2006年12月19日
体罰は×愛のムチ〇:浜崎孝宏
先日、残念な記事を読んだ。九州高野連理事長も務める鹿児島県高野連理事長が、元高校野球部員への体罰で同職を辞任したという話である。残念だったのは、「また、体罰か」といったものではなく、鹿児島県の高校野球界の顔だった人だけに、体罰といえないほどの「愛のムチ」で、要職を辞任せざるを得ない状況となったことだ。
同理事長は県立校の保健体育教諭でもあるが辞任のきっかけとなった体罰は、グラウンドで3年の元野球部員28人を集め、このうち、まゆをそっていた7人の額を1回ずつたたいた、生徒にけがはなかったという。
日本高野連側に、たたかれた親から匿名が寄せられ発覚したそうだが、読者にも問いたい。私が、同じ立場だったら、まゆをそった生徒の額を「ばかやろう」と言って、間違いなく「パチン」とたたいていた。「でも、たたくのは、行き過ぎでは…」と思う人もいるだろうが、子供を持つ親は少し立ち止まって考えてほしい。自分の子供がそういう行為をしたとすれば、あなたは親としてどう対応していたのか。話して言うことを聞く相手なら「まゆそり事件」は発生していないだろう。
日本高野連も「こういう匿名が来たが、指導に当たると判断するので不問」ととは言えないのだろうか。以前このコラムで、高校野球の不祥事について書いた際、個人的な考えとして、感情に任せた体罰ではなく、教育するための愛のムチは必要だと思い、「『怒る』はアウトだが『しかる』はセーフ」と述べた。同理事長の行為は、体罰ではなく指導だったと思う。体罰がいけないことは分かるが、ある意味、歯止めをかけるお目付け役がいるからこそ、高校野球界をはじめ、世の中の秩序が保たれるのだ。
“体罰”でも角界は教育がしっかりしている。関脇雅山が、出席予定のパーティーに1時間30分遅刻し、武蔵川親方(元横綱三重ノ海)は会場で、周囲の目を気にせず、雅山の左側頭部を「ゴツン」とやったそうだ。会場の空気は凍り付いたそうだが、親方の取った指導は、さすがのひと言だ。私の中では、この理事長の指導と武蔵川親方の指導に何ら変わりはない、と思う。ただ、結果として前者は体罰、後者は愛のムチと解釈されたのだ。
鹿児島県高野連の発展に尽力した理事長だった。硬式、軟式野球のスコア表などを新聞各社にマメに送ってくれた。夏の県大会が始まる前に電話を入れると何か鹿児島の話題を提供しようと今年限りで廃部になる学校など、奮闘する野球部を紹介してくれた。今夏は母親を病気で亡くす不幸もあっただけに本人の胸中を察するにしのびない。57歳。「定年まであと3年だし、もう1度、監督をしてみたい」。そんな話を先日、聞いたばかりだった。
体罰などの判断は事件発覚後、学校側の調査書をみて、日本高野連が決めるが今回の一件は情状酌量の余地があるのではないか。私が心配するのは、そんなことで指導者を含め高野連の仕事に協力を惜しまない優秀な人材を失ってしまうことだ。
December 19, 2006 10:32 AM
