桐越聡
2006年07月05日
あきれた大はしゃぎ
何だかなあ。
この国のトップリーダーの振る舞いにガッカリした。開いた口がふさがらないというかあきれたというか。どんなにもてなされたからといって、あれほどまでに、はしゃがなくてはならないものなのだろうか。ちょっと調子に乗りすぎてはいなかっただろうか。
小泉首相は先週、米国を訪問した。日米首脳会談が、かすんでしまうぐらい強烈な印象を残したのは故エルビス・プレスリーの邸宅訪問。「ラブ・ミー・テンダー」を口ずさむぐらいなら、まだいいような気もするけれども、それだけでは終わらなかった。「アイ・ウォント・ユー」と歌い始めると、娘のリサ・マリーさんの肩に手を回し「きつく抱き締めたい」…。ブッシュ大統領が浮かべた笑みは困惑の苦笑いのように見えた。
小泉首相独特のパフォーマンスは今に始まったことではないのだから、めくじらを立てることではないのかもしれない。しかし、まだ外交も内政も難問は山積。やるべきことは残っているのではないか。いくら在任中最後になるからといって米国公式訪問がはしゃぐにふさわしいときであり、場所だったのだろうか。首をかしげずにはいられなかった。
ちょうど小泉政権が誕生したころ、五輪担当の記者だった。小泉首相はソルトレークシティー五輪の選手結団式に出席して「どうして皆さんの姿に多くの人が感動するのか。それは限界に挑戦する必死な姿に心を打たれるからだ」と話した。迫力があった。これまでの首相とは異質だ。なんかやってくれそうな気がする。そんなふうに思った記憶がある。
しかし、社内の人事異動によって部署が変わり、2年ほど前から国会を傍聴するようになると「人生いろいろ」なんて平然と口にする小泉首相を目の当たりにするようになった。誠実さに欠けるような議論を直接見聞きする機会が増えて、思うようになった。あの言動から受ける印象に引きずられて、過度に期待しすぎていたのではないか、と。パフォーマンスを真に受けていたのだと、何だか恥ずかしくなったぐらいだ。
そんな僕個人の思いとは裏腹に、国民の支持率は高く推移し、選挙によって小泉政権が揺らぐことはなかったけれども…。
小泉首相が米国ではしゃいでいた日、日本では橋本龍太郎元首相が亡くなった。「自民党をぶっ壊す」と登場した小泉首相が目の敵にしていたとされる「旧橋本派」がぶっ壊れて、今度は小泉政権が終わろうとしているときに、橋本元首相が亡くなるというのは、何と皮肉な巡り合わせなのだろうかと思ってしまった。
土日と亡くなった橋本氏に関する取材に回って、ある政治家のこんな言葉を耳にした。「橋本さんは財政再建のために消費税率を上げた。小泉さんは『在任中は上げる環境にない』と、かたくなに繰り返しただけ。どちらが難問と正面から向き合っていたのか」。この時期に橋本氏が亡くなったのは偶然にすぎないとはいえ、だから余計にプレスリーに大はしゃぎする小泉首相のパフォーマンスがむなしく見えたのかも知れない。
July 5, 2006 09:38 AM
2006年06月25日
食べるなら自己責任
果たして、どのぐらいまで安全だと確認できたら、再び米国産牛肉を食べたいという気分になるのだろうか。それとも恐怖が抜けなくて、このまま食べられなくなるのだろうか。米国産牛肉の輸入再開合意のニュースを見聞きして、そんなことを思った。
日本政府は21日、米政府との間で米国産牛肉の輸入再開を合意した。これを受けて政府は米国の牛肉処理施設を事前調査するための専門家の調査団を24日に派遣すると発表した。約1カ月かけて35カ所の日本向け牛肉処理施設の安全管理態勢を調査。早ければ7月末にも米国産牛肉が日本の店頭に並ぶ見通しだ。
取材を通じて知り合った精肉店に電話してみた。店頭で米国産牛肉を扱うことに慎重なご主人から、こんな答えが返ってきた。
「『米国産牛肉は安全ですか』と聞かれたら『安全だよ、大丈夫だ』と答えるよ。検査がある程度ちゃんとしていれば、危ない牛肉が口に入る確率なんて、宝くじに当たるよりずっと低いぐらい。お客さんを不安にさせちゃいけないから売らないけど、家では食べるよ」。
店頭には出さないけど家では食べると話すのを聞いて、はてと考えた。「宝くじに当たるよりずっと低いぐらい」なら米国産牛肉を食べてもいいのかもしれないなあ、と。
ちょっと乱暴な言い方になるかも知れないが、口に入れるものすべてに何らかの危険性がある。それがどのぐらい危険かは別として、危険性がない食べ物なんてあり得ないんじゃないだろうか。無農薬野菜は高くて手が出ないから、値段の安い野菜を選ぶ。その野菜がどんな農薬を、どのぐらい浴びているかなんて消費者には正直、分からない。魚だって同じ。どこで捕れたか分かったとしても、その海の水質までは分からない。追及したらきりがない。
牛肉にしたって国産やオーストラリア産牛肉が安全なんて言われているけど、「大丈夫だ」と、どこかで消費者本人が思い込むことによって買い、食べられているんだと思う。
間違いなく米国人は米国産牛肉を食べているのだから、日本にだけ危険な牛肉を輸出しているわけではないだろう。回転ずしなんかにすごく抵抗を感じる米国人がいるように、要はその国にはその国の感じ方があるってことなんだろう、と思う。
だからある意味では米国産牛肉を食べるのは自己責任なのかなあ、という気がする。外食していて知らないうちに口に入っていたというのは勘弁してほしいけど、それもある意味では自己責任かもしれない。以前は何だ日本政府の対応は、なんて頭にきていたけど、全頭検査を実施しても安全は絶対じゃない、と聞くと、すべての責任を政府にだけ押しつけるのはどうかなあという感じもしている。
結局、どのぐらいなら安全と判断するかの基準を、自分なりに決めていくしかないんだろうと思っている。わが家の場合は牛肉を食べる回数は減らした。食べるとしても国産牛だけにした。野菜は近所に住んでいる農家の方から直接買うようにしている。それでいいんだと思っている。
June 25, 2006 10:54 AM
2006年06月15日
死亡事故に妥当とは
あくまで妥当だと言い切るのだろうか?
先週の前半。国会の衆院決算行政監視委員会をのぞくと、あの鈴木宗男衆院議員(58)が大声でまくし立てていた。
「過去に飲酒運転でモロッコ人を死亡させた人が、大使になっていますね。しかも、外交特権で逮捕されていない。当時の外務省が出した処分は停職1カ月だけ。これは妥当な処分ですか? 甘すぎはしませんか?」。
麻生太郎外相(65)ら外務省幹部は用意した紙を読み上げた。
「当該職員は国際法上の特権および免除を享有していた」「しかるべき懲戒処分は行い、その後、当該職員は職務に励んで職責をまっとうしている。処分は妥当だと考えている」。
どうせ官僚の答弁だからと、はなから期待はしていなかったのだが、人命が失われた痛ましい事故にもかかわらず、妥当だ、と繰り返して押し切ろうとするかのような答弁にあきれた。腹が立った。
そもそも「妥当」ってどんな意味だっけ? 会社に戻って国語辞典を引っ張り出すと「判断や処置などが、そのときの状況や道理によく当てはまること。適切であること」とあった。飲酒運転して人をひいて死亡させても逮捕されないのは道理だ-。停職1カ月の処分は適切だった-。外務省はそんな意味を込めて妥当だという言葉を使っていたのだろう…。
ちょっと待て。何、言っているんだ。どう考えたって、妥当なんかじゃないだろう。
外交官にはいくつかの外交特権が認められているのだから、逮捕されないという特権を利用すること自体は間違いではない。それは分かる。だけど、ウイスキーの水割りを立て続けに3杯飲んでバーを出て、そのまま車を運転した。相当の雨が降っているのに猛スピードを出してタクシーに追突し、その弾みでスクーターに乗っていたモロッコ人をひいて死亡させた。偶発的で負傷者がない事故ならまだしも、今の日本国内なら「危険運転致死傷罪」が適用されるぐらいの事故だ。それなのに、不逮捕特権を使うのが妥当なのか。
外務省が出した懲戒処分だって、釈然としないところがある。都内の洋品店で3900円相当のTシャツ1枚を盗んだ職員が停職1カ月-。都内の電気用品店で2900円相当のDVD1枚を盗んだ職員が停職3カ月-。そんな過去の処分と比較して、くだんの外交官の処分が停職1カ月なんて、あっていいものなのか。「日ごろの勤務態度」とか「諸般の事情を総合的に考慮して判断した」なんて外務省は説明しているけど、有望な大使候補者だったから停職1カ月の処分で済ませたと、でも言いたいのだろうか。
おまけに、こういった処分内容は鈴木議員が政府に質問主意書を提出して答弁を引き出すまで、公表されないままになっていたという。この件に関して、外務省がやったことなんて、何から何まで妥当なんかじゃない。何の反省の言葉もなく、ただ妥当だと言い切ろうとしているだけ、だ。「伏魔殿」と揶揄(やゆ)された役所の一端を垣間見たような気がした。
June 15, 2006 09:44 AM
2006年06月05日
上乗せ払いおかしい
サッカー日本代表のユニホームを着た女性が、しゃがみ込んでいた。アスファルトの地面を見つめたまま動かない。背中は小刻みに震えている。充血した目を見開くと、小さく声を絞り出した。「こんな間際に『中止しました』なんて言われて、どうしたらいいんですか? 選手と同じスタジアムで、選手と一緒にW杯を戦えると思って、待っていたんですよ」。
東京都内の旅行会社「マックスエアサービス」は5月31日、W杯ドイツ大会の観戦券が入手できなかったとして「観戦ツアー」の中止を発表した。被害者は約1000人。同社が入居するビルには、事情説明を求めるサポーター数十人が、押し掛けていた。
大会観戦のために会社を辞め、ツアー代金をやりくりするために自家用車まで売り払った20代の男性がいた。数年前に結婚して「新婚旅行の代わりに」と、半年前から観戦ツアーの参加を決めていた夫婦がいた。週5日、深夜から早朝にかけてコンビニのアルバイトを続けている大学生がいた。W杯ドイツ大会に向けて、それぞれがそれぞれの夢を描いていた。
しかし、突然、悪夢が訪れた。「心臓がバクバクして3日間まともに眠れなかった」と話す、都内在住のサポーターが振り返る。
転売された観戦券によるツアーだと分かっていた。98年フランス大会の騒動は知っているし、正直、疑っていた。心配だったから旅行会社には頻繁に電話連絡を入れるようにしていた。そのたびに「絶対に大丈夫ですよ」「信頼してください」と言われた。いろいろ相談に乗ってくれるし、説明は丁寧だ。だから、「この旅行会社なら間違いないだろう」と、何となく思うようになっていた。
しかし、突然の中止発表。インターネットで内容は知ったが、旅行会社から直接連絡はないし、何度電話しても通じない。それなのに、午後6時30分の営業時間が過ぎると留守番電話に切り替わる。どうなっているのか。いても立ってもいられなくなって、旅行会社に駆けつけた。
とにかく返金してもらいたい。お金さえ戻ればほかの会社に申し込むことができる。しかし、あんなに親身になってくれたはずの旅行会社は「今は返金できない」と、かたくなに繰り返すだけ。貯金はほとんどないから、他社に申し込みたくても動けなかった。
翌日になると旅行会社は「別のルートから観戦券を確保できるかもしれない。新たにお金を支払ってもらえれば日本戦を見られますよ」と言い始めた。そっちの都合で中止にしたのに、上乗せして払ったら観戦できるなんておかしい。返金が筋じゃないのかと詰め寄ると、「不公平な販売だとは分かっています。申し訳ありません」と平謝りするだけ。しかし、間違いなく観戦できるなら借金してでも…。頭が混乱した。
結局、新たに20万円以上支払うことにして観戦券を入手した。「目の前に観戦券を置かれただけで泣けてきた。冷静に判断することなんてできなかった」。
同じようなことが2度と繰り返されてはならないと思う。
June 5, 2006 12:19 PM
2006年05月26日
ノーネクタイにノー
あの「クールビズ」の一環として「ノーネクタイ」運動が、また始まる。そんな季節が間近に迫ってきた。
6月1日には小泉首相ら政府首脳が「いいねえ~」などと笑みを浮かべながら、ネクタイを外して公の場に出てくるに違いない。政府は「ノーネクタイ」の運動強化に向けて昨年以上に意気込んでいると聞く。政府だけでなく、各都道府県や市区町村も「ノーネクタイ」「ノー上着」を広めようと躍起になるだろう。
環境省は「地球温暖化をストップするために夏のエアコン設定温度は28度に。そのために涼しく働ける服装を」と呼び掛けている。昨年は約46万トンの二酸化炭素が削減されたとか、政府が強調するほど効果が出ているのかは疑わしいところもあるような気がしているが、地球温暖化を止めなければならないのは分かる。「クールビズ」運動の趣旨には反対ではない。
しかし、ネクタイを締める、あるいは外すことによって仕事のオン、オフを切り替えている僕にとっては、「ノーネクタイ」が強調されるようなやり方はどうも釈然としない。そもそもネクタイを締めようが外そうが、お役所からあれこれと言われなければならない筋合いはないと思っている。言うまでもなく個人の自由だ。
ネクタイを締めていると何度か体感温度が上がるのかも知れない。仕事中、外すことはしないが、暑さに耐え切れなくなると襟元を緩めることはある。しかし、あまりにも「ノーネクタイ」を強調されると、ひねくれ者は反抗したくなる。何が「夏の常識」だ、と。
「クールビズ」を推進しようとしている役所や公的機関、国会に出入りするときは、ネクタイをしっかりと締めたいと思っている。昨年は何とかそれを貫くことができた。意地を張って、今年も続けたいなあと思っている。
政府は「これはいいですよ~」とソフトに出ているようにも見えるが、「夏の常識」だ、と半強制的に号令を掛けている。何となく官も民もそれにならって大々的にキャンペーンを繰り広げている現状、風潮が気に入らない。たかが「クールビズ」なのかもしれないが、政府が打ち出したさまざまな分野の「規制緩和」によって、いろんな格差が広がったと指摘されているように、何となく言いやすい、覚えやすいようなキャッチフレーズを政府が持ち出して、それに大多数の人がなびいていくような傾向は決していいことではない、と感じている。
事件や事故を扱っている記者の仕事は人と会い、人から話を伺わないと始まらない。怒りに震えている人も、悲しんでいる人も、あるいは不安に思っている人も…。ネクタイを締めるということは最低限の礼儀で、誠意を持って取材に取り組んでいるという意思表示の1つだと思っている。暑かろうが、寒かろうがそれは関係ないことだ。だから、僕は思っている。政府よ、「ノーネクタイ」が「夏の常識」だと押し付けるな、と。
May 26, 2006 10:04 AM
2006年05月16日
掛け声倒れが心配
もうちょっと酒量を減らさないといけないかなあ…。厚生労働省が先週発表した「国民健康・栄養調査」の資料に目を通していて、そんな気分になった。
発表によると「メタボリック症候群」の有病者は全国に1300万人、予備軍は1400万人と推計されるのだという。40~74歳の男性2人に1人、女性の5人に1人が、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、糖尿病などの生活習慣病になる危険性が高いという。
「メタボリック症候群」という言葉は聞いたことがあったけど、正直、勉強不足でどんな意味があるんだっけ、というぐらいの認識しかなかった。調べると、内臓に脂肪がたまって、高血圧や高血糖、高脂血症などを重複して発症していることをいうらしい。
そのままほっておくと危ないということは素人でも分かる。厚労省は「適度な運動とバランスのよい食事と禁煙が大切だ」なんて強調していたけど、そんなことは前から言われていたことじゃないの? 今さら何を言っているの? 目新しい横文字の用語を使って国民の不安をあおっているだけじゃないの? と思ってしまった。
僕自身、何年か前から締まりのない「ビール腹」になっているし、受診した会社の健康診断で高脂血症と判定されたこともある。「メタボリック症候群」はひとごとではない。気を付けなければいけないなあ、と思う。しかし、新聞記者の生活は規則正しくなんかない。規則正しくないから、運動と呼べるほどの運動はできない。張り込み中はおなかがすいても、コンビニのおにぎりをほお張れればいいぐらい。おなかがへりすぎて、夜遅くにドカ食いすることなんてしょっちゅうある。しかしそれは、自己責任だと思っている。
厚労省はあれこれと作戦を打ち出しているけど本当に生活習慣病を減らしていけるのかなあと疑いの目を向けたくなる。年間30兆円を超えている国民医療費を何とか削減したくて、そのためには生活習慣病を予防しなければならないと理屈では分かるけど、掛け声倒れにはならないでしょうね、と言いたくもなる。
「メタボリック症候群」に関する調査結果が発表されたその日、実は厚労省では職員を対象にした「階段利用キャンペーン」が始まっていた。生活習慣病にならないために適度な運動をしよう。数階なら階段を使って移動しましょう。そういう運動だ。
素直に「いい取り組みじゃない?」と感心して、1階から26階の最上階まで薄暗い階段を歩いてみた。スーツのまま汗だくになって8分36秒かけて上り切った。しかし、その間にすれ違った人は6人だけ。初日とはいえ、ちょっと少なすぎないかなあと思った。
生活習慣病を減らそうとしている厚労省の役人がこれじゃあ、なあ。「メタボリック症候群」に着目して健康診断を見直すとか、「メタボリック症候群」が疑われるような人には食事教室を開くとか、いろいろと作戦を練っているようだけど、いい年した大人にあれこれ掛け声を掛けたって、どれぐらいの人が実践するだろうか。そもそも、そこまでしなければいけないものなのかなあ。
May 16, 2006 10:29 AM
2006年05月06日
執行猶予の線引き
「ハーレム男」は有罪か、無罪か。有罪なら執行猶予付きの判決が言い渡されるのだろうか。
東京・東大和市で一夫多妻制のような集団生活に加わるよう女性が脅迫された事件で、脅迫などの罪に問われている渋谷博仁被告(58)の公判が、東京地裁八王子支部で結審した。検察側は懲役1年6月を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。
この事件だけではなく、今年に入ってから裁判を傍聴するときは、09年5月から始まる裁判員制度を意識して、裁判員になったつもりで傍聴している。米国や英国の陪審員制度のように有罪か、無罪かだけを決めるなら決断できるような気がしているが、裁判員制度は裁判員が罪の重さに踏み込まなければならない。裁判所の判決と自分自身が考えた“判決”が、一致することはほとんどなく、裁判員と裁判官がある意味では対等になって罪の重さを決めていいのかなあと思うことがある。
特に実刑か、執行猶予付きの判決の線引きというか、判断は難しいと感じている。ある弁護士から、こんな話を聞いたことがある。「まったく更生したいという意欲がないような人が、執行猶予付きの判決を受けることがある」と。もちろん、大半の人は更生したいという意欲を持っているだろうから、これは極端な話かも知れないが、更生意欲のない人に執行猶予付きの判決が言い渡されるというのはどういうことか。釈然としない気がする。
その弁護士によると、裁判所が実刑か、執行猶予付きの結論を出すとき、被告に更生意欲があるのか、ないのかはそれほど重視されていないという。これぐらいの罪なら実刑で、これぐらいなら執行猶予付きという判決の「相場」に左右される傾向にあるらしい。
将来、裁判員として参加した裁判で執行猶予付きの判決を言い渡した人が、仮に執行猶予中に再び罪を犯したら、悔やむことになるだろう。裁く側には責任はないのかも知れないが「あのとき実刑にしておけば違っていたかもしれない」と思うに違いない。だから裁判員として裁判に参加する機会があった場合、執行猶予付きの判決には、慎重にならざるを得ないだろうなと思っている。
もちろん誰も彼も刑務所に押し込めばいいと思っているわけではない。人間誰しも間違いを犯すことはあるだろうし、失敗してもやり直せるような環境がなければならない。執行猶予付きの判決は罪を犯した人の更生の助けとなる、大事なことだと思っている。
ただ、執行猶予中や過去に執行猶予付きの判決を受けた人による凶悪事件が絶えない昨今。更生意欲がまったくないとか、執行猶予付きの判決を言い渡してはいけないような人に、裁判所が執行猶予付きの判決を言い渡したということはないのだろうか。05年度版の犯罪白書によると有期懲役の執行猶予付き判決の割合は61・6%という。執行猶予中の再犯の多発は、罪を犯した人だけが悪いとは言い切れないような気がしている。
渋谷被告にはどのような判決が言い渡されるのだろうか。
May 6, 2006 07:38 AM
2006年04月26日
2億円超補選の価値
「ちょっと、お兄さん。あなた、新聞記者さん?」。
先週のある日。衆院千葉7区補選の取材中に「言いたいことがあるの」と50歳代ぐらいの女性に呼び止められた。「頭にくるの、こういう補欠選挙。選挙違反がなかったら、やっていなかったのよ。選挙に使われる税金、いくらぐらいになるか知ってる?」。
もちろん税金が使われているのは知っているが、金額までは調べていなかった。「1億円以上は間違いないと思いますけど…」。あいまいな返答をするとズバッと言い返された。「記者ならね、そういうところに目を付けてもらわないと。こんな選挙に国民の税金がたくさん使われているのよ」。
あまりの迫力に押されて? 翌日、千葉県選挙管理委員会に確認した。「国から約2億3000万円が交付されます。投票所を設置する各市町村に合計約1億7000万円、投票用紙や選挙公報を印刷する、県が使うのは約6000万円になります」。明らかに「そのぐらいなら、まあ、仕方ないか」と思えるような金額ではない。
今回の補選は、総選挙以上に興味深い選挙だったのではないだろうか。選挙区内の争いというよりは「小泉改革継続の自民党」対「小沢代表率いる民主党」という、分かりやすい対立の構図が見えた。総選挙並みの総力戦も繰り広げられていた。
しかし、もとを正せば自民党前職の関係者が公職選挙法違反に問われる罪を犯した。それがなければ補選はない。補選がなければ、2億円以上の税金が投入されることもなかった。庶民が一生懸命働いて納めた税金が、このように使われるのは正直、腹立たしい。冒頭の女性が言うように「頭にくる」という感情は、むしろ当然のことかもしれない。
「送金指示」メール問題で永田寿康氏が議員辞職に追い込まれたのは記憶に新しいところだ。同氏は比例代表選出の国会議員だったから補選にはならないが、調べてみると01~05年に全国の22選挙区で補選が行われていた。議員が亡くなったり、知事選に立候補したり、11選挙区にはやむを得ない理由があったと思う。しかし、残り半分は、関係者が選挙違反をしたり、本人がウソの学歴を公表したり、秘書の給与を流用したりして議員辞職したことによる補選だった。選挙区の有権者数によって多少の違いはあるが、2億3000万円×11=25億3000万円。5年間で25億円ぐらいの税金が補選で無駄遣いされた、と言っても過言ではない。
こんなくだらない理由によって補選が行われる場合には、投入される税金分の金額を、辞職した議員に請求するような罰則が設けられてもいいのではないだろうか。国民の期待を裏切る議員辞職は、それほど重く罪なことのような気がしている。
今回も税金が無駄遣いされることによって選挙が行われた。しかし、もしかしたら、ここから政治の流れが大きく変わっていくかも知れないと感じさせるような結果になった。そういう意味では、わずか1議席を決める、たかが補選だったが、されど補選だなあ、とも思っている。
April 26, 2006 12:52 PM
2006年04月16日
庶民感覚なしの増税
消費税率は8%どころか、10%以上に引き上げる必要がある-。政府税制調査会の石弘光会長が今週、そんな発言をした。過去には「低価格競争がビールの味を忘れさせ、酒文化を損なっている」と、発泡酒より税率が低い「第3のビール」の出現を批判したり「サラリーマンに頑張ってもらうしかない」と、給与所得控除の縮小などの方向を打ち出した一橋大の前学長が、またまた庶民の感情を刺激してくれた。
今年から所得税や住民税の負担が増えている。にもかかわらず消費税が上がるのは正直、受け入れたくない。それでも国の借金を減らすためにはそれしか方法がないのなら、やむを得ない。政府から分かりやすい説明があって「政府はこんなに頑張ったのか」と、素直に認められるようなら賛成できるかもしれないと思っている。
しかし、今の政府は「さまざまなお金を節約し尽くした。だから、あとは消費税アップしかない」と胸を張って言い切れるだろうか。今国会の行政改革推進法案の議論などを見ていて、そんな節約の〝形跡〟が見受けられないと感じるのが、相次いで表面化している各省庁の随意契約の問題だ。
原則は一般競争入札だと義務付けられているにもかかわらず、随意契約はなくならない。それどころか、各省庁がそれぞれ所管する独立行政法人や公益法人と結んだ随意契約の総額は何と年間5376億円! しかも、木曜日の衆院行政改革特別委員会を傍聴していると、500万円以上の随意契約の場合には環境省、財務省、厚生労働省や農水省では契約した1社からしか見積もりを取っていない、というではないか。
こんなことは一般の会社では許されないだろう。何かを買ったり、あるいは業務を委託するとき、幾つかの業者から見積もりを出してもらって、いろいろと吟味するのが普通のやり方ではないか。「あなたに任せますから見積もりはいりません」という言い分が通用するなんて、各省庁は庶民の感覚から懸け離れたお金の使い方をしているとしか、言いようがない。
随意契約の問題が指摘され始めたのは昨日や今日ではない。なのに、こんなよく分からないやり方がまかり通っている。小泉首相は「正すべきは正すべき」と、随意契約の見直しが必要だと強調しているが、郵政民営化の議論と比較して何となく迫力が足りない。「随意契約を続けていて、それでも税金の無駄遣いはしていないと言い切れますか?」。各省庁に問いただしたい気分になる。
随意契約をやめられないのは、長年問題視されている国家公務員の天下り問題と深くかかわっているからではないのか-。随意契約問題は“氷山の一角”で税金の無駄遣いはまだまだあるのではないか-。野党の追及をのらりくらりとかわす政府の姿勢を見ていると、そう勘ぐりたくもなる。だから、消費税アップは認めたくない。
冒頭の石会長の発言について自民党幹部は「衆院千葉7区補選の告示日に増税の話をしなくてもいいじゃないか」と批判したという。選挙を控えていない時期の発言ならば、批判しないと暗に言いたいのだろうか。
April 16, 2006 10:57 AM
2006年04月06日
戻りつつある時計針
黙って見ているだけなのだろうか。
「送金指示」メール問題の責任を取って前原誠司代表ら執行部が総退陣することになった民主党。新代表を選出する代表選は7日に行われる。その規則や手続きなどを決める衆参両院の議員総会が3日に開かれた。取材していて正直、ガッカリした。
質疑の時間に手を挙げたのは自称「総理を狙う男」河村たかし衆院議員だけ。河村氏は(1)20人の推薦人を集めなければならないという立候補のハードルは高すぎる(2)推薦人を集めるための演説会を開いてほしい、と主張。「民主党は挑戦者の政党なのだから内部の挑戦者に対してもチャンスをつくってほしい」と力強く訴えた。
しかし、100人以上の出席者から1人として同調する声は出なかった。それどころか反論すら出ない。「そのぐらい集めろ」というヤジと、冷ややかな失笑が漏れるだけだった。鳩山由紀夫幹事長は「代表になるのは過半数の支持を得なければならないのだから、20人は集めてください」。あっさりと却下された。
過去の代表選と違って今回だけ推薦人のハードルを下げてほしいという河村氏の主張は唐突だったのかもしれない。民主党の国会議員には、推薦人を集められない人の“負け犬の遠ぼえ”ぐらいにしか聞こえなかったのかもしれない。あるいは河村氏は新代表にふさわしくないと思われているのかもしれない。とはいえ、民主党がこんな危機的状況にあるにもかかわらず、ほとんどの議員が傍観者のような態度を貫いていたのには違和感があった。
政治の世界はきれい事が通用する世界ではないと、分かってはいる。しかし、だからといって河村氏のような提案に誰も反応せず、何となくしらけたような雰囲気が漂うのはいかがなものか。自民党との違いを鮮明に打ち出して政権交代に挑もうとしている民主党で、大きなグループをバックにしている人だけが代表選に立候補しようとしている。旧来の自民党の派閥政治と何が違うのか。
河村氏は落胆していた。「商売でも何でも参入規制を外して、新しい挑戦者を迎え入れることが一番変わっていくことなんですね。国民の皆さんのために言わないといかんじゃないですか、これはハッキリと」。推薦人を集められない人の負け惜しみだと受け流されているのだろうか。
前原代表が選ばれたとき「まさに時代の変わり目。英国のブレア首相が労働党内でリーダーシップを握ったときと似ている」と話し、43歳で英国首相になったブレア氏の登場とダブらせた民主党の国会議員がいた。半年前に前原氏を支持して時計の針を進めたいと思っていた人は黙っているだけなのだろうか。
「前原さんがこういうふうになったからといって、くじけることないんですよ。またそういう人を立てればいいんですよ、みんなで。挑戦し続けることが使命じゃないですか」と、河村氏は話した。時計の針を戻すことが悪いとは思わない。だが、時計の針が戻すことが前提になっているような今回の代表選はどうなのか。内向きすぎではないだろうか。
April 6, 2006 11:31 AM
2006年03月27日
証人喚問ありきに?
証人喚問しか方法はないのだろうか。
1カ月以上続いている「送金指示」メール問題。24日の衆院懲罰委員会では永田寿康議員が情報仲介者の名前を明かし、焦点は、メールを提供したとされる男性の証人喚問へと移った。なぜ「偽物」を渡したのか。だまそうとする意図があったのか。もしかしたら誰かに依頼されたのか。証人喚問の内容次第では、真相が解明されることになるかもしれない。
渦中の男性を証人喚問をする、と決めたのは懲罰委員会の理事会。その言い分はこうだ。永田氏と情報仲介者、どちらの言っていることが正しいのか分からないことには、永田氏の処分は決められない。だから男性には国会に出て証言してもらわないといけない。参考人招致ではいいかげんなことを言われてうやむやになるかもしれないから、証人喚問しかない。
これはもっともらしく聞こえるかもしれないが、後から理屈が付いてきただけ。取材を通じて、この懲罰委員会には以前から証人喚問ありきのような雰囲気があった、と感じている。
その証拠に懲罰委員会の理事らはキッパリと言っている。「この際だから、いいかげんな情報持ち込んで、面白おかしく陰でニヤニヤしているような人をほっておいていいのか」。「永田氏はだまされたと言っているのだから、だました情報仲介者が主役だ」と。永田氏の処分を決めるために開かれた委員会が、いつの間にか永田氏だけを裁く場所でなくなった。こんなことしたら証人喚問する-。報復とは言わないが、見せしめにする、というような発想が次第に見え隠れするようになっていた。
このようなスタンスは、不正や巨悪を暴いてもらいたいから知っている情報を提供するというような、勇気ある行動に出ようとする人を委縮させることにはならないか。4月1日には犯罪や違法行為の内部告発者を保護する公益通報者保護法が施行される。そんな時代の流れにも、逆行しているような気がしてしまう。
永田氏は「だまされた」のだから「被害者」だと主張する。果たしてそうか。日刊スポーツにもさまざまな情報が寄せられる。中には怪しいと感じる情報もある。しかし「裏」が取れなければ記事にはならないし、裏付けのない情報に基づいて人を傷付けるような記事が紙面に掲載されることはまずない。そんなイロハのイを怠るようなことをして、「生命線」と話していた「情報源の秘匿」をあっさりと覆すのは、筋が通らない。
情報を提供したとされる男性に非がないとは思っていない。しかし、見方を変えれば、突然、国民の視線にさらされることになった情報提供者は、ある意味では「被害者」だ。国会での発言は、院外で責任を問われることはない、という特権がある国会議員の不用意な行動によって、立場の弱い民間人が集中砲火を浴びるのはいかがなものか。こんな民間人いじめのようなことがまかり通るなら、情報は提供されにくくなり、さまざま疑惑の追及は難しくなってくるのではないか。
March 27, 2006 01:08 PM
2006年03月17日
閉廷後に見せた別の顔
事件は終わっていなかった。
今年1月、仙台市内の病院から生後間もない赤ちゃんが誘拐された。身代金授受のため犯人が病院長を高速道路へ呼び出すなどドラマのように展開した事件。直接取材した事件だけに男女3人の逮捕後も気になっていた。
13日、仙台地裁で初公判を傍聴した。主犯格の根本信安被告は起訴事実をおおむね認めたが、共謀したとされる根本被告の妻、フィリピン国籍のカルメンシタ被告は「誘拐の計画は聞いたが、反対した。赤ちゃんをかわいいと思い、面倒をみただけ」。涙を浮かべ「共謀はない」「無罪」と訴えた。
検察とカルメンシタ被告はタガログ語の通訳をはさんで約1時間、さまざまなやりとりを続けた。
検察「夫から誘拐計画を打ち明けられたとき、『連れてくる赤ちゃんの面倒をみてくれ』と、頼まれたのではないか」。
被告「計画は打ち明けられたが、『面倒をみてほしい』と言われたかどうかは記憶していない」。
検察「供述調書には『そのように言われた』となっているが」。
被告「取り調べの時は泣いてばかりいたから、何と話したのかは、よく覚えていない」。
検察「計画に反対していたのなら、赤ちゃんが連れてこられたとき、どうして警察や病院に通報しなかったのか」。
被告「通報して夫が逮捕されると娘がショックを受けると思った。娘の面倒を見られなくなるかもしれないとも思ったから」。
あきれた。もちろん、カルメンシタ被告と根本被告は共謀していないのかもしれないし、無罪なのかもしれない。裁判の作戦は自由だし、どんな主張をしてもとがめられることはない。しかし、一時生命の危険にさらされた赤ちゃんや、想像を絶するような時間を過ごさなければならなかった両親に対する謝罪の言葉を、ほとんど口にしないのはいかがなものか。「一生懸命に世話した」から無罪だ。そんな自己中心的な発想がむき出しの主張に腹が立った。
公判が終わり、法廷から裁判長がいなくなると、カルメンシタ被告は突然、根本被告に顔を向けてにらんだ。「気が弱いから夫に逆らえなかった」と繰り返した審理中とは別人のような鋭い目つき。どんな理由があったのかは分からないが、視線を合わそうとしなかった開廷中との落差に驚いた。傍聴席に知人の女性を見つけてほほ笑んだ同被告は、小さく手を振りながら退廷した。赤ちゃんの両親が傍聴していたとしたら、どのような気分になっただろうか。
連れ去られた赤ちゃんはもうすぐ生後3カ月を迎える。寝返りを打とうと動いたり、声を出して笑うようになったという。事件の影響は見られず、すくすく育っていると聞いて、ホッとした。
供述調書によると、赤ちゃんの母親は「事件で味わった苦痛、不安、失望は一生忘れない。被告は長く刑務所に入ってほしい」と話した。これはカルメンシタ被告の耳にどのように届いたのだろうか。「赤ちゃんの面倒をみたのがどうして犯罪なのか。法律で非難されるようなことはしていない」。同被告の弁護人の主張は釈然としない。むなしく聞こえた。
March 17, 2006 12:22 PM
2006年03月07日
落ちたまま終わるな
前代未聞のドタバタ劇が繰り広げられた「送金指示メール」問題は、ようやく収束へと向かった。
先週前半のある日、永田議員が入院した都内の病院に張り込んだ。対応策を協議するため、民主党の幹部が病院に駆け付けるかもしれない。永田議員が急きょ退院して、何らかの行動に出るかもしれない。そんな読みから、寒風吹き付ける病院の玄関前で半日待ったが、表面上の動きはなく、空振りに終わった。消灯時間が過ぎたころ病院を後にして、近くの食堂でラーメンをすすりながら思った。「入院が長引くほど、騒ぎは拡大するんじゃないのかなあ」と。
案の定、民主党国会議員のブログには「国民をなめるな」「失望した」「愛想が尽きた」「2度と投票しない」「支持をやめる」「もう何も期待しない」「税金を茶番劇に使うな」「解党しろ」…。さまざまな批判が日増しに増えていった。永田議員はもちろん、謝罪が遅れた民主党に対する国民の信頼は「地に落ちた」といっても過言ではないのかもしれない。
武部自民党幹事長の二男の周辺だけでなく、ある意味ではメールの送信者とされた堀江容疑者も、永田議員の質問によって傷ついた。発言が撤回されたからといって、傷はすぐに癒えるわけではない。謝罪がなされても、当事者が「ハイ分かりました」と、簡単に受け入れられるものではない。このような過ちはどうして起きるのか。繰り返されてはならない。そう思った人は少なくないだろう。
しかし、自滅した野党第1党が「地に落ちた」ままでいいのだろうか。06年度の政府予算案が衆院を通過した先週の木曜日。傍聴した衆院の予算委員会と本会議で、民主党議員が謝罪を繰り返すのを見ていて、そんな思いがした。
庶民の生活に直結する米国産輸入牛肉問題や耐震強度偽装問題は、このまま尻すぼみになってはいけない。官僚の天下り問題と絡んで根深いものがある防衛施設庁の談合事件や、ライブドア事件にかかわる疑惑や問題が、徹底追及されないままでいいはずがない。「対案路線」を強調している今の民主党は単なる疑惑の追及だけでなく、政府ともっと政策論戦を繰り広げてもいいのではないか。
民主党はとかく「ばらばら」とか「寄せ集め」などとやゆされてきた。今回もまた、野田国対委員長の後任として打診を受けた議員が次々と辞退するなど、政党としてもろさのようなものが見え隠れする。そんな政党にどれほどの力があるのかは分からないが、「送金指示メール」問題を引きずったまま委縮して、政府や巨大与党の“独走”を許すことがあっていいのか。むしろ“独走”のじゃまをする責任が増しているのではないか。
謝罪の記者会見を終えた永田議員は、衆参両院の民主党議員を前に言った。「民主党を愛しています。お前になんか言われたくないと思われるかも知れませんが、民主党がよくならないと、民主党が力を付けないと、日本の政治はよくならないと思います」。この“メッセージ”は民主党議員の胸にどう響いているのだろうか。「お前が何をいまさら」と、片付けられてしまっているのだろうか。
March 7, 2006 12:22 PM
2006年02月25日
おかしい地検の対応
ライブドア前社長堀江貴文容疑者が武部勤自民党幹事長の周辺へ資金提供したとされる問題。疑惑があるのなら真相が解明されないまま終わってほしくない。メールの信ぴょう性を立証できない民主党永田寿康議員が辞職の意向を固めたと聞き、そんな思いがした。
問題の本筋からはそれるが、衆院予算委員会でこの問題が初めて取り上げられて以降、引っ掛かっていることがある。永田議員が指摘した数時間後、東京地検の次席検事が「メールの存在や指摘された事実関係は、全く把握していない」というコメントを発表したことだ。
ライブドア事件は捜査中なのに押収した資料のことをしゃべっていいのか。自民党が否定するのは分かるが、メールのコピーが本物かも分からない時点で、どうして東京地検が否定しなければならなかったのか。このようなコメントを出すのは異例だと聞いて、ますます分からなくなった。
翌日、衆院予算委員会を傍聴していると、民主党の原口一博議員が法務省に食って掛かっていた。
原口議員「過去に捜査中の個別の事案で、押収した証拠について答えたことがあるのか」。
法務省刑事局長「捜査機関の具体的な活動内容を明らかにすることは通常、差し控えるべきだと考えている。しかし、報道機関などの関心が高く、捜査への支障がもたらされる恐れも特段ないと認められたことから公表した」。
過去、法務省は国会などで「捜査中のことには答えられない」としていた。国民や報道機関の関心が高いのはライブドア事件に限ったことではない。なのに今回だけは、あの堀江容疑者がかかわったとされる問題だから、として捜査中のことを公にしている。何だか腑(ふ)に落ちない。
専門家の意見を拝聴したくて元最高検検事の土本武司さんに電話してみた。
土本さん「次席検事は不用意だったと思います。捜査中はイエスとも、ノーとも答えないのが妥当です。“霧のロンドン”は、徐々に霧がはれてロンドン塔やテムズ川が見えてくるように、捜査も実態は徐々に浮き彫りになるもの。霧が一部しかはれていないのに公表しては、捜査や公判に悪影響を与えることになります。捜査の本質である密行性に照らして、コメントするのは控えるべき。報道機関の関心が高いからと、事件を区別するのも好ましくない」。
法務省は今後、ライブドア事件と同じぐらい注目される事件の場合、どのように対応するのだろうか。今回は関心が高いからと発表し、次回以降は「捜査中のことは…」と以前の対応に戻すのは無理がある。そもそも、起訴前に捜査にかかわることが公表されることがおかしい。今回が“あしき前例”になったり、将来、法務省幹部が「あのときは…」と、苦しい“言い訳”を連発するようなことにならなければいいのだが…。
渦中の堀江容疑者はときに社会の反発を浴びながら巨大な“台風”のように、既成概念や時代の閉塞(へいそく)感を打破した。今回、東京地検も、ある意味ではその“台風”に巻き込まれ、開けてはならない扉をとっさに開けてしまったのではないか-。そんな気がしている。
February 25, 2006 12:17 PM
2006年02月15日
偽装の隣にある恐怖
見過ごされてはいないか。
耐震強度が偽装された東京都江東区のマンション“最後の住民”が11日、引っ越しを行い、全67世帯の退去が完了した。同じような住民の転居のニュースを見聞きするたびに感じることがある。もし、マンションが地震で倒壊したら、近隣に住む人が被害を受けることはないのだろうか、と。
東京都港区のAさん(72)は耐震強度が基準の26%しかないマンションの隣の一戸建てに住む。玄関前から見上げると細長いマンションが覆いかぶさるように迫ってくる。家とマンションの壁面のすき間は約30センチに満たない。「こんな場所だから倒れてきたら逃げられないだろうな。痛い思いをして死ぬのだけは嫌なんだけどね」と話し、少し顔をゆがめた。
日露戦争のころから続く仕立屋さん。今はビルの谷間になったが、10坪ほどの敷地に自宅兼店舗を構えて45年になる。「こんな狭い横町でも、来てくれるお客さんがいるんだよ」。ドレスやスーツを作ったり、ほころびを補修したり。ミシンを踏まない日はない。
マンションを所有する会社からは「引っ越しますか?」と聞かれたが、仕事のことを考えると離れられない。3年ほど前にAさんは狭心症の発作を起こし、発作を抑えるニトログリセリンが手放せなくなった。一時期だとしても、かかりつけの医師がいる病院から遠ざかるような引っ越しには不安がある、という。
先月からマンションの解体作業が始まり「ストレスは10分の1ぐらいは減った」。しかし、解体完了前に大地震が起きたら…。「この年だから、あきらめているというか。覚悟を決めるほかない」。言葉通りには受け取れなかった。
建て替えのプランが固まるまで取り壊しは認めない-。耐震強度が偽装されていた幾つかのマンションの管理組合は、そんな方針を固めているという。建設主は倒産寸前。国の支援策では将来の生活が描けない。だから、このままでは解体を認められないという悲痛な叫びは、被害者の立場からすれば当然の主張だと思う。
ただ、「解体は認められない」と主張する人がいる一方で、1日でも早く解体してほしいと望む人がいる。途方に暮れている住民のことを思うと声を大にはできないが、「いつ倒れてくるのか」というような恐ろしさと闘っている人は少なくない。心労から体調を崩した近隣住民もいると聞く。
マンションの管理組合と比較して、近隣住民の立場は必ずしも強くない。建築主や行政と、世帯単位の交渉では限界があるし、町内会などを窓口にしたとしてもマンションとの距離によっては住民の間に“温度差”が出てくるかもしれない。だからといって、ひたすら耐えるしかないのだろうか。
今のところ国の支援策はなく、幾つかの地方公共団体は説明会を1~2回開いただけと、近隣住民に対する動きは鈍いままだ。何かがあってからでは遅い。税金の投入は難しいとしても、何かしらの手段はあると思うのだが…。
これから先、偽装マンションの解体が本格化してくる。このまま近隣住民の存在が見過ごされるようであってはならないと思う。
February 15, 2006 10:33 AM
2006年02月05日
人の触れ合い感じた
「『バカなマネはやめろ!』。どうして、何年も出していない大きな声を出したのか、今思い返しても不思議な感じです」。都内のタクシー運転手、藤原恭彦さん(61)は照れたように笑った。
◆1月29日午前4時40分ごろ、東京都昭島市の路上でタクシーを下車しようとした男が料金4500円を支払わず、男性運転手にカッターナイフを突き付けて「金を出せ」と脅した。男は約10分後、男性に説得されてナイフを差し出し、駆け付けた警視庁昭島署員に強盗の現行犯で逮捕された。男はアパートの家賃を工面しようと競馬をしたが負け、タクシー強盗を思い立ったという。逮捕時の所持金は68円だった-。
タクシー運転手が強盗犯を説得したなんて、聞いた事がなかった。藤原さんが一昼夜の勤務を終えるころを見計らい、東京都府中市にある京王自動車の府中営業所に訪ねた。「強盗犯にもひるまないんだから屈強な感じの人かな?」。そんな想像をしながら待っていると、細身で色白、七三分けが似合う物腰の柔らかな藤原さんが現れた。
「男を落ち着かせたいと思ったんです。落ち着かせることで『とんでもないことをやっているんだ』ということを男に分からせられるんじゃないかと」。藤原さんは大声に男がひるんだとみると、運転席から「おなかはすいていないか」「独身なのか」と話し掛けた。次第に男は伏し目がちになり、10分ほど話した後に「ナイフを預けなさい」と諭すと、おとなしく差し出したという。
藤原さんはナイフを助手席に置いて、男を交番に連れて行こうとタクシーを発進させたが、100メートルほど走らせたところで止めた。怖くなって、それ以上アクセルを踏めなくなっていた。パトカーが到着したのは、そんなときだったという。
40年ほど前、藤原さんは大学に進学する前の約1年間、警視庁板橋署に勤務していた。元警察官だから勇敢な行動に出られたのかなと思いながら聞いていると、藤原さんは「犯人逮捕はよかったとは思いますが、身の程知らずだったと反省しています。万が一があったら、こうして話すこともできなかったわけですから」と苦笑い。強盗に襲われたときは逆らわずにキーを抜いて逃げるのが鉄則と、会社から指導されていたという。
長年勤めた自動車販売会社を55歳で退社して4年ほど前にタクシー運転手になった。休日は離れて暮らす孫と遊んだり、こどもたちの野外活動をサポートするNPO法人の理事としても活動中。「お金は持っていないし生活は楽ではないけど、心豊かに暮らしているつもり。犯人も自分のやったことの責任はしっかり取って、ゼロからやり直してもらいたいですね。まだ、51歳。いくらでも出直せると思いますよ」。男に対する温かい言葉が印象に残った。
1人の強盗犯がタクシー運転手の説得によって罪を重ねるのを思いとどまった-。ホリエモンの逮捕、米国産牛肉の輸入再停止、防衛施設庁の発注工事をめぐる談合事件…。世間を揺るがす事件と比べたら“小さい”が、人と人の触れ合いが感じられるこんな事件もしっかりと心に留めておきたい。
February 5, 2006 11:09 AM
2006年01月26日
証人喚問“共闘”せよ
目の前にいる国会議員に紛れてやじを飛ばしたい-。そんな思いに駆られた。
耐震強度偽装問題をめぐる衆院国土交通委員会の証人喚問。約2時間続いた質疑の最後にヒューザーの小嶋進社長(52)は問い掛けられた。
糸川正晃議員(国民新党) 「証人喚問とはどのような場だと、お考えですか」。
小嶋社長 「え~。私、正確には存じ上げておりません」。
証人喚問を自ら望んだのではなかったのか…。最初から下を向いて時間の経過を待つような態度にもあきれた。証人席は記者席から3メートルほどの距離にあるから声は届くだろうが、まさか叫ぶわけにもいかない。「フゥ~」と、ため息をついて我慢した。
幾つかの事実が明らかになったとはいえ、何となく物足りなさが残る証人喚問だった。証人が証言を拒むことは法律で認められているのだから、こんな“作戦”に出てくるのは十分に予測できたはず。攻めあぐんだ感じがあって正直、もどかしかった。
たくさんの質問を準備していたのはいいが、回答や証言拒否にかかわらず次々と質問を読み上げるだけでは追及にならないのではないか。「あらためて」と断りは入れていたが、複数の議員が似たような質問を繰り返すのは時間がもったいない。「時間がありませんから…」と聞くたびに歯がゆいような思いがした。
数日前、冒頭の質問をした“新人”糸川議員を国会内の事務所に訪ねる機会があった。小嶋社長に質問した時の話を聞いていると糸川議員は「証人喚問のシステム自体が、おかしいと思うんですよ」と話し始めた。「本来、証人喚問というのは与野党関係なく追及する場。議員同士がある程度の情報を共有したり、どんな質問をするとか、事前に打ち合わせがあっていいんじゃないかと思うんですが、それが全くない」。
「『こんな事実があった!』と探し出すのは大変なこと。もちろん、党の功績だと強調していいんですけど、それを証人に突き付けて二の矢、三の矢を出し切れないまま終わるんだったら、政党は違っても、後続の議員が追及したらいいんじゃないかと思うんです」。なるほど、と思った。
こんな“提案”は国会では「青い」と退けられるのかもしれない。もちろん政党同士が、なあなあの関係であっては困るし、それぞれの立場から独自に追及していくのは大事だと思う。しかし、今回のように国民が被害者になったような場合には“休戦”し、野党だけでも共闘していくのは無理な話なのだろうか。小嶋社長の証人喚問も、野党の共闘が実現していれば、もっと違った展開になっていたような気がしてならない。
小嶋社長との関係がウワサされる自民党の伊藤公介元国土庁長官の証人喚問を求める声が増しているが、釈然としない証人喚問はもうたくさんだ。誰の厳しい追及がそれを面白くし、誰の優しい質問がそれをつまらなくしてしまうのか-。被害者の救済や再発防止に向けた真相の解明が最優先されるのを前提に、エキサイティングな証人喚問が見たい。
January 26, 2006 10:32 AM
2006年01月16日
Vサイン表裏の顔
警察車両の中から、テレビカメラに向かって「Vサイン」を出したまま警察に連行されていった男がいた。映画やドラマの1シーンではない。実際に起こった死亡事故の直後、加害者の男がそんな行動を取っていた。2カ月ほど前、その瞬間の映像を民放テレビ局のニュース番組で見て、怒りのような感情を抑えられなかった。
◆事件の概要 05年11月1日午後9時40分ごろ、東京都世田谷区成城の路上で、女性(20)が乗っていた自転車が、後から来た世田谷区成城の介護士、河名貴理被告(27)の乗用車にはねられた。乗用車は約50メートル先の電柱に衝突して止まった。同被告は酒気帯び運転だった。女性は間もなく死亡した。
12日、業務上過失致死と道交法違反に問われた河名被告の初公判が、東京地裁であった。
どうして「Vサイン」を出したのか? どんな意味があったのか? 河名被告は「撮らないでくれという意味だった」と供述していたが、検察側は、同被告が出した「Vサイン」は、英国では侮辱の意味を込めて使われることがある、と指摘した。同被告は英国の中学と高校に通っていたのだから、知らないはずがない。その意味を分かっていて出した「Vサイン」だったのではないか-。
じゃんけんのチョキを出したまま手のひらを相手に向けるのが、よく見受けられる「Vサイン」。それとは違って、河名被告は中指と人さし指を立てたまま、手の甲をテレビカメラに向けていた。英国在住の春日洋平・日刊スポーツ通信員に聞くと「手の甲を見せるVサインは英国では侮辱することを表します。米国で、中指を立てたまま相手に手の甲を向けるのと同じような意味になります」という。表と裏では全く違っていた。恥ずかしながら、そんな意味があるとは知らなかった。
河名被告はアルコール依存症で治療を受けていた。事故当日の昼ごろ、主治医に止められていた酒を飲んだ。事故の直後には乗用車の運転席に居座り、たばこを吸った。駆け付けた人に促され、ようやく車外に出たものの倒れていた女性には見向きもしなかった。警察官には「自転車が悪い。自転車を取り締まれ」と話したという。
そんな行動の後に出した「Vサイン」には「撮るな」以外の意味はなかったのか。初公判では、河名被告に取材者や集まっていた見物人らを侮辱するような意思があったのかはハッキリとしなかったが、結果として遺族らの感情を逆なでしたのは間違いない。
亡くなった女性の父親は河名被告が「Vサイン」を出した映像を事故の翌朝のテレビ番組で見たという。「人の娘を殺しておいてVサインはないだろう」。検察側が読み上げた調書によると、そんな気持ちになったという。約1時間半続いた初公判の最中、うつむく同被告の顔をにらみ続けていた。
亡くなった女性は私立大学の2年生。同級生には、管理栄養士になって糖尿病を患う父親の健康を管理したい、と口癖のように話していたという。あの事故がなければ初公判の日の3日前に「成人の日」を迎えていた。女性が無邪気に「Vサイン」を出して記念撮影に納まっていたかもしれないと思うと、やりきれないものがある。
January 16, 2006 11:23 AM
2006年01月06日
あいつらと呼ぶ議員
民放テレビ局の深夜番組を見ていて、あ然とした。
ある国会議員が「小泉首相の退陣後には消費税10%に引き上げる」と主張していた。消費税を上げてほしくないが、その理由が聞きたいと見続けていると、国会議員はこんな言葉を口にした。「あいつらから取ればいいんです」。
お笑いタレントとやりとりした本人の説明によると「あいつら」とは年金を受け取る高齢者なのだという。高齢者だけから厚く税金を取るという主張はもちろん首をかしげるが、高齢者を「あいつら」と呼ぶこと自体がよく分からない。「とりあえず、『あいつら』に負担させておけばいいんだ」というようなお偉方の議論が透けて見えるような気がして、すごく嫌な気分になった。
今年から所得税と住民税の定率減税が廃止されることが決まっている。サラリーマンは今月分の給与から所得税の定率減税の半減を実感するし、6月には住民税の減税幅が半分になってしまう。年収700万円の夫婦と子ども2人の世帯だと、社会保険料が上がる分を含めて年間4万3200円の負担増だ。もちろん、納税は国民の義務だから受け入れる。しかし、このまま黙って支払いたくはないから、言わせてもらう。
国の借金がとんでもない額にまで膨らんだ。今からどんどん返していかないと、遅れたら遅れた分だけとんでもないことになる。借金の返済だけに追われると、例えば子どもや孫の時代には、福祉とか教育にお金が回らなくなるかもしれない。だから今、「痛み」に耐えて借金を返さないといけない。消費税は段階的に15%ぐらいまでは覚悟しないといけないのかもしれない。言い分は分かる。
しかし、だ。国会議員の増税の議論には「まずは取りやすいところから取ればいいんだ」という場当たり的な発想に凝り固まっているような気がする。毎日飲む「第3のビール」が、5月には350ミリ缶1本当たり3・8円値上がりする。私は吸わないが、7月にはたばこが1本1円程度増税になる。高所得者から税金をたくさん取るような仕組みをつくり直すとか、本来なら、大なたを振るわなければならないところを中途半端なままにしておいて、庶民のささやかな楽しみを奪うような政府・与党のやり方は釈然としない。
そもそも首が回らなくなるぐらいまで借金を増やして、ここまで放置したのは一体誰だ。歳費、秘書手当とか国会議員1人当たりにかかるお金は年間1億円に近いといわれる。100人減らせば年間100億円の削減になる。新規国債発行額の「30兆円枠」が話題になるぐらいだから焼け石に水程度の額かもしれないが、国民に「痛み」を強いるなら国会議員は自ら率先して定数削減に取り組むべきだ。しかし、議論は進んでいない。削減どころか、年間約2400万円の歳費が「少ない」と主張する人もいるぐらいだ。
「ポスト小泉」一色に染まりかねない06年。「劇場」だけに躍らされることなく、高齢者を「あいつら」と呼ぶような国会議員の一挙手一投足にも目を凝らしたい。メディアの端くれにいる者として自戒を込めて、そう思う。
January 6, 2006 09:57 AM
2005年12月26日
「対心」を忘れた耐震
10カ月ほど前に起きた、こんな事故をご記憶だろうか?
◆2月8日午後8時ごろ、東京都豊島区の築30年の木造アパート2階に住む地方公務員男性(56)の部屋の床が、ため込んでいた雑誌や新聞の重みに耐えきれずに抜け落ちた。約2時間後にレスキュー隊員に救出された男性は全身打撲の重傷も命には別条なし。1階に住む無職男性(75)は「上の部屋の床が抜けそう」と警視庁目白署に相談に行っていたため、間一髪無事だった。
6畳1間に総重量8・5トンの雑誌や新聞が積まれていたという。こんなことがあるんだ、と強く印象に残った事故。その後どうなったのだろうかと気になっていた。数日前、現場に足を運んだ。
アパートは元通りになっていて、人が住んでいる気配がした。不動産会社を訪ねると「改修しました」。骨組みはしっかりしていたため取り壊さなかったようだ。バス、トイレなどほとんどが新品に変わって5万5000円の家賃はそのまま。7月中旬からは新しく契約した人が住み始めたという。
住人は事故があった部屋だと分かって住んでいるのだろうか? 不動産会社の男性社員は「ちゃんと説明して、納得した上で契約してもらいました」と笑みを浮かべて、こう続けた。
「うちのような町の不動産屋は信頼を失ったら終わり。部屋で“ネズミの運動会”があるのを、たまたま知らずに、説明しないまま貸したら仲介手数料は返している。おばあちゃんが住む部屋の隣は、生活時間帯が違う若者にはなるべく貸さないとか、いろいろと配慮もしている。この商売は売ればいい、貸せばいい、だけじゃあいけない。誠意を持って、人情的なことを大事にしていかないと。それをさ、あの人たちは忘れちゃったのかね」。
マンションなどの耐震強度偽装問題が発覚して1カ月が過ぎた。
高級外車に乗る生活レベルを維持するには、技術者としての誇りは捨ててもいい。違法行為に走らせてしまうほど他人を追い詰めても、利益が増えればいいんだ。疑わしいとうすうす気付いても、専門家以外には分からないだろうから黙っていればばれない。困っている人がたくさん出ても、法律に基づいてやったのだから間違っていないと開き直ればいい-。責任転嫁のバトルを繰り広げる“あの人たち”の言動には、そんな疑いの目を向けてしまう。
今回の問題に限らず、当たり前と思っていることがガラガラと崩れている時代。例年に増して企業の不祥事が相次いだ05年だった。正義とか、誠意とか、潔さなんて通じない時代になってしまったのだろうか。こんな日本に誰がしたと叫びたい、気分だ。
くだんのアパート2階に住んでいた男性は事故後、勤務先を退職。アパートの改修費や1階に住んでいた男性の家財弁償代、収集車13台分のごみ運搬代など不動産会社が請求した約640万円を退職金から一括払いしたという。
December 26, 2005 01:05 PM
2005年12月16日
卑劣な犯罪を許すな
都内に住む男性(38)は怒っていた。「まんまとだまされた。飛び込み営業は難しいものだと分かっていたから『大変だな』という同情もあって契約したのに、恩をあだで返されたようなもの。あの営業マンは絶対に許さない」。
男性は私鉄沿線にある精肉店で働く。地方から上京した男性の父親(64)が30年以上前に始めた家族経営の店だ。安さが売りの大型店の進出が激しい地域にあって、住民との信頼関係を大切にしながら、生き残ってきた。
そこに作業服姿の営業マンが飛び込んできたのは今夏。「月額は同じで新タイプの電話機が使えます」と、電話機のリースを勧めてきた。それまで家庭用兼事務用の電話機3台をリースしていた男性は「月額は変わりませんね」と念押しして契約した。しかし、11月に銀行口座からの毎月の引き落としが始まると、1カ月の支払いは約6000円増えていた。
「話が違う」。抗議した男性に営業マンは「きちんと説明しました」と平然と言い返してきた。あとは言った言わないの水掛け論。男性は個人としてではなく、個人事業者として契約を結んだため、一般消費者を対象にしたクーリングオフ(無条件解約)は適用されない。月額1万6000円の7年契約が重くのしかかっている。
調べると、相手は零細事業者を狙い詐欺商法を繰り返している悪質業者だと分かった。男性の父親は「オレは信用が大事だと正直に商売してきたけど、ウソをついた、あの営業マンはどんな気持ちで仕事しているんだろう。奥さんや子供に何と言っているのかな。人として恥ずかしくはないのかね」と、ため息交じりに話した。
今年は悪質リフォームの問題が表面化したように、詐欺商法は手を替え品を替えて絶えることがない。ある業者が摘発されても、同業他社へ移っていく者が少なくないといわれる。この就職難の時代に、詐欺商法だと分かっていながらも抜け出せない人が増えたのかもしれないとも思う。
しかし理由はどうあれ、コツコツと働いた人を陥れるような卑劣な犯罪が、これ以上増えたり、簡単に許される社会であってほしくない。電話機リースなど訪問販売は詐欺(懲役10年以下)での立件がなかなか難しいらしく、特定商取引法では重くて懲役2年、罰金300万円。ほとんどが罰金刑だと聞くと、手ぬるいと言いたくもなる。この程度の刑では犯罪の抑止力にはならないのではないだろうか。政府にはこのたぐいの犯罪の厳罰化に取り組んでほしい。弱者を救うような法律の整備を急いでもらいたい。
実は今月に入ってから経済産業省は、数年前から急増している個人事業者を狙った悪質な電話機リース商法の対応策として、ある通達を出した。男性のように個人事業者名で電話機のリース契約を結んでも、その電話が家庭用などに使われている場合はクーリングオフできる、という救済策を初めて示したのだ。被害者にとっては1歩前進だ。
「焦らずにじっくりやります」。通達が出たことを受けて男性は、弁護士への相談を始めた。
December 16, 2005 12:05 PM
2005年12月06日
人を裁くという重さ
先日、都内で開かれた公開討論会の席上、ある弁護士がこんな話をしていた。「裁判に裁判員として参加する以上、被告人の生命を奪い、自由を奪い、財産を奪うことにかかわるんだと十分に認識してほしい」。市民が、プロの裁判官と一緒に裁判を進めていく制度が始まるとは聞いていたが、深くは考えていなかった。市民が被告人の生命を奪う? ちょっと待ってくれよ、と言いたくなった。
調べてみた。裁判員制度は09年5月までに始まる。殺人や強盗致傷、傷害致死…。死刑や無期懲役などの刑を含む重大事件の1審に、選挙権のある人の中からくじで選ばれた市民が裁判員となって参加する。70歳以上の人や20歳以上の学生を除くと「やりたくない」ぐらいの理由では、断ることができないらしい。
計算上は年間1万人以上の市民が裁判員になる。読者の皆さんも、裁判員になる可能性は大いにある。しかし、何人かの知人に聞くと「言葉は知っているけど…」がほとんど。制度導入が決まり1年半ほどになるが、広く浸透したとは言い切れないような気がする。
法務省には「市民の感覚が裁判に反映される。その結果、国民の司法に対する理解と信頼が深まる」という狙いがあるようだ。もちろん、その意図は分かる。裁判員は被害者や遺族に直接質問する機会があるようだから、きっとやりがいがあるに違いない。学生時代なら、制度が始まるのを待ち望んでいたかもしれない。
しかし、正直言ってこの制度には不安を感じている。情に流されて正しい判断ができなくなるかもしれない。被告人のウソにだまされたら取り返しのつかないことになる。もし、被告人の関係者から「報復する」と脅されるようなことがあったら、裁判どころではなくなると思う。過去に刑に処されていても禁固以上の刑でない人は裁判員になれる、という資格のあり方にも、ちょっと抵抗がある。
何より、人を裁くということ自体に自信がない。被告人の一生を左右する責任の重い仕事だ。裁判員が参加する裁判は、裁判員6人と裁判官3人の構成となるらしいが、自分は9人のうちの1人だからと、軽くは考えられない。知識がない。冷静な判断に自信がない。いくら刑罰は裁判官が決めるといっても、「冤罪(えんざい)だ」という被告人の叫びが頭から離れず、長く悩むかもしれない。
下校途中の女児が殺害される事件が連続して発生するなど、最近の事件は凶悪化している。その背景は複雑で、よく分からないことも多い。この制度が始まるころには、市民感覚ではとらえられないような事件が、さらに増えている可能性がある。裁判を通じて事件の事実関係や動機などを深く探っていこうとするとき、裁く側に市民感覚が求められるというのはよく分からない。市民感覚という言葉は聞こえがいいが、法律の知識がない裁判員が裁くのは、被告人に対してある意味では失礼ではないか。そもそも必要なのだろうかという思いさえしている。司法改革という言葉のもと、この制度は、市民に重すぎるものを突き付けているような気がしている。
December 6, 2005 11:52 AM
2005年11月26日
購買意欲がなくなる
子供が小学校に入学までには住宅を買いたい、と思うようになって数年になる。住んでいる賃貸住宅の住み心地が良いこともあって先延ばしにしていたが、「数年以内には何とかしたいね」。そんな話を家族としていた直後、首都圏のマンションなどの耐震強度が偽装された問題が発覚した。
船橋市などの現場で入居者、周辺住民の話を聞いた。不安や憤りの声をメモ帳に書きとめていると「どうしてこんな問題が起きるのか」と、やり場のない怒りが込み上げてくる。取材を進めると、姉歯秀次・1級建築士だけに責任を押し付けていいのか-。そんな思いが強くなってきた。
この問題を姉歯氏の同業者はどう見ているのか。ブログ「ビジネスからみた耐震構造計算」を開設する札幌市の1級建築士、田中構造設計・田中真一代表に聞いた。
--構造計算書を作成する際の報酬と、完成に必要な期間は
田中氏 1平方メートルあたり500~800円。姉歯氏が設計した3000平方メートル規模のマンションだと150万~200万円ぐらいの収入になる。電算プログラムを使った計算だけで3週間、全体では1カ月近くかかる。1~2週間でやったと聞くが、そんな期間ではできない。
--姉歯氏が話したような「プレッシャー」はあり得るのか
田中氏 あったのではないかと想像する。依頼者は「安く抑えられるように」と頼んでくる。私の場合、危険な建物はつくりたくないから「危ない」と分かると、自分から身を引いているが、そういう人との付き合いを続けるうちに感覚がまひする可能性はあると思う。逆にコストを落とすことを売りにする人も見受けられる。
--民間の確認審査機関の責任を問う声も上がっているが
田中氏 構造計算は特殊な世界で分かっている人は少ない。正直、ごまかそうと思えば、どんな審査機関の審査でもごまかせてしまうようなところがある。審査機関によっては素通り。それは審査が民間へ移行する前から変わらない。表に出ない不正はまだあると思う。しっかりとした知識と経験を積んだ人が審査する仕組みを作らないといけないのではないか。
--審査機関が不正を見抜けないほど構造計算は難しいのか
田中氏 建築主、販売会社…ほとんどの人が分かっていない。誰も気付かないから、手を抜いた人が勝ちというか、過剰設計だ、仕事が遅いと言われ、まじめにやる人が損する風潮がある。早くやる、コストを抑える構造設計者が評価されてしまう。残念だが、それが現実。現場の人間としては、今回の問題を姉歯氏の責任だけで終わらせてはいけないと思う。
今回の問題の背景には、業界の一部に安全より利益を優先する体質があるような気がしてならない。安心して快適に暮らせる住宅を買いたいと思って目を通していたマンションの折り込み広告。その美辞麗句に、以前ほど胸躍らなくなったのは、私だけじゃないと思う。
November 26, 2005 10:41 AM
2005年11月16日
モーれつに米牛不安
BSE(牛海綿状脳症)問題によって停止されていた北米産牛肉の輸入が、早ければ年内にも再開される見通しになった。
内閣府食品安全委員会のプリオン専門調査会は、北米産牛肉が、国産牛肉と同じぐらい安全なのかどうかを約2年間かけて計34回審議した。このほど、月齢20カ月以下の牛の脳や脊髄(せきずい)など、危険な部位を取り除いて輸入する約束が守られるなら、北米産牛肉は国産牛肉は同じぐらい安全だ、という意見をまとめた。
その専門調査会の座長が、意見を取りまとめた後、記者会見でこんな話をした。「安全対策が守られれば、国産牛肉と比べてリスクはそれほど変わらない。それを受け入れる人は買って食べればよいが、嫌な人は買わなければよい。選択は消費者がするべきだと思う」。意見を信じるのなら買えばいいし、信じないのなら買わなければいい。あとは皆さんが決めてください、そんな論理だ。
このような言い方を消費者はどのように受け止めるのだろうか。立場の違う3人に聞いてみた。
主婦(36)「食に限らず100%安全なんて世の中にはないから当たり前のこと。国産だって、オーストラリア産だって絶対に安全とは言い切れない。北米産牛肉を食べて変異型ヤコブ病になるかもしれないと心配するなら、食べなければいいだけ。農薬がたくさんかかっている野菜を食べるのと同じ。2人の子供には食べさせたくないから、安全だとハッキリ分かるまでは北米産牛肉は買わない。食の自己責任だと思う」。
男性会社員(32)「内閣府食品委員会とか、そんな立場の人間が言うのはおかしいと思う。買う、買わないは消費者の判断だというのは、安全かどうかを消費者が判断しなさいと言っているのと同じ。変異型ヤコブ病になったら責任は消費者にあるの? 輸入は政府が許可してあとは知らないというのはおかしい。食堂には北米産牛肉使用という表示義務がないらしいから知らないうちに、という可能性があるんだから」。
精肉店店主(64)「陳列だけして消費者に選んでください、という手法は大型店と同じ。学者の先生方はそれでもいいんだろうけど、血の通った商売を意識している立場からすれば、消費者の選択だと突き放すのはあり得ない。脳とか危険な部位を取り除けば99・99%安全だと思っているけど、0・01%に不安を感じるお客さんがいるから北米産は扱わない。売るのは国産牛肉だけ。多少値段が高くても、安心して、おいしく食べられるのが一番じゃないの?」。
専門調査会の資料にはある1人の委員の意見が明記されている。「米国・カナダの輸出プログラムにより管理された牛肉・内臓を摂取する場合と、我が国の牛に由来する牛肉・内臓を摂取するリスクの同等性は、科学的にはいまだ不明であると言わざるを得ない」。月齢20カ月以下は間違いなく大丈夫なのか。漠然とした不安は打ち消せないままだ。
November 16, 2005 10:42 AM
2005年11月06日
見ぬふりできぬ「改憲」
よく利用する地下鉄の駅で、この半年間ほど目にしていたポスターが、数日前、はがされた。それは、ぼう然と立ち尽くしたサラリーマン風の中年男性が「今朝、痴漢の現行犯逮捕を目撃した。人として情けないと思う」と、利用客に訴える「痴漢・盗撮行為撲滅キャンペーン」の啓発ポスターだ。
痴漢や盗撮は被害者に深い心の傷を残す卑劣な犯罪行為。痴漢や盗撮の加害者、あるいは被害者がいると気付いたとき、助けるような行動に出たいと、ポスターを見るたびに強く思った。後ろめたさが残ったり、釈然としないことを「見て見ぬふり」するようなことはできる限りしたくない。そんなことを時々思う。
10月28日、自民党は新憲法草案を公表した。戦力不保持、国の交戦権は認めない憲法9条第2項は削除され、代わりに「自衛軍」を保持と明記。現行の憲法が禁じているとして、政府が否定してきた、集団的自衛権の行使を認めると解釈できるような条文になっていた。私にとっては、まさに「見て見ぬふり」できない草案だった。
同盟関係にある国が第三国から攻撃されたとき、日本は攻撃されていなくても、その攻撃された国とともに武力攻撃できるという権利が集団的自衛権。その権利を行使するということは「親友がケンカを仕掛けられたのだから、助けるのは当たり前」という言い分と似ている。実際、親友が目の前でケンカに巻き込まれたら止めようとする。だれしも、静観できないだろう。
しかし、ケンカなら百歩譲っても、国対国の戦争となると話は大きく違う。日本の交戦権を認めることを、平然と受け入れるのは難しい。
同盟国が攻撃されているのに、手出ししないのは現実的な選択としてあり得ない-。自民党、民主党はそんな方向へ傾くようだ。しかし、集団的自衛権の行使を認められた「自衛軍」が武力攻撃すれば、米国と一体とみなされる日本は敵の攻撃対象にもなるだろう。家族が生命の危険にさらされるようなリスクを毅然(きぜん)として受け入れるような覚悟は、私にはまだない。
改憲論議を進めたい。そんな動きが増している。「郵政民営化、賛成か反対か」と、国民に問い掛けられた今夏と同じく「集団的自衛権の行使を認めるのか、認めないのか」と問い掛けられるのは、決して遠くない将来ではないか。そんな気持ちがしてくる。
国土を守る、国民の生命を守るには「自衛軍」は必要だろう。もちろん、米軍との関係強化もしていかなければならないと思う。しかし、戦争を放棄した国の憲法が集団的自衛権の行使を認めるのは釈然としない。
これは1人1人にとっても「見て見ぬふり」できない問題だと思うのだが。
November 6, 2005 11:37 AM
2005年10月27日
地震予知できません
死者51人、重軽傷者4795人。13万世帯近くが被災した新潟県中越地震から1年が経過した。
皆川貴子さん(当時39)と長女真優(まゆ)ちゃん(同3)が犠牲になり、長男優太ちゃん(3)が奇跡的に救出された長岡市妙見町の土砂崩れ現場。追悼式典に出席した優太ちゃんの祖父皆川敏雄さん(69)は「悲しみというのは薄くならないんですね、やっぱり」と小さく話した。返す言葉が浮かばなかった。心が痛んだ。
皆川さんが力を込めて話した。「地震専門の学者や先生方に頑張ってもらって、地震予知ができればありがたいなと思います。天気予報みたいに地震の予知ができれば、もっと被害が少なくなって、いいんじゃないかと」。地震が予知されれば被害規模は確実に小さくなる。地震予知に期待したい。その気持ちは、痛いほど分かる。
国の地震予知研究は40年前に始まっている。しかし、95年の阪神大震災以後、研究者の間では「あきらめるべき」という空気が広がったと聞く。「予知できるような観測体制ではない」「予知は神話」などと、国の取り組みを厳しく批判している専門家がいる。
「地震予知は夢物語だね」。大学時代、地震学の講義を担当した先生はハッキリと話していた。しかし、「地震予知連絡会」など、地震予知という言葉は今も残っている。理想としては分かるが、現実とは懸け離れすぎている。
以前、こんなことが報道された。2年前、宮城県で震度6の地震が続いた直後の中央防災会議で「今回の地震で予知はあったのか」と、小泉首相が尋ねた、と。小泉首相ですら、そうだった。地震予知という魔法のような言葉を信頼して「いざ、というとき予知情報が出るのでは」と、漠然と思っている人は少なくないと思う。
1年前、被災地の大混乱を目の当たりにした。たくさんの人が「地盤がしっかりしているから大丈夫だと思っていた」と途方に暮れていた。「残っているのはふろの水だけ。赤ちゃんにミルクをあげられない」と、飲料水を買い求めるため、崩落しそうな山道を急ぐ人がいた。「車の中は暖かいし、余震も怖くない」と笑みを浮かべていた人が数日後、エコノミー症候群で亡くなった。市民に地震への備えはほとんどなかった。
もちろん、地震予知につながっていく観測や研究は進めてもらいたい。しかし、現時点で地震予知は幻想にすぎない。それならば、被害を食い止め、実際の混乱を抑えるような分かりやすい政府の啓発活動が、必要なのではないだろうか。政府の地震調査委員会は「大地震の確率は○%」と随時、公表しているが、低い数字には安心してしまう危険性がある。分かりにくい。
今夏「クールビズ」という言葉は地球温暖化対策への意識とともに広く浸透した。「地震予知はできません」。地震対策の啓発活動をそんなコピーから始めるのも悪くはないと思うのだが…。
皆川さんら51人の遺族の涙を、決してひとごとにしてはならない。
October 27, 2005 12:08 PM
2005年10月17日
民意がすべてなのか
政府が今国会に提出した郵政民営化関連法案が14日、成立した。
3カ月前には5票差だった衆議院の本会議採決(11日)は200票の大差。衆院選で当選した前自民党の「反対組」13人中、反対を貫いたのは平沼赳夫元経済産業相(66)だけ。参議院の本会議採決(14日)では離党した2人を除いて、自民党の「反対組」20人中19人が賛成に回った。
14日の参院本会議。議場から出てきた中曽根弘文元文相(59)は「賛成票を投じました。前回とは大きく状況が変わったと思います。教育基本法の改正など、自民党の中でやらなければならない大事な仕事がたくさんある」と話した。「投票行動が変わったことで、参院不要論が強まるのでは」と問われると「時間がない。申し訳ありません」と言葉を濁すようにして足早に立ち去っていった。
衆参ともに賛成に転じた「反対組」のほとんどは「民意が示された」と、同じような理由を挙げている。民意と国会議員の活動は深く関係しているから、そんな言い分も分からなくはない。しかし、「民意」「民意」とだけ繰り返すような説得力のない説明は、全く説明になっていない。
「反対組」は今夏、法案に対して勢いよく「NO」を突き付けたが、あの反対票は一体、何だったのだろうか。745億円の費用がかかった衆院選が終わるとひょう変して、ほとんど同じまま提出された法案に賛成する。筋が通らないような転向はどうも、ふに落ちない。「反対組」にあるはずの政治家としての信念とは、どのようなものなのだろうか。
衆院選では「法案に問題点がある」と主張した「反対組」に賛同して投票した有権者が、間違いなくいる。「否決した参議院をあまりにもバカにしている法案だ。選挙で勝ったから民意だと言っても、参議院も民意だ」。14日の参院本会議で棄権した亀井郁夫氏(71)のように突っぱねるのが「反対組」の筋ではないのだろうか。
日本は議院内閣制だ。大臣、副大臣など政府の要職にある議員は政府案には賛成しなければいけないが、自民党議員がいつも、政府の政策に賛成しなければいけないというのはおかしな話だ。
そういう意味では、除名など処分をちらつかせながら、賛成を強要するような今回の自民党執行部のやり方はどうか、とも思っている。
しかし、だからといって大勢に従うために政治主張を撤回したり、信念を曲げてまで党へ情状酌量を求めたり、そんな「反対組」の行動はちょっと納得できない。政治家としての理想像を描いたころの初心と懸け離れてはいないだろうか。
「政治家が話すことのすべてを信じてはいけない」。社会面担当になったとき、会社の先輩記者に言われた。実際、そんな政治家もいるかもしれない。しかし、憲法改正など郵政民営化法案以上の政治課題が山積している今、「反対組」のような行動をあっさりと見過ごしたくはない。目を見開いてしっかりと見ていきたい。
October 17, 2005 10:20 AM
2005年10月07日
平和な地球信じたい
宇宙にあこがれた子供のころに少しだけ戻れたような気がした。
スペースシャトルに搭乗した宇宙飛行士・野口聡一さん(40)の「帰国報告会」に足を運んだ。
「ハッチを開けて宇宙空間に出た瞬間、美しさというより、強烈な存在感の地球が見えました。地球は命に満ちあふれている、命の輝きに満たされている天体なんだ、すごい存在なんだ、という確信が、天啓のような形で自分の中に起こっていました」。
「地球は青いといいますけど、それも微妙に表情を変えていく。雲を通しての白い青。南太平洋上で太陽を浴びて、鏡のように輝くブルー。さんご礁のあたりでは、ハッと息をのむようなエメラルドグリーンのブルー。単純に青という言葉で表現していいのかな、というぐらい、さまざまな表情をみせる地球に感動しました」。
自ら「口下手なんです」という野口さん。「(知人で歌手の)槙原(敬之)君なら、もっときれいな言葉で再現してくれるでしょうけど、自分の言葉で吐き出したいと思ったんです」。10月1日、東京・江東区にあるイベント会場で飾らない言葉を使い、身ぶりと手ぶり、冗談を交えて約1200人の参加者に語りかけていた。映像、写真だけでは決して分からなかった野口さんの感動を少しだけ、分けてもらった。漆黒の空間にクッキリと浮かぶ地球を眺めたような気分になった。
しかし、そんな酔いしれた気分は会社へ戻ると吹っ飛んだ。インドネシア・バリ島で連続爆発-との一報が届く。捜査当局はテロと断定した。時間の経過とともに死傷者が増えていく。犠牲者に日本人がいるとの情報…。パソコンのキーボードを連打し、記事にまとめるのが苦痛になっていく。複数回ある締め切り時間をクリアして最後の記事出稿を終えると、卑劣なテロに対するやり場のない怒りが込み上げてきた。
野口さんは飛行12日目の目覚まし用の曲にSMAPの「世界に一つだけの花」(槙原敬之作詞、作曲)を選んだ。「世界平和の曲で、大好き」という理由からだった。歌詞にある「ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」のフレーズを借りれば、テロリストらは「オンリーワン」の意味をはき違えている。人種、宗教、思想など「オンリーワン」は尊重されるべきだが、「オンリーワン」である尊い命を奪うテロを繰り返して世界を変える、「ナンバーワン」になる、ともくろむことは決して許されない。テロが広がる背景には「ナンバーワン」だと誇示する米国の存在があるのは分かるが…。
報告会には約1200人が参加した。野口さんは詰め掛けた子供たちに「夢を持つのが難しい時代といわれますが、やりたいと思ったことを、長い時間かけても追い求めていくことが大事だと思います。夢に向かって、真っすぐ歩いていけば、いつの日か夢はかなうと思います」と呼び掛けた。
平和でなければ子供たちの夢はかなわない。人類共通の夢、平和が訪れる日が来ると信じたい。
October 7, 2005 01:10 PM
2005年09月27日
都市開発隠れた問題
甚大な被害をもたらした超大型ハリケーン「カトリーナ」に続き「リタ」が日本時間24日、米本土に上陸した。日本では、今月の台風14号で計29人の死者、行方不明者が出ている。自然災害は恐ろしい。未然に防いだり、被害を軽減する研究や対策が深まってほしいと、あらためて強く思っている。
川沿いなどの低地、土砂崩れが起きやすい斜面など、あらかじめ予想される場所では、対策が立てやすいのかもしれない。しかし、「まさか、こんなところで」という場所で水害は起きている。実際、被害を受けた人がいる。
東京都内で喫茶店を営む石井秀雄さん(78)は昨年10月、店舗兼住宅ビルの地下部分が水没する被害にあった。台風22号が通過した後、地下2階部分が水没し、同1階部分は床上浸水。営業していたカラオケスナックは臨時休業していた。石井さんは「営業していたら、犠牲者が出ていたかもしれない」と、顔をこわばらせた。
石井さんのビルは新宿区河田町にある。一帯は高台になっていて、付近に川や貯水池はない。水害とは無縁だった場所の地下部分に推定150トンの水がたまっていた。専門家に調査を依頼すると、地上から流れ込んだ形跡はなく、下水道管から逆流した痕跡もない。地下部分の床や壁面から地下水が浸水したという結果が出た。
建設して35年以上同様の被害はなかった。原因を突き止めたい石井さんは、隣接する土地に2年前に完成した最高41階の高層マンション群に疑いの目を向けた。専門家の意見を聞いて「建設の際の地下工事で、地下水の流れが変わり、その結果、台風の際の集中豪雨であふれ出た」と推測。建設した都市再生機構へ調査を求めた。
同機構は工事は適切に行われたとして「当方建物による水の流れの変化については、それを示す根拠がなく、また仮にそのような資料根拠があったとしても、土地利用に伴い、誰しもが受忍すべき事柄」と回答。話し合いは平行線のままで、石井さんは訴訟を視野に弁護士と準備を進めている。
お台場へ移転する前のフジテレビ正門横で、石井さんが「純喫茶ふじ」を開いたのが1958年(昭和33年)の終わり。今回水没した地下は和田アキ子、明石家さんまら芸能人がよく利用したマージャン荘だった。隣の高層マンション群と比べたら、吹けば飛ぶような地上3階地下2階の雑居ビルだが、石井さんにとっては、がむしゃらに働いて守ってきた城だ。
「うちの地下部分の防水処理が不十分だったのかもしれないが、マンションが建つまで40年近く、浸水被害はなかった。地下水の流れが変わって、被害を受けることが『誰しも受忍すべき事柄』なのか。この季節になり『またか』と不安が増している」という。
地価下落によって大都市では高層マンションなどの建設が加速している。高さをめぐる苦情、紛争だけでなく、水害に弱い都市部では似たような被害が増える可能性がある。大規模な都市開発の裏で、石井さんのような問題は見逃されてはいけないと思う。
September 27, 2005 12:07 PM
2005年09月17日
釈然としない小泉語
自民党が総選挙で地滑り的勝利を収めた。与党の327議席は衆院の総定数の3分の2を超えた。小泉首相は選挙結果を受けて「国民の声を真剣に受け止め、早期に郵政法案を成立させるよう努力したい」と話した。郵政だけでなく、自らが描く「改革」に、ただちに取り組んでもらいたい。
郵政民営化関連法案について小泉首相は「国民に聞いてみたい」と、衆院を解散した。その直後から郵政一本やりを貫いた。ひたすら「郵政民営化、イエスかノーか」と問い続け、これまでにないような多くの国民の支持を集めた。
民主党は大惨敗。引責辞任した岡田代表は13日、東京・永田町の党本部で行われた最後の定例記者会見で、選挙戦について次のように話した。「大きな政策について論じあうのが、本来あるべき姿だと思います。与党がワン・イシュー(1つの争点)で戦うのは本来、禁じ手。民主主義を深めていくという意味では決して褒められたやり方ではない」。私には意味のない強がりや、敗者のただの負け惜しみには聞こえなかった。
小泉首相の自民党総裁任期が切れる来年9月ごろ、総選挙をやると決まっているのなら、郵政一本やりの選挙戦も分からなくはない。しかし、来秋の総選挙は現実的ではなく、今回は数年は続くだろう、自公政権か、民主党政権かを選択する選挙だった。仮に任期延長の考えがないとしても、年金問題や、中国や韓国との関係をどうするかなど、さまざまな議論を展開して説明する責任が、小泉首相にはあったはずだ。
しかし、論点をそらしたり、論戦を拒んでいると受け取られかねないスタンスが、小泉首相にはしばしば見受けられた。「郵政民営化は経済活性化の手段だ。経済発展なしには戦略的外交も進まない」。「靖国問題がなければ、日中はうまくいく、とは思っていない」。独特の“小泉語”を連発した。
「全国で38万人の国家公務員が郵便局で仕事をしている。警察官より、外務省の職員より多い。こんなにたくさんの公務員でないと仕事ができないのか」と繰り返した。公務員を減らすため、郵政民営化が効果的という主張は分かる。しかし、郵便局、警察、外務省の職員に共通しているのは公務員という身分だけ。これらをいっしょくたにして比較するのは、ちょっと無理があった。
投票日翌日の12日には「外交、内政、難問山積。ありすぎて困るぐらい」とも述べている。ならばなおさら選挙戦中に、政策はマニフェスト(政権公約)に書いてある、とやり過ごしてはならなかった。郵政以外の問題を、ごまかさず、そらさずに、自ら国民へ語るべきだったのではないだろうか。
小泉首相は8月29日の党首討論会で「候補者もいろいろ、政党もいろいろ」と話した。その論法でいくと「選挙戦術もいろいろ」なのかもしれない。しかし、私の胸には何か釈然としないものが残っている。
September 17, 2005 01:17 PM
