばやけっぱちな気分も後押ししたかも知れない。もはや敵も味方も関係ない。勝敗も度外視。心からの声援を思い出させてくれた背番号5へ向け、魂の叫びがドームに響き渡った。
OとNがしのぎを削っていたころ、巨人は強くてスター軍団だった。それが松井秀喜がメジャーに行き、清原も去った今では、魅力に乏しい球団に成り下がろうとしている。ファンは正直だ。自軍のチームではなく、清原に1番の魅力を感じたからこそ、その日1番の大声援を送ったのだろう。逆にいえばファンの喪失感の大きさを示す光景だ。翌日のドームにも、代打出場を願う割れんばかりの「清原コール」が渦巻いた。その穴がいまだ埋まり切っていないように思えた。
果たしてこの現実を、実際にグラウンドで戦っていたナインや球団はどう感じたのだろうか。「清原さんは特別だから」で済ませるのか。それともハッと思う選手がいたのだろうか。
個人的には清原への大歓声に感激し、胸が熱くなった2連戦。だが一方で、複雑な思いにさせられた2連戦でもあった。もしあの場面で清原が巨人の敗戦を決定づける一打を放っていれば、巨人ファンはどんな反応を示していたのだろう。果たしてみんな我に返り、静まり返っていたのだろうか。私は反対のように思う。それは巨人ファンが巨人の敗戦を喜ぶ異様な光景…。ひときわ大きな清原への大歓声がわき起こり、オレンジのタオルが振られていたような気がしてならない。
June 24, 2006 09:42 AM
2006年06月14日
弁当収益と1時地獄
オリックスの選手が、面白いことを言っていた。「2時は天国、1時は地獄」。さて一体何のことやら?
「ナイター翌日、ホームのデーゲームで午後1時台開始はしんどいですよ。でも2時なら全然違う。体も楽だし勝つ確率も上がると思うんです」。1時なら負けて、2時なら勝てる? プロでそんなことあるの? と思いつつ、調べてみた。するとまんざら冗談でもなさそうな数字が出てきた。
【ナイター翌日、ホームで午後1時、または午後1時30分開始試合を行ったチームの今季勝敗】
オリックス 1勝4敗
西武 0勝2敗
日本ハム 2勝3敗
楽天 2勝3敗
ロッテ 4勝1敗
ソフトバンク4勝2敗
ヤクルト 0勝2敗
(6球団合計で13勝17敗)
なるほど。ロッテ、ソフトバンク以外は苦戦が目立つ。ご存じの方がいるかも知れないが、金曜のナイター明け、土曜デーゲームの試合開始時間はセとパで違う。セの大半が午後2時以降の開始なのに対し、パの大半は午後1時か遅くても1時半開始。だがこの1時間こそ「天国」と「地獄」の分かれ道というわけだ。
影響が大きいのはホームチームだ。ビジターチームより2時間早く行う練習は試合開始4時間前から。午後1時開始だと、前日午後6時開始のナイター終了後、翌朝は午前8時過ぎに球場入りし、9時からの練習に備えなければならない。ただでさえ試合開始に5時間の時差。ホームは有利なはずだが疲労回復が追いつかず、体内時計の調節も難しいというわけだ。では“貴重な朝”に1時間余裕のある2時開始は、どうなのか。
【ナイター翌日、ホームで午後2時以降開始となるデーゲームを行ったチームの今季勝敗】
阪神 5勝1敗
中日 2勝2敗
ヤクルト 1勝0敗
広島 3勝1敗
横浜 4勝1敗
オリックス 0勝1敗
(7球団合計で15勝6敗)
なるほど。2時開始希望のオリックスが負けているのは???だが、他球団はホームの利を生かした好調さだ。阪神のある選手は「10時練習開始なら通勤渋滞にもかからないし、ありがたい」と明かす。もちろんその時の対戦相手の好不調にもよるだろうが、確かに「2時は天国、1時は地獄」を裏付ける結果だ。
では全部午後2時以降の開始にすればよいのではないか。だがそこには各球団の営業事情がかかわってくる。1番大きいのは球場の「弁当収益」だ。飲食品が最も売れるのが“お昼を食べながら野球観戦”となる午後1時開始の試合。ある球団関係者は「売り上げは1時半なら1時開始の半分、2時なら食べてから球場に来るので売れない」と明かす。
入場料だけでなく、売店収入に頼る球団ほど1時開始もやむなしの選択になるわけだ。連日満員の阪神は売店収入にこだわる必要もなく、全デーゲームが2時開始。一方でオリックスのあるコーチは「ナイター明けの1時はアカンと現場から球団にお願いしているんだが」と頭を抱えていた。
まるで“弁当の恨み”。だが当事者は笑い事ではない。強いチームは屁でもないのだろうが、弱いチームは試合開始時間に一考の余地があるかもしれない。
June 14, 2006 09:22 AM
2006年06月04日
交流戦の日程一考を
プロ野球のセパ交流戦も今週で折り返し点を迎えた。だが開催2年目ということもあって、昨年ほどの盛り上がりには欠けているように思う。1年前はあれだけドキドキワクワクしたのに、人間の心は飽きやすいものなのか。そんなことを考えていたら1つの興味半減要素が目に付いた。交流戦の日程そのものだった。
☆中日-ロッテ
☆中日-日本ハム
☆ヤクルト-ロッテ
☆ヤクルト-日本ハム
実は36カード中、この4カードだけが「火水木」と「金土日」に分散して組まれている。たとえば中日-ロッテなら、中日が「金土日」をホームで戦うと、ビジターでは「火水木」に対戦する。ところが残り32カードはホームが「火水木」ならビジターも「火水木」、ホームが「金土日」ならビジターも「金土日」と、同じ曜日の対戦が繰り返される。ほとんどの球団が先発6人制を敷く現在、雨や入れ替えなどでローテ変更がない限り、2度の対戦とも同じ投手と当たるのだ。
たとえば今週「火水木」に行われたオリックス-ソ中日戦は、3試合とも前回の「火水木」と同じ先発が両軍登板した。逆に金曜日が先発日の西武松坂は「金土日」に当たる阪神、巨人、横浜とは2度対戦するが、中日、ヤクルト、広島との対戦は1度もない。ロッテ渡辺俊が「ライバル宣言」している阪神赤星との対決もこのままでは幻だ。夢対決が売りのハズなのに、これでは“半交流戦”のような気がしてならない。
戦っている現場はどう感じているのか。ある首脳陣からは「手探りで対戦するより、作戦的には対策が立てやすい」と歓迎の声も聞かれた。だが選手レベルになると、プロの本能というべき意見が多く聞かれた。「年に1度の真剣勝負の中で、いろんな一流投手と対戦したいし打ってみたい」(パ主力打者)「2回とも同じカードに投げるのはデータがあって楽かも知れないけど、夢の勝負はないですよね」(セ主力投手)。
ではどうしてこのような日程になってしまったのか。そこには各球団が本拠を置く「球場の使用事情」が大きく影響しているという。たとえば神宮では6月に全日本大学野球選手権があり、ドーム球場ではコンサートや展示会のイベントが先約済み。自ずとその日は除外しなければならない。しかも次の条件も加わる。
☆営業的に収益の大きい「金土日」は、各球団均等にホームで3カードを戦う
☆金曜日は移動当日の試合となるため、各球団の遠距離移動を極力減らす
☆交流戦最終カードは中止時の代替日程確保やファンへの告知期間が短過ぎるため、天候に左右されないドーム球場を使用する。
ある球団の日程担当者は「ローテが同じという指摘は昨年もあったが今年はより顕著。たとえば4カード連続ビジターでいいという球団が出てくれば、こういう日程は避けられるのだが」と明かす。やはり各球団が事前に球場側としっかり話し合い、交流戦の時期にイベントを極力入れないことが1番の解決策なのだろう。それも他球団、他球場頼みではまた同じ繰り返しになる。そもそもファン拡大を目指しての夢対決。分割方式の開催案も含め、3年目を迎える来年こそ、日程には一考の余地がある。
June 4, 2006 11:21 AM
2006年05月25日
成長した新庄の演出
私が担当していた阪神時代の新庄は、とにかく目立つことが一番の目的のように思えた。髪の毛を緑色に染めたかと思えば、ウン百万円もかけて前歯を純白にリニューアル。ランボルギーニ・チータやポルシェなどの外車で契約交渉に乗り付けては、周囲を驚かせた。悪く言えば自分が格好いいかどうかが重要な問題。ファンとの距離は、不振時の応援ボイコットなどがあったりと決して近くはなかった。
その男が転機を迎えたのがメジャー移籍だった。ファンを大切にする空気に触れて受けたカルチャーショック。そして国内復帰した日本ハムでは人気球団の阪神と違って、集客に苦心しながら汗水を流すスタッフの姿に心を動かされた。「自分にできることはなんだろう?」。単なる目立ちたがり屋が、野球界のために何かしようと目的を変えていた。今見せているサプライズの質は、明らかに阪神時代とは違うものなのだ。
その新庄が先月突然、今季限りを宣言した。開幕間もない時期の引退発表にはまた仰天させられたが、その後は襟付きアンダーシャツで試合に出たり、甲子園で阪神時代のタテジマのユニホームを着てシートノックを受けたりと、最後の知恵を絞ってファンを楽しませようとしている。だがどちらのパフォーマンスにもセ、パ連盟が注意の対象とし「以後は禁止」と待ったをかけた。いずれも理由は「マナーの問題」。でもそれぐらい、全然OKじゃないの?
「襟付きアンダーシャツ」についてはパ審判部が「映像を見たら誰が見てもちょっと違うなと思う。許可するといろんなケースが出てくる」と説明。注文をつけたソフトバンクは「青少年に悪影響を与える」との見解だった。そして「阪神ユニホーム」については謝罪までさせられた。ますますスッキリしないし、ここまでくると寂しい気分だ。
プロ野球はファンに夢を売る商売だ。個性が強く、ほかとは「ちょっと違う」ほど面白いし、パフォーマンスも「いろんなケースが出てくる」ほど面白い。その中で新庄は野球界を思い、現役中に何かできることはないかと「グレーゾーン」で規則違反ギリギリの挑戦を続けている。もし「マナーの問題」で不快と感じるなら、とっくにファンがダメ出ししているはずだ。サプライズを楽しみに球場に足を運ぶファンの数は、枠にはまった筋書きを期待するファンの比ではないだろう。新庄は言う。
「野球だけじゃこれからはダメ。若い子は見に来ない。格好良さも大事なんじゃないかと思う」。
個性的な選手が減り、ファンの野球離れも深刻な時代。もちろんパフォーマンスやファッションでお客を呼べるとは思わない。ファンが本当に見たいのはまず野球ありきの白熱プレーだろう。だがこれからの時代、それだけでファンを引き付けられるのだろうか。
日本ハム高田GMは言った。「5年後、10年後には新庄の考えが正しくなっているのかもしれない」。単なる擁護論とは思えない。新庄の行動は旧態依然の球界に一石を投じる貴重な1球だ。近年、多くの業界でも叫ばれる「カスタマーズ・サティスファクション=顧客満足度」。その重要性に気付くのは、新庄が球界を去った後なのかも知れない。
May 25, 2006 09:46 AM
2006年05月15日
虎党の夢、YGとワンツー
知り合いに熱狂的な阪神ファンがいる。そのおっちゃんはいつでも「おれらの時代は『阪神、大鵬、卵焼き』やった」と言う。いくらこちらが「それを言うなら『巨人、大鵬、卵焼き』でしょ?」と言ってもまったく耳を貸さない。「それは巨人ファンだけが言うことや!」。いつもピシャリと言われる。
おっちゃんは1950年(昭25)の大阪・岸和田生まれ。少年時代は巨人が川上監督の下、ONを擁して9連覇するなど全盛期だった。かたや阪神はエエとこ2位止まり。いつも強い巨人の引き立て役に回っていた。優勝に縁遠い阪神…。それでも少年心に「巨人だけは好かん」と誓い、負けても負けても甲子園通いを続けたという。だから青春時代は「阪神、大鵬、卵焼き」…だそうだ。
阪神ファンの巨人に対する思いは特別だ。それは関西人が東京に抱く対抗心、反骨心にも置き換えられる。どんなに弱い時代でも、巨人に勝った日のはしゃぎようは半端ではない。そんなファン心理を知るからこそ、球団も「優勝できなくても巨人にだけは勝て」とお尻をたたいてきた。当然、優勝した時の盛り上がりは尋常ではない。しかもここ3年で2回も優勝。だがおっちゃんは言った。「巨人も弱かったし、何かが物足りんのよなあ」。
50年の2リーグ分立以降、昨年までの56年間で「巨人1位・阪神2位」のシーズンは12回もある。だが反対の「阪神1位、巨人2位」は1度もない。阪神はこの間、5回優勝しているが、その時の巨人の順位は4位、3位、3位、3位、5位。つまり強い巨人としのぎを削り、最後に競り勝っての優勝はいまだかつてないのだ。
03年も05年もライバルは中日。巨人は早くから脱落していた。つまり阪神が優勝する時、いつも巨人は調子が今イチかもう1つ歯応えがない。昨年も甲子園で巨人を倒して優勝を決めたが、すっかり弱体化していて感激は薄かった。ここにおっちゃんの「何か物足りない気持ち」がある。
やっぱり強い巨人を倒してこそ、阪神ファンは心の底から喜べる。そして今年、初めてそのチャンスが訪れようとしている。巨人もここ数年低迷していたが、原監督のもと開幕ダッシュに成功して首位を独走。昨年王者の阪神もジワジワと地力を発揮し、中日を交えたマッチレースの様相になってきた。そもそもTとGが実力拮抗(きっこう)して途中まで優勝争いをしたこと自体、85年までさかのぼる。久しぶりに阪神ファンが心の底から燃える展開だ。
「阪神1位、巨人2位のシーズンを見てみたいんや」。おっちゃんは言った。これは阪神ファンの気持ちを代弁した究極の理想だろう。阪神、巨人がともに強ければ、野球界も新たな盛り上がりを見せるに違いない。そして強い阪神が強い巨人に勝って優勝。何ともぜいたくにも聞こえる話だが、「阪神、大鵬、卵焼き」のおっちゃんは真剣に夢見ている。
May 15, 2006 09:43 AM
2006年05月05日
鉄人を生んだ天然芝
オリックスが大阪ドームを買収し、新本拠地とする話が進んでいる。立地条件など集客で厳しい側面を持つ神戸(スカイマーク)と比較すれば、ビジネス的には必然の選択肢かも知れない。オリックスはドーム買収後も「神戸からの撤退はない」としているが、多くても年間10試合程度に激減するだろう。さようなら神戸。だが神戸から野球の灯が消えることには、もう1つ重要な意味が含まれている。
大阪、西武、札幌、福岡、千葉、宮城。オリックスの経営方針次第では、早ければ来年にもパ本拠地は4球場がドームとなり、6球場すべてが人工芝となる。唯一、天然芝だったのが神戸のスカイマークスタジアムだった。セでも天然芝と土のグラウンドは甲子園と広島だけ。これで12球団中、6球団がドームに、10球団が人工芝になるわけだ。
スカイマーク以前の球場名は「グリーンスタジアム神戸」。名前の通り12球団唯一の内外野天然芝で、ここで育ったイチローは今でも「日本一の野球場」と言う。グラウンドに入った瞬間、萌(も)える緑の芝と土のにおいを感じられ、野球の原点と言うべきスタジアムだ。そんな自然あふれる球場が表舞台から姿を消すのは残念でならない。だが当事者の選手にとって、人工芝球場の増加はもっと深刻な問題だ。
以前、阪神の金本がこんな話をしていた。「本拠地が人工芝だったら、ここまで試合に出続けるのは難しかったと思う」。金本の球歴は広島-阪神。今では珍しい天然芝と土のホームグラウンドが、陰から連続試合フルイニング出場の世界記録を支えてきたという。それほど天然芝と真下にコンクリートが敷かれている人工芝では、ひざなど下半身にかかる負担は違う。
思えば03年にダイエーからFA宣言してオリックス入りした村松が重視したのも、神戸の天然芝だった。選手にとっては、それほどグラウンド環境が及ぼす影響は大きい。今なお満身創痍(そうい)で戦う金本にとって、もし運命のドラフトで人工芝を本拠に持つ球団に入団していれば、鉄人は鉄人でなかったかも知れない。
逆にメジャーでは、90年代から天然芝への回帰が進んでいる。わざわざ人工芝をはがすなど、今では30球場中27球場が天然芝に切り替わっている。今後、新球場をつくる場合に、天然芝しか認められていない。これらは選手会が「人工芝では選手寿命が3年縮む」と経営者側に訴えたことが大きかった。
天然芝のメンテナンスコストは、年間何千万円もかかるという。それに比べ人工芝は維持費が割安で、ドーム球場なら雨天中止もなく興行的にもデメリットは少ない。だが選手の肉体的負担などマイナス面をどれだけ考慮しているかは疑問だ。
いずれ選手会などがこの危機に声を上げ、日本もメジャーのように天然芝へと回帰する時代が来るのだろうか。このまま人工芝主流の時代が続けば、スターでも短命で終わる選手が増えることが予想される。金本の世界記録がもう誰にも破られないと思える理由は、こんなところにもある。
May 5, 2006 01:19 PM
2006年04月25日
タブー覚悟の叫び
清原突然の乱闘予告には本当にびっくりした。「もし今度当てられたら、命を懸けてマウンドに突っ走って行って、そいつを倒したい」。日本ハム戦で左手小指に死球を食らい、一夜明けた21日のこと。診断結果は打撲で最悪の骨折は免れたが、会見では感情むき出しで怒っていた。でもさすがに乱闘予告は反響が大き過ぎる。非難を浴びることも確実だ。会見の後、はやる気持ちを抑えながら清原本人に真意を問うた。
「さっきの発言、まずいんとちゃいますか」
「かめへん。言うたことそのまま書いといてくれ」
「大変なことになったら家族も悲しむのでは」
「そんな甘い考えで野球はでけへん。当たりどころが悪かったら、こっちは選手生命が終わってまう。死んでまうかも知れへん。命懸けて戦ってるんやぞ!」
その覚悟に圧倒された。これまで首脳陣批判など反響の大きい発言をした選手に真意を確認すると「優しく書いておいて」とか「発言を取り消して」がほとんど。「そのまま書いて」は記者人生で初めてだった。そして焼き付いたのは「命懸け」という切実な言葉。華やかなプロ野球には縁遠く思えるフレーズだが、舞台裏ではきれいごとでは済まない戦いがあることをあらためて思い知らされた。
どんな死球でも“お返しする”と言っているのではない。すっぽ抜けなど不可抗力は仕方ない。ただ清原が許せないというのは「故意」や「当ててもいいや」の気構えで投げてきた場合だ。その空気は打者特有の感性で、マウンドと打席の18・44メートルの間で感じ取ることができるという。標的にされた場合、受け身でしかない打者は無防備で無力。選手生命を絶たれた選手は何人もいる。清原はボールを凶器的に使った場合に限定して、乱闘辞さずを警告したのだった。
「内角に投げるな、内角を攻めるなと言ってるんじゃない。ギリギリに投げられるコントロールもないのに狙って、目や頭に当たって命を絶たれたら誰が家族を守ってくれるんですか」。
タブーの領域だけに誰も公には口にしない。だがこれは全打者に共通の思いだろう。ぶつけた投手は危険球退場で終わる。だが当てられた打者に報復は認められていない。清原は89年にロッテ平沼投手にバットを投げつけたことを反省し、「以後18年間どんな死球にも耐えてきた」という。だが、昨年も頭部死球を浴びてから反射的に打撃フォームを崩し、絶好調だった打撃は急降下。巨人から戦力外通告される一因となった。通算196死球は史上最多。骨を折ったこともある。誰よりも多く選手生命の危機に立たされてきただけに「命懸け」の叫びは本物だった。
プロ野球がスポーツである以上、暴力や報復が許されるものではない。それでも清原は「非難や制裁は覚悟の上で」と、一大決心して声を上げた。バッシングするのは簡単だ。だがそこまで過激発言しなければならない背景にも、しっかり目をむける必要があるだろう。死球も野球のうち。だが選手生命を奪いかねず、意図的で危険な死球までもが野球のうちなのか。後に大きな悲劇と不幸を起こさないためにも、全打者の思いを代表した重大提言だったと受け止めたい。
April 25, 2006 12:03 PM
2006年04月15日
清原も参った仙台の魔物
寒いなんてもんじゃない。取材でグラウンドに立つと、脳天を突き刺すような痛みが走った。仙台で行われた3月29日の楽天-オリックス戦。激しい横殴りの雪で8分間も遅れたプレーボール時の気温は、1度しかなかった。まるで凍(い)てつく真冬のスキー場にいる気分。午後8時には氷点下寸前、最低気温0・2度を記録した。そんな過酷条件の屋外ナイターで、9回までプレーし続けた両軍ナインが気の毒でならなかった。
多くの選手がポケットにカイロを忍ばせたが、オリックス先発吉井は「全然効かなかった」と苦笑した。受けた日高も「指先がシビれて感覚がなかった」と振り返る。だが笑い話で済めばまだいい。左太もも裏を痛めて7試合の欠場に追い込まれた清原は「仙台の寒さが効いた」と明かす。3連戦の平均気温は2度前後。その中で清原は12打席5出塁とハッスルした。極寒状態で収縮していた筋肉に、過度の負担が掛かっていたのだ。そして中村までもが右太もも痛を再発。オリックスにとっては今なお恨めしき仙台になっている。
野球規則に降雨中止や降雪中止の条項はあっても「寒さで中止」の文言はない。どんなに寒くても、雪や雨や台風が来ない限り、試合は行われる。だがどう考えても今年3月末の仙台は、屋外のナイターで野球をする環境にはなかった。楽天は29日の試合でプロとして恥ずかしい6失策を犯したが、寒さで集中力を欠いたのも要因だろう。だが楽天球団貸し出しの毛布にくるまり、客席で凍えるしかなかったファンはもっとつらかったはずだ。選手はベストパフォーマンスを見せるどころか大けがの危険性もはらみ、ファンも修行のような観戦。これでは何のための興行か分からない。
公式戦日程はセ・パ両リーグ連盟、各球団営業部などの話し合いで組まれるが、この現実をしっかり見て欲しい。私は仙台での3月、4月のナイター開催は今季限りにすべきだと思っている。楽天関係者は「球団創設1年目の昨年は雪もなかったし、ここまで寒くなかった」と説明するが、来年も悪条件が重なる可能性は十分ある。気候的にも春先の仙台は不安定な天候が多い。だからその時期に仙台で開催するのは、まだ多少は暖かいデーゲーム限定。ナイター開催は少なくとも5月のゴールデンウイーク明けまで待ってはどうだろう。
当然「楽天の我慢」と「他球団の協力」が必要になる。営業的にデーゲームとなれば週末限定。だが開幕直後、楽天ばかりがおいしいところを持って行くわけにもいくまい。つまり春先は仙台でほとんど試合を行わず、おのずと楽天の主戦場はビジターとなる。だがその分暖かくなる初夏以降、仙台での試合を増やす。日程はかなりいびつなものになるだろう。選手心理やファン心理を考えた時、そうした「アンバランスさ」が、むしろ喜ばれるのではないだろうか。
オリックスの後、3月31日から仙台で楽天3連戦を戦ったソフトバンクの王監督は風邪をひいてしまったという。楽天の野村監督ですら「仙台は寒い。5月でも寒いか、下手すりゃ6月でも寒い。こりゃ屋根付けなきゃいかんな」とぼやいている。今年の日程はもうどうしようもない。だが真剣に球界改革を考えるなら、絶対に生かすべき今年の教訓だと思う。
April 15, 2006 12:36 PM
2006年04月05日
「とんぼ」続投の意味
ユーミンの「NO SIDE」を聴くと、大学の野球部時代、神宮への夢が破れた涙のサヨナラ負けを思い出す。浜田省吾の「もうひとつの土曜日」を聴くと、彼女にフラれた寒い冬の日を思い出す。その時代時代で聴いていた音楽は、自分の人生そのもの。だから悲しい思い出がフラッシュバックする曲は、時に耳をふさぎたくなることもある。私ごときのちっぽけな思い出とは比較するのも失礼だが、オリックス清原の特別な曲は「とんぼ」だった。
長渕剛は、東京にあこがれて上京した若者が世知辛い現実社会の壁にぶつかり、生き抜いていくことの大変さを歌にした。歌詞に自分をダブらせた清原は01年から、打席に立つ際のテーマソングに選んだ。巨人にあこがれてFA入団したものの、度重なる故障や人間関係にもまれていた時だった。以来、昨年戦力外通告を受けるまでの5年間。「とんぼ」に勇気付けられた半面、巨人晩年は苦い思い出が多かった。だから新天地では封印したい曲になっていた。
「あの歌は東京イコール、ジャイアンツに対しての歌。東京で流してこそ意味がある」。オリックス入団が決まった昨年暮れ。清原はテーマソングから「とんぼ」を外し、新曲選びに入った。候補に挙がったのは地元「岸和田のだんじり」にちなんだ曲や、長渕が仕事に行き詰まった時、故郷鹿児島を思い出して勇気をもらったという「桜島」もあった。「相手をKOする意味を込めて『K-1のテーマ』にしようかな」。そう話したのは3月中旬のこと。だが何かが心に引っ掛かり、最終決断できずにいた。
そんな時、自分をオリックスに導いてくれた故仰木彬前監督の写真を見つめた。宮古島キャンプ以来、遠征先でも部屋に飾ってある恩師を思うとふと、これまでにない考えが浮かんできた。「今こうして楽しく幸せに野球ができるのも、ジャイアンツ時代があったから。それを忘れたらあかんよな」。すでにパ・リーグが開幕し、テーマソングを流す神戸での本拠開幕が4日後に迫った3月27日。清原は長渕の留守電に「引退まで『とんぼ』で行かせてもらいます」とメッセージを残し、逆転の続投を決めた。
「あのまま野球を辞めていたら、人を憎んでいたかも知れない」。無念の戦力外通告から約半年。清原は現実を直視し、屈辱を良質のエネルギーに変えるまで前向きになっていた。巨人時代とは別人の笑顔がそこにある。「今の自分は、これまでのつらいことを全部受け入れて、受け止められるようになったんよ。だからジャイアンツに対してももう何とも思ってへん。感謝しても憎むことはない」。
人は悲しい体験と向き合うことを極力避ける。だが絶望やどん底と正面から向き合った時、そこに究極のプラス思考が生まれることがある。仕事で失敗したり、勝負事で負けたり、恋愛でしくじったりしても、くよくよしているだけでは何も始まらない。その挫折を貴重な体験と思い、次にどう生かしていくか。清原の「とんぼ」続投が大切なものを教えてくれた気がする。<歌詞>ウォウ、ウォウ、ウォウ、ウォウ、ウォウ、ウォウ。3月31日。初めて神戸にあのメロディーが流れた夜。背中で聴いて打席に向かう清原の姿に、私も涙が出そうになった。
April 5, 2006 11:16 AM
2006年03月26日
VTRで誤審訂正を
WBCの日本優勝には久しぶりのハッピーエンドを見た。微妙な判定に泣いた米国戦惜敗も、準決勝進出が一時絶望的となったイチローが「野球人生最大の屈辱」と語った韓国戦敗戦も全部チャラ。ここ一番で打たれた選手も打てなかった選手もミスした選手も、みんなが救われた。見ている方も最高に温かい気分だ。
だがどうしても気になることがある。例の審判問題だ。日本-米国戦ではタッチアップをめぐってセーフがアウトになり、メキシコ-米国戦では本塁打がフェンス直撃と判定された。いずれもデービッドソンという審判員が下した判定なのだが、この際彼の技量、思惑は棚に上げたい。それよりも問題は、間違いを間違いと正せない判定方法にあるのではと思えてならない。
審判を6人に増員したり技術向上に励んでも、常時100%正確な判定を下すのは不可能に思う。いくら「プロ」とはいえ精密機械ではない。審判も我々と同じ生身の人間だからだ。体調や感情、また死角でのプレーにより必ず誤審は発生する。特に際どい場面では「審判の目」だけに責任を押し付けるのは酷にも感じる。人間は必ず間違いを犯す。それを認めた上で、選手やファンが納得できる新しい運営方法を模索していくべきではないだろうか。
その1つにVTRの活用がある。日本では大相撲が先駆けだが、世界でもすでにNFLやNBAの一部で採用。また全米テニス協会も今年の4大大会からの採用を決め、プレーが連続するサッカーですら導入賛成の声が上がってきた。今や映像は年々ハイテク化。テレビ観戦していてもプレー後1分以内でVTRが再生され、判定の正誤が一目瞭然(りょうぜん)で確認できる。その時審判が「判定は絶対」と主張しても何の説得力もない。逆に誤審の場面が何度も再生されるほど「威厳」も失墜するように思えるのだ。
もちろん日本プロ野球でもVTR活用問題は何度も議題に挙がってきた。特に99年は巨人清原が甲子園で放った本塁打がフェンス直撃と判定されるなど、外野飛球でモメたケースが5件もあった。だがセ理事会は野球規則にある「審判員の判断に基づく裁定は最終のもの」を根拠に却下。理由は「審判員の判定は絶対的で、ビデオ活用は審判員の存在を否定することになりかねない」というものだった。果たしてそうだろうか。今の時代、VTR活用こそ審判の存在を「肯定」できるのではないだろうか。
ある在阪審判員は言った。「私たちは1度判定を下してしまうと、たとえ間違いと分かっても、間違ってないと言い続けなければならない。これは非常につらくて苦しいことです。だからVTRの導入はある意味賛成です」。また日刊スポーツが00年に球宴出場選手60人に実施したアンケートでも、半数近い27人から「本塁打やフェア、アウト、セーフなどプレーが止まるケースで導入を検討しては」との意見が寄せられた。
人間にはミスがある。それをすぐ訂正すれば、だれも責めないのではないか。日本では現在沈静化しているが、そのうち起こるであろう誤審で問題が再燃するのは間違いない。「誤審も野球の一部」の時代は、もう終わったのではないだろうか。デービッドソン審判員の本音も聞いてみたい。
March 26, 2006 11:22 AM
2006年03月16日
日本シリーズ改革を
セ・リーグでも来年から「ポストシーズンゲーム制度」が導入されることが内定した。具体的なシステムはまだ決まっていないが、パ・リーグ同様、リーグ優勝を逃しても、2位か3位に入っておけば日本シリーズ進出のチャンスがあるわけだ。一昨年からプレーオ
