記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年12月05日

五輪開催に必要な物:岡山俊明

拝啓

 あのアテネ五輪から、もう2年以上たつのですね。元気でお過ごしでしょうか。閉会式の最中、メーンスタジアムで隣り合わせになったあなたから、困ったような視線を感じました。記者席にいる同僚たちと離れて1人スタンドに座り、双眼鏡で日本選手を追うばかりの私が、セレモニーを楽しめていないように映ったのでしょう。こちらも仕事としてその場にいたので、実際硬い表情をしていたのかもしれません。会場が盛り上がっていたから、余計に浮いていたのですね。

 あなたはそんな私を心配して声を掛けてくれました。「さあ」と促されて立ち上がった私は、ようやく気付きました。せっかく立ち合えた世紀のイベントをエンジョイしないでどうする。柄にもなく歌い、踊り始めた私のこっけいな姿に、周囲の人々も安心して笑みを浮かべ、次々に肩をたたいてきました。みんな心配してくれていたのですね。ちょっと恥ずかしかったです。アテネ出身でドイツで暮らしていたあなたは、五輪のボランティアで母国に帰ってきていたと言っていましたね。あの夜は一生忘れません。

 そうそう、やけにはしゃいだおばさんが、大きなカメラで私たちのツーショットを写してくれたのを覚えていますか。帰国後はすっかり忘れていたのですが、ほどなく届いたのですよ。あの写真が。予想もしていなかっただけに驚きました。胸が熱くなりました。

 振り返れば、開幕前にはこんなことがありました。宿舎から柔道チームが練習する体育館にタクシーで向かった時、不案内な運転手に「この近くだから」と途中で降ろされてしまいました。道は分からない。開始時間は迫る。焦る私は黒い犬を連れて通り掛かった妙齢の婦人に尋ねました。

 やはりその婦人も知らなかった。英語も通じていない様子でした。しかし見ず知らずの東洋人を家に招き入れると、あちこちに電話をかけ始めたのです。親類や友人に聞いている様子。出されたアイスティーを口に運びながら気が気ではありませんでしたが、手を尽くしてもらったかいあって、バスで4つめの停留所からすぐ。めでたく谷亮子選手に話を聞けたのでした。

 睡眠不足が続き、ファストフードで食事を済ませる日も多かった。でも、あの夏はあなたを始めアテネの人たちのホスピタリティ=手厚いもてなしに、心は大いに満たされました。16個の金メダルとともに、良き思い出です。

 ご存じですか。私の住む東京が、2016年の夏季五輪開催地に立候補しました。今は都民に戸惑いがあります。「別に興味ない」「東京でやる意味あるの?」「渋滞が心配」。結構否定的な人が少なくありません。五輪開催に最も必要なのは大義名分や立派な施設ではありません。ホスピタリティです。胸を張って開催できる機運が高まり開催地に決まったら、ぜひ日本にお越し下さい。          敬具

December 5, 2006 12:38 PM