2006年12月25日
形容できない最強馬:岡山俊明
残念に思うことがある。ディープインパクトには最後まで適当なニックネームが付かなかったことだ。市川厩務員は「おぼっちゃま」と呼び、武豊騎手は「英雄」をリクエストした。しかし、圧倒的な強さと、過去のどの名馬にもなかった高速の末脚を、的確に表現する形容詞は見つかっていない。
「ミスター」長嶋茂雄、「牛若丸」吉田義男、「鉄人」衣笠祥雄、「8時半の男」宮田征典、「若大将」原辰徳、「ジャンボ」尾崎将司、「燃える闘魂」アントニオ猪木、「キング」カズ。スターや名脇役には必ずカッコイイ愛称がある。それはアスリートのポテンシャルから性格まで如実に表す。
競馬に興味を持ち始めた小学生のころ、スポーツ新聞や競馬雑誌に「走る労働者」とか「走る精密機械」といった見出しが躍っていた。それらが、この秋に日刊スポーツを定年退職した山岡孝安元レース部長が競馬記者時代に考案したものだと、恥ずかしながらつい最近知った。
大井競馬から中央入りしてエリートをなぎ倒したハイセイコーは「怪物」と名付けられた。岩のような筋肉を蓄えた黒い巨体から連想したという。
7冠馬シンボリルドルフは「皇帝」。オーストリアのハプスブルク王朝の祖、ルドルフ1世が由来。
「走る労働者」イナボレスは連闘や中1週もいとわず走り続け、2歳から7歳まで77戦した。高度成長期の日本人を象徴する馬でもあった。
トーヨーアサヒの「走る精密機械」は幼心に傑作と感じた。73年ダイヤモンドSは2ハロン目からのラップが12秒6-12秒2-12秒5-12秒9-12秒8-12秒6-12秒5-12秒9-12秒5-12秒4-12秒3-12秒4-12秒4-12秒1-12秒9。見事に12秒台の連続で逃げ切り、伝説となった。小島太騎手の好騎乗がなければ生まれなかった。
端正な顔立ちからテンポイントには「貴公子」、ライバルのトウショウボーイは地を飛ぶ走法から「天馬」。どちらもJRAのポスターのコピーにも用いられた。
「当時は競馬に対する理解も進んでいなかったから、勝ち負けだけでなく話題づくりも考えていた。とっつきやすいイメージがないと、そのスポーツは発展しない。記録だけでなく記憶に残したかった」と大先輩は動機を明かしてくれた。確かに「女子サッカー」では敬遠されるかもしれないが「なでしこジャパン」なら親しみやすい。
振り返れば最近の有馬記念を勝ったグラスワンダーもテイエムオペラオーもシンボリクリスエスも、これといった愛称がなかった。あのナリタブライアンでさえ。う~ん。これは競馬マスコミの怠慢なのか。自らの才能の無さも痛感する。
今日24日はディープインパクトのラストラン。「飛行少年」ってどうだろう。やんちゃなしぐさは少年そのもの。武豊騎手は「飛ぶ」って表現しているし。やっぱりセンスないかなあ?
December 25, 2006 09:17 AM
