2006年12月07日
元気になったカズさん:寺沢卓
3年前の12月5日、先輩が倒れた。脳梗塞(こうそく)だった。横浜・伊勢佐木町にある居酒屋のオヤジだ。名前は「カズさん」。注文されたくし焼きを出して、裏口ドアを開けた直後に意識をなくした。火のついていないタバコを右手に持ったまま、直立不動で倒れた。
地面に頭を打った。診断は脳挫傷。カズさんの奥さんは「前頭葉が圧縮されて、担当医に『覚悟して』といわれた」。翌年の正月明けに知らされ、1月中旬、入院先に見舞いに行った。
カズさんは高校のハンドボール部の9期上。神奈川県覇者として高校総体に出場した。この世代は神様だ。特にカズさんは主砲で私たちの代のコーチ。さらに当時教師を目指していたカズさんは生物の教育研修に来ていて、私のクラスの副担任だった。記者になってからも「あんな記事でいいのかよ」と真剣に怒られた。世話になった項目を指折り数えたらきりがない。
見舞う前に奥さんから「ビックリしないでね」と告げられた。白い包帯がぐるぐるとカズさんの頭を包んでいた。「おお、寺沢。なんだ元気そうだな」。掛ける言葉が逆だよ、と思いながら、話しているとすぐに違和感に気付いた。私を認識はしているけど、カズさんはハンドボール部顧問の教師になっているものだと思い込んでいた。
「なあ、この前の試合な、オマエ、もうちょい走らなきゃ」「相手もいいチームだったよな。オレも右サイドから攻めろ、って指示すべきだった」「でもさ、あのシュートは良かったよ。オマエ、背ぇ高いんだから、もっと自信持て」。
見舞いに行って励まされた。否定もできずに30分ほど、やってもいない試合の話をした。妙に具体的で、本当に試合をしたのかもなぁ、と錯覚した。病院を出て、北風を浴びて熱くなった頭が冷えたら、涙があふれてきた。いい大人がワンワン泣いていた。何も恩返しできない情けなさでいっぱいだった。
倒れてから3年。カズさんは定休日の月曜以外、毎日くし焼きを受け持つ。最初は教師だと信じていたから、店に何でいるのか分からなかったという。毎日、お客さんと接しているうちに「ああ、オレは飲み屋のオヤジなんだ」と分かるようになったらしい。一緒に働く家族は病人として扱わなかった。今も体にまひは残っているけれど、意識がしっかりしているのは、家族がカズさんを甘えさせなかったからなんだと思う。
小さな積み重ねが、破壊された脳を復活させる奇跡となったはず。病院ではない日常生活がリハビリになって、仕事ができるなんて、そんな都合のいい状況は多くない。くしくもカズさんは復活できる環境にあった。でも、最終的には本人にやる気を起こさせる家族の支えが最も大きかったのだと客の私は痛感する。
今はもう、あのハンド談議はできないし、カズさんも「覚えてねぇーよ」と笑う。カズさん、今日飲みに行くからカウンター空けておいてください。
December 7, 2006 10:13 AM
