記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年11月12日

プロだからこだわる:村上久美子

 「芸人いうんは、お客さんに育ててもらうもん。吉本の芸人も、みんな(寄席出演で)お客さんに育ててもろてきたんです。生意気なこと、言うようですが、今は、タレントさんはどんどん育ってますけど、芸人さんはイマイチかな、と思うてます」。

 今月4日、吉本興業が寄席興行「浅草花月」をスタートさせた会見で、ベテラン漫才師の中田ボタンが発言したコメントだ。板の上(劇場)を戦場とする揺るぎない芸人としてのプライドを、やわらか口調の滑らかな大阪弁に隠しこみつつ、眼光鋭く正面をみすえた様子が、とてつもなく格好良かった。

 安易に使われる「芸人」という言葉。記者は、どうも引っかかっていた。中田カウス・ボタンのように、なんばグランド花月(NGK)など劇場出演をライフワークとする人は「芸人」、テレビ出演へのウエートが高い人は「お笑いタレント」と記す。「漫才コンビ」と「お笑いコンビ」も、板かメディアか、で使い分ける。

 お笑いブームと言われる中で、ホンマの芸人てなんや-。そう問い掛けたボタンを見ていて、いまだ多数、ボタンには追っかけグループがいることを思い出した。大阪で記者をしていた時代、本拠地NGKの東側駐車場入り口に、女性数人が出待ちしていれば「今日はカウボ(カウス・ボタン)さん、出てんねんな」と分かった。もちろん、テレビ局など、彼らの行く先々では、ほぼどこでも見かけられる光景だった。

 そう、カウス・ボタンといえば、アイドル的人気を誇った漫才師の走り。今でこそ、お笑いタレントのルックスも良く、アイドル化するケースも多いが、彼らこそ初の漫才師アイドルだった。コンビ結成は69年。当時、漫才師といえば定番スーツがお決まり。そんな中、デニム姿でネタを演じて革命を起こしたと聞く。

 ボタンには「奥さん」と「嫁さん」がいて、借金で首が回らない-のが、コンビの王道ネタ。実際、ボタンはかつて「昔の話やけどな、借金取りいうたらな、田んぼの中、走って逃げて、そのまま国道出て、必死で走ったん覚えとるわ。ま~あ、よう走ったで」と話したことがあった。

 容易に光景が浮かび、思わず笑った。やんちゃぶりとともに、修羅場をくぐり抜けた肝の据わりっぷりが、いつまでもこの人を輝かせるんだ、とも思わされた。

 コンビは、NGKで大トリ(出番の最後)を飾る大御所。芸歴37年となっても、勢いは衰えない。カウスがボタンの借金、女ぐせの悪さをからかい、ボタンがノリツッコミを入れるテンポ、間合いは、子供のころ見たまんまだ。先日の浅草では、カウスが「おまえ、顔色悪いな」とからかい、ボタンが「昨日な、風邪ひいて寝てたんや」。即座にカウスは「アホか~、おまえ、寝るのに風邪ひいてどないすんねん。ひくんは布団やろ」。何度も聞いた風邪引きネタ、分かっていても笑わされた。

 これが芸人、いや、プロや-。プロだからこそ、肩書、言い方1つにこだわる。そういえば、以前、五木ひろしに「僕は演歌歌手じゃない。流行歌を歌ってきたんだ」と、まばたきせず言われた時の目も思い出した。プロだからこそ、こだわる自分の“顔”を持ちたいと思った。

November 12, 2006 11:23 AM