記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年11月07日

大学が変わらなきゃ:寺沢卓

 高校3年生の必修科目の履修不足が問題視されている。当初、富山県内の高校の問題として報道されたが、同じようなケースが全国で浮上してきた。熊本県以外の46都道府県で確認され、対象となる生徒は8万人を超えた。

 これは「高校3年生」に限った現象にしかすぎない。2次募集も含めた大学入試が来年1~3月に迫っているため、政府も3年生だけに絞って対策を練っている。しかし、大学受験をするのは高校3年生だけではない。浪人生がいる。

 浪人生は受験前に卒業した高校に行き、大学受験に必要な書類を申請する。成績証明証だ。履修した各科目の評価点が記入されている。大学側にしてみれば、卒業に必要な履修単位数に達しているかを確認する重要な書類になる。ただ、これが改ざんされているかどうかは大学側には判別できない。

 厳密にいえば、未履修科目に評価点のついている成績証明証は公文書偽造になり、その証明証を持つ浪人生は高校を卒業しておらず、学歴は中学卒業で止まっている状態といえる。

 関東のある県の教育委員会関係者に聞くと「すでに学校長が卒業を認定している。だから問題ない」という。さらに卒業証明書の文書偽造に関しては「それは文科省に聞いてほしい」。学校と国に丸投げだ。

 こんな重箱のスミをつつくようなことは本来書きたくない。「浪人生も未履修だ」なんてことは氷山の一角。現在の教育が大学受験を中心に動いていることが大問題なのだ。

 大学の受験科目以外は必要ないのか? 先人の行いを検証し、現代に生かす歴史は不要なのか? 各地の気候条件や産物を知ることができる地理は? 実用的ではない受験英語は? 大学に入るためだけの難しい受験問題は本当に必要なのか?

 都内有名大学の教授がこう話す。「学びたい人だけ大学生になればいい。大卒だから有能なのか。合格すると自由に遊べる今の大学は腐っている」。この教授の親族がニュージーランドの大学に留学しているという。その親族は地質学を専攻していて、担当教授が教室から外に出て、歩きながら地層を指さして突然講義を始める。その説明の一言一句が重要で常に気は抜けない。「こういうのが本当の勉学。うらやましい」とその教授はつぶやいた。

 大手予備校Yの元国語講師で、絶大な人気を誇ったAさんもいう。「少子化で大学もこれから淘汰(とうた)される。今の『お勉強』の受験では教育とはいえない。実用性のある『勉強』を受験に反映しないと意味がない」。

 受験期間中は問題集や参考書とにらめっこして、塾で受験テクニックを詰め込む。それだけでは通用しない、一般教養を受験科目にするような大学が数多く出てきてほしい。未履修は高校の教育体制の問題だけではない。学ぶ場として大学が変わらなければ、同様の問題は間違いなく繰り返される。

November 7, 2006 11:08 AM