2006年12月09日
寺原、横浜で才能開花だ:浜崎孝宏
ソフトバンク寺原と横浜多村の交換トレードには驚いた。寺原は01年1巡目指名選手で、夏の甲子園で158キロをたたき出した剛腕投手だ。多村はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で5番打者を務めるなど横浜でも主力として活躍するバリバリのレギュラー。選手もビックリだろうが、若手の先発投手を補強したい横浜と、右の大砲が欲しいホークスとの思惑が合致した形で、久しぶりにビッグネームが動いた。
手前みそで恐縮だが、私がホークスを担当した1年目の02年。高校卒業後の寺原を取材した。当時、ホークスは高知でキャンプを行っており、夏の甲子園で、松坂らの持つ最速記録を更新した剛腕をひと目見ようとまさに南国・土佐は「寺原フィーバー」で沸いた。寺原が移動するたびに人垣も動いた。ファンがサインをもらおうと差し出した数本のペン先が、寺原の新しいグラウンドジャンパーに触れ、予想外の“逆サイン”に寺原が、ムッとしていたこともあったほど。専属警備員も出現した。
新人年には、西武松坂との対決で勝利を収めるなど王監督も寺原の勝ち運、勝負運を買っていた。さらに器用さも持ち合わせていた。変化球をマスターしようとすれば、簡単に投げてみせることもあった。変化球を1つ完全習得するために1年以上かかる投手も多く、相手打者に使えるボールに仕上げるには、それ以上に時間がかかるのが一般的。それでも寺原は、極端な例で言えば、試合前の練習でその球種を教わり、キャッチボールで新球種のフィーリングが合えば、いきなり本番でもテストできるほどの調整能力があったのだ。元々、寺原は左利きだった。周りが右利きが多かったため、右利きに修正させられたというが、母裕子さんも、弟の寿隆くんも左利き。勝手に想像するに右脳と左脳のバランスが、いいのかもしれない。
しかし、器用さがもたらす問題点もあった。自分の投球フォームをすぐに忘れてしまうのだ。ソフトバンクには沢村賞右腕の斉藤和を始め、新垣、和田、杉内と好投手が身近にいる。そのせいか、寺原の投球フォームが不思議とチーム内の投手に似てくることが入団後、2、3年は見られた。和田と一緒に自主トレを行った後は、どことなく和田の左腕を包み隠す独特のフォームに似てきたことも。昨季まで在籍した尾花投手コーチ(現巨人コーチ)が巡り巡って、寺原に高校時代の投球フォーム写真を手渡したという話もあった。
今年1年は、そんなことはなかった。どんな成績でもじっと耐えて、自分の信じた投球フォームを貫いた。あとは自信回復と何かのきっかけだと思う。チーム名が変わる寺原だが、マウンドに立って投げるという「投手」の仕事までは変わらない。まだまだ、やれる。投げるチャンスがあるんだ。このまま、160キロを出せる才能を眠らせておくのはもったいない。今季、わずか3勝に終わった寺原だが、ここ数年、味わった悔しさをマウンドにぶつけてほしい。
December 9, 2006 12:17 PM
