記者コラム「見た 聞いた 思った」

鹿野芳博

2005年07月01日

「一期一会」を大切に

 「カメラマンにとって何が一番重要ですか?」。

 写真部の先輩が数年前、他部署の上司に聞かれた。その先輩はしばらく悩んだ末、こう答えたという。

 「運じゃないでしょうか」。

 当時、私はその話を聞いて「運が重要? 運に頼っていたら、いい写真は撮れないですよ」と反論した。今より若かったこともあり「やる気」や「気合」といった自分からの直接的な要因の方が重要と考えていた。先輩の気持ちや考えを理解する余裕はなかった。

 2年前、ヤンキースの松井秀喜外野手とニューヨークで「運」について話したことがある。松井はこう言った。

 「僕は野球で運に頼ったことはないけど、運というものはあると思うし、自分は運が悪いとも思わない」。

 正直、驚いた。松井の口から「運」という言葉が出るとは思わなかった。松井は持ち前の才能と努力により活躍しているわけで「運」というもの自体、否定していると思った。

 松井が野球に出会ったこと。巨人に入団し、ニューヨークに渡ったこと。そしてヤンキースで試合に出続けていること。これらすべてが松井の人生だが、それは、運もあるというなら悪い運ではなかったといえる。

 「一期一会」。

 私のとても好きな言葉だ。「生涯にただ1度まみえること。一生に1度限りであること」。

 カメラマンの「運」も「一期一会」ではないかと思う。運とはある意味「チャンス」で、希少なその被写体(決定的瞬間)に出会わなければ、当然、写真にすることはできない。

 昨年夏、アテネ五輪取材の出発前夜、写真部のデスク(次長)2人と東京・築地のすし店に行った。

 デスクA「鹿野、アテネではテロに気を付けてな」。

 デスクB「そんないいかげんなことを言うのはやめてくれ。おれが鹿野を派遣すると決めた。安易に気を付けろなどと言わないで欲しい。テロがあったら取材しなければならないし、死と隣り合わせになる危険性だってある。それらすべてを考え、それでも行ってもらうことにした」。

 アテネ五輪はテロに狙われるという報道が多々あった。デスクもその危険性から、部員の派遣を悩み、それでも当然、アテネに行かせることを決断した。

 私も実際、テロに遭遇したら、自分がどうするか分からない。ただ、少なくとも言えるのが、持っていたカメラを、何か被写体となるものに向けるということだ。シャッターを押し、その後、逃げるかもしれない。それでも、写真という何かを残す自信はある。

 テロに遭遇するのも1つの「運」ではないだろうか。いい事ばかりが運ではないのだ。これから先、どんな被写体に出会うか分からないが、その「一期一会」を大切にしていきたい。そして、その被写体に平常心で向き合えるよう努めていきたいと思う。

 カメラマンは一瞬に生きなければならない。

 ※1年間担当したこのコラムも今回が最終回です。

July 1, 2005 10:57 AM

2005年06月21日

未知の国での英会話

 バーレーンってどこ? 

 何語で話すの? 

 先日、サッカーW杯アジア最終予選取材でバーレーンに行った。中東に行くのは4カ国目(UAE、オマーン、イラン)だが、全く未知な国だった。

 バーレーンはサウジアラビアに隣接する島国で、公用語はアラビア語だが、英語もかなり通じた。

 といっても、私は英語が得意なわけではない。3年前から「駅前留学」しているのだが…。

 英会話スクールに入会したきっかけは単純だった。95年、野茂英雄がドジャースに入団し、私も初めて米国に取材に行った。それからほぼ毎年、大リーグを取材するようになったが、英会話は上達しなかった。

 時は流れて02年、松井秀喜がヤンキースに入団し、ニューヨークのホテルでふと思った。

 「このままでは一生、英語を話せないまま、自分の人生は終わるんだろうな」。

 そんなとき「教育訓練給付制度」というものを知った。これは働く人の能力開発を支援し、雇用の安定と再就職の促進を目的とするもので、要は、国が社会人の習い事に、ある程度お金を払ってくれるというもの。

 説明だけでも聞いてみようと、軽い気持ちで最寄り駅の英会話スクールに入った。すると、年間の授業料は約20万円(100レッスン)で、成績に関係なく8割以上出席すれば、8割の約16万円が返ってくるという(当時の規定)。つまり、年間4万円で英会話を習うことができるのだ。

 入会前に筆記と英会話のテストを受けると「簡単な単語の組み合わせでしか会話できない」というレベルと診断された。あとは入会してひたすら通うだけだ。先生は外国人、生徒は最大3人までという売り文句通りで、次第に仲間もでき意外と楽しかった。

 結局、1年間で91レッスン通い、無事、16万円を手にすることができた。英会話も多少は上達したのか、レベルが2つ上がり「簡単な日常会話は何とかなる」になった。

 話は戻る。バーレーンで1人の少年と出会った。名前はアリ・ハマディ君(9)。バーレーンの公開練習を取材していると「僕は日本の選手は鈴木とアレックスを知っている」と話しかけてきた。流ちょうな英語だった。

 アリ君はプライベートスクール(私立校)で4歳から英語を習ったという。公立校は日本と同じように9歳から英語を習うそうだが、バーレーン人は日本人よりはるかに英会話はうまく感じた。

 しばらく、アリ君と英会話を楽しんだが、次第についていけなくなった。分からない質問に、あいまいな笑顔で答えることも多くなってしまった。バーレーンでの異文化コミュニケーションはこうして、また過ぎていった。

 英会話スクールに通うのも3年目を迎える。今度こそ、もう1度気持ちを新たに、駅前留学を頑張ってみるか。

June 21, 2005 11:54 AM

2005年06月11日

タイでもニセ警官!?

 サッカーW杯アジア最終予選の日本代表の取材でタイに入った。ある日、練習の合間の午後、時間があったので同僚とバンコクの街に出てみた。

 ホテルから歩いて約15分、スーパーで買い物をして外に出ると蒸し暑い。気温は35度もある。歩いて帰るのもしんどい。そうだ、タイ名物の「トゥクトゥク」と呼ばれるオートバイ・タクシー(座席付き3輪車)に乗ろう。

 この乗り物は料金メーターがなく、運転手と事前交渉が必要。旅行ガイドブックには、目安として、徒歩10分の距離は20バーツ(約54円)と書いてあった。

 早速、値段を聞いてみると「100バーツ(約270円)」という。冗談じゃない。だいたい日本人は海外でだまされやすいものだ。20バーツでどうかと反撃すると、あっさり「60バーツ(約162円)」と返された。安いからいいか、と思ったが、こちらにも意地がある。粘って40バーツ(約108円)で交渉は成立した。

 ワクワクしながらバイクの後部座席に乗った、そのときだった。突然、警察官らしき制服を着た中年男性が現れ、タイなまりの英語で「降りろ」とまくし立てる。何が起こったか全く分からなかった。

 「トゥクトゥク」は危険だから乗るなと、忠告でもしてくれているのかと思った。それにしても、様子がおかしかった。むしろ、私たちが怒られているようだ。しばらく無視を決め込んだが「とにかく降りろ」としつこかった。

 そうだ、こいつはニセ警官だ。

 海外ではニセ警官が頻出するというし、間違いないと、思った。人間追い込まれると、自分の都合のいいように思い込みたいらしい。しかし、近くにいた数人の運転手らは「彼は警察官だよ」と口をそろえて言う。どうやら本物のようだった。仕方なく車から降りると、歩いてすぐの小さな派出所に連れて行かれた。

 理由は「君たち2人はタバコを道路に投げ捨てた。罰金を2000バーツ(約5400円)ずつ支払え」ということだった。「トゥクトゥク」に乗る際、それまで吸っていたタバコを、道路にポイ捨てしたというのだ。

 うかつだった。ガイドブックにそんなことが書いてあったような気がしたが、もう手遅れ。「ごめんなさい。バンコクは初めてで知らなかったんです」。謝るしかなかった。しかし「シンガポールと同じだ」と警官は繰り返すばかり。「もう2度とタバコは吸いません」。そう言ってみたが、許してもらえなかった。

 結局、罰金は半額になり、私たちは1000バーツ(約2700円)ずつ支払った。両替したばかりの紙幣があっという間に消えていき、ホテルに歩いて帰った。

 日本代表がW杯出場を決めた記念すべき地・バンコク。こんな番外編の記憶に残る場所にもなった。

June 11, 2005 01:00 PM

2005年06月01日

防犯対策あなたは?

 あるスポーツ新聞カメラマンAさんの本当にあった話を紹介したい。

 Aさんはプロ野球の出張取材を終え、空港に向かった。チェックインを済ませ、搭乗を待っていると、大事なことに気が付いた。

(自宅のカギをホテルに忘れた…)。

 都内のマンションで1人暮らしの彼は(このまま東京に帰っても部屋に入れない)。

 運悪くフライトは最終便だった。ホテルに戻っていると、その日のうちに飛行機に乗ることができない。悩んだ揚げ句、あることを思い付いた。

(そうだ。カギ開け業者に電話してみよう)。

 番号案内に電話し、都内のあるカギ開け業者を探した。電話すると「カギが開くかどうかは実際に見ないと分からない」と言われた。料金は8000円から1万2000円くらい。開かなくとも、出張代の5000円を支払うそうだ。

(こうなったらお金の問題じゃない)。

 東京行きの飛行機に乗った。午後10時すぎ、羽田空港に到着し、電話した。自宅の住所を伝え、マンションのロビーで待った。

(本当に来てくれるのだろうか)。

 外は土砂降りの雨だった。しばらく待つと、カッパ姿でバイクに乗ったカギ開け業者のBさんが到着した。ずぶぬれで、片手に工具を持っていた。物静かで暗い感じの青年だった。

(大丈夫かな)。

 カギ穴を見たBさんが、小さな声で説明を始めた。「このカギは非常に難しいです。カギ穴からは攻められないですね」。Aさんのマンションはピッキング対策用のカギを使用していた。「特殊なので料金は2万1000円になります。どうしますか?」。

(話が違う)でも、ここまできたら断るわけにはいかなかった。

(何とか開けてくれ)。

 Bさんは折れ曲がった50センチほどの針金を取り出した。「ドアの内側のカギは閉まっているとき横を向いていますか?」。Aさんは「確か横です」と答えた。

(どうして?)

 Bさんはドアノブを思い切り手前に引き、ドアと壁にできたわずかなすき間から針金を進入させた。続いて、針金の先端を内側のカギに合わせるようにして、下から上へ素早く2、3回引き上げた。「ガチャッ」。いとも簡単に開いた。横を向いたカギを針金で縦に回したのだった。開始からわずか2分のことだった。

(やった。これで部屋に入れる)。

 高い料金を払って無事、部屋に入ったAさんだったが、急に恐怖に襲われたという。

 (これだったら泥棒が簡単に入れるってことじゃないか)。一種の「サムターン回し」という方法だった。

 現在、Aさんのマンションでは組合を通じて、内側のカギへのピッキング対策を講じている。Aさんの払った高い料金は、多くの人の防犯に生きたということか。と、ここまで書いて、出張の多い僕も心配になった。ひとごとではない。

June 1, 2005 12:00 PM

2005年05月22日

3歳からイチ流だった

 「夢」


 ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校で全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。


 ぼくは3才の時から練習を始めています。3才~7才までは、半年位やっていましたが、3年生の時から今までは、365日中、360日は、激しい練習をやっています。だから1週間中、友達と遊べる時間は、5~6時間の間です。そんなに、練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。


 そして、中学、高校で活躍して高校を卒業してからプロに入団するつもりです。そしてその球団は、中日ドラゴンズか、西武ライオンズが夢です。ドラフト入団でけいやく金は、1億円以上が目標です。


 ぼくが自信のあるのは投手と打げきです。去年の夏ぼくたちは、全国大会へいきました。そしてほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会ナンバー1投手とかくしんできるほどです。


 打げきでは県大会、4試合のうちに、ホームランを3本打ちました。そして、全体を通した打りつは5割8分3りんでした。このように、自分でもなっとくのいくせいせきでした。そして、ぼくたちは、一年間まけ知らずで野球ができました。だからこの、ちょうしで、これからもがんばります。


 そしてぼくが一流の選手になって試合にでれるようになったら、お世話になった人に、招待券をくばって、おうえんしてもらうのも夢の1つです。とにかく一番大きな夢はプロ野球選手になることです。


 豊山小(とよやましょう)6年2組、鈴木一朗


 マリナーズ・イチロー外野手(31)が小学6年生のとき書いた作文だ。「夢」というタイトルでありながら、夢を実現するという強い信念がうかがえる。毎日続けた厳しい練習が、その裏づけとなっているのだろう。プロ野球選手になる自信すら感じられる。


 先日、著書「夢をつかむ イチロー262のメッセージ」(ぴあ発行)が話題になった。女子ゴルフの宮里藍(19)がこの本を読んでいることを明かしたためだ。


 15日、宮里はヴァーナルレディースで今季初勝利を飾った。最終日前夜、宮里はこの本を読み返したという。その中に「実力差を見せつける時は、見せつけろ」というイチローのメッセージがあったのだという。宮里はこの言葉を胸に、大会記録を7打も更新し、2位に8打差で優勝した。


  「262」はイチローが昨年達成した米大リーグ新記録の安打数と同じ数となっている。小学生の時に、こんな作文を書いていた少年が世界一の記録を作る打者になって、何を語っているのだろう。


 この本を購入するため都内の書店を7店回ったが、どの店でも売り切れと言われた。


 天才少女が天才打者に共感した本を、読みたくて仕方なくなった。

May 22, 2005 12:37 PM

2005年05月12日

心地よい父娘げんか

 一体いつから「親子げんか」をしなくなっただろうか? 
 最後の「親子げんか」を思い出してみると、中学生のころだったか。小言を言う母親に「うるせー」と初めて口答えし、怒られたことぐらいしか思い出せない。


 私ももう36歳。いまさら「親子げんか」をする年でもない。最近、見ることすらなかった。ところが先日、目の当たりにした。あの、横峯さくら(19)と父良郎さん(45)親子だ。


 3日、女子ゴルフ・サロンパスワールドレディスの練習ラウンド取材で、東京よみうりCCに行った。約10年ぶりの女子ゴルフ取材で、生で横峯親子を見るのは初めてだった。


 わくわくしながら18番ホールグリーンで待っていると、さくらと良郎さんが上がってきた。グリーンを確認しながら、2人は何か小言を言い合っている。さくらは良郎さんを相手にしていないようだが、良郎さんはかまわず文句を言っていた。「こりゃ~新聞やテレビで見たまんまだ」。思わずうれしくなった。


 ホールアウト後、さくらと良郎さんが練習場に向かった。私も興味津々で付いて行くと、そこで面白い光景を目にした。


 関係者がさくらの握力測定を行っていた。さくらが最初に左手で計測すると23・3キロだった。関係者から「少ないね」といわれ「私はか弱い女の子なんです。でも、真剣ですって」と笑顔を見せた。続いて測った右は29・8キロ。周囲は和やかな雰囲気に包まれた。


 ところが、良郎さんがその空気を一変させた。「お父さんにもやらせてみろ」。良郎さんは顔を真っ赤にして握力計を握った。さくらには何が何でも負けられない、そんな感じ。結果は左右とも48キロジャスト。さくらは「すごーい」と小さな声をもらしたが、続けてこう言った。「私ももう1回やる」。さくらも負けられないのだ。


 良郎さんが「試合前だから無理するなよ」と声を掛けても、完全に無視していた。そして、先ほどより高数値の右32・6キロ、左31・5キロをマークした。それはまさに父への当て付けのようだった。


 それにしても、この「親子げんか」は見ていて心地よいものだった。父親は娘を刺激しようとわざと絡んでいく。娘もその意図を分かりながら、真剣に向き合っている。お互い思ったことをストレートに口にするのは、深い信頼関係があるからだ。核家族化でしらけた感じが広がる現在の社会で、この親子には、正直、温かみを感じた。


 会社に戻り、横峯親子の過去の「公開親子げんか」を調べた。その中に、傑作なものを見つけた。


 さくらが今年の4月17日、ツアー初優勝を飾り、翌日、睡眠時間を削ってテレビ出演、殺到する取材対応に追われたときのものだ。


 さくら「4時間しか寝てませんよ」。


 良郎氏「甘い。ピンク・レディーは1時間しか寝てなかったんだぞ」。


 さくら「私アイドルじゃないから」。


 この親子にはこれからも注目していきたい。

May 12, 2005 12:17 PM

2005年05月02日

ローズと巨人に疑問

 それは、まるでプロレスのような出来事だった。


 26日、福岡ヤフードームの巨人対ヤクルトの試合終了直後のことだ。今季初の5連敗を喫した巨人選手を撮影するため、選手が引き揚げるベンチ裏の通路へ移動した。すると、密室の選手サロンから罵声(ばせい)が聞こえてきた。


 何を言っているか分からなかったが、興奮した声の主はローズ外野手であることが分かった。日本語交じりの英語で怒鳴り、乱闘を繰り広げているような感じだった。ただ事ではない様子に、私を含め報道陣に緊張感が走った。


 しばらくして、薄暗い通路にローズが出てきた。手には脱いだユニホームを持っていた。興奮しているようだったが、無言でカメラマンの前を通り過ぎた。我々は追いかけず、続いて出てくるであろう首脳陣、特に堀内監督を待った。


 すると、ローズの姿が見えなくなった通路のずっと先から、再び怒号が聞こえてきた。(ローズだ。ローズがまた切れたに違いない)。各社カメラマンは一斉に走った。私も全力疾走した。その距離約100メートル。ローズの姿を発見し、慌ててシャッターを押しまくった。


 ローズは速足で歩きながら、日本語でわめき散らしていた。「フ○○キン、ジャイアンツ。みんな書いていいよ。オレのせい(と)ヒロタさん言った。ジャイアンツ大嫌い。10年やった。尊敬ない。差別。ジャイアンツみんな下手くそ。大嫌い」。


 正直、これは野球でなくプロレスだと思った。別に面白がっているわけではないが、私の血も騒いだ。ローズがいい、悪いでなく、これはガチンコだと感じた。


 ローズの興奮は収まらず、通訳に向かって「オレに電話するな。東京に帰る」と英語で話し、選手宿舎に消えていった。


 事の発端は9回のローズの緩慢な守備を弘田外野守備走塁コーチに注意されたことだった。試合終了後、激怒したローズは選手サロンで弘田コーチに向かっていったのだ。一部選手やほかのコーチが止めに入ったが、前代未聞の出来事となった。


 さて、翌日。結果からいうと、ローズは東京に帰らず、スタメンで試合に出場した。試合前、チーム全員に謝罪したというが、昨夜のことが何事もなかったかのようだった。


 練習前には堀内監督と宿舎で話し合いを持ったという。堀内監督は「これだけになったらケジメをつけないといけない。君はいいパフォーマンスで返すしかない」と言ったそうだ。


 球団は出場停止を含む謹慎処分もなく、罰金200万円の処分を科すと発表した。その200万円で東京ドームの試合に子供たちを招待する方針だという。子供たちに何と説明して招待するか疑問である。


 最下位を走る巨人。悪いときは何をやっても悪くなるというが、これらすべて、おかしくないだろうか? 弘田コーチはこう言った。「あれを注意しなくて、何を注意するの」。まともだったのは、この発言だけだったように思える。

May 2, 2005 12:05 PM

2005年04月22日

偽警官?!だまされるな

 「警察だ。止まりなさい」。道を歩いていて、突然後ろから呼び止められた。振り返ると、黒いジャンパーにジーパン姿の25歳くらいの男性が私を追いかけてきた。うさんくさい。明らかに警察官には見えなかった。私はとっさにこう思った。


 「こいつはニセ警官だ」。


 7日、私は公休日で東京の新橋駅から近くのパチンコ店に向かって歩いていた。午後5時すぎだった。


 警察を名乗る者はおもむろに警察手帳? をチラッと見せた。それがまた怪しかった。テレビドラマでしか見たことがなかったが、それとは明らかに違った。「太陽にほえろ」や「西部警察」で見たものは縦長、横開きで、表に金色で「警察手帳」と書いてあった気がする。


 彼が見せたものは縦長でそのまま縦に開くものだった。広げた上半面は顔写真付きの身分証明書で、反対の下半面が、金色の金物でできた大きなバッジだった。それはアメリカの西部劇に出てくる保安官が胸に付けてるようなものだ。


 「間違いなく偽者だ」と確信し、無視を決めた。それでも彼は執拗(しつよう)に追いすがり、私の肩に手を添え「どこに行くのか?」と質問を繰り返した。

 すると、もう1人の怪しい者が同じように警察手帳を広げ近寄ってきた。もう完全に怖くなり「人と会います」とだけ言い、歩くスピードを上げた。2人はそれ以上追ってこなかった。


 周りにいた人々の視線が私に注がれているのを感じた。追う2人の男に、逃げる男。この光景はどう見ても私が不利だ。周囲の人には、怪しく映っているのだろう。パチンコ店をあえて1周し、角を曲がるたびに後からだれか付いて来ないか確認し、逃げるようにして店に入った。何も悪い事をしていないのに。


 海外のニセ警官の話はよく聞く。海外出張のときに購入する「地球の歩き方」にも書いてある。どの国でもポリスと名乗り、所持品の検査と称して巧みにパスポートや財布を奪うという。無視して防ぐという対処も紹介されている。今回、それを実行したまでだ。


 だが、ニセ警官のことがどうしても気になり、新橋交番に行って話を聞いた。ところが…。


 新橋では犯罪が多発しているため、私服警官を複数配置し、防犯に努めているということだった。怪しいと思った警察手帳も実は本物らしい。交番の警察官も同じものを持ち、私にじっくり見せてくれた。「警察手帳を見せられたら、再度確認してください」ということだった。


 新橋ではアジア系外国人の犯罪も多く「あなたの髪が少し茶色いし、外国人に見えたのではないかな?」と言われた。そういえば、私は花粉症で、あの時はマスクで顔を覆い、オレンジ色の派手なジャンパーを着ていた。


 それでも、いきなりテレビと違う警察手帳を見せられても驚くよなあ。


 皆さんも参考までに警察手帳はテレビと違うということを覚えていてください。そして、本物と偽者をきちんと見極め、だまされることはないよう自己防衛しましょう。

April 22, 2005 11:59 AM

2005年04月12日

東北球春 新鮮な1歩

 桜前線より一足お先に、東北の球春が開花した。仙台に生まれたプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスが本拠地フルキャストスタジアム宮城で、西武との地元開幕戦を行った。それは今までのプロ野球とは違った、新鮮で、地方色豊かなオリジナルなものだった。


 スタンドはチームカラーのクリムゾンレッド(えんじ色)一色に染まっていた。観客1万7236人が配布されたポンチョを着て、試合前から熱烈な声援を送っている。応援に慣れていないのか、ちょっとちぐはぐな手拍子。購入したばかりのVメガホンをたたく音が鳴り響いた。


 「かっとばせー、イソベっ」。高校野球の応援のような掛け声が聞こえてきた。このスタジアムでは鳴り物のトランペットと笛が禁止されている。球場から約700メートル離れた国立病院機構仙台医療センターや球場周辺の住宅に配慮し、球団が取り決めた。


 ホーム側のレフトスタンドでは、唯一の私設応援団「関東荒鷲会」が太鼓1つで奮闘していた。そこにはプロ野球の外野スタンドで騒々しく繰り広げられる、選手個人の応援歌の大合唱はなかった。


 スタジアムには打球音がこだまし、球がキャッチャーミットに収まる音も感じることができた。臨場感はちょっと大げさかもしれないが、さながら米大リーグの雰囲気を感じさせた。


 試合中、内野カメラマン席からセンターを見ると、バックスクリーン後方の大きなアパートから住人が試合を観戦しているのが見受けられた。試合開始の気温が6・8度という真冬なみの寒さの中、部屋でのテレビ中継にもの足りず、歴史的一戦を生で観戦していた。イニングごとに観戦する人は代わっていったが、数人の住人が最後まで試合を見届けていた。


 試合は楽天が快勝した。試合後、三木谷浩史オーナー、田尾監督、礒部公一外野手、岩隈久志投手がグラウンドを1周し、観客と喜びを分かち合った。球場の興奮は最高潮に達した。


 お祭りムードが一段落し、観客がいなくなったスタジアムでゴミがほとんど落ちていないのに驚いた。ファンは、一般ゴミ、ペットボトル、カンびんの3つに分別された球場のごみ箱にきちんと捨てていった。


 回収をサポートするボランティアスタッフは「ビールの紙コップはそのまま捨てるとごみ箱に約100個しか入らないけど、ごみ箱からいったん出して、1個1個をきちんと重ねていくと、約700個は入るんです」と教えてくれた。なかなか面白いアイデアと感心した。


 昨年まで仙台には年間1試合ほどしか、プロ野球が来なかった。今年は仙台だけで公式戦が63試合あり、同じ東北地方でも5試合開催される。


 仙台で乗ったタクシーの運転手さんが言った。「今年は仕事を休まないでプロ野球観戦ができるんですよ」。臨場感あふれ、活気に沸くフルキャストスタジアム宮城。ファンと選手が一体になった1歩を踏みだしている。

April 12, 2005 11:29 AM

2005年04月01日

厳格統治が生む興奮

 ピッチからスタンドを見渡すと、12万人のイランサポーターが歓声と怒号を上げていた。観客のすべてが男性で、女性の姿は見受けられない。イランでは女性のサッカー観戦は禁じられているのだ。


 3月25日、サッカーW杯アジア最終予選のイラン対日本が行われたアザディ・スタジアムは、試合開始前から異様な雰囲気に包まれていた。


 そのスタジアムの一角に、日本人サポーターがフェンスで仕切られ陣取っていた。日本からチャーター機で来た約790人のサポーターと現地邦人の合わせて約1200人。いつもの応援風景とは違い、完全に圧倒されていた。


 日本人の女性サポーターが頭にスカーフを巻いていた。イランは厳格なイスラム教国で、外国人にも服装の規定がある。髪や肌の露出は禁じられている。青いアフロヘアーのカツラを覆った女性もいたが、その上からスカーフはちゃんと巻いていた。イランのテレビ局数社がこの珍しい光景を見て、しきりにインタビューしていた。


 女性の肌が露出している写真や髪を覆っていない写真も持ち込めない。入国のとき日本の週刊誌(漫画)をスーツケースに入れていて、空港職員に中身を検閲された。巻頭カラーは松浦亜弥のグラビア写真で、後半には水着のタレントの写真もあった。没収かな? 空港職員はたまたま漫画の部分だけ見て返してくれた。


 イランでの制約はこれだけではない。私にとって一番つらかったのは飲酒が固く禁じられてることだった。同じ中東でアラブ首長国連邦(UAE)とオマーンに行ったことがあるが、外資系ホテルのレストランで酒を飲むことはできた。しかし、イランではお酒を見ることすらなかった。「地球の歩き方」で見つけた中華レストランに行き「紹興酒ありますか?」と聞いてみたが、笑われた。結局ノンアルコールビールを飲んだ。


 軍関係の施設や空港、駅の写真撮影も禁止されている。写真撮影には気を使った。


 ただ、ここまで厳格に国を統治しているのであれば、サッカー観戦マナーも厳格であって欲しかった。


 競技場のゴールライン沿いのカメラマンの位置で、撮影した写真を日本に送るため、パソコンを広げ、衛星電話をセットしたとき、りんごやミカン、大きな硬貨、パン、ペットボトルが私めがけて投げ入れられた。近くの広告看板に当たると「ドスッ」とものすごい音がした。ふざけて投げ入れている物のスピードではなかった。同僚の衛星電話にはトマトが直撃し、ベトベトになった。


 日本人サポーターにも2階席のイラン人からいろいろなものを投げ込まれ、数人が頭や目にけがを負った。


 イランサポーターに至っては死者が出た。勝利に興奮した地元サポーターが競技場の出口に殺到し、5人が死亡、約40人がけがをしたという。


 規律と別にある度を超えた興奮。何が原因でこのような事態になったかは、定かではないけれど、「イランの厳格さ」というものを考えさせられる出張だった。

April 1, 2005 12:00 AM