記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年11月05日

海外修業が糧になる:岡山俊明

 凱旋門賞に耳目が集まっていた先月1日、中山競馬場で、1人の中堅ジョッキーが大きな勝利を挙げた。単身長期滞在したオーストラリアから戻った青木芳之騎手(29)が、帰国第1戦を鮮やかに逃げ切ってみせた。

 3R3歳未勝利戦。単勝9番人気と評価は低かったが、好スタートから先頭を奪い、直線では独走した。馬は、彼がかつて所属した藤沢和厩舎のタイキプライム。人生で一生忘れられないゴールシーンになっただろう。2着以下を大きく引き離していたにもかかわらず、左ムチが4発、5発と入った。外にもたれたからか、初めて実戦を迎えた馬にレースを覚えさせるためか。負けたくない一心だったからか。いずれにしろ必死さが伝わってきた。中央では3年ぶりの勝利。記者席からも拍手が起こった。

 自らの意思で異国に飛び出し1年4カ月過ごした。が、青木を迎えた日本の状況は厳しかった。1週目、2週目は騎乗依頼ゼロ。中央の騎手は関東だけでも76人いる。それぞれの厩舎が起用する騎手は限られるし、長く日本を離れているとどうしても縁遠くなる。滞在中の活躍シーンをDVDにまとめ、東西の全厩舎に配布してPRもした。3週目にようやく、尊敬してやまない師匠から1頭任されたのだった。

 現地では馬漬けの生活。毎朝10頭以上の調教をつけてから、開催のある競馬場に数時間車を飛ばして駆けつけた。騎乗を終えて家に戻ると、もう就寝の時間。競馬は毎日どこかで開催されているから、休みはない。「馬乗りのことだけを考えていた。そんな環境に身を置くことが、ジョッキーにとって本当に大事。フレミントンって、チャンピオンが集まる競馬場なんですけど、そこでの初騎乗初勝利は自信になりましたね」。11勝はすべて自分で調教した馬で挙げたという。

 今夏アイルランドで修業した松岡正海騎手(22)は3カ月で2クラしか乗れなかったが、得たものは少なくなかった。「向こうでは乗りクラを確保するのに、トップジョッキーでも厩舎回りしているんですよ。そんなに大変な思いをして、1クラ乗っている。僕が甘かった」。そんな事実を知っただけで、競馬に対する姿勢は変わる。初心に帰った松岡は先週のスワンSを14番人気プリサイスマシーンで勝ち、穴男健在を印象づけた。

 外国に行けば視野が広がる。自信もつく。異文化は人間を成長させる。かつて野平祐二、岡部幸雄、小島太といった名ジョッキーが海外で腕を磨き、武豊が続いた。横山典弘や蛯名正義も欧州での経験が糧になっている。

 リーディング上位の騎手に有力馬が偏り、閉塞(へいそく)状況を嘆く20代は多い。そんな中で、多大なリスクを負って海外に足を向けた2人のチャレンジは素晴らしい。腕に自信があるのに馬に恵まれない。そんな若手は現状打破を迫られる。まだまだやり直しが利く年齢。なりふり構わぬ挑戦は、きっと実を結ぶに違いない。

November 5, 2006 09:20 AM