2006年10月23日
源はコンプレックス:村上久美子
人を大きくするのはコンプレックスか-。今季のプロ野球、セ・リーグの優勝争いを見て思った。10月10日、東京ドーム。中日は巨人を破りリーグ制覇。落合監督は、8月末から驚異的勝率で追い上げた2位阪神の粘りに「70年以上の歴史の中で、球史に残る追い上げだった」と語った。
その粘りの核をなしたのが金本だった。03年、広島からFA移籍。鉄人の不屈の精神力がチームを変えた。それまでの阪神は戦力以前の問題で、瀬戸際にことごとく弱かった。
10月8日の巨人戦。もう1敗もできない中、彼の2発で快勝。その日の夜、スポーツ番組に生出演した楽天野村監督は「おれの時に金本がいればな。チームは1人、軸がおれば、変わるんですよ」とつぶやいた。翌9日の巨人戦は金本が沈黙。負けた。ソフトバンクの王監督が言う「勝敗の責任を背負う4番」を痛感するとともに、金本なら仕方ない-。チームもファンも、どこまでこの男を頼りにしているのか、計り知れない存在になっていた。
連続フルイニング出場の世界記録を日々、更新する鉄人の源は何か-。芸能記者の私には、推測でしかないが、大学受験失敗や、同期入団、ドラフト1位の町田へのライバル心が支えになっていたに違いない。
あれこれ推測するうち、コンプレックスをバネにした漫才師を思い出した。大阪の夫婦漫才、宮川大助・花子の大助。彼は、しゃべくりの命、滑舌が悪く致命的欠点を持っていた。自宅近くの公園で、毎日毎日、のどから血を流しながらしゃべりの練習。それでも、持って生まれたコンプレックスは消えなかった。花子が言っていた。「もう毎日、毎日、ネタ合わせ、練習や。ホンマ、朝から晩までやで。ホンマに毎日な」。夫の努力に向き合おうとするものの、やっぱりつらい。何度も涙したという。
幾度となく涙を流すうち、逆転の発想で出たのが「しゃべれんなら(滑舌の悪さを)武器にしたらええ」(大助)。花子が機関銃のようにしゃべり、つっこみ、大助が「あわわ、あわわ…」と慌てる現在のスタイルにたどり着いた。
上方漫才界の頂点でもある上方漫才大賞も取った。しかし、好事魔多し。花子が胃がんを患った。「神様もようできてるわ。有頂天なったらアカンいうて、教えてくれた思うで。今となったらな」(花子)。がんを克服したものの、体力の低下は否めない。
漫才のほか、座長公演などで全国を回る多忙な日々。順調な仕事の一方で、疲労がたまると、すぐ体調不良に悩まされた。しかし、お笑い芸人にとって、客に同情されるのは致命傷。「つらい時にこそ笑える強さを」と、数年前、ホノルルマラソンに初挑戦した。完走直後、記者の携帯に「通知不可能」の着信。ホテルから無事完走したことを知らせてきた。涙声だった。達成感と、安堵(あんど)の涙だった。
あえて苦行に挑戦し、克服して自信に変える。金本の護摩行も同じだろう。ただし、帰国直後に会うと、花子は大好きなショッピングも堪能していた。お土産をもらい、その気持ちもうれしかったが、なんとなく、ただキレイ事だけで走りに行っただけではない人間味も感じて、ほのぼのとした気持ちに包まれた。
October 23, 2006 11:48 AM
