2006年11月21日
王監督の前でもう1度:松井清員
小久保がFA宣言して古巣のソフトバンクに戻った。球団方針による“謎の無償トレード”で巨人に移籍して4年。FAで古巣に、という異例の復帰を決断したのは、野球と人生で公私にわたって慕う王監督を日本一にしたい、いちずな思いだった。「王監督を胴上げするために、僕は大好きな酒を断ちます」。晩酌を欠かさず、1年でアルコールを口にしない日は「4、5日ぐらい」という男が禁酒宣言までした。主軸としてチームを引っ張って優勝させることが、1番の恩返しと考えていた。
小久保とは正反対で、ソフトバンクを“やっつける”ことが王監督への恩返しと考えている選手もいる。今オフにソフトバンクを解雇され、オリックス入りが内定した吉田修司投手だ。11月29日で40歳。秋の高知キャンプで3日間のテストを受け、コリンズ監督から合格切符をもらったサウスポーは充実の汗を流して誓った。「“まだ、やれる”と言ってくれた王さんの目が間違ってなかったことを証明するためにも、いいピッチングをしたい。今度は敵になっても…」。
吉田は北海道拓殖銀行から88年ドラフト1位で巨人に入団。先発で期待されたが6年で6勝と伸び悩み、94年途中ダイエー(現ソフトバンク)にトレードされた。その新天地で中継ぎでの生きる道を切り開いてくれたのが王監督だった。98年から03年まで6年連続で50試合以上に登板し、2度の最多ホールド(最優秀中継ぎ)をマークし、3度優勝に貢献。左ヒジの故障で1年間を棒に振った昨季、球団が戦力外通告をしようとしていた矢先、再び救いの手を差し伸べたのが王監督だった。
「まだ、やれる。まだやれるんじゃないか」。
現役続行を志願して登板した9月末、2軍のシーズン最終戦。雁ノ巣球場で投げた1イニングを視察した王監督が球団に“待った”をかけ、奇跡的な逆転残留が決まった。だが今年も左ひじの回復が思わしくなく、約3年ぶりの1軍復帰を果たしたのは9月に入ってからだった。し烈な1位通過争いを展開していた同26日の日本ハム戦で3点ビハインドの7回から登板。これ以上点をやれない場面だったが1死も取れず、3失点でチームの8年ぶり3位以下を確定させてしまった。それがソフトバンクでの最後の登板になった。
「期待に応えるどころか僕は王さんを裏切ってしまったわけですよ」。先月球団から戦力外通告を受けた。だがその夜、王監督は電話口でこう言ったという。「どのチームでもいいから頑張れっ! まだ、やれる」。1年前、解雇寸前のがけっぷちから救ってくれた時と同じフレーズ。吉田は現役続行を決意してトライアウトに参加し、その姿がオリックスの目に留まった。
小久保との恩返しの仕方は180度違う。私たちの一般企業ではライバル会社に入って恩返しするなどということはなかなかできない。でもこれがスポーツ、プロ野球の成せる魅力だろう。「元気な姿を見せたい。それが王監督への恩返しですから」。何かの因縁か、オリックスの来季開幕は福岡でのソフトバンク戦が有力だ。そしてそのマウンドで必勝リレーの一翼を担い、古巣を抑えることが吉田の願い。小久保との恩返し合戦にもいい意味で火花が散るだろう。不惑の挑戦をしっかり見守りたい。
November 21, 2006 09:59 AM
