記者コラム「見た 聞いた 思った」

栗原弘明

2005年11月02日

新たな“発掘”続ける

 ロッテ担当を1年間やってきて、最高のプレゼントをもらった気分だった。阪神に4連勝しての日本一。阪神ファンがロッテをたたえる姿も印象的だった。ふと、1年前のことを思い出した。昨年9月17日、労組日本プロ野球選手会と日本プロ野球組織の労使協議で、ストライキ決行が決まった。「プロ野球にとって最悪の日」と感じた。あの日は、一生忘れないだろう。昨年、連盟担当だった私は、野球記者であるのに、1年間、野球の試合どころではなかった。ロッテも西武との合併などが取りざたされていた。

 そのロッテが、今季開幕後から快進撃を続け、プレーオフを制し、とうとう日本一にまで上り詰めた。バレンタイン監督の繰り出すマジックは新鮮だったし、それを解き明かそうと必死だった。試合の取材は楽しい。かといって、野球界の問題はなくなったわけではない。そういう気持ちから、自由な題材がこのコラムの特徴ではあるが、あえて野球を書き続けてきた。

 1回目のコラムで「開かれた野球場を」と訴えた。ロッテの本拠地、千葉マリン球場は構造上の問題もあり、チームの取材エリアが狭い。そこで、メディアへのアピールを考えれば、そこを再考してはどうかと提案した。その記事を読んでくれた球団は、即座に動いた。キャンプ中に選手会と話し合いを持ち、オープン戦から駐車場など、今までは閉鎖されていたエリアが取材可能になった。気軽に選手に取材できるようになり、プレーオフ、日本シリーズでもその「成果」を生かすことができた。球団が変わろうとしている姿勢は、開幕前から十分に伝わってきていた。

 私自身はやり残したことも多かった。日本シリーズでブレークした今江は、初戦で活躍した直後「自分が新聞に大きく載るとしたら、霧でそれが小さくなるのは嫌やなあ」と冗談交じりに漏らした。私は、それを笑えなかった。今江の4安打でチームは圧勝したが、濃霧コールドゲームという異例の幕切れだった。

 今季、何度もロッテ選手を取り上げてきた。今江も精神面を含めて、間違いなく、将来は球界を背負って立つ人材になると確信してきた。だが、翌日の大見出しは「ロッテ」「バレンタイン監督」がほとんどだった。最大の功労者はバレンタイン監督だから、それは仕方のないことかも知れない。だがスポーツ新聞の大きな役割の1つは、クサくなってしまうけれど、次代を担う新たなヒーローの発掘にあるはずだ。自分がもっとアピールしていれば。内面に踏み込んだ記事を書いていれば。「今江」をはじめとする選手の見出しは、何度も大きくなっていたかも知れない。「新聞」と口にしてくれた今江はありがたいが「活躍しても個人のことは、なかなか取り上げてくれない」と感じさせてきたことは、心残りだった。

 と思っていたところ、人事異動で私のコラムも最後になってしまった。10年以上前、駆け出し記者として悪戦苦闘していた東北総局に赴任する。今までとは違った立場で東北のスポーツ、文化に接することになる。どんな小さな出来事でも見て、聞いて、思う、という努力を続けていきたい。

November 2, 2005 11:52 AM

2005年10月23日

素直に使った「奇跡」

 私が担当しているロッテが31年ぶりの優勝を果たした。歴史的な瞬間に立ち会うことができ、なお優勝原稿が書けるということは、記者みょうりに尽きる。17日のソフトバンクとの第2ステージ5戦目、午後9時46分に優勝が決まった。31年ぶりの胴上げだから、わずかなしぐさも見逃すことはできない。まさに目をひんむいて、その瞬間を見届けた。プレーオフの前から、自分なりに「優勝したらどういう気持ちになるのだろう」と思い描いていた。実際には感動するより先に冷静にものを見なければ、という気持ちが先に立っていた。とにかくすべてを見なければ、と自分に言い聞かせていた。

 最後はレフトフライとなったが、その飛球が飛んだ瞬間、と言ってもいいぐらい早く、三塁側ベンチから選手が飛び出した。その先頭集団の中に小宮山悟投手がいた。プレーオフの前に、ロッテの快進撃の理由を取材していたが、頭脳派らしく、感情を抑えた、冷静な語り口が印象に残っていた。そんな40歳の小宮山投手が真っ先に走りだしたのだ。長年、エースとしてチームを支えてきたベテランだ。「ああ、やっぱり、優勝に飢えていたのだ。それだけ、うれしかったのだ」としみじみ感じた。

 アメリカには胴上げの風習がない。それでも、バレンタイン監督は3度、宙に舞った。形は良くなかったが、逆にそれが新鮮だった。祝勝会では、シャンパン・ファイトとビールかけが行われた。通常なら優勝記者会見→ビールかけのタイムスケジュールが多い。だが、今回はそれを逆にした。喜びを素直に、早く分かち合いたいというバレンタイン監督らしかった。本当は優勝直後、ロッカールームでやりたかったらしい。施設面の問題があって、それは実現しなかったが。

 プレーオフ第1、第2ステージを通じて感じたのは、接戦の好ゲームが続いたことだ。計7試合で1点差が5試合、2点差が2試合。一方的な差がついたゲームはなかった。1つのプレーで流れが変わっていく。最後までわからない、野球の面白さを再確認した。今まで原稿を書いてきた中で「奇跡」という文字はなるべく使うまい、そんなに簡単なものではない、と胸に秘めてきたが、今度ばかりは素直にその文字を使ってしまった。

 ただ、下位チームにハンディをつけるアドバンテージについては議論する必要があるだろう。レギュラーシーズン1位と2位、2位と3位、いずれもだ。プレーオフは面白かった。だが仮にロッテが第1ステージで負けていれば、今年の歴史的な快進撃は何だったのか、ということになる。ソフトバンクについても、2年連続でレギュラーシーズン1位の価値はどうなるのか、と思う人もいるだろう。2年間実施してみて、ここは変えた方がいいだろうと、肌で感じた部分があるはずだ。今日22日から、いよいよ日本シリーズが始まる。株だ何だという動きは、せめてシリーズの間ぐらいは自粛して欲しいと願っている。

October 23, 2005 11:54 AM

2005年10月13日

確率で回避は寂しい

 まったく「確率」というものはアテにならない。数年前のことだ。ちょうどいいマンション物件があり、申し込んだ。ある積み立てをしており、抽選になった場合、10倍優遇されることになっていた。申し込みが締め切られ、ほかに1人いたため、私の当選確率は11分の10となった。間違いなく当たると思うのは当然だろう。抽選機に1から11までのボールが入り、1から10までの数字が出れば私の当たりとなる。だが、目の前に出てきたボールはまさかの11。人生最大の買い物をしようとする時、ここまでツキがないとは…。起こったことが、しばらく信じられなかった。

 10月3日のプロ野球ドラフト会議。これは例年になく「確率」が影響した。今年から制度が変わり、まず高校生ドラフトが先に行われた。1巡目で指名した選手が重複した場合、抽選となる。ここで外せば、ウエーバー順で成績下位チームから選手を指名していくことができる。例年なら1巡目の抽選で外した場合、次に指名した選手が再び重複しても、抽選のチャンスが生まれる。

 だが今年から抽選は1回勝負。特に成績上位にいるチームはクジで外すと指名順で不利になる。幸運を信じてクジにかけるか、競争率の高い選手は避けるか…。結果、冒険しない「安全策」のドラフトになったという感じがした。

 4、5球団の競合になるかと思われた大阪桐蔭の超高校級左腕・辻内投手の指名は結局、2球団に落ち着いた。指名されれば12球団OKの姿勢を明らかにしていたのに、である。抽選は辻内を含め、福岡一の陽内野手2球団、報徳学園の片山投手2球団となった。当然、それぞれの球団は制約の中で最高の素材と判断した選手を指名したと思う。だが少々、肩透かしの気持ちもした。ドラフト会議直前まで他球団の動向をにらみながら、競合がどれぐらいになるかを図っていた球団もあった。フタをあけてみれば1選手に集中することはなく、「バラけた」形になった。

 高校生に逸材が多く、1巡目候補が多かったという事情もある。多球団競合のリスクを冒す必要はない、という判断が球団によっては働いたのだろう。ただ現行のドラフト制度が続いていくならば、過去にあった「目玉選手に指名が殺到」という事態は起こりにくくなる可能性もある。

 果てには当たりクジが外れ、外れクジが当たりという勘違いまで起こる騒動になった。舞台裏の報道陣も混乱した。あんな勘違いが2回も起こるとは…。「絶対にクジは外せない」というプレッシャーが、抽選の紙を見間違うという事態を生んだのかも知れない。

 確率というものはアテにはならないが、それだからこそ、ほれ込んだ選手には強運にかけてみるドラフトも見てみたい気がする。長い間、スカウトが追いかけ、評価した選手がいたのに「当たる確率が低いから」回避するのは、寂しいと思うのは私だけだろうか。

October 13, 2005 10:02 AM

2005年10月03日

ボビーの善意は本能

 自分のボランティアに対する意識は、どれぐらいあるのだろう。赤い羽根の共同募金は、子供のころからやっていた記憶があるが、それ以外となると…。身近なところでそういう活動があれば協力するだろうが、果たして日常生活の中ではどうだろうか。希薄な気がする。それが海外となれば、なおさらだ。ロッテのボビー・バレンタイン監督(55)が、意外なところで口を開いた。レギュラーシーズンの大詰めの戦いの真っ最中だった。試合前のベンチ前。「話すことがある」という。アメリカを襲った超大型ハリケーン「カトリーナ」の被災者支援のことだった。同監督と球団の意向が一致し、9月17日からの千葉マリン6連戦で募金を行い、62万1100円が集まった。同監督は自ら同金額を寄付して計124万2200円を被災者家族に送ることを明かした。そういったボランティア活動に熱心だ。プレーオフへ、そして日本一へと必死の戦いを続ける中、その気持ちを忘れなかった。その理由を説明してくれた。

 バレンタイン監督「(避難する途中で)車が進まないから、ガス欠になって道の横に何百台もガソリン待ちになる。トラックにガソリンを乗せて持っていくが、それも間に合わない。ガソリンスタンドに行くために、3マイルも渋滞が起こるありさまだ。困っている人がいれば、助けなければいけないし、助けたい」。
 アメリカで起こった災害に対してだけではない。心臓移植手術が必要な千葉県在住の今井友輝君(6)への募金呼びかけを、球団などとともに、9月20日から千葉マリンで行われたソフトバンク戦で行った。これも424万4327円にのぼった。

 バレンタイン監督「自分は名を知られた存在だから、小さな善意を集めて大きくすることができる。500円でも、それが1000人なら50万円と相当な額になる。それを実現するのに手助けができる存在なら、やらなければいけない。監督、選手の存在が他の人の良き見本になる行動をするべきだ。それをすることで、他の人も同じことをしようという気になって欲しい。小さいことでも助けたいと思う気持ちを持てば、それはいいことだ。人のために役立つのがチャリティーならば、生涯、私は何らかのかたちでかかわっていると思う」。

 チャリティーへの考えを、同監督は単純明快に説明した。私の胸の内を考えてみれば、今まで大っぴらに慈善活動をすることに、どこが気恥ずかしく感じていた部分もあったと思う。それをひっそりと行うことが美徳となるような、そんな意識が日本人の心の奥底にあるのではないか。バレンタイン監督には迷いがない。すごいな、とも感じた。これから先、どんな災難があるかわからない。そういう時に、自分がどういう行動を取ることができるのか。ちっぽけな力しか持っていないかも知れない。だが、バレンタイン発言に「自分をすこしずつ変えて行こうかな」という気持ちになった。

October 3, 2005 01:32 PM

2005年09月23日

愛のムチと暴力の境

 愛情のある厳しさと、暴力とはどこが違うのだろう。

 今年の高校野球を考える時、近年にないほど部内、指導者の暴力が問題になった。夏の甲子園大会の直前には明徳義塾、直後には駒大苫小牧の事件が表に出た。来年のセンバツにつながる秋季大会前にも、全国で不祥事が明るみになっている。

 私自身、スポーツをしている時は「いじめ」や「暴力」とは無縁だった。高校、大学とも普通の学校で、普通の陸上部だった。個人スポーツという性格上、指導者は選手の自主性に任せていたし、部内は居心地が良かった。練習がストレス発散の場になっていた。勝つことを義務づけられている名門校から見れば、それは甘い、ということになるのだろうか。

 アマチュア野球を担当していた01年夏、忘れられないことがあった。PL学園の部内の暴力事件である。直接、担当していたわけではなかったが、名門中の名門で起こったことと、夏の大阪大会不出場という点で衝撃的だった。私は記者の目で以下のように述べた。

 ◆記者の目 問題は「厳しさ」と「いじめ、暴力」の違いにあるのではないか。線引きが難しいのは当然だが、どこまでが許され、許すべきでないのか。(中略)その線引きをあいまいにしてはこなかったか。指導者、学校側に実態把握の甘さはないか。(一部抜粋)

 あれから4年。今年からくしくもロッテ担当となり、今江敏晃内野手(22)と接するようになった。今季から三塁の定位置をつかみ、いきなりブレーク。打率ランキングでも一時期トップに立ち、若き首位打者の座も夢ではない。

 今江にとって、高校最後の夏はやって来なかった。PL学園が不出場となった夏、しかも、彼は主将を務めていたのだ。「あの夏のことを聞くのは、やっぱりイヤ?」と問いかけると「そんなことはないですよ。実は、あまり聞かれたことはないんです」と正面から受け止めてくれた。

 今江は夏の大会前、ドラフトの目玉に挙がっていたわけではない。大阪大会が自分の人生の夢を実現するアピールの舞台でもあった。それが奪われる事態になった。主将として責任も感じた。「出場できないことを聞いた時、謝罪しようと思った。寮から飛び出して、監督のところへ走って行ったんですが、はだしだったようです。それを自分は覚えていないんですよ」。それほど動揺していた。「主将として、自分のことだけをやればいいというものではない。常に、全体を見ていなければいけないですから」。その中で、起こってしまった事件だった。

 その夏を乗り越えて自主トレを続け、プロ入りを果たした。現在、ロッテの快進撃の柱となっている。人間性から見ても、将来、チームを背負って立つ人材になることは間違いない。不幸な事件で、活躍の場を失った高校球児は少なくないだろう。だが、それは取り戻せる。今江の活躍はそれを勇気づけるものであると思う。そしていま1度、愛情のある厳しさと、暴力をアマ球界が考え直す時だと感じている。

September 23, 2005 03:47 PM

2005年09月13日

球界にも“民営化”の波

 小泉構造改革の一環が、日本のプロ野球を変えることになるかも知れない。そう思える出来事が、目立たないが、起こっている。

 千葉市は今月初め、千葉ロッテマリーンズの本拠地である千葉マリンスタジアムの管理、運営を民間に託す「指定管理者制度」を適用させることを明らかにした。その候補にロッテ球団と現在、同球場を運営している千葉市の第3セクター、千葉マリンスタジアムの2社を挙げた。今まで同球場は土地は千葉県、所有は千葉市、運営を第3セクターが行っているという構図だった。

 ロッテは今季、開幕前から積極的に県、市、マリンスタジアム社に対し協力要請を行い、様々な改革を行ってきた。敷地内での屋台の出店、外野フェンスの広告、周辺道路への懸垂幕設置、街灯の照度アップ、そして、来季からのフィールドシート設置などなど…。それでも、球団経営の収益構造を根本から変えるような抜本的な改革には遠く及んでいないのが実情のようだ。

 だが仮に球団が管理者に指定されれば運営そのものを一定の枠の中で自由にすることが可能になるのだ。集客作戦、広告営業、グッズや飲食店の営業を行い、収入も球団のものになる。球場周辺には広大な土地があるが、有効利用はされていない。ロッテは球場を含めてボールパーク化構想を持っているが、指定管理者の実績が足掛かりとなれば、再開発も可能になるかも知れない。ビジネスの領域だけではなく、今後、球団が「プロ野球」というソフト(ゲームやチーム)とハード(球場)を最大限活用した地元密着の新しいモデルが生まれるかもしれない。「地域にとってメジャーチームが地元にいる誇り」が浸透しているアメリカのように。

 昨年、球界再編騒動の中で、球団の赤字体質が問題となった。球団の球場運営が可能となれば、経営が根本から変わることになる。野球の試合は本拠地で毎日行われるわけではないから、球団がコンサートなど、様々なイベントを仕掛けることが可能になる。

 まだロッテが千葉マリンの指定管理者に決まったわけではないが、市が同制度の適用を発表したこと自体、前向きな姿勢であると解釈しても強引ではないだろう。指定管理者制度そのものは、一昨年に地方自治法の一部が改正され、公共施設の新たな管理方式として導入された。自治体としては民間企業の持つ活力を利用できるというメリットがあり、小泉構造改革の一環として実現したといえる。

 日本の野球、サッカー場は自治体が所有しているケースが多い。球団が直接球場を建設するには膨大な費用がかかるし、リスクも大きい。そんな中で同制度が適用されれば、プロ球団と自治体との協力の中で、地域に根ざした文化的な可能性も広がる。今回のケースでロッテが指定管理者になればプロ野球、Jリーグを含めたプロ球団の適用第1号となる。制度そのものには、まださまざまな問題やいろいろな意見があるだろう。だが日本の球団経営を根本から変えるスポーツビジネスの「タイムリーヒット」として今後の展開に注目したい。

September 13, 2005 03:00 PM

2005年09月03日

絵になる男ジョニー

 やっぱり、ジョニーは絵になる男だ。ロッテ黒木知宏投手(31)が8月28日のオリックス戦で、本拠地千葉マリンでは1545日ぶりとなる白星を飾った。詰め掛けた観客は満員の2万8918人。新球団楽天を迎えての3月26日開幕戦の2万8353人、ゴールデンウイークの5月4日楽天戦の2万8874人を超える今季最多となった。夏休み最後の日曜日と重なったこともあるが、黒木の「54」のレプリカユニホームを着たファンの行列を目の当たりにして、あらためてジョニー人気のすさまじさを感じた。

 カメラマンにとってもシャッターチャンスの多い試合だった。翌日、紙面を飾ったのは試合後、マウンドから降りて、2階席までビッシリ埋まったスタンドをバックに、両手を突き上げて天を仰ぐ姿だった。印象的なシーンだった。通常は右翼から中堅までのロッテ外野応援団が、その日は左中間までのびていた。黒木はヒーローインタビューを終え、まず右翼スタンドへあいさつに走った。そのまま左翼へ走り、それからマウンドへ再び上がった。そしてマウンドから降りた後、天を仰いだのだ。

 一瞬をとらえた越田省吾カメラマンは「目は切らさないように注意していましたが、マウンドからベンチへ戻る時に、あんなしぐさをするとは思わなかった。慌ててカメラを向けました」という。さらに「カメラマンとしても、見どころの多い試合でした。送稿する写真の数も、自然と普段よりは多い枚数になってしまった」と語った。

 この試合で記憶に残った場面を挙げてみる。

 ◆登板直前、ベンチからマウンドへ向かうと、本塁から一塁へのライン真ん中の手前で立ち止まった。帽子を取って深々と頭を下げ、しばらくたってからラインをまたいだ。

 ◆マウンドに上がってからは、うつむいたり、ボールを見つめて集中力をひたすら高めた。

 ◆7回2死で一塁側ベンチへ降板、スタンドからの「ジョニー」コールに応えて、ベンチから出て帽子をとってグラウンドへ深々と頭を下げた。

 ◆ヒーローインタビューで小宮山から「本日の主役」のタスキをかけられ、こぼれる笑み。

 ◆試合後、復帰を祝って打ち上げられた54発の花火を照れくさそうに眺めた。

 飾らない、野球に対する真摯(しんし)な姿勢がファンの共感を呼び、根強い人気につながっていると思う。黒木は今春のキャンプで「喜怒哀楽を出して真剣にやることが感動を呼ぶと思うし、そういうことをできる選手は少ないと思う。少なからずそこに入れてもらえているとすれば、それを全うしなくちゃいけないと思う」と漏らしていた。

 歴史的な快進撃を続けるチームの中で、黒木が投げるということは、その陰で1人の選手が2軍に落ちるということだ。豊富な投手陣を誇るチームとしても、特別扱いはできないだろう。だが、個性的な選手が少なくなってきていると感じる日本プロ野球の中でも、「絵になる男」の存在は貴重だ。

September 3, 2005 12:42 PM

2005年08月24日

「クジ運」鍵のドラフト

 プロ野球のドラフト戦線に異変が起きている。

 駒大苫小牧が57年ぶりの2連覇を達成した夏の高校野球選手権。金の卵が期待通りの活躍を見せた。準決勝で敗れはしたが、大阪桐蔭の辻内崇伸投手は歴代2位となる65奪三振をマークした。平田良介外野手は1試合3本塁打も記録。両選手はともにドラフトで入札抽選(1巡目)で指名される可能性がある。甲子園は大きな盛り上がりを見せた。今年は高校生に逸材が多いと言われていたが、それを実証する大会となった。

 例年ならば、バックネット裏でスピードガンを構えた各球団のスカウトからは「あの選手の素材は素晴らしい。ドラフト1巡目でいきたいね」という弾んだコメントが出るはずだった。早期に獲得表明すれば、選手、チームへの印象は良くなるし、熱意が伝わる。今までよくあった「意中の球団以外から指名された場合は、大学、社会人に行きます」という選手の“意中”に入る可能性も高くなる。

 だが好選手、好プレーが続出したにもかかわらず「ドラフト候補? いい選手ではあるが、それについては言えないな。いろいろ総合的に判断しないといけない」というスカウトの慎重な姿勢が目立った。私としては、超高校級の記録が出た甲子園で、それは少し寂しい気持ちもした。

 理由は今秋から導入される予定の新ドラフト制度にある。今までは高校生の有力選手を1巡目で獲得したい場合、指名が重複した場合は抽選を行った。クジに外れても、重複がなくなるまで抽選を繰り返すシステムだった。それが今年は高校生と大学、社会人の分離ドラフトになった。高校ドラフトでは、入札抽選に参加した場合、クジに参加できるのは1度だけ。外れたら、ウエーバー順の指名になってしまう。

 10月3日に行われる高校生ドラフトのウエーバー順は9月26日時点での成績で決定する。仮に1選手の指名に12球団が集中した場合もクジは1度だけ。外れた場合は広島、楽天、巨人、日本ハム…という順序で指名していき、ソフトバンクは12番目でようやく回ってくることになる。上位にいる球団は「クジに外れたらアウト」の状態なのだ。ゆえに「抽選確率」も重要だ。2分の1ならOKか、3分の1なら回避か、5球団の競合なら避けるしかない…。他球団の動向を考慮しながら1巡目候補を決めていかざるを得ない。上位にいる球団からは「何で、こんなところにウエーバー順を持ってくるのか…」というボヤキも聞こえそうだ。

 という、初体験のドラフトであるため、スカウト陣は慎重な姿勢を崩せないのだ。早期に1巡目指名の選手を表明しても、クジに外れて最後に回るかも知れない。その時に指名した選手に悪印象を与えかねないのだ。

 現場の戸惑いの中、気付けば高校生ドラフトまで1カ月半を切っている。抽選にかける球団は、クジを引く人物を抽選で選ぶ-そんな話が冗談にならないほど、「クジ運」がキーワードになる今年のドラフトだ。

August 24, 2005 10:44 AM

2005年08月14日

薬物疑惑自ら晴らせ

 ちょうど、高校の時だろうか。スポーツドリンクがブームとなった。私も部活動の練習の最中、帰宅してからも欠かさず飲んでいた。大学では、牛乳にプロテインを溶かして飲んでいた。なかなか溶けずに、ドロドロのまま飲んでいた。とてつもなく、まずかったのを覚えている。効果があったのかは、わからない。誰でも、体を強くしたいという願望は共通してあるだろう。

 当時は社会的に「薬物」への意識は、低かったように感じる。

 それが、今やインターネットの発達で、わけのわからぬ薬物の名前を検索できるし、購入もできる。

 私が担当するロッテで、一部週刊誌が選手の薬物使用疑惑を報じた。バレンタイン監督と瀬戸山球団代表は会見を開き、強い口調で違法な薬物使用を完全否定した。「ふざけるな。なぜ、オレたちがそんな疑いをかけられなくちゃならないんだ。しかも、こんな時期に」。グラウンドに向かう選手の目も怒りに満ちていた。

 降りかかる火の粉は、払わなければならない、と思う。

 薬物への対応は、日本球界として避けては通れない問題だ。アマチュア野球なら、国際大会があるからドーピング(薬物使用)検査への意識は高い。だが、プロ野球では現段階で薬物に関しての規定がなく、対応は整備されていない。

 大リーグは1月に検査方法や罰則をより厳しくした新ドーピング規定を発表した。検査は全選手が年1回は受け、シーズン中、オフを問わず無作為で行われる。検査回数も上限がない。選手は1度目の使用で10日間、2回目で30日、3回目で60日、4回目で1年間の出場停止とした。

 それでも、深刻な問題となっている。先月、史上4人目となる3000安打、500本塁打を達成して将来の殿堂入りが確実視されていたラファエル・パルメイロ一塁手(オリオールズ)が薬物使用規定に違反したとして、大リーグ機構から10日間の出場停止処分を受けた。「意図的にステロイド(筋肉増強剤)を使用したことはない。どのように体内に入ったかも説明できない」。選手会を通じて異議を申し立てたものの、調停人から却下され、処分に従うよう指摘されたという。この件で元ロッテのフランコ一塁手(ブレーブス)は「たとえ今回の薬物テストの結果が間違っていても、パルメイロには、ステロイド使用者というレッテルが張られてしまうだろう。僕は自分の担当医に頼んで、独自のテストを受けている」とコメントした。

 選手としてはプライバシーの保護や、いろいろな問題があるだろう。薬物に関して使用した、しない、は水掛け論になりかねない。現状では、どこまでが許される薬物なのかもわからない。日本球界として禁止薬物を明示し、規定を設ける時代に来ているのではないか。すでに、日本プロ野球組織ではドーピング検査導入へ動いているようだが、活発な議論を期待したい。

 疑わしきは、自ら証明する姿勢が大事だと思う。それがひいては、一般社会の薬物汚染を防ぐ手だてにもなるのではないか。

August 14, 2005 11:54 AM

2005年08月04日

頑張れ「ユキオさん」

 元気だと思っていても、知らない間に体力というものは落ちてくる。昨秋、私はフルマラソンに初挑戦した。短距離とはいえ大学時代は陸上部に所属していたから、走れるだろうとたかをくくっていた。ほとんどぶっつけ本番で周囲から「無謀だ」と指摘されたが、その通り、かかった時間は5時間50分。25キロで少し休もうと思って歩いたのを最後に、2度と走れなかった。以後、歩き通して何とかゴールした。

 今春は、転んだだけでひざを骨折してしまった。反射神経さえ、にぶったのか? 38歳という年齢に、いろいろ考えてしまうことも多い。気が付けば、プロ野球選手にも同期や年上が減ってきた。ターニングポイントになる年齢なのだろうか。

 プレーを見る度、心の中で「頑張れ」とつぶやいてしまう選手がいる。日本ハム田中幸雄だ。12月に同じ38歳を迎える。今、いくつかの大記録を目前にしている。

 ◆2000本安打(あと44=過去33人達成)
 ◆1000打点(あと3=過去24人達成)
 ◆400二塁打(あと15=過去9人達成)
 ◆300本塁打(あと19=過去30人達成) ※記録は1日現在。

 先日、練習後に「ユキオさん」と声を掛けると、スタスタと引き揚げていく。アレレ、気が付かないのかな、とあわてて追いかけると「なんちゃって」と通路の奥で笑みを浮かべていた。ちゃめっ気のある人柄は、いつまでたっても変わらない。変にかっこつけたり、無言を貫く選手にも理由があるのだろうが、大記録に迫りながらいつでも自然体の田中幸を見ると、ホッとしてしまう。

 高校を卒業してプロ20年目の同期の巨人清原のような、華々しさはない。だが、コツコツと地道にヒットを積み重ねてきた。「大記録間近? そういう感覚はないね。でも他の選手が達成して大きく取り上げられているのを見ると、ああ、そういう記録なんだな、という気持ちはする」という。

 ケガとの戦いを続けてきた。特に右ヒジの遊離軟骨には長年、悩まされてきた。数年前には除去手術もした。「手術って、麻酔が切れた時がつらいでしょう」と問いかけてみた。「周りの話では、選手だから、人がいる時はしっかりしゃべっていたみたい。だけど、1人の時はうなっていた。内視鏡手術なら傷口は小さくて済むけれど、自分の時は開いたからね」としみじみ語った。

 その右ヒジを「今年は不思議と痛まないんだよね。こんな状態でやれるのは、本当に久しぶりだと思う」といたわるように、さすった。実直にプレーを続けて来た選手への、見えない贈り物なのだろうか。

 チームでは珍しく、打席に入る時のテーマ曲がない。「自分は自分らしく、それが一番いい」。派手なことが好きではないのだ。それは徹底している。

 2000本安打が達成されれば、球団生え抜き選手では初になる。その偉業が成し遂げられた瞬間の「ユキオさん」の笑顔を楽しみにしている。

August 4, 2005 11:26 AM

2005年07月25日

途中経過と信じたい

 最初に見て聞いて「なんじゃあ、こりゃあ」と思った。今年行われるドラフト会議の話だ。19日にプロ野球実行委員会とオーナー会議が行われ、2年間の暫定ドラフト案が承認された。高校生と大学、社会人を分け、分離ドラフトを行う新方式だ。

 まず単純に、分かりにくい。高校ドラフトは1巡目に入札抽選制を導入した。抽選に外れた球団は、ウエーバー制で順に残りの選手を指名する。大学・社会人ドラフトでは、これまでの自由獲得枠が希望選手枠と名称が変わる。現行2枠を1枠に削減。希望選手枠を回避した球団は、高校ドラフトで入札抽選に外れた球団が指名した後に、優先的に指名できる。高校ドラフトで入札抽選を回避した場合、希望選手枠、1巡目指名後、優先的に指名できる。

 と書いてきても、文字だけでは分かりにくい。ドラフトはショーアップすべき性質のものではない。だが、昨年の球界再編騒動で、球界の密室的な体質が問題になったばかりだ。ファンの野球離れを反省した結果、構造改革に着手したはずではなかったか。ファンにとっては、今回の案は明らかに理解しづらい制度だ。指名された選手も、自分は一体球団にどれだけ評価されているのか、把握が難しくなるだろう。

 高校生の目玉選手と大学・社会人選手の目玉選手の同時獲得も可能になった。昨年の騒動で、契約金高騰と戦力均衡がキーワードになった。ドラフト改革についても「戦力均衡か競争か」が議論されたが、競争を激しくするものとしか感じられない。

 高校生ドラフトで入札抽選を回避した球団、希望選手枠を回避した球団にはウエーバー順で優先権が与えられるが、上位から漏れた選手を複数獲得できるだけだ。そのメリットが大きいとは思わない。高い待遇に頼らず、戦略的に入札抽選、希望選手枠を回避して「掘り出し物」を指名する妙味も薄れる気がする。とりあえず入札抽選に参加、希望選手枠でもとりあえず即戦力をキープ、という安易な戦略が主流になるのではないか。

 それぞれが自分たちの主張を譲らず、さまざまな思惑が交錯した結果、行き着いた妥協案と言われても仕方がないだろう。完全ウエーバーはともかく、それに付随するFA権の短縮がネックになったようだ。ウエーバー派の球団も、FA短縮には強硬に反対した結果だった。それが年俸高騰につながると恐れたからだ。

 ある球団幹部は「競争が悪いとは思わない。そこから企業努力が生まれる。だが不正をやめようと、根本から改革しようと決めたはず。それなら、それを貫くべきだ。できないなら、改革は断念しました、と言うべき。それもできずに、まとめることだけを考えた結果になってしまった」とため息をついた。

 とにかく1つにまとめることが第1の目的になっていたのだとしたら、寂しい限りだ。これが結末だとは思いたくない。構造改革の途中経過だと信じたい。

July 25, 2005 11:20 AM

2005年07月15日

五輪「空白」埋めよう

 一報を聞いた時に「エッ、まさか…」と思った。国際オリンピック委員会(IOC)が2012年のロンドン夏季五輪の実施競技から、野球とソフトボールの除外を決めた。昨年、長嶋ジャパン担当としてアテネ五輪野球を取材した私としても、残念でならない。しかし、これまで08年北京大会もIOCプログラム委員会が同競技の除外を提案した経緯もある。今回の決定は驚くべきことでもなく、当然の流れとも言えたのかも知れない。しかし、最終的には大丈夫だろうという楽観的な見方が球界にはあったし「空白」をつかれた部分もあった。

 昨年、日本は史上初めてアテネ五輪にオールプロで参加した。その参加の経緯は複雑だった。当時の長嶋監督は制約なしの最強軍団結成を希望したがかなわず、結局は1球団2選手枠におさまった。五輪に対してプロ球界の足並みはそろわなかった。その姿勢に他のスポーツから見れば甘い、と思われる面もあっただろう。その中で結成された長嶋ジャパンは銅メダルに終わったが、得るものは大きかった。西武松坂が右腕に打球を受けながらも痛むそぶりも見せず、五輪で初めてキューバを破った姿には素直に感動した。代表チームはプロ野球とは違う、国際野球で勝つ難しさを学んだばかりだった。

 「空白」とは、五輪へ今後、どう取り組むかという意識だ。北京五輪もプロかアマか、両者の混合で臨むのか、方向性は示されていなかった。11日にはMLBがワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開催要項を発表したが、日本プロ野球組織と選手会では参加の意思統一が取れていない。その中で国際大会である五輪とWBCをどう位置付けるか決まるはずも、余裕もない。位置付けが定まっていれば、WBCはプロで、五輪はアマでという参加の仕方もあったはずだ。加えて昨年、球界は再編の大騒動に揺れた。ドラフト制度も問題になった。その反省を元に、構造改革に取り組むことを決めた。その真っ最中に、飛び込んできた「除外」の一報だった。

 特にアマチュア選手への打撃は大きい。ロッテの渡辺俊介投手(28)はプロアマ混合で臨んだ00年シドニー五輪に、新日鉄君津から参加した。イタリア戦で白星を飾るなど活躍、ドラフト候補に浮上した。五輪がなかったら、現在のサブマリン旋風はなかったかも知れない。「とても残念です。五輪は年齢的にプロに入れない選手のモチベーションになっていた。また僕のようにスピードのない投手は、五輪などレベルの高い舞台で抑えるところを見せないと、プロへの道は開けない」と漏らした。

 五輪の意義を否定する野球関係者はいないと思う。12年の除外は永遠の消滅を意味するものではない。プロアマ関係は雪解けの方向に向かっている。手を組んで五輪への意識の「空白」を埋める作業をするべきだ。今まで、競技存続へプロアマが協力したIOCへのロビー活動は、十分ではなかったように感じる。簡単ではないが、構造改革の延長線上で、それは可能なことだと思う。

July 15, 2005 12:15 PM

2005年07月05日

適性価格考え直そう

 プロ野球観戦の適正価格って、いくらなのだろうか? バックネット裏の指定席で、巨人(東京ドーム)は5900円、ロッテ(千葉マリン)は5200円、広島(広島市民)は4000円。個人的には高いと感じる。ましてや、家族全員で気軽に観戦できる値段ではないだろう。たまに私の親類も千葉マリン球場で野球観戦を楽しんでいるが、2000円台の内野指定席のチケットを頼まれることが多い。バックネット裏で投手の投げるボールの生の迫力を感じたい…とは思うけど、なかなか敷居は高そうだ。

 ロッテが興味深い試みをした。6月28、29日のソフトバンク戦で全席1500円を断行した。内野自由席2300円、外野自由席1600円を下回る値段だ。28日は2万5012人、29日は2万3838人を動員した。千葉マリン球場の平日のナイターとしては驚異的な数字だ。さらにビールも600円から300円に値下げ。これも約3万杯と飛ぶように売れ、従業員を含め応対が間に合わない事態となった。球団では30分ごとの観客の移動をチェックした。やはり開門後、バックネット裏の席から埋まっていったという。当初は韓国で開催するカードだったが、諸事情により断念。そのため年間シートが適用されず、一律1500円が実現したわけだ。

 荒木重雄企画広報部長は「人をいっぱい入れて、もうけようというわけじゃない。いくつか狙いはあった。野球の適正価格の実験というのもあった。平日には何人観客が来るか。もう1つは1500円の提示で、どこからお客さんで埋まっていくかということ」と説明した。今回の試みを単純な黒字、赤字で表現することはできないが、さまざまな面で「大成功だった」と同部長は分析した。

 今まで1度もバックネット裏で観戦したことのないファンが、今後も見るきっかけにつながればいいし、そこから新たな野球の魅力を発見することに結びつけばいいと思う。外野から、ファンが一体となって応援するスタイルもある。ホームランが飛び込んでくるだいご味を味わうのもいい。内野席で守備の迫力を目の当たりにしても、感動があるだろう。だがプロ野球を気軽に観戦するきっかけは多くないように感じる。

 バックネット裏の年間シートの存在もどうだろうか。本拠地球場の開催試合で、1年間を通じてバックネット裏の指定席を売る。対象の多くは法人だ。球団営業にとっては安定収入になるだろうが、会社付き合い、接待用ではなく、ネット裏こそファンでいっぱいになるのが理想ではないだろうか。年間席が契約されていても、試合当日に無人ではスタジアムは盛り上がらない。

 荒木部長は野球というビジネスに「入場料だけで考えるのではなく、客単価で考えたい。ボールパークととらえて野球と飲食、グッズなど幅広い消費につながれば。単純にこの日は何人、という入場料のタテ軸を計算していくのではなく、ボールパークで長い間楽しむ、という時間のヨコ軸を計算したい」という見方を提示した。野球の適正価格を考え直す余地はあると思う。他のスタジアムでも再考してみてはいかがだろうか。

July 5, 2005 11:31 AM

2005年06月25日

劇的ドラフト復活だ

 今年は久しぶりにドキドキ、のプロ野球ドラフト会議になるかも知れない。球界改革について話し合うワーキングチーム(作業部会)では、ドラフト改革のたたき台となる案を作成中だ。それに先駆けて、20日の実行委員会でスカウト活動における不正を防止するため、「倫理行動宣言」を発表した。「新人選手獲得活動において、利益供与は一切行わない」などが盛り込まれている。

 アマ側との契約交渉における「利益供与」の解釈について、ロッテ瀬戸山球団代表は「コーヒーもどうなるのか、ということになってしまうが、そういうことが本質ではない」という。では、交渉の際に持って行く、お茶菓子などの手土産の扱いは? ばかばかしいかも知れないが、今年のドラフト活動は何かとギクシャクしたものになってしまうかも知れない。

 アマ側にとっても、それは同じだ。例えば、高校生には(現時点で)逆指名権はないが、例年「希望球団以外なら大学、社会人」をにおわす選手もいる。限りなく「逆指名」に近いかたちになってしまうパターンもある。そういうこともあって、近年のドラフトは「安全策」が主流になっていた。優秀な高校生がいても、指名拒否や競合となってクジを外すことをおそれ、大学生、社会人へ自由獲得枠の行使に動く。結果的に「この選手に自由獲得枠か…」と疑問符がつくような安易な戦略を感じることもあった。

 だが今年はどういう制度になろうが、プロアマともに「クリーンなドラフト」が求められる。加えて、高校生中心のドラフトにもなりそうな気配だ。大学、社会人に目玉選手が少ない。その分、高校生が豊作だ。「大阪の四天王」といわれる大阪桐蔭の平田良介外野手と辻内崇伸投手、履正社の岡田貴弘外野手、近大付の鶴直人投手に、柳ケ浦(大分)の山口俊投手と思いつくままにあげても、西日本の高校生に逸材がそろう。プロとしては堂々と金の卵の指名に踏み切るおぜん立てはできているわけだ。

 高校生中心となればスカウト間の直前までの読み合い、探り合い、そしてクジ引き…と、不確定要素があり、ドラマも数多く生まれるかも知れない。

 個人的にドキドキしたドラフト…といえば98年11月20日だ。担当していた日本ハムは、目玉の松坂大輔投手(当時横浜高)を指名した。横浜、西武との競合でクジ引きとなった。日本中が注目していた松坂の運命。私も当時の上田利治監督の手元に注目…えっ? 何をするかと思ったら、クジの入った3枚の封筒すべてを箱から取り出し、会場の度肝を抜いた。さらに手で触って上、真ん中、下のうち、真ん中を引いた。しかも、外れに終わってしまったのである。その行動にムッとした表情を隠さなかった当時の西武東尾修監督が、結局、当たりクジを引いた。ドキドキした、というよりは、ビックリしたという方が適切だったかも知れない。

 今となっては懐かしい思い出だが、今年のドラフトは11月18日の予定だ。どんなドラマが生まれるか。その前に、しっかりした制度改革が出来てからの話だが。

June 25, 2005 11:53 AM

2005年06月15日

目が離せないロッテ西岡

 担当しているロッテの勢いが止まらない。交流戦でも対戦チームの担当記者が、必ず口にする言葉は「ロッテは本当に強い」。強いチームには、快進撃の象徴となる選手が出てくるものだ。ロッテの場合、それは西岡剛内野手だろう。大阪桐蔭高校から入団3年目で弱冠20歳。ドラフト1巡目での指名だったから期待通りの働きだが、予想よりも早く定位置を獲得しつつあると言っていい。

 西岡のスピード感あふれるプレーは見ていて気持ちが良くなる。12日の中日戦では左翼線と右翼線へ二塁打2本、左中間へ三塁打1本とナゴヤドームで躍動した。思い切り良くベースを蹴って、あっと言う間に到達。見ている側をスカッとさせてくれる。機動力野球を標ぼうする中日落合監督にも俊足を見せつけた。2日の広島戦で左足を痛めていたが「もう大丈夫です。左中間へ強い打球が飛べば、調子がいい証拠」と勢いが全身にみなぎっている、という感じである。

 練習嫌いと言いながらも、試合後も必ずバットを振り込んでいく。その量は間違いなくチームトップクラスだ。「練習は好きじゃないけれど、やらないと上にはいけないから」。口数は少ないが、この若さで職人の雰囲気が漂う。昨年は63試合の出場にとどまったが、オフに「来年は何とか盗塁王を狙いたい」とタイトル獲得を目標に掲げていた。その言葉が、現実的なものとなる数字を残している。昨季途中に左打ちから右打ちにも挑戦、スイッチ打者への転向も飛躍の要因となった。

 ふと、98年オフの日本ハム小笠原道大内野手(31)のことを思い出した。鴨川秋季キャンプのこと。同チームの担当になりたてで、小笠原にあいさつしようと全体練習終了後に室内打撃場の前で待っていた。だが、いつまで待っても練習が終わらない。チーム全員が引き上げても、納得するまでバットを振っていたのだ。捕手から一塁へ転向し、何とか打力を生かそうともがいていた時期でもあった。「いつまで練習するんだろう。名刺も渡せない」と、その練習量に舌を巻いたものだ。

 翌年オープン戦からレギュラーに抜てきされると大活躍を重ねた。結果を出さなければいけない、という重圧もどこ吹く風。失敗を恐れぬフルスイングは、見ていても気持ち良かった。「最強の2番打者」としてブレークした。口数は多くはないが、一本気な性格は、どことなく「侍」の雰囲気さえ漂わせていた。

 タイプは違えど、同じにおいを西岡にも感じた。あの時期、小笠原が大きくステップアップしたように、今季は西岡にとって大事なシーズンになりそうだ。野球選手には、はたから見ていてもはっきりと感じられるような「転機」が存在する。小笠原が「フルスイング」なら西岡は「スピード」が武器だ。小笠原がそうだったように、西岡も間違いなく将来のプロ野球を代表する選手になる、それを感じさせる「今」だ。

 打球が野手の間を抜けたら、西岡の足をドキドキしながら見て欲しい。まばたきをしないで。

June 15, 2005 11:04 AM

2005年06月05日

選手も歓迎「交流戦」

 プロ野球の交流戦も折り返し点を越え、意外な結果や、今までは実現しなかった勝負を見ることができて興味深い。個人的に楽しみにしていた「対決」も実現した。5月26日の広島-日本ハム戦。広島の赤ゴジラ、嶋重宣外野手(28)と日本ハムのエース、金村暁投手(29)がプロ11年目で初めて対戦した。

 嶋が東北、金村が仙台育英でともに投手として騒がれた高校時代を東北支社(現総局)で見ていた私にとっては気になるライバル対決だった。

 ローテーションの関係では実現しない可能性もあっただけに、2人は縁が深かったということにもなる。しかも勝敗がきっちり出た。4度、対戦機会があって嶋が遊安、四球、中安、右本で3打数3安打1本塁打と打ちまくった。試合は日本ハムが勝って金村が6勝目と「痛み分け」の形となった。

 周囲は交流戦ならではの対決と騒ぐが、本人はどう思っているのだろうか。嶋に話を聞く機会があったので、尋ねてみると「金村とはやってみたかったですからね。交流戦があって、本当に良かったと思いますよ」と歓迎していた。11年前の金村を「とにかくスライダーがいいと印象があった」と振り返った。そして初対戦を終えて「プロでも変わらず、いい投手だと思った。状態はあまり良くなかったようだったけれど、低めにボールを集めてくる。勝っている投手は違う」と語った。

 注目もされたが「自分自身、より集中力も高まった。やっぱり打ちたかったですからね。結果も出てうれしかった」と漏らした。2人とも高校時代は、みちのくの超高校級選手としてドラフトの目玉となったが、さらにプロでも結果を出すというのは並大抵のことではない。嶋の口ぶりは、金村との対戦によって原点に返ることができたかのようだった。

 次に私が待ち望んでいるのが、西武松坂大輔投手(24)と横浜村田修一内野手(24)の対決。村田は高校時代は投手で、東福岡のエースとして甲子園で横浜の松坂と投げ合った。3年時のセンバツ2回戦では出雲北陵相手に無四球完封勝利。だが3回戦で横浜の松坂に完封負けを喫した。投手としての限界を感じた村田は、日大進学後に「上には上がいるし、打撃も好き」と野手転向を決意した。

 アマチュアを担当していた時に、東都を代表するスラッガーとなったが「松坂を見て投手じゃダメだと思った」とポツリと口にしたのを覚えている。昔も今も、フルスイングは見ごたえがある。投手松坂VS打者村田。野手になったきっかけを作った松坂を相手に、どういうスイングを見せるのか。高校時代のリベンジと、自らの成長した姿を見せることができるのか。ローテーションの問題があるが、実現するかどうか。

 さて、嶋VS金村は14日からの3連戦で第2ラウンドがあるかも知れない。「次? もちろん打ちますよ。調子も上がっているし」と嶋は自信満々だった。やっぱりライバルっていいもんだな、つくづく思った。

June 5, 2005 12:12 PM

2005年05月26日

広島の嶋「きっかけ」は55

 高校3年生だった11年前と、まったく変わっていなかった。アマチュア時代から同じ気性を持ち続けている選手というのは、うれしいものだ。太い腕に、少しポッチャリしたおなか。年齢より落ち着いて見える癒やし系の顔立ちに、屈託のない語り口も変わらない。ただニックネームが「東北の快腕」から「赤ゴジラ」に変わった-広島の嶋重宣外野手(28)だ。


 交流戦の恩恵で、アマ時代に見ていた数多くの選手を、チェックできるのはありがたい。体格の変ぼうやプロ入りした後の成長を直接、感じることができる。嶋も同じだ。広島-ロッテ3連戦で、ゆっくり話をする時間を持つことができた。95年春、宮城・東北高校の卒業式後に一緒に立ち寄ったラーメン店以来だろうか。広島県にある福山市民球場の通路のパイプいすに、どっかり腰を下ろしている嶋を発見した。「久しぶりですねえ。変わらない? 当然ですよ」と、彼は人懐こい笑みを浮かべた。


 ドラフトの目玉投手として入団した。なかなか活躍することが出来ず、その後、打者に転向。あれほど投手にこだわると言っていたのに「そんなこともありましたねえ」と笑っていた。毎年、オフには戦力外通告されるのではないかと心配していたほどだった。が、背番号を55番に変えてから昨年、突然ブレイク。首位打者まで獲得した。


 -出来るんなら、もっと早く頑張ったら良かったのに。


 嶋「自信はずっとありましたよ。1軍でやっても結果を残せるという。練習は本当に、必死にやってきましたからね。だけど、自分の持っているバッティングの基本というか、それを変えたくなかったので、時間がかかっちゃった」。


 -背番号はヤンキース松井秀喜の「55」を意識したの?


 嶋「あんまり関係ないですね。まあ、「赤ゴジラ」でいろいろ取り上げてもらったので、ありがたかったですけれど。本当は、背番号は変わったんじゃなくて、変えられたんです。まず、自分の背番号を新人に譲ってくれと球団から言われたもので。ああ、いいですよ、と答えました。悔しかった? 当然です。それでゾロ目が好きだったのと、有名な占い師の方に『5』がいいとアドバイスされたので、55となりました。本当にその通りに活躍できたので、うれしかったですね」。


 プロ野球で、10年選手が突如ブレイクするというのは珍しいことだ。野球でも、人生でも、根本的には変わっていないのに、少しのきっかけで、結果が変わってしまうことがある。それを証明した彼の言葉を、不思議な気持ちで聞いていた。


 ロッテ3連戦で、嶋は1安打1打点に終わった。「本当にロッテはピッチャーがいい。強いチームですよ」と悔しそうに話していた。昨年のタイトルホルダーも、同じように数字を残し続けるのは簡単なことではないだろう。だが、せっかくの「きっかけ」を手にしたのだ。それを大切にして活躍を続けて欲しいと思う。

May 26, 2005 01:12 PM

2005年05月16日

ジョニーからの伝言

 ロッテのジョニーは、元気です。


 チームは貯金2ケタと開幕から1カ月以上たっても、大崩れしない。最大の要因は投手陣が安定していること。特に先発陣は清水、渡辺俊、小林宏、セラフィニ、小野、ルーキーの久保…というように他球団もうらやむ豊富さだ。あまりの充実ぶりに、出番がなくて登録抹消される投手が出るほどだ。


 4日には1軍で登板間隔のあいたベテラン小宮山が、イースタン(2軍)の試合に先発。デーゲームの2軍戦に出場してからナイターの1軍戦に臨むことは珍しくないが、4日はともにデーゲームだった。小宮山は1軍の試合にベンチ入り登録しながら、2軍戦で登板。投手陣の余裕を象徴する異例の出来事だった。


 その翌日の5日、イースタン湘南戦を見るために、ロッテ浦和球場に向かった。こどもの日ということもあって、球場は満員。試合前に目をグラウンド横のブルペンに向けると、大きな人垣ができていた。


 その中で、黒木知宏投手が入念に肩を作っていた。先発マウンドに上がると、ひときわ大きな歓声が起こった。直球の最速は140キロ。最近の右腕投手にはあまり見られない大きなカーブとのコンビネーションで、打ち取っていった。7回79球を投げて4安打無失点、2奪三振、四球1。やはり、巧みなピッチングだった。


 黒木「小宮山さんから『焦るなよ』って声を掛けられたんですよ。でも『楽しくやってますよ』と言った。ユニホームを着て先発できるというのは幸せ。本当に、投げられることが、楽しい」。


 そう言って、笑顔を見せた。昨年10月に右ひじを手術。年末にネットピッチを開始した。1歩、1歩、階段を上ってきた。


 黒木「もう違和感はない。でも痛みというものとは、うまく付き合っていかないといけない。痛みが出る時があるとすれば、それがいける痛みなのか、ダメな痛みなのか。対話しながらやっていかないといけないですね。今、調子が上がって来てるのは間違いない。100球を問題なく投げていければ。あと2、3試合かな」。


 好調なチームと2軍から復活にかけるジョニー。スポットライトがあたっている1軍昇格への思いは、どうなのだろうか。


 黒木「チームが苦しくなった時、必要とされる準備をしておきたい。ピッチャーというものはね、100球投げて、自分の思い描くボールのライン、軌道が100球の中にまったくないとへこむんですよ。100球の中に1球でも、それがあれば。今、そういうボールが増えて来ているから楽しみです。肩が完全にできてきて、体を強くして…。理想の軌道が出てくれば…。その時、黒木のボールが行くと思う」。


 盛り上がった背中。後ろから見た背番号54番は、力強かった。31歳。ベテランと呼ばれるにはまだ早い。ジョニーの力が必要になる時は、必ずやってくるだろう。

May 16, 2005 11:10 AM

2005年05月06日

例えば嶋vs金村

 6日から、いよいよプロ野球交流戦が始まる。昨年、激動した球界の動きの中で、何とかしようという意識の中から生まれた交流戦だ。今年は各球団とも改革元年と位置付け、人気復興へ努力している。交流戦でしか実現しなかった新たなカードが観客を球場へ戻す起爆剤になって欲しいとも思う。


 個人的に、楽しみにしている「対決」がある。


 広島嶋重宣外野手VS日本ハム金村暁投手。


 94年11月18日のドラフト会議のことだ。東北支社に勤務していた私は、宮城・東北高校野球部の合宿所にいた。ドラフト目玉選手の1人に挙げられていた嶋は、広島から2位指名を受けた。予想通りの球団、指名順位だった。おっとりしたマイペースは、今も当時も同じだった。「甲子園のマウンドとドラフトと、どちらが緊張した?」という問いに「そんなの甲子園に決まっているじゃないですか」とあっけなく答えたのが印象に残っている。


 だが、同じ宮城の仙台育英・金村が日本ハムから1位指名を受けたことを知らされると、表情が変わった。「そうなんですか」と無関心を装ったが、明らかに負けられないというライバル意識があった。金村も「自分が試合に先に出られるよう頑張る」と嶋を意識した発言をした。2人とも、東北の超高校級投手として騒がれていた。豪快な左腕の嶋はナタ、しなやかな右腕の金村はムチ、という表現がピッタリだった。


 それから11年がたった。入団時は「投手にこだわりたい」と語っていた嶋は打者に転向。なかなか芽が出ず、毎年、オフになると戦力外通告を受けるんじゃないかと気になっていたが、見事に打者として復活した。まさか赤ゴジラというニックネームがつくとは思わなかったが…。金村は、順調に投手として成長した。日本ハム担当として直接取材する機会にも恵まれた。嶋は首位打者、金村は最優秀防御率という勲章も手にした。


 昨年のオールスター戦。ともに選出された金村は、嶋との対戦を熱望していた。起用のタイミングもあって、それは実現しなかった。「本当にやりたかった。楽しみにしていたから、残念ですよ」と名残惜しそうな表情を見せ、球場を後にした。


 先日、言葉を交わす機会があった。交流戦で広島戦に登板した場合、嶋との対決を聞いてみた。「楽しみ? そういう気持ちは、今度は全くないですね。勝負を楽しむ余裕はなくなるでしょう。チームの勝ち負けにかかわる問題になりますから。真剣勝負。でも抑えて見せますよ」。その言葉には、迫力があった。11年前のライバル意識は消えてはいなかった。


 オールスターともわけが違う。交流戦でこそ実現する、幻だった対決がある。2人ともプロで苦労を重ね、チームの主力にまで成長した。今までの自分を振り返る、そういう対戦になるかも知れない。


 野球名鑑を手に「注目の対決」を自分なりに見つけだすことを、交流戦の新たな楽しみにしてはいかがだろうか。

May 6, 2005 11:29 AM

2005年04月26日

野球場に行く楽しみ

 思わず、見入ってしまった。14、17日とロッテが球団チアパフォーマー「M☆Splash」のオーディションを行った。千葉マリンスタジアムの正面にステージを設置。スポンサーも付き、公開という異例の形を取った。それだけ球団の期待も大きく、売り出したいという意欲が表れていた。


 受験者は300人。予想を大きく上回った。ダンサー、学生、主婦、アナウンサー、レースクイーンとさまざまで18~52歳までが受けた。好きな手段でのPRもあり、新体操、バレエ、バトン、アカペラなど体を張ったアピールで熱意がストレートに伝わってきた。


 球団はチアガールの再編成で他チーム、球場との差別化を図っている。チアダンスというスポーツで「お飾り」的なチアガールからは脱却しようというわけだ。そのため米NFLのワシントン・レッドスキンズの元チアリーダー、中山麻紀子さん(29)が企画広報部の一員としてディレクターに就任。オーディションでも審査員を務めた。「ダンスだけではなく、表情、ショーマンシップを見た。笑顔でチーム、観客に元気を与えるような存在になれば」と目的を語った。


 合格したのは、これも予想を上回る18~31歳の76人。大所帯だが、球団チアの枠を超えた活動を目指す。76人をダンス中心、接客中心などに役割分担。中山ディレクターは「ファミリーのようになれば」とボランティア、イベントなどの出演も視野に入れている。


 もともとチアリーディングは米国の大学で、フットボールチームを応援するために男子学生が声援の形を取ったのが最初、といわれる。「あくまでチームが主役。ロッテファンは熱心だし、ファンに倣って新しい応援スタイルをつくっていきたい」と中山ディレクターはいう。どのように野球とチアパフォーマンスを融合させるか、どのようなダンスで野球ファンを盛り上げるか。独自のスタイルを模索していく。


 今季からプロ野球の観客数発表がより正確になった。それは現実を見つめなければならないということだ。プロ野球のニュースで、テレビカメラが瞬間的に映し出す観客がまばらなうち、外野のスタンドに、思わず目を背けたくなることが、時々ある。観客を集めるためには、もちろん、洗練されたプレーが基本。だが、その上に、ロッテのようなチア改革や、球場そのものの独自性でファンを引きつける手段もあるだろう。ゴールデンウイークが近い。野球を見る上に、その球場に行くだけで、イベントに接するだけで楽しい気持ちになれれば…。


 新生「M☆Splash」のお披露目は5月3日からになる。開幕以来となる本拠地での楽天戦だ。その舞台に向けて、76人のメンバーはレッスンを重ねている。

April 26, 2005 03:02 PM

2005年04月16日

理想のドラフトとは

 本当に、プロ1勝までの道のりは長かった。9日の巨人-中日戦。巨人内海哲也投手(22)は6回1失点で降板した後、ベンチで試合を見守った。投手陣が迎えるピンチに乾いた唇をなめたり、思わず下を向いたり…。落ち着かない心中が、ダイレクトにこちらにも伝わった。その様子がプロ2年目とはいえ、初々しくもあった。2点差に追い上げられたものの、何とかチームは内海を勝利投手にした。「長かった」。インタビューで漏れた言葉には、最初のドラフトから過ぎた約4年半の年月の重みがあった。潤んだ目に、私にも感慨深いものがあった。

 00年12月5日。私は福井県敦賀市内のトンカツ店にいた。その中の一室で、内海は東京ガスの当時の仲沢伸一監督のあいさつを受けていた。同年11月17日のドラフト会議で敦賀気比の高校球界屈指の左腕は、オリックスから1位指名を受けた。「ちっちゃいころから見てきたし、物心ついた時から巨人ファン。そんなところでやってみたい」という思いで、指名を拒否した。巨人入りを熱望しての指名拒否。世間の一部からはバッシングもあった。


 プロで初勝利を待つ様子もそうだが、内海の表情はうそをつけない。東京ガス入りを決意したトンカツ店では、顔色はさえなかった。あえて「巨人」の2文字は口にしなかった。社会人の強豪へ進むホッとした気持ちと、ドラフトの騒動から周囲への遠慮もあったのだろう。「1日も早く野球をやりたい」。18歳のその姿に、痛々しさを感じた。


 社会人での3年間。内海から、同じ言葉を聞き続けた。


 僕の気持ちは、変わりませんよ。絶対に。


 自分に言い聞かせるように、練習に打ち込んだ。東京ガスでも故障に苦しんだり順風満帆にいったわけではない。それを、巨人入りという強固な目標が支えていた。1日、1日と表情が明るく変わるのが手に取るように分かった。「優遇されてますが、会社の仕事もどんどんやりたい」。妥協を許さぬ練習を課した石井章夫監督のもと、社会人としても成長した。


 そして、自分の意志を貫いての巨人入り。巨人OBの祖父・五十雄さん(故人)と同じ26番を背中につけて、ようやくつかんだ1勝は、プロとしての第1歩に過ぎない。


 内海の表情を見ながら、ふとドラフト制度改革について思いが及んだ。プロ野球の構造改革協議会は、ドラフト改革も討議する。理想のドラフトとは何か。個人的には、戦力均衡を目的とした完全ウエーバーが理想ではないか、と考えてきた。だが自分の働きたい球団に入れない。内海のような選手の願いがかなわない、ということになる。それは、選手の職業選択の自由を制限する可能性もある。ならば、FA取得の期間の改正とセットにして考える必要もある。メジャーへの人材流出の問題もでてくる。球団、選手、ファン。協議会の現場レベルで様々な意見を吸い上げているが、調査し過ぎるということ、議論し過ぎるということはない。

April 16, 2005 11:25 AM

2005年04月06日

本当の改革これから

 やはり観客で満員の野球場というのは気持ちがいい。3月26日、ロッテは50年ぶりにプロ野球に新規参入した楽天と、本拠地千葉マリン球場で開幕戦を行った。歴史的なカードにファンの関心も高かった。千葉マリンでは年間シートの契約数に加え、その他の席に着いた観客数を発表している。ほぼ正確な入場数だ。


 開幕戦は当日券をすべて完売、2万8353人と発表された。外野自由席も可能な限りファンを入れたので、この数が球場の実際の収容人数とみていいだろう。パ・リーグ開幕日の観客数を比較すれば、昨年の計13万7000人から、今年は8万1768人と約4割もダウンしたことになる。ただ昨年までの漠然とした発表から今年は実数発表に踏み切ったことが大きな要因で、この数字を冷静に見据えていかなければならないだろう。


 どの球団も今年を「改革元年」ととらえている。ロッテも例外ではない。新球団を迎えての開幕戦に、さまざまなイベントを企画して集客に努めた。中心となったのが荒木重雄企画広報部長(41)だ。外部から優秀な人材を採用し、経営をはじめとするさまざまな分野に生かしたいという球団改革の一環として、招へいされた。日本IBMや外資系企業でソフトウエア開発などに携わった。その後、スポーツマネジメントを学び、今年1月に球団入りした。


 荒木部長から興味深い言葉を聞いた。「パ・リーグは今年、3つのパターンに分けられる。1つは新球団、2つ目は合併球団、3つ目はオーナーが代わらない既存の球団。楽天やオーナーの代わったソフトバンクは、当然やることは新しくなる。重要なのは、既存の球団(ロッテ)がどう変わっていくかだと思う」と言う。


 そこで球団改革の指針として「服のサイズ」を挙げた。「どういう切り口でやるかをリストアップしていたら、SS、S、M、L、LLという服のサイズにあてはまった。SSはサポーターとスポンサー。Sはスタジアム。Mはメディア。Lはロッテ。LLはリーグとローカル(地域)の意味。何か1つというわけではなく、野球を取り巻く環境を重視したい」と語った。その手腕に注目したい。


 選手にも改革意識はある。エース清水直行投手(29)は、開幕戦で自らデザインした「サポーター・タオル」をグルグル回して登板するパフォーマンスを見せた。勝利投手になった時には使用済みの汗つきタオルをプレゼントするなどアイデアを出している。「昨年の騒動で、本気でプロ野球がなくなるかも知れないと思った。僕自身も『投げる営業マン』じゃないけど、ファンに球場に足を運んでもらうために、いろいろ企画を考えていきたい」と積極的に動いている。


 開幕当初は、華やかなムードもあって改革機運が盛り上がるのは当然だ。大事なのは、むしろこれからだ、と思う。開幕から時間が経過するとともに「のど元過ぎれば…」となっては意味がない。ファンを球場に呼び戻すために、何が必要か。その努力は本当に続くのか。シーズンを通して見守りたいと思う。

April 6, 2005 11:35 AM