記者コラム「見た 聞いた 思った」

荻島弘一

2006年05月27日

「煙たがれる」存在?

 日本がW杯初戦で戦うオーストラリア代表取材のために、メルボルンに来ている。オーストラリアは「禁煙先進国」といわれているそうだ。公共施設はもちろん、レストランやカフェ、バーなどすべての建物内は禁煙。ホテルでも、自室以外では吸えない。昼休みのオフィス街や、夜のカフェなどでは、屋外で紫煙をくゆらす人が目に付く。嫌煙家にとっての天国は、喫煙者にとっての地獄だ。

 日本も、最近は喫煙者に冷たくなってきている。新幹線などの列車は喫煙車が激減。全車両禁煙の列車まである。レストランも全面禁煙を掲げるところが増えた。シアトルから進出した某コーヒーショップも、店内は完全禁煙。スポーツ新聞を読みながらタバコを吸い、コーヒーをすするのが正しい「喫茶店」だと思っていたが、そういう店も少なくなった(確かにコーヒーはおいしいけれど…)。

 ここ数年、喫煙者に対する風当たりは急激に強くなった。「健康に害を及ぼすから」と言われれば、返す言葉はない。実際に科学的な証明はされていないともいわれるが、まあ「健康にいい」と胸を張っていえるものでもない。ただ、喫煙者の立場で言えば、精神的な面も含めて体にいいところだってあるとは思うが。

 嗜好(しこう)品だから、吸うか吸わないかは個人の自由。極論かもしれないが、だいたい大人になるというのは、体に悪いことを楽しむことだ。タバコを吸い、酒を飲み、美食を好み、夜遊びをする。どれも、体にいい訳はない。いい訳はないけれど、人間が豊かに生きるためには重要なものだ。

 もっとも、個人の自由などと口にすれば、必ず「受動喫煙」という言葉が返ってくる。嫌煙家にとって見れば、喫煙者は「殺人者」らしい。酒は個人の自由でもいいが、タバコはダメというわけだ。とはいえ、酒に酔って暴れる人は数多く見ているが、タバコを吸って暴れる人は、これまで見たことがないのだが。

 決して「自由にタバコを吸わせろ」と言っているのではない。非喫煙者の言い分も分かる。ならば、分煙にすればいい。喫煙者がマナーを守ればいい(守れないから言うんだと言われそうだけれど)。「タバコの完全撤廃」を求める最近の嫌煙運動の過激さは、ヒステリックにさえ感じる。

 だいたい、禁煙運動の発信元は、地球温暖化を防ぐための京都議定書に調印しなかった米国なのだ。人類のためには、嫌煙運動も大切かもしれないが、排ガス規制などもっと早急に取り組むべき問題はあるのに。どうして、これほどまでに文字通り「煙たがられ」なければならないのか。「バカの壁」の養老孟司氏は、禁煙運動は、かつて米国がベトナム戦争での枯れ葉剤に対する環境団体の避難をかわすため、反捕鯨キャンペーンを張ったのに似ているとも指摘している。

 繰り返すけれど、嫌煙運動に反対しているわけではない。ただ、もう少し冷静に、しっかりと考えた方がいいとは思う。このコラムでも何度か嫌煙の話題が出た。それはいい。ならば、吸う立場の声があってもいいだろう。喫煙者の排除ではなく、喫煙者と非喫煙者が共存できる社会づくりを考えるべきだ。寒さに震えながらも幸せそうにタバコを吸うオーストラリアの人たちを見て、そう思った。

May 27, 2006 10:26 AM

2006年05月17日

久保も見たかった…

 W杯ドイツ大会を戦うサッカー日本代表の23人が決まった。「サプライズはない」と言われていたが、ふたを開ければ「確実」とみられていた久保が外れ、巻が選ばれた。都内のホテルの会見場に詰めかけた記者からはどよめきが起きた。日刊スポーツの社内でも驚きの声が上がった。テレビの前の多くの日本人が、この「サプライズ」に心動かされたに違いない。

 世界的に見れば、決して珍しくはない。イングランドではリーグ出場経験すらない17歳のFWウォルコットが選ばれ、オーストラリアではドイツ2部リーグでプレーする代表経験のないFWケネディーが入った。巻は代表歴もあるし、クラブでも活躍している。そういう意味では大した「サプライズ」ではないけれど、それでも予想外だった。

 W杯代表発表は、今や国民的な関心事だ。この日の会見には、テレビカメラ24台がズラリと並んだ。考えようによっては、試合以上の盛り上がり。それほど日本人の心を揺り動かすのは、ドラマがあるから。今回もドラマがあった。

 個人的には、久保はW杯に行ってほしかった。驚異的な高さで決めるヘディング、強烈な左足シュート。どんな屈強なDFが相手でも、何かをしてくれそうな点取り屋だ(期待が裏切られることもあるけれど)。最後まであきらめなかった巻は立派だし、リーグ戦の調子から言っても代表入りに異論はない。それでも、理屈ではなく「何かをやってくれそう」という可能性を感じさせてくれる選手は貴重。だからこそ、久保が世界の舞台で覚せいすることを期待したのだけれど。

 代表発表を受けて、日本中の職場や学校、夜の酒場でW杯の話題に花が咲いたはずだ。「2トップは高原と柳沢?」「巻はゴールできる?」。代表が決まったことで、W杯に対する関心はさらに高まる。98年大会のカズ、北沢、02年大会の中村、これまで日本が出場した2大会でも落選した選手がいた。そのたびに世論は盛り上がり、注目度は増した。それが、日本サッカーの成長につながった。

 ジーコ監督が、住友金属(現鹿島)の選手として日本にやってきたのは15年前だった。13年前のこの日、5月15日にはJリーグがスタートした。それから日本サッカーを取り巻く環境は劇的に変わった。94年大会予選の「ドーハの悲劇」でW杯を知り、98年大会で初出場し、02年大会では開催国にまでなった。18回目を迎えるW杯だけれど、日本が予選を含めて本当の意味で「参加」したのは、ドイツ大会で4回目。代表発表の「浮かれ具合」も、何となく地に足が着いていないように感じてならない。

 日本はまだまだ、世界のサッカー界では「新参者」に近い存在だ。それが、今回は初出場でもなく、開催国でもなく、何のアドバンテージもなく世界と戦わなければならない。3度目の出場にして、初めてW杯の本当の怖さを体験するかもしれない。逆に喜びを手にするかもしれない。これからの日本が世界の位置でどういうポジションを占めるのか。それを左右するのはジーコ監督と選ばれた23人の選手たちなのだ。

May 17, 2006 09:17 AM

2006年05月07日

勝利信じて楽しもう

 「日本は決勝トーナメントに行けるんだろ?」。W杯開幕まで1カ月。この時期になると、友人との酒席の話題は日本代表の成績についてになる。「難しいかもよ」と答えると、友人の顔が上気する。「何で。オーストラリアとクロアチアには勝てるだろう」。そして「じゃあ、日本の1次リーグ突破の可能性は何%だよ」。こうなると、仕方がない。「35%かな」と答えて、理由を説明した。

 初出場した98年のフランス大会、日本は1次リーグで敗退した。02年日韓大会では、初めて決勝トーナメントに進出した。次は「ベスト8」という気持ちも分からないではない。日本協会も「準々決勝進出」を1つの目標にしている。しかし、当たり前のことだけれど簡単なことではない。

 前回、日本は1次リーグでシードされている。実力とは関係なく、ホスト国だったからだ。同組になったのはベルギー、ロシア、チュニジア。ドイツ大会はブラジル、クロアチア、オーストラリアだから、明らかに対戦相手は厳しい。

 まず、ブラジルの優位は動かない。サッカーは何が起こるか分からないと言っても、今回のブラジルは特別。3連勝するかどうかは別にしても、1次リーグ突破はかなりの確率だろう。仮に95%とすれば、残る105%(上位2チームが進出するから)を残りの3カ国で分けることになる。

 「クロアチア、日本、オーストラリアの順番」とか「オーストラリアが強い」とか「やっぱり日本が上」とか、予想は噴出する。つまり、3カ国には決定的な差がないということだ。いや、実際には差があるのだろうが、現時点でそれを考えるのは難しい。あと1カ月でチーム状況は大きく変わる。ケガ人も出るだろうし、コンディションの問題もある。今のところは、横一線と見るのが妥当だ。

 となると、組み合わせも関係する。「ブラジルと最後に当たるのは有利」という考えもある。確かに、ブラジルが突破を決めていればメンバーを落とす可能性もあるが、層の厚さから逆に控えが怖い。3カ国の争いと考えるのは、ほかも同じだから、初戦のオーストラリアも2戦目のクロアチアも日本に照準を合わせてくるはず。見方によっては難しい組み合わせなのだ。

 105%を3で割って35%。これが、最も現実的な1次リーグ突破の確率だろう。これを本番までの1カ月でどこまで上げていけるか。実際には、勝敗は何が起こるか分からない。試合展開は予想できても、勝敗は運も関係する。圧倒的に攻めながら負けることもある。だいたい予想が当たるなら、今ごろトトで大金持ちになっている。

 ここまで話すと、友人は「つまらないヤツだな」と吐き捨てた。「勝てると思わなきゃダメ。ジーコや選手を信じなきゃ」と。確かに、それも当たっている。新聞では、締め切りの関係上、常に勝ち負けの両方を考えて作業を進める。だから、そういう見方になったのか。世界中のファンが母国の勝利を信じて声援を送るのがW杯。そういう感情移入ができるからこそ、W杯は楽しい。冷静に見る目も大切だけれど、それだけでは、本当のW杯の楽しみの半分を放棄したようなものかもしれない。

May 7, 2006 10:50 AM

2006年04月27日

育まれ52年、代表の幹

 「世界サッカー極東豫選開く 日本チーム全く精彩なし」。日本代表がW杯に初めて挑戦した試合。今から52年前の54年スイス大会予選韓国戦翌日の日刊スポーツの見出しだ。まだ戦後だった昭和29年、1-5の大敗に「体力的に劣った。韓国の実力は戦前以上にある」という竹越監督のコメントも掲載されていた。

 それから、半世紀以上がたった。その間、紙面に多くの日本代表の原稿が載った。64年東京五輪でアルゼンチンに勝った時は「28年ぶりベスト8 まるで金の喜び」とある。「あっぱれ釜本2ゴール 杉山へ感謝の抱擁」は、68年メキシコ五輪銅メダルの時だ。

 ただ、W杯では悲しい見出しが続く。74年西ドイツ大会予選でイスラエルに敗れて「日本の野望ソウルに散る」。78年アルゼンチン大会予選で再びイスラエルに敗れ「世界は遠し… お粗末の一言」と厳しい。86年メキシコ大会で韓国に屈した時は「体制の差 プロ化こそ急務」。94年米国大会予選の「ドーハの悲劇」では「日本呆然 W杯消えた 砂漠にシンキロウ 世界の扉無情」だった。

 日刊スポーツの日本代表記事を1冊にまとめた「サッカー日本代表新聞 W杯への栄光と挫折の50年闘争史」が今月下旬、飛鳥新社から発売される。出来上がった本を見て、日本サッカーの歴史を思い返した。94年米国大会予選に臨んだオフト監督は「歴史が代表を作る」と言ったが、今の日本代表もまた、長い日本サッカーの歴史の上に築かれたものだと、あらためて思った。

 担当記者も50年の間にずいぶん変わっている。故人もいる。24日には、70年代にサッカーを担当していた谷口博志さんが69歳で亡くなった。70年のメキシコ大会で日刊スポーツとして初めてW杯を取材。世界のサッカーを見るトヨタ杯もない、日本代表もW杯からは程遠い時代に、世界のサッカーを紙面で伝えた。

 メキシコからの原稿には「ペレを見た」というのもあった。「パーティー会場の数メートル先に意外に小さい王様がいた」という内容。身近に世界的スターを取材できる今は信じられないが、当時はそれが大ニュースだったのだろう。日韓大会開催が決まるずいぶん前に「記者として、1度はW杯を見ておいた方がいい」と言われたが、その言葉にこそ歴史を感じる。

 試合は勝つこともある。負けることもある。選手のコンディションやモチベーション、さらに運も結果を左右する。しかし、代表を支える大きな幹は変わらない。過去の歴史が変わることはないからだ。前代表監督のトルシエ氏は「今のチームの基礎は私が作った」という。らしい言葉だが、当たっている部分もある。

 ジーコジャパンの元はトルシエジャパンにあり、その元は岡田ジャパン、そしてその元は加茂ジャパンにある。その積み重ねが、今の日本代表を作っている。多くの監督が、多くの選手が、そしてそれを伝える多くの記者が、応援する多くのファンが、今の代表を作った。日本が挑む3度目のW杯を目の前に他界した先輩記者が積み重ねてきたものも、我々が受け継いでいかなければならない。

April 27, 2006 11:38 AM

2006年04月17日

優勝がACL変える

 サッカーの欧州チャンピオンズリーグ(欧州CL)が、いよいよ大詰めを迎える。欧州各国の強豪が集って「欧州王者」を決める大会は、試合のレベルでいえばW杯よりも上。世界中のトップ選手が出る欧州CLこそ、間違いなく世界の最高峰を決める大会だ。

 アジアにも、これに相当する大会はある。アジアチャンピオンズリーグ(ACL)だ。リーグ王者、カップ戦覇者などが出場し、アジアNO・1クラブを決める。今季は、日本から昨年J1を制したG大阪と、一昨年度の天皇杯に優勝した東京Vが出場している。

 ところが、これが盛り上がらない。G大阪が大連実徳と対戦した12日の万博競技場の観客は5555人。平日のナイターにしては健闘だが、平均1万4000人のリーグ戦と比べると寂しい。もちろん、まだ1次リーグだということもあるが、ACLが関心を持たれていないのも事実だ。

 日本が勝てないのも原因だ。各国リーグ戦王者によるアジアクラブ選手権とカップ戦の勝者が戦うアジアカップウイナーズ杯が統合されてACLとなったのが03年。日本は毎年2チーム出ているが、いずれも1次リーグで敗退している。過去3年、決勝トーナメントに進んだチームもない。

 クラブ選手権では99年に磐田、ウイナーズ杯で95年に横浜F、96年に平塚(現湘南)00年に清水が優勝したぐらい。Jリーグ発足前の87年には古河電工(現千葉)、88年に読売クラブ(現東京V)がクラブ選手権優勝。92、93年には日産(現横浜)がウイナーズ杯を連覇しているから、アジアでの成績は、J発足前の方がいいぐらいだ。

 もちろん、Jリーグのクラブは確実に強くなっている。アジアで勝てないのは、本気でタイトルを狙いにいかないからだろう。Jリーグの日程は過密で、さらに代表の活動もある。選手の負担は大きくなるばかりで、ACLなどに精力を注げないのも分かる。

 ACLの優勝賞金は、わずか50万ドル(約5750万円)。優勝賞金640万ユーロ(約8億9600万円)で、出場料や放送権料、入場料などを合わせて、優勝で軽く50億円を突破する欧州CLとは比較にならない。優勝賞金2億円のJリーグと比べても4分の1だ。収入の面でも、各クラブが「本気」にならないのは仕方がない。

 しかし、昨年からはクラブW杯(世界クラブ選手権=トヨタ杯)出場権という大きなニンジンができた。欧州や南米の王者と対戦する道が開けた。12月には再び日本で開催される。「出場国枠」には否定的な意見も出ているが、Jクラブが優勝すれば問題はない。

 代表だけが強くても、本当のサッカー大国とは言えない。クラブレベルの活躍があってこそだ。まずはJクラブがACLで優勝すること。そうなれば、ファンのACLを見る目も変わってくる。大会が盛り上がればスポンサーもついて賞金も上がる。自然とステータスも上がってくる。アジアで指導的な立場にある日本で盛り上がらなければ、大会もこれ以上大きくならないだろう。いつか欧州CLのような大会に。だからこそ、G大阪に期待したい。

April 17, 2006 01:21 PM

2006年04月07日

日本の命運託します

 サッカー日本代表のジーコ監督が緊急入院した。激しい腹痛に襲われて、2日の朝に入院。しかし、3日朝には回復し、一晩過ごしただけで退院した。4日のキリン杯会見に出席するという驚異的な回復だった。もっとも、たった1日とはいえ、日本協会のドタバタぶりは想像に難くない。

 もし今、ジーコ監督が倒れたら、指揮官を失った日本代表はどうなるのか。川淵キャプテンは「危機管理が大切」と日ごろから話しているが、さすがに監督の病気は「想定の範囲外」だと思う。世界的に見ても、監督急病で手回しよく次の監督が用意されていることなど、聞いた事もない。

 仮にジーコ監督が現場を離れれば、実兄のエドゥー・テクニカルアドバイザーが代行するのだろうか。しかし、ここまで監督の強烈なキャラクターでもってきた代表。いくら監督の考えを理解する現場スタッフでも、かじ取りは難しい。そういう意味でも、大したことがなくて「本当に良かった」ということだろう。

 もっとも、安心はできない。またいつ、体調を崩すか分からない。今回の腸炎も原因は心身に及ぶ疲労が原因と思われる。ジーコ監督本人は「食あたり」と説明していたが、入院にまで至るのは体が弱っている証拠。4月は代表の活動がないとはいえ、5月になればまた多忙な日々が続く。心配の種は尽きない。

 代表監督の職務だけならいいが、スポンサーへの対応、イベントへの出演など日本の「顔」としての仕事もある。そして「負けず嫌いで完ぺき主義」な性格。自分の仕事は、100%こなさないと気が済まないのだ。キリン杯会見も、日本協会側は欠席を勧めたが、本人が出席を望んだ。完ぺき主義が、ジーコ監督の心身を疲れさせている。

 「私にストレスなどはない」と強気に言い放つが、素顔は繊細だ。人に対する気遣いがきく分だけ、周囲の評価も気になる。それを口に出すような性格ではないが、それでも親しい周囲の人間には「疲れた。(代表監督を)やめたい」と口走ることがあるという。

 「ブラジル代表監督? 絶対にやらない。ストレスで、胃がいくつあっても足りない」と話したのは、日本代表監督就任前だった。全国民が代表監督と言われるブラジルでは相当な重圧がかかるが「日本ならば大丈夫」と思ったのか。しかし、実際にはかなりのプレッシャーがあったはず。91年に住友金属(現鹿島)入りして以来、日本の「サッカー後進国」ぶりを見てきただけに、重圧が想像できなかったのかもしれない。

 クラブ人気が高い欧州や南米より、マスコミ報道などが代表偏重になりがちな日本の方が、ある意味では代表監督への重圧はある。歴史が浅い分、正確に自国の力も把握できないから、国民の求めるレベルも高くなり、現実とのギャップに悩むことになる。ストレスがないわけはない。

 ジーコ監督については、賛否両論あるだろう。しかし、間違いないのは、ここまで来たら命運を託すしかないということ。あと2カ月、健康でいてくれることを願うばかりだ。少なくとも、ジーコ監督のカリスマ性は、日本よりも世界で、W杯の大舞台でこそ日本の力になると思うから。

April 7, 2006 10:40 AM

2006年03月28日

Jの理想支える情熱

 懐かしい名前だった。高橋高、42歳。アマチュアサッカーの国内リーグ最高峰、JFLを戦う栃木SCの監督だ。80年代の国士大黄金時代にDFとして活躍し、85年の神戸ユニバーシアードで日本代表も務めた。国士大らしい屈強なストッパーで、名前の通り高さもあった。日本国籍取得前のフランス人ミシェルとセンターバックでコンビを組み、ボランチには1学年下の柱谷哲二がいた。守備は大学NO・1と言われた。

 体格の良さは相変わらず。人柄の良さも変わっていなかった。19日のJFL開幕戦のFC琉球戦では、試合中に大声で選手に指示を出し、逆転勝ちすると大きな体を折り曲げるようにスタンドに向かって何度も頭を下げた。そんな姿を見ながら、20年も前に西が丘サッカー場で聞いた「上から読んでもタカハシ、タカシ~下から読んでもタカハシ、タカシ~」というサッカー部員の大合唱を思い出した。

 「今なら、迷わずJリーグに行きますよ」と高橋監督は言った。しかし、当時はプロリーグなど夢だった時代。日本リーグに進む仲間たちと別れ、故郷の栃木に帰って教員になった。栃木教員でプレーを続け、関東リーグでも活躍した。その間にJリーグが誕生。かつての仲間はJリーガーとなり、遠い存在になった。

 選手からコーチ、監督、栃木教員が栃木SCと名前を変えてもチーム一筋だった。宇都宮市立鬼怒中で保健体育を教えながら、夜はチームを指導した。そして今年、大きな変化が訪れた。正式にチームがJリーグを目指すことが決まったのだ。「うれしいですよ。Jリーグという目標ができた。夢でしたから」。サッカー選手としては果たせなかったJリーグという夢を、指導者として果たすチャンスに恵まれた。

 スタジアムの問題など、まだまだクリアしなければならないハードルは多い。しかし、高橋監督の情熱に引っ張られるように、選手たちも熱い思いでJリーグを目指している。26日には三菱水島FCに勝って開幕2連勝。「はっきりとした目標が、チームを強くしている」と監督は話した。

 今、Jリーグは1部(J1)2部(J2)を合わせて31のクラブが活動している。JFLでは栃木SCやFC琉球など5チームが加盟準備を進め、26日行われた日本サッカー協会の評議委員会では9つの県がJリーグ入りの準備をしていることが分かった。「Jクラブを持とう」という考えは、日本中に広まってきている。

 高橋監督のように、情熱を持ってJリーグを目指している人は、日本中にいるはずだ。国士大サッカー部で高橋監督とともに活躍した宮沢ミシェル氏は、Jリーグを目指す北信越リーグのツェーゲン金沢のスーパーバイザーも務める。「高橋も大変そうですね。完全にボランティアだし。高橋にしても、ツェーゲンにしても、頑張っているのを見ていると、応援したくなります」という。

 Jリーグには「100クラブ構想」がある。非現実的な話だと思っていたが、高橋監督のような人の情熱に支えられて、それが現実になるのも、そう遠いことではないかもしれない。

March 28, 2006 11:40 AM

2006年03月18日

「棺おけ」無用の信念

 「棺おけに片足突っ込んじゃったよ」。Jリーグ初年度にV川崎(現東京V)の監督に就任した松木安太郎氏は、会見後に苦笑いした。最初は「大げさだな」と思った。アマチュア時代の監督は基本的に社員で、やめても部長になったり、スカウトに転身したりと道はあった。多くは長期にわたって務め、シーズン中の交代も珍しかったからだ。

 しかし、松木さんの言葉を実感するまで、時間はかからなかった。契約半ばの解任も普通になった。コーチの時はいいが、監督になったら後は退任(解任?)を待つだけ。監督をやめた後は、チームも去るのが当たり前になった。「プロだから」という言葉に、何の違和感もなくなった。

 とは言うものの、横浜FCの監督交代には驚いた。わずか1試合。解任された足達氏も、コーチから昇格した高木氏も、驚いたことだろう。フロントは「1試合だけの結果ではない。昨年のキャンプから総合的に判断して」決めたという。ならば、どうして昨年のオフに交代しなかったのか。

 若手育成に定評のあった足達監督が昨年就任した時は、J1昇格へ長期的な目標を立てていた。契約期間も07年1月までの2年間だった。ところが、シーズン中にチームの体制が変わり「すぐJ1へ」となった。FWカズを獲得し、MF山口を入れ、大幅にメンバーを入れ替えた。ただ、監督だけは代えなかった。

 「若手を育ててくれ」から「J1に上がってくれ」と突然目標を変えられたのだ。足達監督は戸惑ったと思う。ある意味で、チーム変革の犠牲者だった。高木監督は「J1昇格」を目標にコーチに就任したからまだいい。しかし、それでも開幕2試合目から監督をやるとは思っていなかったはず。こちらも犠牲者だ。

 シーズン前から指揮をしていれば、成績不振も自分の責任として納得がいくだろう。しかし、わずか1試合での監督交代。何かを修正する時間もないまま、試合がある。すごく損な役回りだと思うが、高木監督は前向きだ。「それも監督の楽しさだから」と、ネガティブなことを口にしない。

 現役時代のFW高木は、しんの強い選手だった。代表戦で絶好のチャンスに簡単なトラップをミスした。マスコミも、サポーターも一斉にたたいたが、黙って耐えた。実は足首を痛めていて、満足に動かない状態だった。「ケガだと言えばいいのに」と言うと「言い訳はできませんから」と言い切った。ラモスやカズら有言実行の選手が急増した時代の不言実行。国見-大商大で培った精神的な強さは、半端ではなかった。

 高木監督は「棺おけに片足-」とは思っていないはずだ。初めての監督業を楽しんでいる。就任10日目の16日の練習後も「楽しんでいますよ。プレッシャーも現役の時に比べたら、大したことはない。やるのは選手ですから」と、笑顔で話した。チーム状態は決して良くない。それでも、立て直しにやるだけのことをやって、あとは「選手を信じる」と言い続ける。持ち前のおおらかさと明るさを支える強い信念。日本を初めてアジアの頂点に押し上げた元日本代表ストライカーの足には、棺おけなど似合わない。

March 18, 2006 11:09 AM

2006年03月08日

ムダだと言われても

 トリノ五輪も終わって、ようやくテレビ観戦が原因の時差ボケからも解消された。それにしても、金メダルの力はすごいと思ったのは、女子フィギュア荒川静香の活躍。テレビで何度も映像が繰り返され、CDショップでは「荒川金メダルのフリー演技曲!」というポップが躍る。小学校では「イナバウアー」と叫びながら、荒川のマネをするのがはやっているという。

 「大切にしている技だし、名前が出るのはうれしい」と荒川が言う「イナバウアー」は、今年の流行語大賞も取りそうな勢いだ。まず、その語感が素晴らしい。子供のころ「ベッケンバウアー」と聞いて、何かすごそうなサッカー選手だと思ったのにも似ている。

 「アクセル・ジャンプ」や「ビールマン・スピン」と同様に、イナバウアーも人の名前。今から50年も前に活躍したドイツの女子選手だ。もっとも、この技自体は単に足の動きを表すもので、体を反るのは荒川のオリジナル。「エビぞり型イナバウアー」とでも言った方がいいかもしれない。いや、いっそのこと「アラカワ」の方がいいか。

 すごいと思うのは、これを荒川が完全に自分の技にして、採点の対象にならないことを知りながらあえてプログラムに加えたこと。「自分の技」に対する自信とこだわり。その強い思いが、フィギュアスケート界で日本人初の金メダルを生んだのだと思う。

 88年のソウル五輪で競泳背泳ぎの鈴木大地が金メダルに輝いた時は「バサロ」が流行した。あおむけの状態のまま潜水し、ドルフィンキックだけで進む泳法。ジェシー・バサイヨという個人メドレーの選手が始めたものだが、大地はこれを自分のものにした。「体力の消耗が激しい」と言われたが、決勝の大舞台ではリスクを冒して潜水距離を延ばし、ライバルを逆転した。

 日本人はマネが得意と言われる。荒川のイナバウアーにしても、大地のバサロにしても、もともとは人の技だ。しかし、それを自分のオリジナル技にまで進化させたからこそ、金メダルを手にすることができた。最初はマネかもしれない。しかし、無駄や無謀という周囲の声に惑わされずに自分の信じた技で突き進んだからこそ、成功したのだ。

 荒川の金メダルの後、テレビでは街頭インタビューが流れた。「勇気をもらった」「自分も頑張ろうと思った」と、多くの人が話していた。1度は引退を決意しながら競技を続け、最後は自分を信じて演技しきった荒川。その結果としての金メダル獲得だったからこそ「勇気をもらい」「頑張ろうと思う」のだろう。

 スポーツだけに限ったことではない。さらに高みを目指すのであれば、新しい何かを始めるのであれば、たとえ無駄や無謀と言われても、自分が磨いた技を信じ、自分自身を信じることだ。その後に、きっと「金メダル」がついてくる。

 3月。Jリーグが始まった。プロ野球シーズンも幕開けが近い。新しい季節がやってくる。そんな時期、荒川のイナバウアーは、我々に新しい活力を与えてくれた。「頑張ろう」という気持ちにさせてくれた。

March 8, 2006 11:07 AM

2006年02月26日

得点より自分の演技

 「別にメダルがなくたって、いいんじゃない」。トリノ五輪が始まって以来、毎日のように「日本はメダルを取れるのか」と聞かれた。そのたびに答えていたのは「日本のメダルを見ることだけが、オリンピックじゃない」だった。でも、やはり日本がメダルを取ると気分は違う。それが金メダルなら、なおさらだ。

 フィギュアスケート女子の荒川静香が、優勝した。お米のテレビCMで「金の芽がある」と繰り返していたが、まさか本当に金を取るとは思わなかった。下馬評では、スルツカヤやコーエンらの方が優位だったはず。ところが、荒川の演技は群を抜いて素晴らしかった。見事な優勝だった。

 「五輪のフィギュアでは日本人は優勝できない」という先入観があった。過去の例でも、世界選手権では勝てても、五輪では勝てなかった。採点競技はいつも欧米中心、日本人は常にハンディを背負っているように感じてならなかった。

 基本的に「美」を争う採点競技では、どうしても日本人は不利になる。手足の長い欧米人に比べ、見栄えの点で劣るからだ。いくら採点基準を細かく規定し、演技に対して客観的な評価を下そうとしても、採点競技である限り「主観」の部分は残る。タイムを争うわけでも、1対1で対戦するわけでもないからだ。

 そんなハンディがあるからだろう、日本のフィギュアはジャンプのイメージが強い。92年アルベールビル五輪で伊藤みどりはトリプルアクセルを武器に銀メダルに輝いた。今大会の安藤美姫も、4回転ジャンプが持ち味だった。見ている方の我々も、フィギュアを「氷上のジャンプ合戦」ととらえていたかもしれない。

 ところが、荒川の武器は違った。新採点基準では得点にならない「イナバウアー」にこだわった。「得点を稼ぐ」ことより「自分の演技を見てもらいたい」という気持ちだったのかもしれない。「メダルが取れるとは思わなかった」は、どこまで本心か分からないけれど、少なくとも「メダルを取るためだけ」に演技したわけではないだろう。

 直接得点にはならなくても、確実にイナバウアーで観客は乗った。審判も乗せられた。自分の信念を貫いたからこそ、成功した。

 静香は源義経の側室だった静御前から名付けられたという。後白河法皇に「日本一の舞」と言われた白拍子の静御前は、頼朝の前で「しづやしづ」と義経を思い続ける歌をうたって舞い、頼朝を激怒させた。そういうしんの強さが、荒川にはあるのかもしれない。

 スルツカヤがジャンプするたびに、心の中で「転倒しろ」と思ってしまった。恥ずかしい話だが、きっと多くの日本人の思いは同じだったはずだ。思えば、今大会は「転倒」が大きなキーワードだった。雪や氷の上で争うという、非日常の競技。だからこそ、ドラマが生まれる。転倒したスルツカヤやコーエンが敗れ、転ばなかった荒川が勝った。

 軟らかい氷に苦しんだスピードスケートの低迷、スノーボードやフリースタイルスキーの世界の壁、カーリングの奥深さ。4年に1度の五輪は、多くの物を残してくれた。やっぱり、オリンピックは面白い。

February 26, 2006 01:39 PM

2006年02月16日

世界に目を向けよう

 「今回の五輪はつまらないなあ」。そんな声が聞こえてくる。スピードスケート男子500メートル世界記録保持者の加藤は6位に終わり、モーグルの上村と里谷も失速。成田と今井のスノーボード兄妹はともに敗れ、ジャンプの原田は失格。日本勢は3日目を終えてメダル0、確かに期待された成績は残せていない。

 だからといって「トリノなんて興味ない」と思うのは、もったいなさすぎる。五輪は世界最高のスポーツの祭典。日本勢が活躍してもしなくても、世界のトップレベルの試合は見られる。五輪の楽しみには「日本勢を応援する」とともに「世界最高峰のスポーツを見る」があるはずだ。

 五輪で日本がメダルを量産できると思うのは、幻想に近い部分もある。特に世界のトップクラスが競う場が少ない冬季競技では、本当の日本の実力を知らないままに「メダル候補」と大騒ぎしている現状がある。もちろん、自戒を込めて。02年のソルトレークシティー大会では、メダルは2つだけ。98年の長野大会は地元で10個を稼いだが、それまでを見ても冬季大会のメダルは決して多くない。

 見方を変えれば、五輪ほど面白いものはない。なんと言っても、世界で最高レベルの試合が次から次へと見られるのだから。「日本勢が負けた」などと悔しがっている暇もない。上村はメダルを逃したけれど、モーグルの女王ハイルの滑りは攻撃的で豪快だった。日本勢はいなかったが、フィギュア・ペアのトトミアニナ・マリニン組の演技は華麗で、思わず見とれてしまった。

 04年のアテネ五輪で、日本勢は大活躍した。史上最多の37個のメダル獲得。連日のメダルラッシュに、お茶の間のファンの感覚もマヒしたのだろう。日本選手のメダル獲得は、確かに大きなニュースだけど、日本を見るばかりに「世界」に目がいかないのは寂しい。

 02年に行われたW杯サッカーでは、日本が敗退した後も大会は盛り上がった。ブラジルがドイツを破った決勝戦は、何と65%の視聴率を稼いだ。「世界のトップを見る」という考えが、サッカーの楽しみとして定着したからだ。世界のトップに目がいけば、日本の立場も分かる。それは、サッカーだけに限ったことではない。五輪でも同じだ。

 「世界に目を向けなければダメだよ。日本ばかり追いかけていちゃダメさ。世界のサッカーのすごさを新聞で伝えなきゃ」。今から20年近く前、入社したての新米記者に教えてくれたのは、サッカージャーナリストとして活躍していた富樫洋一さんだった。W杯予選や五輪予選でもまったく勝てなかった日本サッカーの低迷期。しかし、海の向こうを見れば、そこには素晴らしい世界があった。

 日本が出ていない90年W杯で一緒に「世界」を楽しんだ富樫さんが、7日に亡くなった。アフリカ選手権を取材中、エジプトのホテルで急死したという。突然の訃報(ふほう)に言葉を失うとともに、富樫さんの言葉を思い出した。「世界を見なきゃダメだよ」。まだまだ五輪は始まったばかり。4年に1回、世界のトップが集う五輪、そして4年に1回のW杯、富樫さんの分まで、おなかいっぱいになるまで楽しみ尽くそうと思う。

February 16, 2006 10:09 AM

2006年02月06日

五輪のサムライ見て

 トリノ五輪開幕まで、あと1週間を切った。かつては夏季五輪と同じ年に開催されていた冬季五輪だが、92年アルベールビル大会の2年後の94年にリレハンメル大会を開催。そこから、夏季大会の中間年に行われるようになった。

 最初は「五輪が2年に1度楽しめる」と軽い気持ちでいたが、同じころにサッカーW杯の人気が急上昇。冬季五輪イヤー=W杯イヤーになってしまった。W杯フランス大会の98年は地元長野の冬季大会だったから良かったが、02年は日韓W杯の影響で同じ年のソルトレークシティー五輪は影の薄い大会になった。必死に戦っている選手には申し訳ないけれど、夏季大会の「付録」は、W杯の「前座」のようになってしまった。

 今回も開会式の10日(日本時間11日)に、ジーコジャパン06年初戦の米国戦がある。ジャンプのラージヒル決勝が行われる18日は、日本代表国内初戦のフィンランド戦の日だ。女子フィギュア、スピードスケートなど有望競技もあるが、日本勢がふるわなければ日本人の目はサッカーに向く。五輪好きで知られる日本人だけど、今は同じようにW杯にも夢中になっている。

 それでも、今はW杯よりトリノ五輪に注目したい。なんといっても4年に1回だからだ。W杯も4年に1回だが、その重みは大きく違うように思う。サッカーにはJリーグもあるし、アジア杯もある。海外では、欧州チャンピオンズリーグもある。「五輪がすべて」と言える冬季競技に比べれば、サッカーのW杯は「すべて」とは言い切れない。だいたい、4年に1度といっても、W杯は予選も含めれば2年間もやるのだ。

 ならば、4年間のすべてを一瞬にかける選手たちを見てみたい。勝っても、負けても、彼らに「次」が来るとしたら、4年後しかない。4年は、とてつもなく長い。だからこそ、五輪は多くの「ドラマ」を生んできた。そして、これからも「ドラマ」を生み続ける。

 冬の競技は、特にドラマが生まれやすい。スポーツは相手との戦いの前に自分との戦いがある。が、冬の競技はもう1つ、自然との闘いもある(もちろん、夏もだけれど)。自然の影響を受けやすい競技が多い。ほんの数秒で勝ち負けが決まるジャンプは、少しの風に影響される。完ぺきに踏み切ったとしても、少しの風ですべてが変わる。「風が平等ではなかったから」などと言い訳をしても仕方ない。自然を含めて不測の事態を受け入れる度量がなければ、ジャンプの選手なんてやっていられない。

 サッカー日本代表の新しいキャッチフレーズは「SAMURAI BLUE 2006」だ。サムライパワーでW杯を戦おうというわけだが、冬季五輪にも多くのサムライが出場する。彼らは日の丸を背負い、世界と戦う。ベストセラーとなった藤原正彦の「国家の品格」では、武士道精神を取り戻すことの大切さを説いている。スポーツの世界には、まだまだそれが生きていると思う。

 まずはトリノ五輪。サムライたちの生きざまを、しっかりと見届けたいと思う。

February 6, 2006 11:30 AM

2006年01月27日

プロなら個性がなきゃ

 「月9」で西遊記が始まった。孫悟空、猪八戒、沙悟浄が三蔵法師のお供をして旅をする話。最近は暗いドラマも多かったので(それはそれでいいけれど)、水戸黄門的な安心して見られるドラマは逆に新鮮で思わず見てしまう。夜9時からは少し遅いとは思うが、子供も十分に楽しめる。

 ただ、終盤になって黄門様が印籠を、じゃなくて悟空が如意棒を振り回す場面になると、どうしても頭の中にゴダイゴの「モンキー・マジック」が流れてしまう。悟空の堺正章らが、夏目雅子の三蔵法師と旅をする。78~79年に放送された伝説的なドラマだ。

 その昔の西遊記が、MXテレビでは日曜日の夜8時から再放送されている(29日が最終回)。すでに30年近く前のドラマだから、特撮場面も今とは比べものにならないほどお粗末だが、理屈抜きに楽しめる。ゴダイゴの音楽とともに、登場人物が強烈なオーラを放っているからに違いない。

 あのドラマの印象が強烈だっただけに、今の配役は我々のイメージには合わない。どうしても2つを比べてしまう。「やっぱり欲望丸出しの豚は西田敏行だよ。電車男が豚じゃなあ」とか「とらえどころのないカッパは岸部シローじゃなきゃ。ウッチャンはいい男過ぎるよ」なんて、友人たちは構わずに毒舌を吐く。確かに、前のイメージが強すぎると、なかなか新しいイメージが生まれない。

 開幕を控えるJリーグにも、強烈すぎるキャラクターがいる。ラモスとカズ。J2の東京V監督に就任したラモスは、連日報道陣にネタを配りまくる。選手時代は大嫌いだった雪かきを率先してやり、若手選手の話になると「じょーだんじゃあないヨ」とまくしたてる。同じJ2の横浜FCで「監督補佐」に就任したカズは、練習初日に蛍光オレンジのコートで現れ、周囲の度肝を抜いた。人工芝で練習しようが、プレハブで着替えようが、キングはキング。時と場所を選ばず、強烈なオーラを放つ。

 強い個性を持った選手は露出も増える。新聞でも、テレビでも、取り上げる頻度は高くなる。「今季のJ2は面白い」と言われるのも、そういうキャラクターがいるからだ。ラモス監督は「最近の選手は個性がないよ。プロじゃないよ」とほえた。プレーの上でも、人間的にも、個性的な選手が増えれば、Jリーグはもっと盛り上がるはずだ。

 J1の横浜は今季「メディアへの露出度アップ」を目指すという。露出はファン層拡大や集客力のアップにつながる。プロだから、当然だとも思う。ところが、J1のクラブの中には「練習の取材はしないで欲しい」とか「書くのは試合だけでいい」というところもある。ラモス監督ではないが「じょーだんじゃないヨ」だ。ファンにアピールできなければ、個性ある選手も生まれて来ないと思うが…。

 もっともっと魅力的な選手が出てきて欲しい。堺悟空や西田猪八戒のように、30年近くたっても語り継がれるキャラクターが生まれて欲しい。戦術やシステムの話だけではなく、酒の席は選手のキャラクターの話題で盛り上がりたいから。

January 27, 2006 10:16 AM

2006年01月17日

今は昔「俺たちの頃」

 「おれたちの若いころは」とか「今の若いやつは」なんて誰でも言われた経験があるはずだ。また、ある程度の年齢になれば、1度は言ったことがあるだろう。デスク時代は、若い記者に対して極力言わないようにしてきた(つもり)。それでも、同世代の人間が集まれば、当然のように「今のやつは」になり「おれたちのころは」という話になる。

 88年ソウル五輪柔道金メダリストの斉藤仁氏を、十数年ぶりに取材した。14日と15日の2日間、日本武道館で行われた嘉納杯国際柔道でだ。初日の66キロ級では19歳の秋本が優勝するなど若い選手も頑張ったが、全体的には決していい内容ではなかった。全日本の斉藤監督は、渋い表情で「一からじゃなく、0から出直し。やっぱり精神力が足りない」と総括した。

 2日で45歳になった斉藤監督もまた「おれたちのころは」と言いたいのだろう。20年前と今とでは、スポーツの環境は大きく変わっている。柔道も同じだ。伝統的で保守的な柔道界もプロ化の流れには逆らえず、今では大会で優勝すれば会社やスポンサーからボーナスが出るのは当たり前。恵まれた環境も、精神力を弱くしているのかもしれない。

 「柔道界だけじゃなく、ほかのスポーツも同じ。いや社会がそうなんだ。会社だって同じでしょ」と、斉藤監督は言った。同世代だけに、こういう話は盛り上がる。それでも、斉藤監督は「おれたちのころは、とは言わない。選手のころに同じことを言われても、冗談じゃないと思ったから」。時代が違えば、考え方も違う。仕方ないことだ。ならば、どう選手を、部下をやる気にさせるかが問題だ。

 「まずは選手の個性を知ること。それぞれ、やる気を起こさせるツボが違うからね。それを探して、押してやる。これが楽しいんだよ」と斉藤監督。自分たちの経験をそのまま当てはめても、選手は動かない。だから、まず相手を知り、そして動かす。価値観はどんどん多様化しているから、押すツボを間違えると、まったく逆の結果にもなる。

 「誰かのため」「何かのため」というのは、選手の大きなモチベーションになる。かつては「日本のために」と頑張ったが、いつしか古くさくなり、今では「自分のために」というのがほとんどだ。団体競技なら「チームのため」があるが、個人競技だとそれも難しい。よほど選手自身がしっかりしないと、厳しい練習には耐えられない。斉藤監督と同じソウル五輪で金メダルをとったレスリング日本代表の佐藤満ヘッドコーチも「選手をどう乗せるかが、一番難しい」と言う。

 トリノ五輪開幕まで1カ月を切った。五輪ムードが盛り上がる裏で、08年北京五輪に向けての戦いは休むことなく続いている。斉藤監督ら指導者も、戦っている。現役時代143キロの体重は2ケタ近くまで落ちていた。「今大会のふがいなさは、鍛え直すきっかけになる」と斉藤監督。北京まであと2年半、長いようにも感じるが「おれたちのころは」なんて思っている世代にとっては、あっという間のことなのだろう。

January 17, 2006 11:23 AM

2006年01月07日

「子供たちの大会」に

 元サッカー日本代表のDF、金子久氏に会ったのは去年の7月。横浜FC入りしたカズの初戦、三ツ沢球技場のスタンドで、親子で観戦していた。「いやあ、息子が見たいって言うからさ」。十数年ぶりに会ったのだが、笑顔は少しも変わらなかった。古河のアジア制覇にも貢献した代表史上屈指のストッパーは「今? 今はただの会社員よ」と言って、豪快に笑った。

 この時期になると、金子氏のプレーを思い出す。今から28年前の高校選手権、名門帝京は圧倒的な強さで優勝した。初戦から無失点で勝ち上がり、決勝で四日市中央工を5-0と一蹴。すでに日本代表入りしていたFW高橋貞洋や高校生離れしたセンスと技術を持つMF宮内聡らを名将古沼監督が率いていた。史上最強と呼ばれたチームだった。

 高校時代のポジションが同じだったこともあって、特に金子氏のプレーは忘れられない。とにかく強い。恵まれた体を生かして、相手の攻撃を抑え込む。それ以上に驚いたのは、その高さ。セットプレーでは、相手DFよりはるかに高い位置からヘディングシュートをたたき込む。四日市中央工との決勝戦でも豪快な一発を見せた。あこがれるというよりも、同じ高校生のプレーとは思えなかった。とにかく、すごかった。

 そんなことを思い出しながら高校サッカーを見ていると、選手たちはあまりに小粒だ。当たり前だ。出ている選手たちは何年たっても高校生だけれど、こちらはどんどん年を重ねる。かつて「お兄さんたち」が出ていた大会は「自分たちの目標」となり「後輩たちのもの」になる。しばらく間があって、今は「子供たちの大会」になっている。

 今年、甥(おい)っ子が埼玉大会で準決勝まで進んだ。優勝した浦和東に敗れたが、応援するこちらは結構夢中だった。もう完全に「子供の代」になっているのだなと思いながら。高校ラグビーで決勝に残った桐蔭学園のCTB仲宗根の父弘明さんは元花園出場選手。かつて取材した選手の子供が出ているのだから、こちらが年を取るのも当たり前か。

 Jリーグが誕生して、高校サッカーも様変わりしてきた。かつては、高校選手権出身で、すぐに日本リーグで活躍する選手も多かった。しかし、リーグのレベルが上がり、即戦力も減った。クラブユースが充実して優秀な指導者が全国に散り、特定の学校に選手が集まることも少なくなった。日本代表が2、3万人しか集められないころ、高校選手権決勝は国立を超満員にした。かつては選手の「究極の目標」だったが、Jリーグができてからは「通過点」に代わってきた。それはそれで、いいことだ。

 鹿児島実が残り2試合完封して無失点優勝しても、帝京のインパクトには及ばないと思う。しかし、それは帝京世代だから思うことで、今の高校生たちとは感じ方も違うはずだ。それぞれの人に、それぞれの時代の大会がある。「思い出の大会」が世代によって完ぺきに分かれるのも、高校スポーツのいいところ。だからこそ、いつの時代も高校スポーツは受け入れられるのだろう。「子供たち」の大会もあと2日。今年は親の気持ちで楽しもうか。

January 7, 2006 10:12 AM

2005年12月27日

ドーハ組の誇り今も

 ドーハ組。93年10月に行われたW杯米国大会アジア最終予選のサッカー日本代表メンバーのことだ。五輪銅メダルの「メキシコ組」など栄光に包まれているわけではない。日本サッカーが初めて味わった「挫折」の記録。それでも、あと1歩と迫ったW杯初出場を逃した22人は「敗者」ではなかった。3大会連続W杯出場を決めた今でも語り継がれるほど、彼らの残したものは大きかったのだ。

 「あのチームにいられたことが誇り」と、今季限りで引退する清水MF沢登は言った。当時、清水入りしたばかりで23歳だった沢登は、日本代表の最年少選手だった。ラモスらとポジションが重なって試合出場の機会は少なく、主な仕事は「ボール運び」だった。それでも、あの代表チームにいたことに誇りを感じる。「個性的な選手がそろっていたし、本当に強かった」と、振り返って言った。
 日本代表初の外国人指揮官となったオフト監督は、ラモス、カズ、都並、井原ら個性あふれるメンバーを率いてW杯初出場を目指した。1次予選を無敗で突破し、最終予選でもライバルの韓国を撃破。最終戦でイラクに勝てば、悲願達成だった。しかし、2-1で迎えたロスタイムに悪夢の失点。ベンチの前に立って歓喜の時を待った沢登は、その瞬間に崩れ落ち「後は覚えていない」と話した。

 国民の半分が見たと言われた「ドーハの悲劇」。日本代表とW杯が初めて日本中に認知された瞬間でもあった。その後、Jリーグ効果もあって、サッカーは大ブームに。次の98年フランス大会でW杯初出場し、続く02年日韓大会では決勝トーナメントに進んだ。あの悲劇がなかったら、ここまでサッカーが日本人の心に染みこんだだろうか…。

 ラモスがJ2落ちした東京Vの監督に就任し、カズがシドニーFCの一員として世界クラブ選手権に出場した。長谷川、柱谷らがJの指導者として活躍し、井原、福田、北沢、武田、高木らは解説者としてサッカーの魅力を伝えている。ドーハ組は、それぞれの立場で活躍している。

 最年少だった沢登が引退して、残る現役はカズと中山だけ。沢登は、あのチームでボール運びをしていたことを誇りに、14年間のプロサッカー人生に幕を閉じた。「ドーハ組」。日本サッカーの原点とも言えるチームは、甘く切ない響きとともに、われわれの心の中で生き続ける。

December 27, 2005 12:18 PM

2005年12月17日

今大会の成功が肝心

 世界クラブ選手権。聞き慣れない大会が今、行われている。カズが出ている大会と言ってピンとくる人がいる程度かもしれないが、れっきとした国際サッカー連盟(FIFA)主催の世界大会。各国の代表チームが世界一を競うのがW杯なら、クラブチームが世界一を争うのがこの大会だ。

 去年まで12月に行われていたトヨタ杯は欧州と南米が争っていたが、ここにアジア、アフリカ、北中米・カリブ海、オセアニアの各代表が加わった。冠がトヨタだから去年までの大会と混同しがちだが、まったく違う大会。00年に第1回がブラジルで行われ、その後は開催されなかったが、今年からトヨタ杯を拡大する形で再開したのだ。

 大会としての「格」は抜群だが、いまひとつ盛り上がりに欠ける。W杯抽選会と重なったのも影響したのだろうが、FIFAの力の入れ方が半端でないだけに、ギャップが目立つ。開幕戦の観客が3万人、以降も3万~4万人の入りだ。18日の決勝戦のチケットも、売れているとは言い難い。高い価格設定もあるが、昨年までのトヨタ杯が大入りだったのに比べると寂しい。

 大会そのものも赤字になりそうだ。FIFAの肝いりで大金を投じて準備し、参加クラブにも総額1500万ドル(約18億円)の賞金が払われる。入場料収入が伸び悩めば、赤字は日本がかぶる。かつて、トヨタ杯は日本協会の大きな収入源で、1年間の協会の収益を1試合でまかなっていた。それが赤字になるのだから、大変なことだ。

 大会の失速に輪をかけているのが、中継をするテレビ局。各大陸大会を取材するなど盛り上げようとする努力は大変なものだと思うが、タレントにかぶり物をさせて「地球一」を連呼されると「世界的サッカー大会」というより「サッカーバラエティー番組」だ。まずまずの視聴率を考えれば間違っていないのかもしれないが、思わず引いてしまうファンも多かったはず。大きなイベントなら、1局の独占よりも複数の局で中継したほうが、効果は大きいようにも思えるが…。

 この大会は来年も日本で開催される。決勝戦の翌日には、来年のためにFIFAと日本側でプレミーティングが開かれる。今大会の問題点を洗い出し、来年の準備が始まる。FIFA側は再来年以降「各大陸持ち回り」としているが、日本側は恒久開催を希望している。今大会が成功すれば、大きな追い風になる。

 第1回トヨタ杯は、81年の2月に始まった。公式記録では観客数6万2000人となっているが、実際には3万~4万人程度だったと思う。その後、大会は成長して、チケットはプラチナペーパーとなった。多くの人の努力で、大会は世界的なイベントになった。

 この大会が将来どうなるか、今はまだ分からない。もともと開催に反対の欧州連盟が再びボイコットする可能性もあるだろう。毎年の赤字で、大会そのものがなくなるかもしれない。しかし、もしW杯と並ぶ世界的なイベントになるとしたら、今回がその第1歩。手探りの船出だけに、この大会がどう成長していくのか、楽しみでもある。

December 17, 2005 10:34 AM

2005年12月07日

熱い早明戦が見たい

 早大40-3明大。今年のラグビー早明戦の結果だ。久しぶりに行ったラグビーの試合が寒かったのは、雨のせいだけではなかった。すでに早大が優勝を決め、明大の4位が決まっていたからなのか、展開は一方的で、内容も盛り上がらなかった。そして、何よりもスタンドが寂しかった。

 かつて、早明戦は学生スポーツの、いや日本のスポーツ界の華だった。12月の第1日曜日、国立競技場へは両校の小旗を持ったファンが、長蛇の列をつくった。80年代から90年代初めごろまで、国立は抽選でプラチナチケットを手にした6万人のファンで埋まった。

 実際に早明戦は面白かった。横の早大と縦の明大、FWの明大とBKの早大。故北島監督の「前へ」と故大西監督の「展開、接近、連続」が、伝統として両校の対照的なスタイルをつくり上げた。互いに相手の長所を受け止め、自分の長所を出す。互いの「得意技」を出し合う「プロレス的」な対戦が楽しかった。

 「雪の早明戦」。伝説となった87年の対戦だ。リードされた明大が終盤に攻め込む。何度ペナルティーを得ても、PGを狙うことをせず徹底してFW戦を挑む明大。そして、ゴールラインに足をかけながら耐える早大。汗が水蒸気となって立ち上がり、雪の上のスクラムが湯気に包まれた。

 結局7-10で明大は敗れたが、NO8大西主将をはじめ、最後まで自らの信念を貫いた選手たちは胸を張っていた。WTBには1年生の吉田、現在指導者として活躍する2年生のSO加藤やFB高岩らもいた。早大にはプロップ永田主将に、SH堀越とWTB今泉の1年生、NO8は現早大監督の清宮だった。個性的な選手たちが、ラグビー人気を引っ張っていた。

 もはや、早明戦神話は崩れたのか。満員だったスタジアムには空席が目立ち、試合をする選手からも気迫は感じられなかった。トップリーグがスタートした社会人との決定的な差もあるだろう。ラグビー人気そのものの低迷もある。ラグビーに限らず、大学スポーツそのものが限界に来ているというのもあるだろう。

 もともと、日本のスポーツの中心は大学だった。しかし、アマチュアの大学スポーツには限界がある。手弁当で集まる指導者、資金的な余裕のない中での環境改善。単純にチーム強化よりも、やらなければいけない課題は山ほどある。早大は、大学スポーツの改革を目標に資金集めなど地道な努力を続けるが、他の大学ではなかなか難しい。

 Jリーグは大学スポーツからクラブスポーツへの転換を目指して発足した。学校の部活動を経験していないユース育ちの選手を擁したG大阪の優勝は象徴的だった。ただ、大学の良さもある。かつて早明戦で見たような、アイデンティティーを生かした試合も、その1つだ。だからこそ、明大には、もっとその「色」を出して欲しい。前半25分のペナルティーのチャンスにはPGを狙わずに攻めて欲しかった。もう、目を閉じて息を吸っても「枯れた芝生のにおい」はしない。確かに時代は変わった。だからこそ、かつての早明戦が懐かしくてたまらない。

December 7, 2005 11:53 AM

2005年11月27日

素材を生かす調理人

 うまい物を食べるには、まず素材、そして調理だ。いくら素材が良くても、調理の仕方が悪いと味は台無しになるし、いくら調理がうまくても、素材のまずさはごまかしきれない。今月の上旬、シドニーFCに移籍したカズとW杯予選プレーオフの取材で、オーストラリアに滞在した。出張の大きな楽しみの1つは食事だ。何とかうまい物にありつこうとする。もちろん、今回もそうだった。

 オーストラリアはシーフードが有名。カンガルーやワニの肉、もちろんオージービーフも。が、申し訳ないけれど、決しておいしくはなかった。もちろん、シドニーにもおいしい店はあるはずで、それが見つけられなかっただけかもしれない。ただ、たまたま食事した店はいまひとつだった。
 現地に詳しい日本人から「素材はいいけれど」という言葉を聞いた。はっきり言って、味付けが大味なのだ。辛かったり、甘かったり…。とにかく、味が極端だ。せっかくの素材の味を生かせていないと感じた。

 サッカーでも、同じだった。オーストラリアは優秀な選手の宝庫だ。数十人の選手が欧州のトップリーグでプレーしている。個々の力はある。強く、高く、技術もある。素材は素晴らしかった。しかし、過去のW杯出場は74年大会だけ。素材の良さを、チーム力に生かし切れていなかった。

 ところが、今回のチームは違った。見事にウルグアイを破り、ドイツ行きの切符を手にした。ヒディンク監督という調理人が少し手を加えただけで、32年ぶりのW杯出場が決まった。試合後に「選手の素質が素晴らしい」と話した。素材の良さを勝因に挙げた。

 決戦前々日、練習が終わると、自信喪失気味のFWアロイージに言った。「シュートをポストに当てる賭けをしよう。負けた方がワインをおごるんだ」。先に蹴ったヒディンクは「わざと」外した。アロイージは一発で成功した。その夜、監督はアロイージにワインを渡し、PK戦の最後のキッカーに指名した。「私の仕事は、選手に力を出し切らせることだ」。素材を生かした調理こそ「ヒディンク・マジック」だった。

 決して素材に恵まれていたわけではない日本は、トルシエ監督という調理に手間をかけるシェフで02年のW杯を戦った。細かい味付けまでして出来上がった日本代表だった。今のジーコ監督は、素材の味を徹底して生かそうとする。時にはほとんど味付けなしで、ピッチに送り出す。選手を信じているからだ。実際に、前回のW杯よりも素材そのものは成長している。

 14日、日本協会の川淵キャプテンがアーセナルのベンゲル監督の名を次期代表監督候補として挙げた。もちろん、まだ候補だから、どうなるかは分からない。ただ、おいしい料理を作るためには、いい調理人とともに、いい素材が必要だ。監督の選考と同時に選手個々のレベルの底上げも重要だろう。少しの味付けで劇的に強くなった抜群の素材を持つオーストラリアが、次回はW杯へのライバルになるのだから。

November 27, 2005 11:21 AM

2005年11月17日

世界目標リティの挑戦

 身長168センチ。大柄な人が多いオーストラリアでは、目立って小さい。自分より大きな日本人記者に囲まれ「カズの調子はいいですよ。次の先発? 秘密!」。笑顔を交えて日本語で話す。世界的な天才ドリブラーで、Jリーグでも活躍したリティ(リトバルスキーの愛称)は、カズ加入で注目されるオーストラリアAリーグのシドニーFCで指揮をとっている。

 初めて見た時は衝撃的だった。82年W杯スペイン大会準決勝。「セビリアの死闘」と言われた西ドイツ対フランスの主役は間違いなく西ドイツの22歳の金髪FWだった。先制点を決め、1-3とリードされてからも同点に追いつく2点を演出。相手DF陣をチンチン(一方的にボールを保持して攻めまくること。「ン」にアクセント)にして、チームを準優勝に導いた。

 86年大会も準優勝に貢献し、90年大会では優勝。そんな輝かしい経歴を引っ提げて来日したのは、93年だった。市原(現千葉)入りし、抜群の技術で発足したばかりのJリーグを盛り上げた。市原退団後も日本に残ってJFL(当時)の仙台でプレー。難関のS級ライセンスも取得して、横浜FCで監督も務めた。

 素顔はおちゃめな45歳。カズのデビュー戦後の会見では、集まった地元メディアに英語で答えた後、広報担当の「次は日本語で」に応じて日本語でコメントした。長くサッカーの取材をしているが、会見する監督が通訳を兼ねるのは初めて見た。調子に乗った広報担当の「次はドイツ語で」には苦笑いをしたが、飾らぬ人柄がにじみ出ていた。

 時々「おいおい、リティ様を誰だと思ってるんだ」と感じるほど、サッカーがメジャー競技でないオーストラリアではスーパースター扱いをされていない。ドイツでなら尊敬され、扱いも違うはず。それでも、リティはサッカー発展途上の国を選んだ。かつて、Jリーグに来た時のように。

 「ドイツの中では、変わり者だったから」と自ちょう気味に話した。「ドイツのブラジル人」と呼ばれたほどのドリブル好き。1度抜いた相手の戻りを待って再び抜いた逸話もある。少年時代のアイドルは西ドイツの英雄ベッケンバウアーではなく、そのライバルだったオランダの天才クライフ。守るのではなく攻める。目の前の相手が巨大になればなるほど、それを打ち破ってみたいと思う。「チャレンジ」こそが、ドリブラーのメンタリティー。その挑戦の相棒として、カズというこれまた挑戦好きの日本の「キング」を選んだ。

 「こっちの記者には言わないけれど、目標は世界クラブ選手権。夢はカズのゴールで1-0でデポルティボ・サプリサに勝ち、準決勝でリバプールと対戦すること」。唇の端を持ち上げて、リティは言った。Jリーグ創成期を支えた偉大なスーパースターたち。今日16日に日本代表監督としてアンゴラと対戦し、来年のW杯ドイツ大会を目指す鹿島のジーコとともに、シドニーFCを率いて大好きな日本で世界を目指そうとしているリティのことも、応援せずにはいられない。

November 17, 2005 12:33 PM

2005年11月07日

一所懸命 元彌に感動

 最近、テレビ番組で日本語を扱ったものが多い。正しい漢字の使い方、敬語の使い方、普段文章を書いている者としては完ぺきに分かって当たり前だとも思うが、それでも「へえー」と驚くことが少なくない。もっとも、ほとんどの人が間違えるのは、すでにその言葉の意味が変わってきたということ。いずれは、今の間違いが正しい意味になるのではとも思うけれど。

 記者になったばかりの20年ほど前は「一生懸命」と書くと「間違いだ」と指摘された。正しくは「一所懸命」。最近では「一生」の方がはるかに一般的で「一所」と書く方が珍しいかもしれない。もともとは、主君からの領地(一所)を命を懸けて守ること。それが転じて一生となった。もっとも、個人的には「ずっと懸命に生きる」という抽象的な一生懸命よりも「1つのことに真剣になる」一所懸命の方が好きなのだが。

 3日のプロレス興行「ハッスルマニア」で、狂言師の和泉元彌がプロレスに挑戦した。本場米国のWWEで活躍する鈴木健想に必殺の「空中元彌チョップ」で勝った。まあ、勝ち負けなどどうでもいいけれど、とにかく内容が素晴らしかった。「元彌はプロだなあ」と思える試合だった。

 プロレス担当の来田記者は「もっと特殊効果を使うのかと思っていたけれど、本当にプロレスでした。元彌は、ものすごく真剣でしたから」と教えてくれた。相手の舞台に立って「失礼のないように」考えたという。だからこそ、時間をつくって練習をするなど、取り組み方も真剣だった。

 狂言師のプロレス挑戦には、批判の声もあったはずだ。はっきり言って「ばかばかしい」ことかもしれない。本人にとって、プラスどころかマイナスにもなりかねない。それでも、元彌はやった。「一所」に懸命になる姿は美しい。張り手を受けて苦痛にゆがむ表情には、感動すら覚えた。

 ばかばかしいことでも、つまらないことでも、真剣に取り組めば感動を与えるものになる。元彌に対する批判も、ハッスルに対する批判も、すべてをのみ込んで「面白かった」と心から言えれば、それでいいとも思う。メーンで大暴れをしたHGとともに、大会は大成功に終わった。

 もともと、ハッスルが目指すのは「8時だヨ!全員集合」だそうだ。かつて、土曜日の午後8時に子供たちをテレビの前に集めたお化け番組。PTAは「教育上よろしくない」と目くじらを立てたけれど、面白いものは面白かった。批判されることを承知で書くなら「面白ければいい」のだ。もちろん、全員集合もドリフターズをはじめ出演者は真剣に取り組んでいたはず。だからこそ面白かった。

 一生懸命に生きていこうとは思っていない。でも、常に一所には懸命でいたいと思う。それがどんなに人につまらないことと思われても、かまわない。懸命になれること、なれるもの。それがある人が、幸せなのだ。試合後、テレビに映し出された元彌の晴れやかな表情を見て、そう思った。

November 7, 2005 12:15 PM

2005年10月28日

一緒に戦うロッテファン

 千葉ロッテが日本シリーズで圧倒的な強さを見せている。別にロッテファンではないけれど、プレーオフから続く感動的な試合に、ついついテレビを見入ってしまう。何よりも感動的なのが、その応援スタイル。以前から「12球団一」と言われてきた応援だが、実際に見る機会は少なかった。しかし、このシリーズで全国的に知られただろう。

 外野席ではレプリカユニホームに身を包んだ若者たちが、立ち上がって声援を送っている。旧来の野球にあったようなメガホンを使った応援ではない。声と拍手で選手を鼓舞する。統制のとれた応援は、チームにとって大きな力。バレンタイン監督も、選手も、お立ち台では大勢のファンへの感謝の言葉を忘れない。

 多くの若者たちが一斉に立ち上がり、手を前方に伸ばして跳びはねる様子は、何かに似ている。そう、Jリーグのゴール裏だ。サッカーで一般的になった「サポーター」が、プロ野球にもいた。相手チームの選手にも拍手を送り、試合後にはゴミ拾いまでして帰る。02年に毎日スポーツ人文化賞で表彰された応援団は、チームの誇りでもある。

 最初にバレンタイン監督が就任した95年がきっかけだったという。「何か違う応援を」という考えから、今の応援に行き着いた。Jリーグや大リーグも参考にして、独自のスタイルをつくり上げた。自然発生的にサポーターズクラブができ、遠征では応援ツアーなども企画されている。

 今までのファンと違うと感じるのは「ともに戦う」という意識だろう。もちろん、これまでのファンに意識がなかったわけではないが、より選手やチームとの距離は短くなった。その象徴が永久欠番「26」だ。

 スタンドに「26」と書かれた巨大なフラッグ(75メートル×15メートル)が掲げられるようになったのは03年から。ベンチ入りする選手は25人、ファンも26番目の選手としてともに戦うという意味だ。これに応え、球団側も今季から「26」を永久欠番とした。Jリーグのチームが「12」を欠番としているのに似ている。ちなみに、プロ野球の楽天も「10」が欠番だけれど。

 ブラジルとイングランドの通信員から、同じような話を聞いた。応援するチームが負けた時に「自分のチームが負けた」と言わずに「自分が負けた」というのだという。一緒に戦っている意識が強いからこそ「自分が負けた」になる。その思いは選手へのプレッシャーにもなるが、同時に選手の大きな力にもなる。

 かつてスポーツは「やるもの」か「見るもの」だった。今は、ここに「参加する」という選択肢が加わった。プレーする選手たちに感情移入し、自分たちも試合に参加するという感覚。単に選手を応援するだけでなく、選手と一緒に戦うという意識。それが、特別なことではなくなった。スポーツへのかかわり方には、いろいろな形がある。応援のスタイルも、人それぞれだろう。ただ、新しい形としてロッテの応援がある。そういうものが出てきたことが素晴らしいと思う。

October 28, 2005 09:52 AM

2005年10月18日

失敗をどう生かすか

 誰にだって「死んでしまいたい」と思う瞬間が、1度や2度はあるだろう。10月8日のサッカーW杯アフリカ予選最終日、カメルーンのDFウォメは、決めればW杯出場となるPKを外した。試合終了間際のロスタイム、結局決勝点を奪えずにエジプトと1-1。W杯出場権をコートジボワールに逆転で奪われた。ユニホームで顔を隠したウォメは、いったいどんな気持ちだったのだろう。

 5大会連続出場を逃したカメルーン。首都ヤウンデのスタジアムを埋めたファンたちは大騒ぎになった。ウォメの愛車は壊され、実家も襲われた。放火まで予告された。3日後、ミラノで会見したウォメは「殺されるかと思った」と、試合直後を振り返った。

 ウォメがPKを外す数時間前、ラトビアでは日本代表のMF中田浩二が、痛恨のミスを犯した。2-1とリードした場面でバックパスを奪われ、同点ゴールを決められた。W杯予選で敗退したラトビアに2-2の引き分け。MF松井とFW大久保の欧州組を加え、W杯本番へのテストとなる試合。勝利だけが目的ではなかったが、勝ちきれなかったことは反省すべきだ。

 これがW杯の本番でなくて良かったと思う。もっとも、中田浩は02年大会決勝トーナメント1回戦のトルコ戦でも中途半端なパスを相手にさらわれている。直接失点にこそならなかったものの、そこから奪われたCKで失点し、日本は0-1で敗退している。「またか」と思ったファンも、決して少なくないはずだ。

 もちろん、ミスした選手だけを責めることはできない。あくまでも敗戦は「11人の責任」だ。とはいえ、敗戦の責任は誰かに負わせたくなるもの。外しまくったFW、機能しなかったMF、ピンチに競り負けたDFが、やり玉に挙がる。問題は、その選手がミスをその後にどう生かすかだ。

 82年のW杯スペイン大会で、圧倒的優勝候補だったブラジルはイタリアに敗れた。2次リーグ最終戦、引き分けでもいいのに、2-2から攻めに出て2-3で敗れた。決勝点のきっかけは、MFトニーニョ・セレーゾのミスパスだった。イタリアのFWロッシにさらわれ、決勝点にされた。

 今の鹿島監督は、当時を振り返り「ブラジル人全員が、誰かに責任を負わせようとしたんだ」と話した。話しているうちに目が潤むほど、辛い経験だったのだろう。それでも「あのミスがあったから、今の自分がある」とも言った。痛恨のミスをバネにイタリアで飛躍し、サンパウロに戻ってトヨタ杯を連覇。38歳で同杯のMVPにも輝いた。

 ウォメと中田浩は、同じ79年生まれ。ともに高い潜在能力とセンスの良さが認められ、若くして代表入りした。26歳ながら、Aマッチ50試合以上出場と経験も豊富。監督やチームメートの信頼も厚い。そして、より輝くであろう将来もある。

 トニーニョ・セレーゾが決定的なミスをしたのは27歳の時。ウォメと中田浩が、苦い経験を今後にどう生かすか。サッカー人生は、まだまだ長い。

October 18, 2005 10:48 AM

2005年10月08日

オールスターは不要

 サッカー日本代表の東欧遠征が始まった。あす8日にはラトビアと、そして12日にはウクライナと対戦する。小野が復帰し、大久保と松井も呼ばれた。欧州組の攻撃陣をどう構成して戦うのか楽しみは尽きないが、残念なこともある。このチームが「ベスト布陣」ではないということだ。

 今回の遠征は、Jリーグのオールスター(9日)と日程が重なった。オールスター戦に出場すると、遠征には参加できない。「どちらを優先するか」という議論も起きた。結果として、ファン投票で選出された日本代表選手たちは、遠征に参加できなくなった。

 欧州の代表チームとアウエーで対戦できる数少ないチャンスだ。しかも、ウクライナには昨年の欧州最優秀選手に輝いたACミランのFWシェフチェンコがいる。宮本や中沢ら代表DFにとって、世界最高峰のストライカーと対戦するのは来年のW杯に向けて貴重な経験になるはず。オールスター戦のために、日本は絶好の強化の機会を逃した。

 だからといって「オールスター戦より代表を優先すべき」とは思わない。むしろ逆だ。リーグと代表の日程が重なることは、珍しくない。そんな時、優先すべきはリーグだと思う。基盤としての国内リーグが低迷していては、その頂点にある代表が本当の意味で力をつけることなどできない。オールスター優先は、当然の判断だとは思う。

 ただし、オールスターの是非は別の問題だ。密な日程をやりくりしてまで、開催する意味はあるのだろうか。Jリーグが発足した当初は「普及」という大きな目標もあった。日本リーグ時代に「東西対抗」が開催されたのも「普及のため」だった。しかし、Jリーグ発足後10年以上が過ぎ、その役目も終わったはずだ。

 もちろん「お祭り」としてのゲームを否定するつもりはない。多くのファンの支持もある。今回もチケットは完売だし、ファン投票総数は190万もあった。かつては遠く及ばなかったプロ野球の、今年のファン投票総数は約330万。ずいぶんと肉薄してきた。それでも、サッカーにオールスターは似合わない。

 海外のリーグで、このような試合をしているのは、韓国や米国など、ごく一部だ。仮にJリーグが2リーグ制なら、普段は見られない対戦が見られるなど楽しみも増えるかもしれない。しかし、各国リーグは総当たり。「夢の対戦」などあるはずもない。今年のプロ野球のオールスターがいまひとつ盛り上がらなかったと感じるのは、その前に交流戦があったからだろう。

 はっきりいって、今のオールスターに魅力は感じない。スポンサーがついて、地上波で試合が見られるのはいいが、それにどれほどの価値があるのか。毎年のように、選出された選手が辞退するのも、興ざめする一因だ。もう、オールスターはいらない。いや、無理をして開催する必要などない。ただでさえ、ハードな日程に選手たちは疲れ切っているのだから。

October 8, 2005 12:35 PM

2005年09月28日

ガンバが虎になれば

 阪神のマジックが3になった。早ければ28日にも優勝が決まる。携帯電話の着メロを「六甲おろし」にして、黄色い服に身を包んでいる友人とは、しばらく会わないようにしよう。野球の話も封印。何よりも、38年ぶりに80敗した赤いチームの話題など出たら、情けなくて涙が出てしまう。

 それにしても、阪神ファンのエネルギーはすごい。対巨人、東京、中央に対する強烈な対抗意識。いや、敵対意識と言ってもいい。その反発心が、道頓堀川で冷やさなければならないほどの熱いエネルギーを生み出すのだろう(あくまでも個人的な感想です。違っていたら、ごめんなさい)。

 街をあげてチームを応援する。欧州のサッカーと同じだ。スペインのRマドリードとバルセロナの強烈なライバル意識は、まさに巨人と阪神の関係と同じ。中央政府の後押しを受け、豊富な資金で人気選手(4番打者?)を次々と獲得するRマドリードは、まるで巨人のようだ。中央政府に反発するカタルーニャ地方のバルセロナは阪神。都市間の対抗意識が強いから、リーグ戦も盛り上がる。

 スペインなど欧州各国では、クラブの人気は代表のそれを上回る。各クラブの選手の寄せ集めになる代表チームの人気がないのも、都市間にライバル意識があるからだ。スペインの山本美智子通信員は「代表の試合では、スタンドは埋まらない」と話していた。W杯予選の話題よりも、国内リーグと欧州チャンピオンズリーグの話題が優先する。

 ところが、日本では代表チームの人気が突出している。もちろん、クラブレベルでも熱いサポーターはいるし、観客動員に成功しているチームもある。ただ、メディアやスポンサーの関心は代表が中心。本来ならJリーグが盛り上がり、その頂点に代表があるもの。代表の人気ばかりが先行するのは、どうも不自然なような気がして仕方がない。

 阪神と同じように、JリーグでもG大阪が首位を走っている。鹿島との決戦に引き分けて、大阪のチームとして初のJリーグ制覇が見えてきた。しかし、阪神に比べて盛り上がっていないように思うのは錯覚だろうか。サポーターレベルでは盛り上がっても、それが街の熱として伝わってこないのは気のせいだろうか。

 もちろん、野球とサッカーの社会的な認知度の差はある。Jリーグが「プロ野球に追いつけ」とばかりに「地域に根ざした」プロスポーツを目標にスタートしてから13年目。ものすごい勢いで発展してきたとは言っても、阪神とG大阪の地域への浸透度を見ると、その差は大きい。G大阪が阪神の域まで達するには、まだまだ時間が必要だろう。

 もしG大阪の優勝が阪神ぐらい盛り上がる時がくれば、日本のサッカー界も変わるはずだ。単にサッカーというスポーツの枠を超えて、大阪の人たちが元気になるような影響力を持てれば、Jリーグが本当の意味で文化になるのだろう。代表ばかりが騒がれる不自然な状態もなくなる。国内リーグがあっての、代表チームなのだから。

September 28, 2005 11:14 AM

2005年09月18日

スポーツは生がいい

 柔道の世界選手権が終わった。五輪に次ぐ2年に1度のビッグゲーム。選手にとって大きな目標だ。テレビを見るこちらにも力が入る。しかし、そんな思いを裏切るように、現場の記者からの電話。「鈴木、優勝しました」。えっ、もう試合終わっちゃったの?

 スポーツ中継は基本的にはライブ(生)で、録画の時だけ、画面のすみに「VTR」の文字が出ると思っていた。「思っていた」というのは、最近生ではないことが多いからだ。この夏は、水泳、陸上、柔道と、立て続けに世界選手権が中継された。五輪翌年の「谷間」でも、世界のスポーツを満喫できた。しかし、どれも生なのかVTRなのかが、はっきりしなかった。

 もちろん、「LIVE」とか「VTR」とかが表示されることもあった。しかし、その境がはっきりしない。「いよいよ○○の○○!」というテロップが流れた後CMに入るが、CMがあけても何も起こらず。チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばすと「次は○○の○○!」。視聴者を釘付けにする手段としては最高だろうけど、ちょっとねえ、とは思う。

 「それはスポーツ新聞にいるからで、普通の視聴者には関係ない」と友人に言われた。確かに。柔道世界選手権の進行を知らなければ、別に違和感はない。選手の紹介VTRの方が楽しいし、見たいという気にもさせる。スポーツ中継としては「あり」なのだろう。

 でも、やはりスポーツはライブ感が欲しい。選手に対して「がんばって」と応援しているファンは多い。テレビの前で、遠くエジプトまで念を送っているはずだ。しかし、すでに試合は終わっている。「選手と時間を共有している」「一緒に戦っている」という気持ちは残念ながら届かない。

 もう1つ、今はリアルタイムで情報が伝わる。かつて「三菱ダイヤモンドサッカー」という番組があった。欧州のリーグ戦を2週に分けて放送するため、前半を見ると翌日は学校で「後半は誰が交代するか」とか「あいつは代えた方がいい」とか、とっくに終わった試合で熱くなった。当時は良かった。ほかに情報を入手する方法がなかったからだ。しかし、今はインターネットなどでテレビよりも早く世界中のスポーツの結果を知ることができる。

 もちろん、水泳や陸上、柔道の世界選手権がテレビで見られるのは素晴らしいことだ。巨額の放送権料を払い、そのスポーツを盛り上げようとする関係者の努力には頭が下がる。テレビマネーでスポーツ界が動いているのも事実。テレビに合わせて、ルールを変える競技まである。五輪もW杯も、今やテレビなしでは成り立たないのだから。

 ただ、やっぱりスポーツは生がいい。空気、熱気、生に勝るものはない。無理に「スポーツ・バラエティー」にすることはないと思うし、それで「視聴率が取れない」のなら、深夜枠で放送すればいい。もちろん「ショーアップされた番組のほうが楽しい」という人もいるだろう。「いい時間で見たい」という人もいるはずだ。それでも、あえてテレビには、もっと生の興奮を音と映像で伝えて欲しいなと思う。我々にはできない、テレビにしかできないことなのだから。

September 18, 2005 12:40 PM

2005年09月08日

審判問題は世界共通

 ついにと言うか、やはりと言うか、W杯予選で「大事件」が起きた。主審のミスによる再試合。3日に行われたアジア5位決定戦ウズベキスタン-バーレーンで、主審がルールの運用を間違い、本来ならば蹴り直しとなるウズベキスタンのPKを取り消し、守備側のバーレーンにFKを与えてしまった。抗議を受けたFIFAが再試合を決定。主審を代えて、10月8日に行われることになった。

 主審は日本人の吉田寿光主審だった。昨年Jリーグ優秀主審に輝いた同氏は、01年から国際主審として活躍する日本を代表する審判員だ。今回も、アジアの5位を決定するという重要な一戦を任された。そこで、重大なミスを犯した。判定ミスではない、ルールの適用を誤ったのだ。01年から国際主審を務めている審判が間違えるとは思えない、ごく基本的なルールだ。

 最近、審判問題が取りざたされることが多い。Jリーグを見ていても、首をかしげたくなるような判定が多いのも事実だ。さらに、警告を2度受けた選手が退場にならずにプレーを続けるような間違いもあった。判定ミスは仕方がない部分もある。まあ、ゴール前の決定機を外すFWのようなものか。しかし、ルールを間違えるのは言い訳ができない。決定機に、手を使うFWのようなものだ。

 審判に「しっかりしてほしい」と思う気持ちは強いが、果たして審判だけの問題だろうか。最近ミスが目立つのは、訳の分からないルールの変更なども影響しているはずだ。オフサイドの取り方など、重大な部分が変わっている。それも、とても分かりにくく。選手でも理解していない者は多いし、自戒を込めてメディアも怪しい。しかし、審判は正確に把握し、運用しなければならない。それが、どれほど難しいことか。

 もちろん、ルールが変わったら、それに適応するのが審判だ。それで判定にミスが出るのは許されることではない。ただし、ドイツ協会が「試合が混乱する」として採用を見送ったようなルールだ。それも、シーズン中に解釈が変わるという異常な状況。FIFAは「審判技術の向上」をうたっているが、ならば「分かりにくく、意味もなく、混乱を招くルール」を採用することもないと思うが。

 「Jリーグの審判を何とかしろ」という言葉もよく聞く。しかし、日本人審判は決して能力が低いわけではない。逆に、世界、特にアジアの中では「レベルが高い」と言われている。代表チームは過去2度しかW杯に出ていないが、審判は70年大会で初参加し、02年大会まで4人が5大会に参加した。もちろん、アジアではトップレベルだ。

 審判問題は日本だけではなく、世界共通の問題だ。欧州各国のリーグでも、判定ミスは日常茶飯事。ビデオなどの技術発展で「ヒューマン・エラー(人的なミス)」が許されない時代に来ている。繰り返すが、審判の技術力アップは重要。ただし、審判問題はサッカー界全体で考えなければならない問題でもある。「審判が悪い」だけでは、また問題は起きるだろう。

September 8, 2005 10:58 AM

2005年08月29日

座り込み抗議の無駄

 J2仙台の選手バスを取り囲んだ100人ほどのサポーター。「いったい何をやってんだ!」「都並監督と話をさせろ!」。容赦のない罵声(ばせい)が飛び交った。いつまでもサポーターは、その場を離れようとしない。バスの前に座り込む人までいた。

 20日の仙台対横浜FCのJ2リーグ戦は、0-0の引き分け。J1昇格争いをしている仙台にとって、2位福岡との勝ち点差が11と開く、ホームで痛い試合だった。カズと城の元日本代表コンビは抑えたが、決定機にゴールが奪えず。サポーターもフラストレーションがたまったのだろう。

 バスの前の一団の中には、何と子供までいた。仙台というチームが好きで好きで仕方がないのだろうが、あくびをし、目をこすりながら座り込む姿は痛々しかった。夜の11時。驚くとともに、ショックだった。
 クラブがサポーターとの話し合いの場を持つことを約束して事態は収束した。結局、2時間近くたってからバスは出発した。猛暑の試合、疲れた選手は早く帰りたかったに違いない。中には、クラブハウスに戻って、ケガの治療をする予定の選手もいたという。

 何よりも驚いたのが、これが珍しくない光景だということ。「いつものことですから」とクラブ関係者はあきれ、記者たちも「またか」という顔で取材をしている。最近は、他のクラブでも負け試合の後などで目にすることがある。選手バスを囲むのは、サポーターの流行なのだろうか。

 「直接抗議をするため」とサポーターは言うが、チームのためになるとは思えない。チームに対する抗議は悪いことではない。しかし、ほかにも方法はあるだろうに。「あれじゃあ、居酒屋トークだよ」と話していた記者がいたが、その通りだ。だいたい「いつものこと」では、チームに危機感が生まれるはずもない。

 クラブ側の対応もお粗末だった。優先すべきは、バスを出すことのはず。何よりも、閉じこめられた選手たちがかわいそうだ。バスを取り囲むような行為を許さないこと。サポーターを大切にするのはいいが、バスを囲むことを許すのとは訳が違う。「もう応援しないぞ」の言葉に「来ていただかないと困ります」と困惑していたが、時には毅然(きぜん)とした態度も必要だろう。

 仙台スタジアムの雰囲気は、驚くほど素晴らしかった。サッカー専用競技場がチームカラーの黄色に染まり、大声援が屋根に響き渡った。2万人程度の収容人員のスタンドがいっぱいになると壮観。Jリーグが本当に地域に根ざしたのだと実感した。ここでプレーできる選手は幸せだとも思った。それだけに、バスを取り囲むことがスタジアムでよくある風景だと知った時は、ショックだった。

 Jリーグは発足前にファンを対象にアンケートをした。「応援で最もふさわしいのは」の設問に、最も多かったのは「チアリーダー」だった。今では、欧州や南米などサッカー「先進国」のスタジアムの雰囲気が、日本でも見られるようになった。しかし、同時に不要なものまでまねているようにも思う。試合後にバスを取り囲む「無駄な」行為。こんなことにサポーターも、クラブも、慣れて欲しくはない。

August 29, 2005 11:02 AM

2005年08月19日

勝負を変える「意欲」

 サッカー日本代表のW杯予選が終わった。1位突破をかけたイラン戦は2-1と勝利。すでに両国とも出場を決めていた。しかし、ジーコ監督が「消化試合になどしない。勝たなければだめ」と話していた通り、選手たちは「1位突破するんだ」という気持ちで積極的にプレーし、きっちりと勝った。「選手が最後まで勝つんだという気持ちを持ち続けた」と、試合後のジーコ監督は振り返った。

 「モチベーション(motivation)」という言葉がある。日本語では「動機付け」「意欲」。今でこそ一般的に使われているが、新聞でもよく見るようになったのは、Jリーグの発足後。かつてデスクに「サッカーの専門用語は使うな」と怒られたのは笑い話だが、サッカー用語と間違えられるほど、選手や監督らが好んで口にする。

 どうしてサッカー界では「モチベーション」が頻出するのか。簡単なことで、精神的な部分が大きな要素を占めるからだろう。「モチベーションが足りなかった」「モチベーションで上回った」という発言は、試合後の決まり文句。要するに「やる気がある方が勝利する」ということだ。

 別に技術的なこと、戦術的なことが軽んじられているわけではない。しかし、多くの得点が入る他の競技と違い、1点や2点を争うサッカーの場合は力が直接結果に結びつくとは限らない。素晴らしいプレーをしても、負ける時は負ける。防戦一方でも、ワンチャンスで勝つこともある。攻勢点や判定での勝敗はない。

 結局は、気持ちの問題なのだ。乱暴に言えば、精神的に上回れば、力の差があっても勝てる。真に勝敗を分けるのはシステムでも、ましてDFの数でもない。相手より0・1秒でも早くボールに追いつき、相手より1センチでも先にボールにさわること。その積み重ねが勝利につながる。

 コンフェデレーションズ杯で日本と引き分けたブラジルのMFロナウジーニョは「日本の方が気持ちが強かった」と話したし、東アジア選手権で北朝鮮に負けた後、DF中沢は「気持ちで負けた」と振り返った。試合に対するモチベーションが高い方が、試合前から有利になるというわけだ。

 今後は、W杯本番までどうモチベーションを高めるかがカギだ。10カ月は短いようで、まだまだ長い。モチベーションを維持し、さらに高めるのは難しい。そこが、ジーコ監督の腕の見せどころ。東アジア選手権では、スタメン総入れ替えという思いきった起用をした。代表候補選手が多ければ、選手間に競争意識が生まれ、それがモチベーションになる。「闘志がない者は使わない」の厳しい姿勢も、緊張感を生むはずだ。

 W杯の大舞台でブラジルやイタリアと戦えば、日本は闘志たっぷりにいい試合をするはず。しかし、大会までの過程でモチベーションを落としていれば、強化がうまくいくはずはない。親善試合の相手に強豪国を選び、どんどん厳しい試合をすることだ。サポーターやマスコミも、常に厳しい目で見守り、批判をすることだ。チームは、その中で成長する。あと10カ月、W杯で優勝するのは難しいだろう。それでも、いやだからこそ、ドイツでは「戦う日本代表」が見たい。

August 19, 2005 02:06 PM

2005年08月09日

カズの強烈プロ意識

 「巨人戦中止?」。突然カズに聞かれたのは、Jリーグ開幕前の日本リーグ時代だった。読売クラブの練習が終わり、シャワーを浴びて出てきたカズを記者が取り囲む。「中止だけど、どうして? ファンだったっけ」と聞くと、笑顔で返ってきた答えは「プロ野球がなければ、サッカーのスペースが増えるでしょ」。そこまで考えていたのだ。

 当時の日本リーグは、アマチュア。プロ選手はいても、リーグがプロでないから、選手たちのプロ意識は低かった。しかし、カズは違った。ブラジルでもまれて帰国。本場で身につけたものは、経験や技術だけではなかった。強烈なプロ意識。それがあったから、日本のサッカーを引っ張れたし、キングになれた。

 今でこそ巨人戦は絶対的なものではなくなったが、当時は「何もなければ巨人戦で」という時代。ナイターが中止になれば、サッカーのスペースは、2倍、3倍になる。だからカズは気にした。「中止だよ」と言えば、記事になるネタを惜しげもなく披露した。

 「サッカーを盛り上げたい」という一心だったのだろう。Jリーグ発足は決まっていても、W杯出場など夢のまた夢。「日本をW杯に連れて行きたい」というカズの話は、絵空事のようにさえ聞こえた。カズは、そんな日本サッカーを変えようとした。まず、サッカーが露出すること。マスコミを通して自分自身を売り込み、競技を売り込む。ファンを増やし、人気を高めることこそ、プロとしての仕事だと考えていた。

 Jリーグ開幕、ドーハの悲劇、大ブームを迎えた日本サッカーを引っ張った。Jリーグの初代MVPに輝くと、真っ赤なタキシードで登場した。ファンの目を意識して、練習にもスーツで現れた。「ピッチの上で結果を出すのがプロ」などとは決して言わなかった。ピッチの中でも外でも、カズはカズであり続けた。

 当時、Jリーグ川淵チェアマンは「カズがいなければ、これほどサッカーは盛り上がることはなかった」と話したことがある。それほど「カズ効果」は大きかったのだ。95年大相撲秋場所、友人でもある若貴兄弟を激励した後、両国国技館の支度部屋中に響く声で言った。「みんなあ、相撲もいいけど、Jリーグもよろしく」。力士と記者の視線を集めると、右手を高々と上げて笑顔で出て行った。常にサッカーの