2006年10月21日
戻った原田スマイル :村上秀明
長野五輪金メダリストが先日、手提げ袋にたくさん入ったポケットティッシュを道行く人に配っていた。スキージャンプで5度も冬季五輪に出場した原田雅彦氏(38)だ。JR札幌駅南口で、白い帽子をかぶり青いジャンパーを着て、現役時代と変わらない人懐っこい笑顔を見せていた。
今年2月のトリノ五輪後、現役を退き所属先の雪印コーチに就任。今年6月には、07年に開催されるノルディックスキー世界選手権札幌大会(来年2月22日開幕)の広報大使に任命された。人気、国際的知名度から抜てきされたもので、6月に人生で初めて街頭PRのためティッシュ配りをしたが、今回はもう慣れたものだった。
その表情は明らかに今冬とは違っていた。トリノ五輪本番のノーマルヒル予選で、体重に比べて長すぎるスキー板を使ったと判断される規則違反で失格。失意のまま帰国し、3月の国内大会では代名詞にもなった「原田スマイル」は消え、神妙な顔つきが印象的だった。「スポーツだから厳しい意見もある」と、聞こえてくる非難の声もすべて背負い込んだ。
あれから7カ月。戻ってきた「原田スマイル」にトリノ五輪を振り返ってもらった。
「期待があったし、自分のためにやれる環境じゃなかったのかなって。今はプレッシャーから解放されたし、ずっと(五輪に)5回も出ている人だからすごいよね(笑い)。代表として誇りに思っている。(失格は)山あり谷ありの人生で1番最初に来る試練だったのかな。人生はこんなものだと思っているよ」。
ジャンプ競技は30年以上続けてきたが、コーチ業は今季が「1年生」。練習でジャンプは飛んでいるのかと聞くと、好きな野球に例えて「キャッチボール程度(の軽め)」と返ってきた。新人コーチは「お手伝いをしているだけ」と話した後、真剣な表情でこう言った。「これからの選手には悔いのないようにやってほしい」。とてつもなく重みのある言葉に聞こえた。
原田氏は今、チームの活躍と同じくらい、世界選手権を大成功に導くのが使命と感じている。集客のための数々の街頭PR、イベントやメディア出演をこなしている。欧州では5万人以上の集客があるノルディックスキー世界選手権だが、アジアでは来年の札幌が初開催。「ぜひ札幌をヨーロッパのような大会にしたい」というのが願いだ。
街頭PRを行っている地元札幌市は、当然のことながら日本ハムが熱い。「世界選手権のPRは野球フィーバーが終わらんことには」と冗談交じりに笑ったが、「選手もビールかけでスキーゴーグルをかけていたでしょ。それに、道民は1つのスポーツに熱中することがあらためて分かったからね」。明るく前向きにとらえていた。
街頭では歩行者から「あっ、本物だ」と指をさされ、知名度では衰えはない。これが第2のジャンプ人生が始まった原田雅彦氏の今である。
October 21, 2006 09:03 AM
