2006年11月30日
心のケアが最も大事:村上秀明
1人の高校生が天国に旅立った。北海道・白樺学園高アイスホッケー部の伏屋(ふせや)智史さん(享年18)が先日、帰らぬ人となった。5日に釧路での試合中にパックが首に当たり、意識不明の重体が続いていたが、意識が戻らないまま亡くなった。取材する側としても、あまりにも残念で、やりきれない事故だった。
関係者によると、開始直後に痛ましい事故は起きた。相手チームの選手がシュートを放った際、DFの伏屋さんがゴール前で前のめりになったところ、左耳の下にパックが直撃したという。ヘルメットをかぶり、首に布製の防具(ネックガード)を付け、規定通りだったが、肌がわずかに露出した部分に当たったという。
北海道連盟の関係者は「日本では過去に聞いたことがない」と顔をしかめた。伏屋さんは体を張った必死のプレーで失点を防ごうとした際、ヘルメットとネックガードのわずか数センチの部分に、約7・5センチの硬いゴム製のパックが当たってしまった。「確率的には万が一にも満たないような想定外」とあ然とした関係者もいた。一生懸命に戦った結果だと思うと、本当にやりきれない。
同高は悲報から4日後、全国大会に出場。遺影とともに伏屋さんが事故当時着用していたユニホーム、スティックをベンチに入れて戦った。伏屋さんの両親から「辞退しないで息子の分も頑張ってほしい」との思いを託され、出場に踏み切った。さらにもう1つ、出場の理由があった。「(シュートを放った)相手チームのことを考えると出場した方がいい」(同校関係者)との判断だった。
これを聞いた時、あらためて考えさせられた。シュートを放った高校生は、どんな思いをしているのだろうか。得点を奪おうと懸命にプレーしてシュートした結果が、偶然にも悲劇を生んでしまった。家族、関係者の気持ちを考えるといたたまれないが、一番やりきれない思いをしているのは、シュートを放った選手かもしれない。
後日、対戦相手の学校関係者に話を聞いた。「(伏屋さんの)両親からの激励が大きくて、今は頑張るしかないという気持ちになっている」。シュートを放った選手は、クラブ活動を続けていると聞き、ひとまずはホッとした。そして、悲しみのどん底にいるはずの伏屋さんの両親の気配りに感動した。
アイスホッケーは確かに体がぶつかり合うハードなスポーツといえる。ケガが絶えない競技かもしれないが、今回は誰が悪いというわけではない不慮の事故。当事者の心には一生残っていく出来事で、尊い命が失われてしまったが、シュートを放った選手は自分自身を責めないでほしいと思う。
これからは、再発防止のための徹底的な安全管理はもちろんだが、シュートした選手をはじめ事故現場にいた選手たちの心のケアが最も大事だと思う。学校の垣根を越えた選手同士の励まし合いも必要だろう。ベッドの横にアイスホッケー関係の本を山積みにするほど競技を愛していた伏屋さんも、そう思っているような気がしてならない。ご冥福をお祈りしたい。
November 30, 2006 10:07 AM
2006年11月29日
城島よりメジャー?:浜崎孝宏
先日、福岡市内にある大学に取材に出向いた際「佐世保バーガー」ののぼりを見かけた。思い出すのは昨年のグルメ取材で、2日間で計15店舗=15個のバーガーを食べた、おいしく苦しい? 経験がよみがえった。全国的に知名度が定着しつつある「佐世保バーガー」だが、九州の誇る逸品を紹介したい。
世間的には直径約20センチほどのジャンボ・バーガーを想像される人も多いかと思うが、ほとんどは手のひらサイズで、大きいというわけではない。
なぜ、人気なのか。そのおいしさの秘密は、店主のこだわりに尽きる。無農薬野菜、卵など店主自らが、農家に足を運んで探した食材にこだわる素材派もいれば、オリジナルソースを染み込ませる創作派の2つに分かれる。パンもメーカーにオリジナルのパンを作ってもらったり、ベーコンを自前の工場でくん製にしたりと、かたくなまでのこだわりが、グルメファンに支持される理由だと思う。
終戦後、50年に佐世保米軍基地が置かれ、基地内で存在していたバーガーのレシピが街に伝わり始めた。大手ハンバーガー店のマクドナルドが71年に都内に初登場したが、それ以前に佐世保ではバーガー店が点在していた。「日本発祥バーガー」と言われるのもこれが理由だ。佐世保出身のマリナーズ城島捕手よりも、むしろ知名度は上かも知れない。
深夜まで営業しているバーガー専門店をのぞくと、市内の飲食店で一杯、お酒をたしなんだ客が、“シメのラーメン”ならぬ“シメのバーガー”をビールのつまみにやってくる光景に驚かされた。今年1月には城島とともにソフトバンク和田が、この地で自主トレを行い、老舗のバーガーを試食。美食家で知られる和田でさえ「これはファストフードではない。もはやディナーですよ」と感動。おやつ感覚ではなく、主食としても十分に通用すると太鼓判を押したほどだ。
JR佐世保駅構内にある情報センターには、バーガーマップもあり、そこでお好みのバーガー店を検討し、食べ歩くこともできる。11月から「九十九島(くじゅうくしま)かきバーガー」を提供する店舗も点在し、地元の食材を生かしたバーガーは来年2月末まで食べられるそうだ。
佐世保観光コンベンション協会の口木史香主任(32)は「県外客も多く、週末になれば、行列ができています」と盛況ぶりを伝えてくれた。10月末には同協会を中心に「佐世保バーガー認定委員会」が設立され、老舗のバーガー店に“お墨付き”を与え「佐世保バーガーの味を守っていきたい」(口木主任)と話してくれた。
創業52年のブルースカイ・宇土三千代店長は「父から受け継いだ味を変えないのが私の仕事だと思っています」と話した。1個1個を丹精込めて作り上げるには、少人数の手では限度がある。変わらぬ味を提供し続けることは難しいことだと思うが、味が変わらないからこそ、食した瞬間に、学生時代などのよき思い出が「あのときは、こうだったよな」とかフィードバックされるものだ。あなたの町の名物グルメには、どんな思い入れがありますか。
November 29, 2006 11:52 AM
2006年11月28日
ドラフト「原点」戻れ:鳥谷越直子
X大学監督「わざわざ遠い所まで、どうもどうも」。
Yスカウト「いいですね、Z選手。順位は確約できませんが、ドラフトでは指名させていただきます」。
X監督「そうですか。ただ、ほかにも複数球団から調査書がきてましてね」。
Yスカウト「まあお聞きください。うちの球団はホームグラウンド、合宿所、ファーム施設、育成プランなどが他球団よりだいぶ充実していまして」。
X監督「んで?」
Yスカウト「んで? と申しますと…。ああ、条件ですね。内々の話ですが、契約金○○、年俸○○を用意しています」。
X監督「んで?」
Yスカウト「ああ、それから、うちだけを『逆指名』していただければ、監督には○○をお支払い致します」。
◇ ◇
21日の大学・社会人ドラフト当日の明け方、こんな夢を見た。もちろん、そんな場面に遭遇したこともなければ、具体例を聞いたこともない。が、監督やスカウトの表情が妙にリアルで身震いした。
昨年から2年間、暫定導入された分離ドラフトでは希望枠(自由獲得枠は2人)が1人に減った。球団が確実に獲得できる選手は1人だけ、という制度だ。ところが、最近のドラフトは、下位指名選手まで球団の思惑通りに獲得できるケースが少なくない。
3巡目(大学・社会人2人目)以降は下位球団から指名するウエーバー方式。各球団とも運に身を任せる格好だが、内実は舞台裏の駆け引きが結果を導いている。希望枠と同様に事実上の「逆指名」がある。
ここ数年、3巡目以降の指名が濃厚な選手が「○○以外なら社会人に行きます」「○○以外ならチームに残留します」などとドラフト前に意思表示するケースが目立つ。意中の球団以外に指名を見送るようプレッシャーを掛けている。
2年前。一場(楽天)の金銭授受問題でオーナー3人が辞任し、裏金を一切禁止するためにドラフト制度を改正した。だが、現状は何も変わってない。あるスカウトは「希望枠」の概念が全選手に浸透していると指摘。「希望枠をなくし、完全ウエーバーにならない限り、裏金はなくならない」と制度の問題点を強調する。
豊富な資金にモノを言わせて「企業努力」するチームだけが次々に理想の補強を果たしている。球界発展に戦力均衡は欠かせないという考え方がドラフトの出発点のはず。だが、現状は球界全体の利益に逆行していると言わざるを得ない。
イチロー(マリナーズ)や清原(オリックス)も希望外の球団からスタートした。幼少からファンだった球団もあるだろう。本拠地の魅力やスカウトの熱意に引かれることもあるだろう。だが、プロで成功するかしないかは本人次第。どの球団でもチャンスに大差はない。
暫定導入を終えたドラフト制度は、来年以降へ向けて再改正の話し合いが始まる。プロもアマも原点に立ち返り、球界全体の利益を最優先すべきだ。「大リーグ至上」の流れが強まる中、その危機感が人気回復のカギを握ると思う。
November 28, 2006 12:09 PM
2006年11月27日
ホラ大丈夫じゃ…ない:寺沢卓
会社が築地にある。たまに早く終わると(それでも午後9時ごろだが)新橋まで歩いてみたりする。銀座のネオンの海を泳いでいると、クリスマスの電飾で彩られた街路樹の光がまぶしい。そんな時に限って「酔ってないよぉ、どぅあぃじょうび」と、ろれつの回らない声が耳に飛び込んでくる。いやいや、全然大丈夫じゃない。こんな状態で車のハンドルを握られたら交通事故は間違いない。
これから忘年会シーズンになる。飲酒運転による事故の記事を書くことになるだろう、多分。何でそんな事故が起きるんだろうか? 酔っている人のほとんどは、こういう。「大丈夫」。その延長線上で無責任に車を運転してしまう。迷惑な話だ。
シラフで酔った体験ができるグッズがある。プリズムに似た特殊なレンズをはめ込んだゴーグルだ。かけてみると目の前の世界がグニャグニャとゆがむ。社内でいすやごみ箱をジグザグに置き、試しに歩いてみると、足元がふらつき派手に転倒して腰を強打した。ゴーグルを外すと、すぐシラフに戻る。酒を飲んで車を運転しようとは絶対思えなくなる。
栃木県警ではこのゴーグルを10組購入して、今月1日から運用を開始した。同県警交通企画課の弓田哲司課長補佐は「飲酒運転撲滅の講習で寸劇をやったこともあるが反応はイマイチ。ところがこのゴーグルだと飲酒状態の危険性をすぐに理解してもらえる。効果は抜群」と話す。同県警では、さらに12セット追加購入して県内全20署に配備した。山梨県交通安全協会でも購入しており「酒気帯びなどの免停講習などで使用したい」と話している。神奈川県警でも導入を真剣に考えているという。
正式名称は「フェイタルビジョン」。米国製だ。日中用と暗く見える夜用のセットで5万円。安い買い物ではない。日本における輸入・販売総代理の権利を今年10月に得た東和医療器(東京都足立区)には連日購入希望の電話が鳴り響く。「11月から本格的に営業を始めましたが、すでに10件以上の成約を得た。問い合わせも1日20~30件。体験教育グッズを多く扱ってるが、こんなに反響が高いのは初めて」と中瀬一夫社長は驚いている。
私も酒は好きだ。よく飲む。でも、運転だけはしない。事故を起こしたら家族に何と説明できるだろう。「大丈夫だった」なんて言えるわけはない。強打した腰の痛みは覚えておこう。飲んだときに思い出せるように。
November 27, 2006 02:29 PM
2006年11月26日
フリー=自由ではない:藤中栄二
「フリー」と呼ばれる地位は本当に自由なのか。
11月15日、北海道・札幌で行われたサッカーの日本-サウジアラビア戦直前の練習。MF中村憲剛(川崎F)が10対10のゲーム形式練習で1人だけ違う色のビブス(背番号の入ったゲームベスト)を着用した。常に攻撃チームの味方としてボールに絡む、その役割はフリーマンと呼ばれる。
オシムジャパンではゲームメーカーを務める選手が、この役割になることが多い。中村は「とにかくフリーなのでミスがないようにトライしました」と照れ笑いを浮かべた。フリーはフリーでも、周囲の流れを強く意識する「制約」がある。その中で中村は独自性を打ち出そうとしていた。
サッカー取材で最初に耳にしたフリーマンとはDFのことだった。主に3バック守備でDFの中央に入る選手のことを意味した。イタリア語で自由を示すリベロとも言われる位置。このDFはマークする相手選手が存在しない。「フリーの状態」ということが語源だ。しかし他のDFの誰かが抜かれた時、代わりにマークしてボール奪取に向かわなければならない。また積極的な攻撃参加も要求される。本来のプレーは自由とは言えない。
最近、新聞社を辞める記者が少なくない。筆力と取材力のある記者ほど、フリーライターやフリージャーナリストとして羽ばたいていく。一見、まぶしく輝いてみえるが、先輩フリーライターにこう指摘された。「今の記者の給料をフリーでキープするつもりなら今の給料の3倍は稼がないと同じ手取りにならないよ」と。会社員と違い、フリーは交通費、取材費は当然のように自腹を切る。取材で使用した携帯電話の通話料、ノートやペンにしても諸経費は自分で購入する。そんな細かい重ねが、実は大きな支出となっている。
また同年代のライターには、こう嘆かれた。「フリーは採用してくれる媒体がなければ一銭にもならない。自分の考えと編集者が一致すればいい。大体、一致しない。その時は、編集者が要求する原稿を書かないと採用されない。フリーだからって本当に書きたいことなんて書ける人はほんの一握りさ」と。フリーは自分の「思い通り」を貫いては生きていけない。自分の主張を封印し、時には意思を曲げてまでペンを握る。あるいはパソコンに向かわなければならない。ライター、ジャーナリストのフリーにも自由がない。
フリーが意味する自由とは何をしてもいいということではない。誰よりも周囲を観察し、全体を把握できる能力=「空気を読む」という力がなければ、自由な立場に到達することは無理だろう。読者の皆さんの周りにも、自由人と見られる人物がいると思う。実は結構、無理をしているのかもしれないと想像できる。
何のものにも依存せず、依存されない立場に到達することは簡単ではない。本物の「フリー」とは決して誰かに与えられるものではない。しいて言えば勝ち取るものか。少なくともフリーの肩書を持つ人物は制約や制限の中で、責任を背負って生きている。フリーとは相当、疲れそうだ。
November 26, 2006 08:48 AM
2006年11月25日
馬券を買わせる企画:岡山俊明
中央競馬の売り上げ減に歯止めが掛からない。特に秋G1の落ち込みがひどい。メンバー構成は昨年と大差はない。むしろ馬券的な興味は増しているにもかかわらず、軒並み前年比マイナスとなっている。スプリンターズS85・9%、秋華賞96・7%、菊花賞80・5%、天皇賞(秋)82・0%、エリザベス女王杯98・4%、マイルCS83・6%。権威ある天皇賞の20%近い減収は尋常ではない。
一因には凱旋門賞のディープショックがある。禁止薬物検出が明らかになって1カ月近くもファンに対して何ら説明がなく、憶測が憶測を呼んで疑惑が増幅され、競馬に対する信用が失われた。しらけたのだ。
楽しくなければ競馬に参加する気になれない。その点、体育の日に訪れた盛岡競馬場は、お祭りの雰囲気を十分味わえて競馬の良さを再認識させてくれた。メーンレースはG1の南部杯、全国各地の特産品を販売する屋台がズラリと並び、もうもうと煙を上げる川魚の塩焼きが食欲をそそる。名物ジャンボ焼き鳥を手に、生の迫力を堪能した。
その日は「キリンデー」と銘打たれ、外れ馬券2000円分でキリン商品が抽選で当たるイベントも開催されていた。レースが終わるたびに外れ馬券を手にしたファンが抽選会場に駆け集まり、抽選箱から取り出す玉に一喜一憂。1Rは「キリンのどごし生杯」、4Rは「麒麟淡麗生杯」、6Rは「小岩井まきばアイスクリーム杯」というように、全レースでスポンサー商品が用意された。外れ馬券が抽選券に化け、ちょっとお得な気分を味わえる。
「よし、じゃあ買ってみるか」と自分もその気になった。幸か不幸か馬券がよく当たって抽選には1度しか並べなかったが、ファンはかなり楽しんでいた。
仕掛け人は盛岡県競馬組合の佐々木幸人営業係長。「馬券を買うきっかけになればと思って始めました。競馬にはいろいろな楽しみ方があると知って欲しかった。スポンサーさんは商品の宣伝になるし、岩手競馬はイメージアップになる。非常に好評で、来年もやらせていただく予定です」。企画の大成功に声も弾む。賞品は勝ち馬の関係者にも授与され、喜ばれた。今月はJAと提携して新米プレゼントを実施。岩手の新しい品種「どんぴしゃり」のPRを兼ね、こちらも話題になった。
盛岡競馬で外れ馬券を元に賞品をプレゼントするアイデアは、昨年には実現していた。その名も「リベンジ大作戦」。年間4回、5000円分の外れ馬券を1口として募集し、10万円相当のホームシアターセットや高級ブランド品、旅行券が当選者に配られた。応募総数は多い時で7万口余りにも達した。外れ馬券にも夢が詰まっているならば、購買意欲も刺激されよう。ファンの求めに応えようと知恵を絞る主催者の努力は、必ず報われる。
中央びいきの当方も、一連のディープインパクト騒動にはへきえきした。中央競馬は一から出直すしかない。
November 25, 2006 12:10 PM
2006年11月24日
球界入札と官製談合:沢畠功二
最近、ニュース番組で見覚えのある顔をやたらと目にする。安藤忠恕(ただひろ)宮崎県知事だ。県の土木部職員が談合により逮捕され、自身にも捜査のメスが迫っている。巨人の宮崎キャンプを必ず訪れ、宮崎牛などを差し入れする。さぞかし巨人関係者も驚いているだろう。
一般に談合とは、公共事業などにおいて、複数の入札参加者が前もって相談し、入札価格や落札者などを協定しておくことをいう。投票箱のような「入札箱」に札を入れることから「入札」と呼ばれる。それにより工事を受注することを「落札」という。正直、ふだんは地方行政にはあまり関心を持たないが、入札という響きが妙に気になった。
球界でも今、入札が旬である。いわゆるポスティングシステムだ。西武松坂はレッドソックスが約60億円、ヤクルト岩村はデビルレイズが約5億円で、それぞれ交渉権を獲得。落札先が決まっている官製談合とは違って、さまざまな情報に振り回された。入札直後から球団数、金額などの情報、憶測が飛び交ったからだ。
入札前には「松坂はヤンキース有力」、いや「任天堂マネーでマリナーズが逆転を狙っている(直前で撤退)」などと言われていた。締め切り後は「落札したのは30億円以上でレンジャーズ」と外電がいち早く報じてきた。岩村もパドレス、インディアンスが有力だったが、ふたを開けたら違った。これが入札における本来の姿。かつてイチローや石井一がこの制度を行使した際は、不思議と予想された球団に落ち着いた。だから妙に新鮮だった。
落札球団が予想外なら、60億円という額にも驚いた。あまりに突出した額のため、妨害かと邪推したくもなるが…。それはともかく連日、ワイドショーでも取り上げられたことから、ご婦人方などにも関心の的となった。「60億円のうち、いくらが松坂に入るの?」と聞いてきた知人もいた。もちろん本人の懐には1円も入らない。交渉権を得るために、西武に60億円を払う。「赤字が年間20億円もあるなら球団はホクホクじゃない?」との指摘もあった。それも一理ある。しかし西武はチーム、いや日本の宝を失った。観客数、グッズ収入、そして何より戦力ダウンは計り知れない。赤字補てんで喜んでいる場合ではない。
制度が存続する限り、スターの流出は止まらない。米球界に詳しい関係者に、来年、再来年以降のメジャー予備軍数人を聞いた。空洞化は避けられない。1円にもならないFAで出られるなら、「売る」ことを選ぶ球団は少なくない。そして選手は骨をうずめるつもりで海を渡る。そうなると日本は米国に一流選手を供給するだけの構図が浮き彫りとなる。それがシステムとして成立してしまったがゆえの現状だ。
話は戻って、関与を否定している安藤知事は、来春の巨人キャンプを訪問できるだろうか。平安時代の仮名文「かたりあふ」に当てられたのが「談合」だったと言われている。福島、和歌山、宮崎と県政トップを巻き込んだ一連の事件。それを真に受けたかどうかは、知らない。
November 24, 2006 12:07 PM
2006年11月23日
徹底した話し合いを:井上真
正しいと確信していた価値観が一瞬にして揺らいだ。テレビ番組の中で、映画観賞前の漫画家蛭子能収さんが言った。「ボクが戦争映画に求めることは、できるだけ残虐に描いてほしいということなんです。見た人が、こんなことは2度と繰り返しちゃいけないと思うからです」。
言われてみてその通りだと感じた。そんな観点から戦争映画をとらえたことはなかった。血しぶき、肉片が飛散するリアルな映像で、事実に即した記録映画などを見ると「こんなむごいシーンを誰が好むのだろう」といつも感じていた。
むしろ、そうしたシーンを流すことと、犯罪が横行することは、どこかでリンクしていると思っていた。戦争に限らず、殺人、拷問、暴力、犯罪をリアルに描くつくり手の感覚が分からなかった。暴力の連鎖への「助長」「誘発」に目が行き、「抑止」の視点はなかった。蛭子さんが感じたことを、みんなが意図しているとは思えないが、受け手の感性はさまざまで「戦争はあってはならない」と同じ結論に至るにも、そこまでの思考は1つに縛られないと痛感した。
心に引っ掛かっている事がある。自民党の中川昭一政調会長が提起した核武装是非論だ。最初から中川氏の発言は冷静に受け止めていた。もちろん、核兵器で殺されたただ1つの国民として、核兵器を落とされることも、落とすことも、どんな理由があっても絶対に許されないと言い切れる。それでも、核の傘の元で安全が保証されるか、と聞かれれば「どうかな?」と思う。
他国を尊重しつつ日本がこれからも平和で繁栄することが最優先される。そのために、政治家はあらゆる可能性を探るべきだ。核の保有を一貫して放棄してきたことは、唯一無二の被害国として立派な態度だ。一方で、何が何でも持たないの1点張りではなく、豊かな国を残すために、あらゆる議論の結論として「持たない、つくらない」のゴールを導き出す道もあるのではないか。
戦争はこんなに悲惨ですよ、とすべてをさらけ出すことで「ああ、やっぱり戦争はいやだ」と思う人も多い。同じように核兵器はこんなに人類と地球を破壊する。その兵器を周囲の国はすでに持ち、日本も保有するのに十分な技術がある。さあ、日本が核兵器を持てばどんなことが起こりますか。その上で「やはり核は持たない、つくらない」と再認識してもおかしくはない。
被爆した広島や長崎の人は、日本人だろうが他国の人だろうが、決して同じ目に遭ってはいけないと思うから反対する。その現実を踏まえ、核を使わない、使わせないために、どんな方法があるか、あらゆる角度から話し合う必要性を感じる。
戦争放棄した日本の思想は、悲惨な経験の上に築かれた。その価値観は正しい。ただし、その価値観が日本の平和を永遠に守るか、と自問すると即答できない。豊かに育った世代の1つの率直な考えだ。
November 23, 2006 11:12 AM
2006年11月22日
あったかい歌、言葉:村上久美子
ヒットドラマ「3年B組金八先生」シリーズなどの主題歌、挿入歌43曲を集めたCD「桜中学音楽大全集」が来月13日に発売される。その中に、01年4月16日に亡くなった河島英五さん(享年48)の「てんびんばかり」も収録されていた。
世間は平等で、てんびんばかりにのせてみれば、みんな同じように傾くはずなのに、なぜ、そうはいかないんだろうか-。世の不条理を客観的に見て、怒るでもなく、憤るでもなく、ただ「自分だけはそうならないようにしよう」と歌う彼らしい楽曲だった。
亡くなったのは、49歳の誕生日を1週間後に控えていた矢先のことだった。彼はたった数週間前に、長女でタレント河島あみるの結婚式に出席していた。その年の初めから、体調を崩していて、あみるの結婚式で会った彼は、確かにやせていたけど、目が溶けるような笑顔は健在だった。
それだけに、桑名正博のマネジャーから訃報(ふほう)の真偽を確かめる電話を受けた時、確実に5秒は沈黙してしまった。
彼は、不器用とか、男くさい、とか、代表曲の1つ「時代おくれ」のイメージで語られるけど、素顔は永遠の無邪気な少年だった。
阪神大震災後、義援ライブとして復興の詩を10年続けると誓っていた。「おれらはその時だけで忘れてまうけど、そこで暮らしてる人たちは永遠に復興せなあかんねん。続けることに意味がある」。きれい事のように聞こえるかもしれないが、彼は、マスコミや世間が注目しなくなった3年後も4年後も5年後も、ライブへの集客のため、街角でギター1本、弾き語り、陣頭に立って歌った。
場所は「若者が集まるから」と、大阪城ホール周辺だった。当時、シャ乱Qらを生み出した通称「城天(しろてん)」と呼ばれた同ホール周辺は、路上ライブのメッカだった。アマチュアたちが歌い、若者たちが群がっていた。そのすぐ近くで、テレビに出ればギャラをもらって歌う彼が、普段着のまま歌っていた。若者たちが素通りしても、お構いなしだった。
記者も何度も、歌を聴きに行った。通行人が足を止めると、その人の目を見て歌う。チラシをもらってくれると、心からうれしそうに「ありがとう」と言う。分け隔てないあったかさは、今も心に残る。
そんな彼だから、あみるの結婚式の時、実は立っていることさえつらい状況だったのに、歩いて表へ出てきた。スタッフが体調を配慮して、極力、取材という形のものは避けていたのに…。数分、立ち話をしていると、彼は「ごめん。座ってええか」と言った。あの声の響き、恥ずかしそうな表情はいまだ消えない。
「桜中学音楽大全集」を見て、いろんな彼を思い出した。亡くなる数日前にライブ会場で歌ってたな~、とか、経営のライブハウスに飛び込みで訪ねたある新聞社の広告マンの意気を買い、自腹切ったこともあったな~、とか…。まだまだ学びたいことはたくさんある人だった。そういえば、初対面だった12年ほど前、彼は「君、貿易風だね~」と言った。意味を尋ねると「アホ、貿易風いうたら、貿易風や」と、いたずらっ子のように笑った。あれからまだ、貿易風の意味の答えは出ていない。
November 22, 2006 10:51 AM
2006年11月21日
王監督の前でもう1度:松井清員
小久保がFA宣言して古巣のソフトバンクに戻った。球団方針による“謎の無償トレード”で巨人に移籍して4年。FAで古巣に、という異例の復帰を決断したのは、野球と人生で公私にわたって慕う王監督を日本一にしたい、いちずな思いだった。「王監督を胴上げするために、僕は大好きな酒を断ちます」。晩酌を欠かさず、1年でアルコールを口にしない日は「4、5日ぐらい」という男が禁酒宣言までした。主軸としてチームを引っ張って優勝させることが、1番の恩返しと考えていた。
小久保とは正反対で、ソフトバンクを“やっつける”ことが王監督への恩返しと考えている選手もいる。今オフにソフトバンクを解雇され、オリックス入りが内定した吉田修司投手だ。11月29日で40歳。秋の高知キャンプで3日間のテストを受け、コリンズ監督から合格切符をもらったサウスポーは充実の汗を流して誓った。「“まだ、やれる”と言ってくれた王さんの目が間違ってなかったことを証明するためにも、いいピッチングをしたい。今度は敵になっても…」。
吉田は北海道拓殖銀行から88年ドラフト1位で巨人に入団。先発で期待されたが6年で6勝と伸び悩み、94年途中ダイエー(現ソフトバンク)にトレードされた。その新天地で中継ぎでの生きる道を切り開いてくれたのが王監督だった。98年から03年まで6年連続で50試合以上に登板し、2度の最多ホールド(最優秀中継ぎ)をマークし、3度優勝に貢献。左ヒジの故障で1年間を棒に振った昨季、球団が戦力外通告をしようとしていた矢先、再び救いの手を差し伸べたのが王監督だった。
「まだ、やれる。まだやれるんじゃないか」。
現役続行を志願して登板した9月末、2軍のシーズン最終戦。雁ノ巣球場で投げた1イニングを視察した王監督が球団に“待った”をかけ、奇跡的な逆転残留が決まった。だが今年も左ひじの回復が思わしくなく、約3年ぶりの1軍復帰を果たしたのは9月に入ってからだった。し烈な1位通過争いを展開していた同26日の日本ハム戦で3点ビハインドの7回から登板。これ以上点をやれない場面だったが1死も取れず、3失点でチームの8年ぶり3位以下を確定させてしまった。それがソフトバンクでの最後の登板になった。
「期待に応えるどころか僕は王さんを裏切ってしまったわけですよ」。先月球団から戦力外通告を受けた。だがその夜、王監督は電話口でこう言ったという。「どのチームでもいいから頑張れっ! まだ、やれる」。1年前、解雇寸前のがけっぷちから救ってくれた時と同じフレーズ。吉田は現役続行を決意してトライアウトに参加し、その姿がオリックスの目に留まった。
小久保との恩返しの仕方は180度違う。私たちの一般企業ではライバル会社に入って恩返しするなどということはなかなかできない。でもこれがスポーツ、プロ野球の成せる魅力だろう。「元気な姿を見せたい。それが王監督への恩返しですから」。何かの因縁か、オリックスの来季開幕は福岡でのソフトバンク戦が有力だ。そしてそのマウンドで必勝リレーの一翼を担い、古巣を抑えることが吉田の願い。小久保との恩返し合戦にもいい意味で火花が散るだろう。不惑の挑戦をしっかり見守りたい。
November 21, 2006 09:59 AM
2006年11月20日
すっきりしない続投:村上秀明
仮定の話だが、ある会社員が夢を追うため、同業種の別会社の面接に堂々と行ったとする。そして夢破れて再び会社に戻ってきたら、周囲の人間はどう感じるだろうか。「残念だったね」という同情、もしくは「また一緒に頑張ろう」という激励もあるだろう。その一方で、不快に思う人はいないだろうか。「今までと同じように一緒にやれるのか」と疑いの目を向ける人はいないだろうか。
日本ハムの優勝パレードが18日、札幌市内で盛大に行われた。その中で笑顔を見せていたヒルマン監督が16日、来季の続投を表明した。メジャー監督就任の夢が消滅し「戻ってこられることをうれしく思う」と話し、来季は5年目の指揮を執ることになった。が、何かがすっきりとしない。特に日本ハムファンの中には、そう思った人も少なくないのではないだろうか。
同監督は10月末に渡米し、大リーグ3球団の面談を受けた。レンジャーズは国際電話での面談でも可としていたが、ヒルマン監督自らが直接面談を希望し、夢に向かってトライした。日本ハム側も容認し、決して契約上のルールは犯していない。もちろん、夢に向かって行動することは素晴らしいし、そのチャンスをつかもうとする姿勢は共感できる。だが、今回の続投を素直に受け止めることができないでいる。
プロの契約はビジネスである。FA移籍、トレードも当たり前のように行われる。そこに義理人情を入れてはいけないのかもしれないが、客観的に経緯をたどると「愛」を感じなかったからではないか。日本ハムが「最終手段」の扱いを受けた印象が強く、ビジネスライクな行動に映ったのが「しこり」の要因のような気がする。
同時期に、FAでの去就が注目された広島の黒田博樹投手が残留を決意したのが、あまりにも対照的だったこともある。「育ててもらったカープ相手に目いっぱいボールを投げ込める自信がなかった」。広島ファンの大声援に心を揺さぶられ、義理人情を重視した形だろう。そもそも黒田と外国人監督を比べるのが、間違いかもしれない。大きく言うと、国民気質、文化の違いもあるだろうし…。
特に北海道のファンがどう感じたかに不安を感じている。実際、野球好きの知人から「大リーグ監督がダメだからって、続投させるの」「シンジラレナ~イのは監督の行動じゃないの」と、数々の不快を表す声を聞いた。アジアシリーズVまで導いたヒルマン監督の行動を快く理解するファンもいるだろう。だが、一部かもしれないがすっきりしない気持ちのファンがいるのも事実だろう。
チームは新庄の引退や主力選手の去就問題など、アジア王者になってから明るい話題が少ないが、経過はどうあれ、ヒルマン政権が再スタートする。ペナントを狙うための戦力補強も大事だが、わずかかもしれないが「溝」を少しでも早く埋める行動、発言をしてほしい。今日19日のファン感謝デーは、その第1歩になるのではないだろうか。
November 20, 2006 10:17 AM
2006年11月19日
同じ目線で叱咤激励:浜崎孝宏
高校野球の強豪校で不祥事が相次いでいる。今夏の甲子園で準優勝した駒大苫小牧(北海道)、昨春のセンバツ準Vの神村学園(鹿児島)、常総学院(茨城)池田(徳島)など…。グラウンド外でも模範となってほしいチームだけに残念だった。
先日、行われた秋季九州大会では、そんな心の痛手を受けて再出発しようとする監督がいた。自由ケ丘(福岡)の末次秀樹監督(48)だ。柳川の主軸選手として夏の甲子園に出場し、8打席連続安打をマーク。母校の監督に就任後、春夏通じて甲子園に6度出場した。ところが05年夏の甲子園後に、部員による不祥事の責任を取る形で柳川のユニホームを脱いだ。心機一転、自由ケ丘の指揮官として今年の夏から再スタートを切った。
柳川時代、不祥事が発覚した直後に取材に出向くと、丁寧に監督室で対応してくれた。ショックの色は隠せなかったが、名門校ならではの悩みも打ち明けてくれた。「いろんな土地の子が集まると、なかなかまとめるのに苦労するんだよ」(末次監督)。柳川はプロ選手を多数、輩出する強豪校とあり、県内はもとより県外からの生徒も集まる。県外の“野球留学生”は育った風土、文化、気質などが若干、異なるため、なかなか部内で意思の疎通が図りにくいそうだ。
取材した不祥事は、先輩から後輩への暴力が原因だった。被害者は、ファウルボールを拾う係だったが、試合中に居眠りして上級生にカツを入れられたとか、寮生活で輪番制になっている掃除当番を何度もサボって叱(しか)られたり、といった内容だった。頭に裂傷を負うなど「行き過ぎた愛のムチ」だった。
最近、不祥事が発覚している高校をながめてみると、県外からの野球留学生を受け入れている強豪校が少なくない。有力選手が毎年加入する強豪校は、弱小チームからすればうらやましい限りだが、常に甲子園を目指すように“常勝”を義務づけられる。それだけに、チームを結束させる作業の中で、苦労している様子もまたうかがえる。
自由ケ丘は、九州大会準々決勝で敗退した。「今は選手とひとときも離れたくないね。ハードルを2段下げて接することができるようになった」。新天地で末次監督は、野球が楽しくて仕方ない様子だった。
教育の現場では、体育の授業などで先生が、子供とともに腰を下ろして、同じ目線で指導する場面をよく見掛けるが、末次監督も、今まで以上に選手の目線で指導している様子。評判も上々で、同校の選手は「どんどん話しかけてこい、と言われるので接しやすい」と話していた。
指導上、叱咤(しった)激励は当然、ある。「怒る」ことはアウトだが、「叱る」ことはセーフだと思う。体罰はいけないが、相手との信頼=絆(きずな)がなければ、「叱ってやる」ことはできないと思う。
November 19, 2006 10:31 AM
2006年11月18日
ファンあっての野球:鳥谷越直子
欽ちゃんが時代を読み取ったのか、時代が欽ちゃんを求めたのか。新庄が日本ハムを変えたように、欽ちゃんは社会人球界を変えた。
12日、茨城ゴールデンゴールズ萩本欽一監督(65)プロデュースの「つくばゴールデンチャレンジ」が、全日程を終了した。全国のクラブチームと14試合を行い、観客は3万5000人を動員。2年前までクラブチームの試合は関係者数十人しかスタンドにいなかったことを思うと、シンジラレナ~イ現象である。
2年前の冬。四谷の飲食店で萩本氏と初めて会った。「どぉも、萩本です」と愛嬌(あいきょう)たっぷりにあいさつすると、自らが立ち上げる野球チームの構想を熱く語り出した。「試合中にマイクを使ってプレー解説や選手紹介したり、選手名にスポンサー名と両親の名前を付けてジュゲムジュゲムみたいに長い登録名にしたいの…」。聞いた瞬間、不可能だと思った。
ところが1年目から次々と実現させ、話題をさらった。とりわけ地域密着の姿勢はファン獲得につながった。今年7月の廃部騒動の際、存続を求める署名が3日で約5万件も集まったのは、その証しだ。行政も巻き込んで地域振興の核にチームの位置付けを上げた。
驚くのは自身の報酬がゼロという点だ。愛する野球界のてこ入れがいかに純粋な気持ちかが分かる。いわばライフワーク。スポンサーが現在6社付いているが、すべて球団の運営経費に充てている。
「だって野球がなくなったら寂しいじゃない。野球を盛り上げるにはお客さんの熱い気持ちが一番大切なの。その思いに選手が応える。最初からメジャーリーグを目指すといったらあきらめる子もいるけど、欽ちゃんのところなら楽しそうって、興味持つ子が増えればいいなと思っている。底辺が広がらないとダメだよ」。
「欽ちゃんショー」だけではファンが離れると読み、チーム強化にも本腰を入れた。「試合が選手を育てる」と、日本野球連盟に公式戦拡大を直談判。それを受けて、今年から同連盟が「つくばゴールデンチャレンジ」の後援に踏み切ったのは、異例のことだった。毎試合後、欽ちゃんがファン1人1人に名前入りのサインをする姿を見て、これぞ「ファンあっての野球」の原点と感じた。
「芸能界も野球界もお客さんが育ててくれるの。だから見に来てくれた人には何かオマケをつけてあげたいんだよね」(欽ちゃん)「(派手なパフォーマンスに批判の声もあったが)その1人の声を気にするのか、10万人のあったかい言葉を聞くのかって言ったら10万人。オレが怒られたらいい。ファンはみんな喜んでくれた。オレの勝ちなんですよ」(新庄)。かつて長嶋監督がオーバーなスローイングやリップサービスでファンを楽しませたように、2人に共通するサービス精神がファンの心をつかんでいる。邪道かもしれない“エンターテインメント野球”。だが、少なくとも、ふだん球場に足を運ばない人たちに野球の面白さを伝えることができたのなら、大きな功績だと思う。
November 18, 2006 01:56 PM
2006年11月17日
“ギタカバ君”が群馬活性化の鍵:寺沢卓
カバがギター? はて、何だろう?
「社会面担当者さま」という封書は月に200通はくだらない。その郵便物の山の中に、このカバがいた。そのギャップに引き寄せられた。だって、カバはギターを持たないでしょ。名前は「ギタカバ君」。来年3月4日、群馬県前橋市で行われる「フォークソングス・カバーズ・コンテストinぐんま」(通称カバコン)のマスコットキャラクターだ。
気になって実行委員会事務局に聞いた。「あのマスコットで『何だ、こりゃ?』と思ってほしかった」とは副委員長の加藤和広さん。まんまと術中にはまった。
カバコン企画会議中に加藤さんがパソコンで、マウスを動かしながら約1分で描き上げた。横から別の委員が口を挟み「これ、マスコットにすんべ」ということになった。なんとも単純な理由で、イラスト業者に発注することなく決まった。この委員会は民間主導で、企画は仕事を持つ一般市民の有志で考えている。
昨年、群馬県を舞台にしたNHKの朝の連続テレビ小説「ファイト」が放送された。放送期間中、観光誘致にもつながったこともあり、県民が元気になるイベントをつくるための「ファイトぐんま県民会議」を県が発足させた。
県を5分割して前橋市を含む中部、西部、東部、吾妻、利根・沼田に県民局を設置した。「ファイト」冠イベントを開催するための土台だ。中部県民局ではカバコンを実施することになった。
県職員が地域で元気な人に声を掛けた。加藤さんが赤城山をベースにするフォークソングデュオ「ガーネット」を奥さんと組んでいたことから白羽の矢が立った。「この手のコンテストは自作曲ばかり。でも会場は群馬。昔のフォークならお客さんも口ずさめて盛り上がる」。確かにそうだ。
来年07年は団塊世代が大量退職する初年度。バリバリに働いているころに勇気づけられたフォークで「ファイトを出してもらいたい」との理由もある。アコースティックギターで勝負するコブクロやWaTの人気で10~20代の参加にも期待を寄せる。私もアリスだったら歌詞なしで全部歌える。
地方で町の活気がなくなったことを嘆く声は多い。若者は都会を目指すし、地方主導の道州制は本当に運用されるのか。結局、独自で立たなければ地方活性化なんて無理。群馬県が活性化のモデルケースになるかもしれない。
「ファイト」では地元民オーディションから映画もつくった。大規模な物産展も成功した。ソフトボールやサッカーの大会にも「ファイト」をつけて地域ぐるみのイベントに変わった。地方発の文化が生まれれば、住んでいる地域がより誇らしく思える。
カバコンでは来年1月15日まで参加者を募るという。全国で予選を勝ち抜いて、前橋市がフォークの聖地となって全国大会……そうなったら楽しいべなぁ。
November 17, 2006 11:00 AM
2006年11月16日
理想と現実に苦しみ:藤中栄二
カラオケに行った。最初に、1度歌ってみたかった曲を入力した。「約束の場所」。自分の歌唱力がいまいちなことを除き、人気男性デュオ「ケミストリー」の最新曲は、詞も曲も心地よいナンバーだった。鉄棒のあった小学校のグラウンドの風景や少年時代の思い出が頭に浮かんだ。
★「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」。
このサビ部分が、きっかけだった。ご存じの通りの「盗作騒動」。漫画家の松本零士氏が自身の漫画「銀河鉄道999」で登場する以下のセリフと合致すると主張した。
☆「時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない」。
松本氏は「創作家同士のプライドの問題。男同士なら分かってほしい」と本人の謝罪を要求している。
一方の「約束の場所」の作詞・作曲者となるシンガー・ソングライター槙原敬之も反撃する。「松本氏の作品『銀河鉄道999』について、私の個人的な好みから、1度も読んだことがありません」と完全否定。逆に「約束の場所」が起用されたCM放送休止のダメージから謝罪を要求している。松本さんの発言通り、2人はプライドを懸けて「オリジナル」であることを主張し続けている。
スポーツ新聞の記者は創作家ではない。ライターやリポーターとも違う。ジャーナリストという言葉が的確だろうと思っている。現場で感じ取った雰囲気、取材を通じて得た情報を記者自身のフィルターを通して整理。記事のイメージを考え、紙面を編集する上司に伝える。主観や独自の視点、主張をぶつけあって記事が完成する。記者が妊婦ならば、直属の上司は助産婦といったところだろうか。特に自分自身の腹を痛めて生んだ記事には一層の愛着がわくものだ。
読者の皆さんは、仕事で必ず理想と現実に苦しむことがありませんか? スポーツ新聞の記者も頭の中には理想の文章の流れが浮かんでいるにもかかわらず、いざパソコンに向かって打ち出した原稿がイメージと違う場合が数多くある。記者でさえ、記事に対して思い悩む。創作家であるならば、想像以上のプレッシャーであろうと推測できる。
松本氏の作品も、槙原の作詞も、身を削る思いで生み出した作品に間違いない。DNAが入っていると言ってもおかしくない。作品=子供である以上、愛着も強いし、執念深くなる。自分は創作家のレベルには遠く到達することはできないが、主張をぶつけ合う、譲れない気持ちに強く共感してしまう。
カラオケで「約束の場所」を歌った後、仲間が次に入力したのはゴダイゴの「銀河鉄道999」だった。創作家2人の意思とは関係なく、今回の盗作騒動を通じて、できてしまった曲と漫画の接点。当の2人はお互いのプライドが傷つけられ、盗作騒動は収束に向かったとしても「しこり」として残るだろう。しかし、マイナスだけではない。「約束の場所」で「銀河鉄道999」を連想する。その逆もある。2つの作品が最高のものだからこそ、その先には相乗効果もある。
November 16, 2006 10:22 AM
2006年11月15日
馬本位の内規改正を:岡山俊明
オーストラリア最高のレース、メルボルンCで角居厩舎の2頭がワンツーを決めた。適距離を求めて豪州にターゲットを定めた角居勝彦調教師(42)の眼力には感服するほかない。
さぞや喜びに浸っているであろう調教師を栗東の厩舎に訪ねると、予想に反して硬い表情で頭を抱える姿があった。聞けば、勝ったデルタブルースのローテーションで悩みが生じたという。次走には12月10日に香港で行われる香港ヴァーズを予定していた。しかしJRAから競馬場での着地検査(海外遠征馬に義務付けられる3週間の検疫)が許可されず、次走の変更を余儀なくされた。「香港に使うのなら競馬場を貸さない。有馬記念なら貸す」。通告は断固としたものだった。
JRAの内規で、当該競馬場のレースに出走意思がなければ競馬場での検疫は認められない。拒否通告は規則にのっとったものなのだが、どうも合点がいかない。この内規によってベストのレース選択が阻害されたのは事実だからだ。
今回の勝利は世界の競馬地図における日本のステータスを高めた。父ダンスインザダークは豪州向きと認知されて産駒の評価は上がり、国際的な経済効果が期待される。功労馬に対して最善のサポートを行うのが主催者の責務ではないのだろうか。
「香港ならちょうどいい間隔で、強いトレーニングもしなくて済む。湿気のある馬場にも適性がある」。角居師が香港を望む理由は理路整然としている。あくまで香港にこだわるなら豪州から直接香港に入る手もあったが、その場合は海外滞在が60日を超えるため、帰国後の着地検査が3週間から3カ月に延びてしまう。トレーナーはしばらくレースに出られないリスクを避け、やむなく断念。有馬記念に向かわざるを得なくなった。
JRAとしては、香港に出走されては売り上げに結び付かないから、ぜひとも有馬記念に出てほしい。ディープインパクト、ハーツクライ、メイショウサムソンにデルタブルースが加われば、近年にない豪華メンバーがそろう。売り上げが低迷する中、世界で最も売れるドル箱レースで少しでも帳尻を合わせたいところだろう。それもよく分かるが、馬のためを考えればやはり疑問は残る。もし香港G1も勝つようなら種牡馬価値はさらに高まるのだから。
角居師はただでは引き下がらなかった。デルタブルースを有馬記念に使う条件として2着ポップロックの競馬場入厩を申し入れた。仲間がいれば調整しやすい。果たしてJRAは内規の特例を認めるのか。「認められない場合は有馬をやめて2頭とも放牧に出す」。
角居師は例えブラフでもポップロックを有馬記念に出す意思を示せば競馬場入厩は支障ないのに、真正面から立ち向かった。ディープインパクトが天皇賞(秋)に出走する、しないで騒動が起こったのも、この内規が一因。海外遠征馬が激増して今後も支障が予想される。馬本位の改正が求められている。
November 15, 2006 10:32 AM
2006年11月14日
日米野球開催の意味:沢畠功二
今回限りか、伝統継承か。先週まで開催されていた日米野球の存続が注目されている。労組プロ野球選手会は、今回限りでの打ち切りを強く要望。理由としては試合数増による選手への負担、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の開催により、真の世界一決定戦の場ができたことなどを挙げている。そんな空気が波及したのだろうか。全日本の辞退者は水面下での打診を含めると、25人にも上った。5戦全敗は当然の結果だった。
「花相撲」と皮肉られての開催。それでも出場した選手は何かを吸収しようと必死だった。4日、ヤクルト青木宣親外野手(25)は神宮球場の東京6大学選抜戦から、東京ドームでの全米選抜戦にはしごした。3日の試合後、「明日デーゲームなんですよね」としかめっ面をしながらも「夜は途中出場? いえいえ、試合に出たいですからね」と手を抜こうとはしなかった。昼は東大生、夜はロックミュージシャンとしても活躍するアローヨ(レッズ)と対戦した。
2年連続で年間190安打以上の快挙を達成しながらも、休もうとはしない。シーズン後半、足の痛みを隠して出場を続けた。その影響でオフはしばらく練習できなかったという。しかし何事もなかったように、フル出場した。
メジャーでの1年目を終えたばかりのマリナーズ城島健司捕手(30)にも、貴重な機会だった。「日本に帰ってきてからは英語を聞くのもイヤでしたよ。それでもこの時期に英語に触れられるのはラッキーですよ。シーズンから1カ月あいているけど、思い出しますしね」。コミュニケーションを求められるポジションでの苦労は想像を絶する。できれば英語抜きで生活したかっただろうが、使わなければ忘れてしまうのが語学。感覚を取り戻すには、絶好の1週間だった。
メジャーリーガーでは9年連続ゴールデングラブを獲得したA・ジョーンズ(ブレーブス)が、春から出場を直訴していた。1000万円を軽く超えるギャラ、家族同伴、観光旅行付き。大会MVPを獲得したハワード(フィリーズ)に至っては、今季の推定年俸(35万5000ドル=約4100万円)の約3分の1を、わずか5試合で稼いでしまった。さらに全勝分の賞金1億4000万円をチームで分配する。MLBサイドが続行を望むのも無理はない。
全日本の出場手当ては全米選抜の10分の1にも満たないという。これではモチベーションを上げるのは難しい。選考のすったもんだに始まり、最悪の結果に終わった。親善試合を含めた全6試合の観客数は20万6310人。本場のプレーに満足する一方で、ふがいない全日本をどう思っただろうか。
連日、試合前のベンチでは楽天担当記者たちにぼやきまくった野村監督。「互いに親善関係を深め、野球を世界に広め、野球人口を少しでも増やしたい。良いものを学ぶ場は大事。一流が一流を育てる」と開催を支持しながらも、こう続けたという。「ただ、こうも辞退者が多くては、もうやめた方がええんちゃうの」。次は2年後。どうなっているのだろうか。
November 14, 2006 10:31 AM
2006年11月13日
いじめはあるを直視:井上真
いじめによる自殺が続いている。命を最終武器にスイッチを押すように死んでいく印象だ。現実逃避よりも、最後の手段として強烈に死のメッセージを残し、恨みを抱いた者への罰を求めている。
いじめはなくなるのか? 最初から答えはある。いじめはなくならない。いじめはどこの学校にもある。いじめがないと思い込むのは、大人の勘違いだ。願望から生まれる幻想であり、戦争、交通事故、犯罪、病気がなくなればいいと願うのと同じことだ。程度の差こそあれ、いじめはこれからもなくならない。
大人の社会を見れば、競争という名のいじめが満ちあふれている。意見が合わないから、ついていくリーダーが違うから、好きじゃないから。大人の社会にいじめはまん延しており、子供は同じ社会生活を営むその大人の影響を受ける。
いい例が政治の世界だ。郵政民営化をしたい小泉純一郎前首相が「反対派」という仲間をはじいた。仲直りできないよう「刺客」という新しい仲間を引き込み、彼らの居場所を奪ってしまった。オーソドックスないじめの構図だ。子供の目にはどう映るか?
なのに、子供にだけ「みんな仲良く」などと求める。仲良くしてほしい理想はあっても、ありのままを直視し、我が子がいじめにかかわっているかもしれない現実を見るのは怖い。「とりあえず、みんな仲良くと思い込んでしまえ」のあいまいさが実態をぼかす。
これは持論だが、子供はなるべく早い時期に仲間はずれくらいには遭った方がいい。疎外される寂しさを味わい、そのつらさや、はじく側の魔力を知る。疎外はしないが疎外もされない「安全地帯」で育てば、ある日、中学や高校、大学で初めてはじかれ、対処ができず大きな心の痛手を被る。
やみくもに理想を掲げずに「いじめはある。いじめはなくならない。でも、いじめられても死なない、生き抜く知恵を教える」こと一点に絞るべきだ。いじめを隠さない風潮をはぐくみ、いじめられている子供を複数の目で守る。周囲が自分を気に掛けていることが、当人に伝わることがすべての始まりになる。
「ああ、あの子はいじめられてるんだ」と、みんなが知ることが大切だ。今はいじめが判別できないほど陰湿で巧妙だ。それでも、子供は大別すれば、いじめているか、いじめられているか、傍観しているか、止められずに悩んでいるか、本当に知らないかのいずれかになるだろう。自分の子供がそのどれかに必ず当てはまっているとの思いで、子供と接するべきだ。
いじめは昔からあった。しかし、自殺者が出ることで、自殺=いじめを学校が認めない風潮が生まれ、「いじめはない」との建前で子供の真実は覆われた。その下から見たくない実態が現れる予感はあっても、まず、そのウソで固められた覆いを引きはがすことが最初の一手になる。
November 13, 2006 10:24 AM
2006年11月12日
プロだからこだわる:村上久美子
「芸人いうんは、お客さんに育ててもらうもん。吉本の芸人も、みんな(寄席出演で)お客さんに育ててもろてきたんです。生意気なこと、言うようですが、今は、タレントさんはどんどん育ってますけど、芸人さんはイマイチかな、と思うてます」。
今月4日、吉本興業が寄席興行「浅草花月」をスタートさせた会見で、ベテラン漫才師の中田ボタンが発言したコメントだ。板の上(劇場)を戦場とする揺るぎない芸人としてのプライドを、やわらか口調の滑らかな大阪弁に隠しこみつつ、眼光鋭く正面をみすえた様子が、とてつもなく格好良かった。
安易に使われる「芸人」という言葉。記者は、どうも引っかかっていた。中田カウス・ボタンのように、なんばグランド花月(NGK)など劇場出演をライフワークとする人は「芸人」、テレビ出演へのウエートが高い人は「お笑いタレント」と記す。「漫才コンビ」と「お笑いコンビ」も、板かメディアか、で使い分ける。
お笑いブームと言われる中で、ホンマの芸人てなんや-。そう問い掛けたボタンを見ていて、いまだ多数、ボタンには追っかけグループがいることを思い出した。大阪で記者をしていた時代、本拠地NGKの東側駐車場入り口に、女性数人が出待ちしていれば「今日はカウボ(カウス・ボタン)さん、出てんねんな」と分かった。もちろん、テレビ局など、彼らの行く先々では、ほぼどこでも見かけられる光景だった。
そう、カウス・ボタンといえば、アイドル的人気を誇った漫才師の走り。今でこそ、お笑いタレントのルックスも良く、アイドル化するケースも多いが、彼らこそ初の漫才師アイドルだった。コンビ結成は69年。当時、漫才師といえば定番スーツがお決まり。そんな中、デニム姿でネタを演じて革命を起こしたと聞く。
ボタンには「奥さん」と「嫁さん」がいて、借金で首が回らない-のが、コンビの王道ネタ。実際、ボタンはかつて「昔の話やけどな、借金取りいうたらな、田んぼの中、走って逃げて、そのまま国道出て、必死で走ったん覚えとるわ。ま~あ、よう走ったで」と話したことがあった。
容易に光景が浮かび、思わず笑った。やんちゃぶりとともに、修羅場をくぐり抜けた肝の据わりっぷりが、いつまでもこの人を輝かせるんだ、とも思わされた。
コンビは、NGKで大トリ(出番の最後)を飾る大御所。芸歴37年となっても、勢いは衰えない。カウスがボタンの借金、女ぐせの悪さをからかい、ボタンがノリツッコミを入れるテンポ、間合いは、子供のころ見たまんまだ。先日の浅草では、カウスが「おまえ、顔色悪いな」とからかい、ボタンが「昨日な、風邪ひいて寝てたんや」。即座にカウスは「アホか~、おまえ、寝るのに風邪ひいてどないすんねん。ひくんは布団やろ」。何度も聞いた風邪引きネタ、分かっていても笑わされた。
これが芸人、いや、プロや-。プロだからこそ、肩書、言い方1つにこだわる。そういえば、以前、五木ひろしに「僕は演歌歌手じゃない。流行歌を歌ってきたんだ」と、まばたきせず言われた時の目も思い出した。プロだからこそ、こだわる自分の“顔”を持ちたいと思った。
November 12, 2006 11:23 AM
2006年11月11日
谷の穴埋まるのか:松井清員
オリックスの谷放出には驚いた。私の中でも<賛否>両論が渦巻いている。
谷は三菱自動車岡崎から96年にドラフト2位で入団して以来10年間、チームの顔だった。4年連続3割のほか盗塁王も獲得し、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回。イチロー、田口との外野は鉄壁トリオと称され、特に2人のメジャー移籍後は人気、実力ともにチームを引っ張ってきた。柔道五輪金メダリストの亮子夫人との2ショットは、国民的平和な家庭の象徴とも言われた。チームのイメージアップへの貢献も計り知れず大きかった。
<賛>その谷を巨人の1軍未勝利投手と1軍無安打野手2人と交換した。どう考えても不釣合いだが、小泉球団社長は「5年後に評価されるトレード」と表現した。若手の将来性を求めたオリックスとベテランの実績を求めた巨人。ファンには複雑な思いもあろうが、オリックスも英断したもんだと感心した。実際、谷はここ2年、右ひじ痛の影響で満足な成績を残せず、若手の台頭もあってくすぶりかかていた。ただ環境さえ変われば働ける力はあると思う。谷個人には、もうひと花咲かせるチャンスをもらった、いい移籍だと思う。
もちろんオリックスはそんな情よりも「商社」らしいビジネス感覚を優先させたことは間違いない。戦力としての不振に加え、清原や中村の加入によって人気面での後退も否めなかった。昨年までは谷1人に集中していた取材依頼やグッズの売り上げは大幅減。オリックスの名前を宣伝すべく「どれだけスポーツ新聞の大きな記事になったか」も査定の対象にしている球団では、著しくポイントが下がっていた。それはオリックスでの「賞味期限切れ」を意味していた。
<否>そんな谷放出は経営戦略として妥当かもしれない。ただ1番疑問を感じるのは、目指すチームの方向性が見えないことだ。皆さんはオリックス選手の顔と名前がどれだけ分かりますか? 清原、中村、吉井、北川、村松、デイビー、セラフィニ…。現在の看板選手のほとんどは他球団からの移籍組。近鉄との合併があったにせよ、生え抜きの主力は川越、塩崎、日高ら少数しかいない。中でも谷は屈指の顔で、オリックス色を持った幹部候補生だったわけだ。そんな選手を簡単に出すなんて…。
イチローと田口が去り、星野伸は阪神にFA移籍した。だがこの間、球団が次代のスター選手を作ることはなかった。人気の低さゆえ、ドラフト上位で有望選手を獲得できなかったことも一因。ドラフトそのものの失敗、育成の失敗もあるだろう。7年連続Bクラス、7年連続監督交代によって、チームの土台作りができなかったこともあるだろう。結果生え抜きの主力が育たず、他球団からの寄せ集めチームになった現状が放置されているのだ。
オリックスと同じ現象は、今の巨人にも見て取れる。中日や西武のように生え抜きが主力を張っているチームは強く、その反対はもろい。オリックスも昨年のドラフトで平野佳や“なにわのゴジラ”岡田ら次代のエースや4番候補をようやく獲得したが、色が付いてくるのは数年先だろう。いずれ清原が去り、中村が去り、吉井が去った時、果たして誰がチームを引っ張っているのか。谷が抜けてぽっかり開いた穴から、現実が透けて見えた。
November 11, 2006 12:19 PM
2006年11月10日
金で買えない距離感:村上秀明
年末は全国各地のホテルでディナーショーが行われるが、札幌市内のホテルにはトップアイドル松浦亜弥がやってくる。あややにとっても初めてのディナーショーらしく、ちょっとした注目だ。料金3万2000円を高い、安いと感じるのはそれぞれだと思うが、大会場でのコンサートでは味わえない「至近距離」が醍醐味(だいごみ)には違いない。
初めてディナーショーに行ったのは、10年前になる。入社1年目で販売部所属となり、新聞販売店の奥様方と北海道滝川市のホテルに足を運んだ。音楽に合わせてステージ脇から登場したのは布施明。歌っていた曲は「君は薔薇より美しい」だった。
張りのある声以上に驚いたのは、本人と客席が予想以上に近かったこと。会場は100人ほどだったと記憶しているが、「シクラメンのかほり」を歌いながら布施は各テーブルを回って握手するなど会場内を動き続けていた。ファンが布施の腕に触れたり、逆に肩を抱かれたり-。目がハートになっていた年配女性も多かった。個人的には熱烈ファンではなかったが、それ以降、かなりの親近感がわいた。
ファンになる第一歩は、こういう単純なきっかけが大きいような気がする。中学1年で、旭川スタルヒン球場で初めてプロ野球の広島-大洋を観戦したが、大洋新浦とポンセ、広島ランスに向けて、使い捨てカメラのシャッターを押しまくった。写真をアルバムに張って以来、気になる選手になった。大学時代には、何げなく行った女子プロレス会場で人気選手の井上貴子と握手した。触れ合うことで距離感が一気に縮まった気がした。
日本ハムがこのほど発表した選手が北海道内行脚という企画に、とても好感を持った。22、23日に札幌だけでなく、旭川、函館など計7エリアでトークショーやサイン会を行うというものだ。18選手が9組に分かれて、北海道各地にあいさつに出向くが、ここまで大々的に遠方まで訪問するのは初めてのことだという。
北海道のチームとはいえ、今季の札幌ドーム以外のホーム公式戦は旭川、函館の2カ所(2試合)だけだった。札幌以外のエリアでは、日本ハムは「テレビの中のもの」という距離感を持つ人が多いかと思う。日程的にシーズン中は難しいが、こういうオフ期間に金子、森本が最北の稚内市などプロ野球と縁が少ない地域に赴けば、触れ合う絶好の機会になる。まさに「ディナーショー感覚」で大賛成の企画だ。
去就が確定していない選手もいるが、ファン獲得の最大の功労者といえる新庄剛志が引退した。日本一には沸いたが、北海道に定着するための本当の勝負は始まったばかりだと思う。プロ野球球団として、当然ながら最も広大なエリアをフランチャイズにするチームだけに大変な部分はあるが、ファンとの距離感を少しずつでも縮めていってほしい。
November 10, 2006 01:09 PM
2006年11月09日
個性出る試合前練習:浜崎孝宏
来春センバツの参考資料となる秋季大会が、全国各地で終了した。春の甲子園に直結する大会とあって、取材に出向いた九州でも見応えある試合が続いたが、試合とは別の楽しみもあった。試合前練習だ。八重山商工は、シートノックで、選手が守備につく際とノックを終えてホーム付近に戻ってくる際の2度にわたり、ヘッドスライディングで始まりと終わりを締める。同校の伊志嶺吉盛監督(52)いわく「ヘッドスライディングはけがをしやすい。気合が入っていれば、けがをしにくいからね」と、意図を説明してくれた。
さらに宮崎県内有数の進学校・都城泉ケ丘の試合前練習も新鮮だった。シートノックに先立ち、投手がシャドーピッチングを行う。佐々木未応(みおう)監督(33)がバットを空振りした後は選手が勝手にイメージを膨らませて動く。「レフトオーバー!」。誰かの声が響き、全員がその打球に対応したプレーを行う。遊撃手は左翼手からの中継プレーに入り、投手は三塁ベース後方で三塁手のバックアップに入るという具合だ。「1球にこだわろう」が合言葉。進学校だけに平日の練習時間は約2時間だが、1球へのこだわりを取り入れたのが、選手の想像力をフル活用した“シミュレーション・ノック”なのだ。1球、それを行った後、通常のシートノックに移ったが、私にとっては斬新だった。試合前に“1球の仮想ノック”でイメージを高めるのはナインの決まり事だったのだ。
日常の決まりきった日課や仕事は、英語で「ルーティン」(routine)と呼ばれるが、実は野球と深いかかわりがありそうだ。「チームルーティン」「打席に入るまでのルーティン」という言葉を耳にする。チームルーティンとは、チーム全体で行動をともにすることで、プロ野球のキャンプで見られる朝の散歩などはその一例だ。
さらに、いい打者ほど打席に向かう際のしぐさ、動きが一定だ。例えば、マリナーズ・イチローは打席前にストレッチを行い、大きく素振りをしてから、打席内でバットを右手で縦に構え、投手に向けて差し出すおなじみのポーズを取る。じっくり観察すれば、打撃に移るまでのリズムが一定であるのが分かる。
どんな監督、選手でも試合前には「自分たちの野球をしたい」とコメントする。当然、野球は相手があってのスポーツで、敵も自分たちのリズムに持ち込もうとするだけに、思い通りにはいかない。お互いにリズムを崩されないよう、自分のリズムを生み出すためにチームや個人でルーティンを工夫している。
言われてみれば、簡単そうで、難しいのがマイペース。自分のリズムを変えないことだ。経験豊富なプロ選手と違って、甲子園などの大舞台に立てば、大観衆にのまれ、信じられないようなミスが起きるのが高校野球。九州大会で見た特長ある試合前練習は、大舞台での緊張緩和や自分たちのリズムを作り出そうという“儀式”。試合で勝った負けたもいいけど、試合前にはそのチームの意図する練習が反映されることが多い。試合前練習もまた面白い。
November 9, 2006 08:50 AM
2006年11月08日
佑ちゃんの4年後楽しみ:鳥谷越直子
♪さよならは別れの言葉じゃなくて♪
10歳の息子が25年前に大ヒットした「セーラー服と機関銃」を口ずさんでいた。先月始まったテレビのリメーク版で覚えたようだ。
♪再び合うまでの遠い約束♪ と続けると、「何で知ってるの?」と驚いた様子。私、全部歌えるんですけど…。
映画「セーラー服と機関銃」がはやった当時、中学2年だった私の周りの女子はみんな「カ・イ・カ・ン」を物まねし、男子の多くは主演の薬師丸ひろ子ファンだった。薬師丸は優等生発言で好感度アップ。人気絶頂期に一時休業して大学進学を選択、周囲を驚かせた。
「優等生発言」「大学進学」と言えば、「ハンカチ王子」こと早実の斎藤佑樹投手である。大ヒット映画から四半世紀がたち、時代が再び「清純派アイドル」を求めたのだろうか-。
球史に残る甲子園での決勝再試合を制した斎藤は、ふだん野球を見ないOLや主婦層にまで強烈な印象を焼き付けた。テレビ各局が生中継した進路表明会見では、ヤクルト、横浜など複数球団からドラフト1巡目指名を示唆されながらも、大学進学を希望した。あるスカウトはいまだに「あの子ならすぐ通用する。あれだけ人気が出たのに地味な大学野球で埋もれるのは惜しい」と言う。
たぐいまれな人気と実力を備えた斎藤に、大学野球関係者も大いに注目している。10月28日からの東京6大学リーグ最終週の早慶戦で、「斎藤が始球式」を行うプランが水面下で現実味を帯びていた。甲子園と国体で2冠を獲得した斎藤の「神宮お披露目」の企画だった。担当校の早大の推薦が条件だったが、早大OBの多くがこれを望まず、実現しなかった。
「伝統の早慶戦で、高校生が大学生を空振りさせるのはいかがなものか」「これから大学生活が始まるのに、1人だけ特別扱いしたらかわいそう」という意見が多かった。斎藤ファンには残念な結果となったが、やはり上下関係を無視した「特別扱い」はしこりを残す。大学球界の雄、早大に進学すれば、昔ほどではないにせよ体育会の上下関係の中で厳しさを味わうだろう。プロと違いマスコミへの露出もそう多くないから世のフィーバーも沈静化するはずだ。「何でも着々」の斎藤のこと、その間に技術を磨き、パワーとスピードをつけて4年後に再びブレイクする、とみる。
先日、明大OBの阪神星野SDが、ある集まりであいさつした。「来年は斎藤君が早大に入るから、神宮にもお客さんが増えるだろう。でもおばちゃんばっかりでしょう。もっと力と力の勝負でお客さんを沸かせる6大学になってほしい」。
斎藤にとって、大学4年間は「アイドル」から脱皮するいいチャンスだ。端正な顔立ちや「ハンカチ」がクローズアップされがちだが、その名を挙げたのは紛れもなく投手としての実力のはず。薬師丸ひろ子は大学4年間で大人の女優へイメージチェンジした。斎藤はどんな顔でプロの門をたたくか、今から楽しみだ。
November 8, 2006 10:43 AM
2006年11月07日
大学が変わらなきゃ:寺沢卓
高校3年生の必修科目の履修不足が問題視されている。当初、富山県内の高校の問題として報道されたが、同じようなケースが全国で浮上してきた。熊本県以外の46都道府県で確認され、対象となる生徒は8万人を超えた。
これは「高校3年生」に限った現象にしかすぎない。2次募集も含めた大学入試が来年1~3月に迫っているため、政府も3年生だけに絞って対策を練っている。しかし、大学受験をするのは高校3年生だけではない。浪人生がいる。
浪人生は受験前に卒業した高校に行き、大学受験に必要な書類を申請する。成績証明証だ。履修した各科目の評価点が記入されている。大学側にしてみれば、卒業に必要な履修単位数に達しているかを確認する重要な書類になる。ただ、これが改ざんされているかどうかは大学側には判別できない。
厳密にいえば、未履修科目に評価点のついている成績証明証は公文書偽造になり、その証明証を持つ浪人生は高校を卒業しておらず、学歴は中学卒業で止まっている状態といえる。
関東のある県の教育委員会関係者に聞くと「すでに学校長が卒業を認定している。だから問題ない」という。さらに卒業証明書の文書偽造に関しては「それは文科省に聞いてほしい」。学校と国に丸投げだ。
こんな重箱のスミをつつくようなことは本来書きたくない。「浪人生も未履修だ」なんてことは氷山の一角。現在の教育が大学受験を中心に動いていることが大問題なのだ。
大学の受験科目以外は必要ないのか? 先人の行いを検証し、現代に生かす歴史は不要なのか? 各地の気候条件や産物を知ることができる地理は? 実用的ではない受験英語は? 大学に入るためだけの難しい受験問題は本当に必要なのか?
都内有名大学の教授がこう話す。「学びたい人だけ大学生になればいい。大卒だから有能なのか。合格すると自由に遊べる今の大学は腐っている」。この教授の親族がニュージーランドの大学に留学しているという。その親族は地質学を専攻していて、担当教授が教室から外に出て、歩きながら地層を指さして突然講義を始める。その説明の一言一句が重要で常に気は抜けない。「こういうのが本当の勉学。うらやましい」とその教授はつぶやいた。
大手予備校Yの元国語講師で、絶大な人気を誇ったAさんもいう。「少子化で大学もこれから淘汰(とうた)される。今の『お勉強』の受験では教育とはいえない。実用性のある『勉強』を受験に反映しないと意味がない」。
受験期間中は問題集や参考書とにらめっこして、塾で受験テクニックを詰め込む。それだけでは通用しない、一般教養を受験科目にするような大学が数多く出てきてほしい。未履修は高校の教育体制の問題だけではない。学ぶ場として大学が変わらなければ、同様の問題は間違いなく繰り返される。
November 7, 2006 11:08 AM
2006年11月06日
変わると変えたの差:藤中栄二
Jリーグは浦和が首位を走る。残り5試合となってG大阪、川崎Fなどと優勝争いを繰り広げている。熱狂的なサポーターで有名な赤いチームは、今や実力でJリーグの中心にいる。04年、05年は全大会で常に4強を確保した。そんな浦和に接し、3年前、自分が抱いた考えは間違っていたことを、あらためて思う。
03年11月3日、現場で衝撃が走った。浦和がナビスコ杯決勝で鹿島を下した。初タイトルを手にした直後、取材していた同僚記者から「会見でオフト監督が今季限りの退団を表明した」との報告に驚くしかなかった。決勝前に犬飼社長(当時)がオフト流に限界を感じ、契約更新しないことを決断。なぜか森GM(当時)が決勝前に同監督に伝えていたことで起きてしまった「事件」だった。
辞めたがっていない優勝監督を変える必要があるのか。前日本代表監督のジーコ氏も言っていた。「勝っている時は何も変える必要がない」と。選手起用もチーム編成も同じだろう、と疑問を抱いた。当時のオフト監督は浦和の強化3年計画の2年目。タイトルを手にし、来季は飛躍の年になるはずだった。後任監督となったブッフバルト氏は当時、トップクラブの監督経験がなかった。しかし犬飼社長は、迷いなく変えた。
現在の浦和を見れば、変えたことが「節目」になったことが分かる。現ブラジル代表のドゥンガ監督も言っていた。監督はもちろん、コーチ経験もない同氏は「では、経験があれば勝てるのか」と言い放った。まさに、その通り。経験がないブッフバルト監督が浦和を常勝軍団につくり上げた。過去のデータや指導経験は監督業に関係ない。変えたことで浦和が強くなったことも証明してみせた。
今の浦和を見れば代表クラスがそろう。一部には「オフト体制とは違い、大型補強で選手層が厚くなったから」との声もある。ただ自分は、その意見に否定的だ。96年の磐田も代表選手の集合体だった。中山、藤田、名波は日本代表、服部、鈴木、田中は五輪代表だった。さらにスキラッチ(イタリア代表)ドゥンガ(ブラジル代表)ファネンブルグ(オランダ代表)もいた。各国代表が主力だったが、タイトルには縁がなかった。この磐田を指揮していたのは皮肉にもオフト監督だった。
変えることは簡単ではない。仕事や生活の環境を変えれば、慣れるまでに時間が必要になる。不透明な未来を感じながら、知らない世界に飛び込むことはストレスと不満が伴う。好調な時ほど、なおさら変えることを躊躇(ちゅうちょ)してしまうものだ。ただ03年と06年の浦和を比較すれば、あらためて大胆に変えることの意味が分かる。
今月から自分も取材先が大きく変わった。格闘技の世界を離れ、サッカーを担当することになった。自分の意志ではない。変わったのであって、変えたわけではない。担当替えを知り、以前、恩師から聞いた言葉が思い浮かぶ。
「変えるは一時の苦労、変えぬは一生の苦労」。
自分も変わったのではなく、変えたと思いたい。いつか笑顔で振り返るような「節目」にしたい。
November 6, 2006 12:02 PM
2006年11月05日
海外修業が糧になる:岡山俊明
凱旋門賞に耳目が集まっていた先月1日、中山競馬場で、1人の中堅ジョッキーが大きな勝利を挙げた。単身長期滞在したオーストラリアから戻った青木芳之騎手(29)が、帰国第1戦を鮮やかに逃げ切ってみせた。
3R3歳未勝利戦。単勝9番人気と評価は低かったが、好スタートから先頭を奪い、直線では独走した。馬は、彼がかつて所属した藤沢和厩舎のタイキプライム。人生で一生忘れられないゴールシーンになっただろう。2着以下を大きく引き離していたにもかかわらず、左ムチが4発、5発と入った。外にもたれたからか、初めて実戦を迎えた馬にレースを覚えさせるためか。負けたくない一心だったからか。いずれにしろ必死さが伝わってきた。中央では3年ぶりの勝利。記者席からも拍手が起こった。
自らの意思で異国に飛び出し1年4カ月過ごした。が、青木を迎えた日本の状況は厳しかった。1週目、2週目は騎乗依頼ゼロ。中央の騎手は関東だけでも76人いる。それぞれの厩舎が起用する騎手は限られるし、長く日本を離れているとどうしても縁遠くなる。滞在中の活躍シーンをDVDにまとめ、東西の全厩舎に配布してPRもした。3週目にようやく、尊敬してやまない師匠から1頭任されたのだった。
現地では馬漬けの生活。毎朝10頭以上の調教をつけてから、開催のある競馬場に数時間車を飛ばして駆けつけた。騎乗を終えて家に戻ると、もう就寝の時間。競馬は毎日どこかで開催されているから、休みはない。「馬乗りのことだけを考えていた。そんな環境に身を置くことが、ジョッキーにとって本当に大事。フレミントンって、チャンピオンが集まる競馬場なんですけど、そこでの初騎乗初勝利は自信になりましたね」。11勝はすべて自分で調教した馬で挙げたという。
今夏アイルランドで修業した松岡正海騎手(22)は3カ月で2クラしか乗れなかったが、得たものは少なくなかった。「向こうでは乗りクラを確保するのに、トップジョッキーでも厩舎回りしているんですよ。そんなに大変な思いをして、1クラ乗っている。僕が甘かった」。そんな事実を知っただけで、競馬に対する姿勢は変わる。初心に帰った松岡は先週のスワンSを14番人気プリサイスマシーンで勝ち、穴男健在を印象づけた。
外国に行けば視野が広がる。自信もつく。異文化は人間を成長させる。かつて野平祐二、岡部幸雄、小島太といった名ジョッキーが海外で腕を磨き、武豊が続いた。横山典弘や蛯名正義も欧州での経験が糧になっている。
リーディング上位の騎手に有力馬が偏り、閉塞(へいそく)状況を嘆く20代は多い。そんな中で、多大なリスクを負って海外に足を向けた2人のチャレンジは素晴らしい。腕に自信があるのに馬に恵まれない。そんな若手は現状打破を迫られる。まだまだやり直しが利く年齢。なりふり構わぬ挑戦は、きっと実を結ぶに違いない。
November 5, 2006 09:20 AM
2006年11月04日
日本ハムの熱気これからも:沢畠功二
日本シリーズ取材での札幌滞在中、日本ハム快進撃の雰囲気を肌で感じようと街をひたすら歩いた。朝はジョギングがてら北大や中島公園を、昼はススキノ、大通公園、駅付近を散歩した。目に付いたのは、札幌ドームへ向かう地下鉄内での女性の多さ。女子高生など若い世代はもちろんだが、ご婦人方をよく見かけた。ひいき選手のユニホーム、スタジアムジャンパーなどを着込み、メガホン持って応援に行くのである。
一般的に娯楽がないからとは言うが、女性の興味を引くのは難しい。理由は言うまでもない。新庄だ。市内在住のファンに聞くと、夫人の熱狂ぶりを説明してくれた。「うちの女房がシンジョー、シンジョーって、そりゃあ~もう~すごいよ。とにかく球場に行きたいって。雰囲気を味わいたいんでしょう。魅力? やっぱりカッコいいからみたいだよ。コマーシャル出たりしているもんね。女房の年? 私と同じ65歳ですよ。ハハハ」。恐れ入った。
とにかく異様な盛り上がりだった。地元放送局での昼、夜ニュースではトップ扱い。日本シリーズでの勝利数と同じだけ、1人前のドリンク無料という飲食店もあった。ホテルは軒並み満室。優勝を決めた第5戦、北海道地区での第5戦の平均視聴率は52・5%と驚異の数字をはじき出した。テレビ観戦する道民が増えるため、パチンコ店の客足は鈍ったという。歓楽街ススキノでは、「出血大サービス」の大幅割引で客引きに必死だったことも付け加えておく。
もちろんグラウンドにも、道民の熱気が凝縮されていた。テレビ中継を見ていた人なら、1度は画面の揺れを体験したのではないだろうか。稲葉が打席に入ると、ファンが一斉にピョンピョン跳びはねる。まさか冗談だろうと思ったが、ネット裏にある記者席が本当に揺れていた。それもそのはず「震度3」に相当するという。
まるでライブ会場のような一体感に感心していたのが、横浜のエース三浦大輔投手(32)だ。
三浦 野球のファン離れと言われてますけど、決してそんなことはないと思いますよ。こういう中で試合したいな、投げたいなとあらためて思いましたね。球団、フロント、選手、地元と一体となって、やればできるんだなというのをファイターズが証明していると思います。打席に入る打者によってスタンドの雰囲気が変わるのを感じましたよね。新庄さんなら新庄さんの雰囲気を球場がつくっていると思いますし、小笠原が入れば小笠原の雰囲気が出るし、(森本)稀哲が入れば稀哲の雰囲気を球場全体が作り出していると感じましたよね。
一流投手らしく「空気」を敏感に感じ取っていた。そしてハマの番長は心底、球場の一体感がうらやましそうだった。女性、子供をいかに取り込むかは、集客を含めたビジネスのカギを握っている。今季限りで引退する新庄が道内にまいた種。来年以降にも芽は出るだろうか。今が最盛期であってほしくない。
November 4, 2006 09:26 AM
2006年11月03日
医療現場の声聞いて:井上真
厳しい意見をいただきました。前回、奈良の町立病院で妊婦が出産中に意識を失い、18病院が受け入れ不可能と判断、約6時間後に男児を帝王切開で無事出産も母親は死亡したことで、私は医療を批判しました。そして医療関係者から、実態を知らずに書いたことへの抗議と、現状を知らせるメールがたくさん届きました。
多くは「感情むき出しの批判の垂れ流し」との声でした。その通りです。改善策も示さず、感じたままを文字にしました。
医療がどれだけ混乱しているかを、どんな形であれ読んだ人に痛烈に、思い知ってもらいたいと思いました。主観を前面に、一方的な視点で言葉を投げることにしました。なぜなら、私のように無知でも、病院は救ってくれるんだと信じ、医者にすがるしかない人が、どれだけ深く絶望したかを、そのまま伝えたかったからです。読んですぐ忘れられてはいけないテーマと思い扱いました。読む人の心に石を投げ込むように書きました。
「知りもしないで」との声もありました。知る→書く、知らない→書かない。これは論理的なことです。我々の仕事は、知る→取材→書く→検証、の連続です。一方でこうしたコラムに臨む時、大きな驚きや失望に接した時「知らない」「取材していない」の理由で書かないことには疑問があります。問題が起きたその時に、伝えたいものがあるのなら、事実を踏まえてどれだけ提起できるか。これも求められると思います。
今回のケースは<1>産婦人科、脳外科、麻酔科、小児科などの医師、大勢のスタッフが必要な非常に難しい状態だった<2>地域に対応可能な高次医療機関の不足(社会保障への国、地方行政のあり方も関連)<3>度重なる訴訟で、助けられそうにない患者は引き受けない、いわゆる「防衛医療」への加速化、などが背景に考えられます。
訴えられるケースが増え、産科医、小児科医などへのなり手の減少もあります。病院の能力以上の患者を受け入れ、それ以前の入院患者への対応が不安視される時、病院は「引き受け不可能」と判断する。現場の生々しい言葉でした。
まるで診察をするように、私への感情を抑え、静かに真実を伝えようとする文章がありました。現場には「助けたい」と懸命に働く人が多いことも今さらながら十分に分かりました。
医療現場の病巣は深く、いつ、どこで、誰が同じ目に遭うか、不安はみんなが抱えています。知れば知るほど絶望します。「なぜ助けてくれないの」。私は弱い側のやり場のない悔しさを医療へ向けて投げました。そして「救いたくても救えないんだ」の声を聞いたその先に、強いはずの医療が実はもろく、その崩れ方を知らずに「助けてもらえる」と信じていた現実を知りました。
医療が命を救う、その根元が折れそうです。人は必ず医療の力を必要とします。例外なく誰もが、この混乱を「冷静」に見つめて行くしかないと自戒を込めて感じました。
November 3, 2006 11:57 AM
2006年11月02日
新庄に見た「超二流」:村上久美子
有言実行。プロ17年、打撃タイトルを1度も取ることはなかった新庄剛志が、華々しく野球人生を終えた。彼の言った通り「記録より記憶に残る」選手だった。26日の日本シリーズ第5戦。涙の最終打席を見ながら、いったい、新庄は一流だったのか、二流だったのか-。頭を悩ませた。
というのも、関西で活躍するタレントで上方落語家、月亭八方の「超二流論」を思い出したからだった。
八方とこんな会話をしたのは、5~6年ほど前だったか。「オレの持論はな」と語り始めた超二流論。「超一流なんて神様が決める。一流になれんのかて、限られた人間だけや。あとは一流気分か、二流ばっかりや。でも知ってるか? 超二流には、努力すりゃだれでもなれんねんで」。
野球好き、究極の阪神ファンとして知られる八方は、野球選手を例えに出した。「みんな、松井(秀喜)やイチローになりたい思うても、なれん。でもな、和田(当時阪神内野手)にはなれるかしれん」。メジャーで活躍する超一流の2人と、暗黒時代タイガースの唯一の“プロ”だった和田豊を引き合いに語った。
和田といえば、一・二塁間にショートまで3人が入る和田シフトをはね返し、徹底した右打ちで単打を重ね、プロ生活17年で通算1739安打。タイガース生え抜きでは藤田平、吉田義男に続き歴代3位の安打数を残した。88年には、日本記録の56犠打(当時)も達成したが、91~93年まで規定打席に到達しながら本塁打0の珍記録も持つ。同時期には新庄もタイガースにいた。背走キャッチにスーパー補殺、敬遠球をサヨナラ打…華やかさは新庄に譲ったが、堅実な守備、重くしたバットを球にぶつけるように打ち、非力をカバーした泥臭い打席の和田に、記者も共感していた。
八方の言う通り、凡人には松井のように放物線を描くアーチを連発することも、イチローのように全身バネのような肉体も持ち得ない。でも、和田にはなれるかもしれない-。あの時、いたく感銘を受けた。
背景には、八方が体験した挫折がある。漫才ブーム以後、明石家さんま、島田紳助らが続々と東京進出に成功していた。八方もかつて、東京に拠点を移したことがあった。しかし、仕事は皆無。吉本興業の幹部は「あんな、東京だけが仕事ちゃうで。人には合う合わんがある。もういっぺん、大阪でやり直してみい」と言ったという。
その後、再び故郷の大阪に拠点を移し、1週間ほとんどの曜日でレギュラーを持つまでの売れっ子になった。あの時、八方は決めたそうだ。「東京が一流、大阪が二流やったら、一流の中で下の方、ウロウロするより、二流を極めたろ。超二流になったんねん」。ある時期、毎日、関西のどこかのテレビ局に出演していた八方は、まさしく有言実行したのだった。
昨年4月、東京に転勤となった記者は、電話であいさつし、車を近畿道から名神、東名へと走らせた。「そうか、一流やな」とちゃかされたが、東へ進むほどに、二流のプライドと、超二流への誓いがふつふつと沸き上がってきた。それでも1年半のうち、熱さが冷めていたのも事実。そんな中、新庄が涙しながら三振した最終打席、それでもチームが日本一になる強運を見せられ、この男も超二流だったと思った。八方の言葉が脳裏によみがえった。超二流の道はまだまだ遠く、険しい。
November 2, 2006 11:23 AM
2006年11月01日
お手軽な外国人監督:松井清員
オリックスの新監督にドジャース育成部長のコリンズ氏が就任した。これで現時点での外国人監督は日本ハムのヒルマン、ロッテのバレンタイン、広島のブラウンの計4人。12球団で見れば3分の1、パでは2分の1が外国人指揮官ということになる。この4人を除く過去の米球界出身の外国人監督は、広島のルーツ、南海と阪神で指揮を執ったブレイザー、そしてオリックス・レオンの3人しかいない。サッカー界でもジーコからオシムにバトンは受け継がれたが、日本球界も外国人監督の全盛時代だ。
日本ハム 2642425365→535<1>=ヒルマン
ロッテ 2456656655→2=第1次バレンタイン
ロッテ 56645544→4<1>4=第2次バレンタイン
広島 3355545556→5=ブラウン
オリックス 2334466645→? =コリンズ
外国人監督を招へいする球団には共通した特徴がある。上の数字は外国人監督が就任する前年まで約10年間の順位と就任後の順位を示している(<>は日本一)。この数字から分かることは、長年Bクラスに低迷しているチームが海外から指揮官を迎えている点。そして外国人監督を迎えたチームはチーム浮上の足がかりをつかんだ、もしくはつかみかけている点だ。メジャーでも昨年、低迷の長かったホワイトソックスもベネズエラ人初の指揮官としてギーエン監督を迎え、88年ぶりの世界一に輝いている。
なぜ外国人監督なのか。オリックスの首脳は「日本人監督の場合、選手起用や采配面で独特のしがらみが出てくる。それらを全部取り払ってチームを作り直して欲しい思いがある」と明かす。チームに根付いた悪い慣習に縛られる場合もあれば、選手より監督の実績が下の場合、遠慮が出る場合もある。本来は大改革しないといけないのに、それらが障壁となって思い切ったチーム作りができないことがある。その点、外国人監督なら私情は抜き。客観的な白紙の視点から、現状にあったベストのチーム作りができるというわけだ。
日本球界としては寂しい現実でもある。カリスマ的な監督の人材不足の裏返しだからだ。日本ではイメージアップや集客を考慮し、看板選手を監督にという風潮が強くあ
