記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年10月20日

道具にも愛情注いで:浜崎孝宏

 気付かぬうちに験を担ぐことがある。私の場合、マイカーを使用する際“鉄の塊”に「頼むゾ」と運転席側のサイドミラーをなでて、安全祈願をする。免許を取得した18歳から数年間、何度も事故に遭遇した。それから車に乗る前にはねぎらいの言葉をかけるようになった。言葉以外にもオイル交換、洗車などマメに愛情? を注いでいると不思議と事故に遭わなくなり、今ではゴールドカードだ。年齢とともに安全運転になったせいもあるだろうが、自分では「物には命がある」と信じている。車は日常生活に潤いを与えてくれる道具。「道具を大事にしなさい」。野球少年時代にも指導者に道具のありがたみを教えられたものだった。
 しかし、文化が違えば道具は道具にすぎない? 春先のメジャーリーグ取材で、一部の選手がボールを足で蹴ったり、グラブを投げるなど、道具への愛情に欠ける行為を見た。メジャーの試合では選手がベンチ内でひまわりの種を口に入れて、実を食べた後、皮をはき捨てる姿を見掛けた。メジャー1年目のマリナーズ城島は「釣り人」としてもプロ級の腕前だが、その光景に「僕は釣りに行きますから(釣り場に)来たときより、帰るときは美しくというのがありますから、ちょっと…」と話していたのをふと思い出した。マ軍関係者にその行為を聞いてみると、歯切れが悪かったことを記憶している。城島の言葉には共感した。
 車は個人の道具で、ベンチは選手みんなの“仕事場”だが、どちらもきれいに大事に使って当然だと思う。個人の持ち物をきれいにできなければ、公共のものだってきれいにできるはずはない。日本のプロ野球でも、実力が発揮できなかった選手が悔しさのあまり、グラブやバットをたたきつけたり、ベンチを蹴ったりする行為は少なくない。あまり野球少年たちには見せたくないシーンだ。グラブをたたきつける側は、悔しい感情を抑えきれず、一過性の悪気のない行為だろうが、ベンチにいる選手にすればどうだろうか。道具の音が響くと「ドヨヨ~ン」と盛り下がると思う。
 野球道具は、優れものになればなるほど高価だ。広告塔を兼ねたアドバイザリー契約を結び、無料で用具提供を受ける選手もいるが、思い出してほしい。野球少年だったころ、親に買ってもらった最初のグラブ、バット…。好きな野球をやるために必要な道具は、グラウンドでの結果がどうであろうと、粗末に扱わなかったはずだ。
 私が、グラブを買ってもらったのは小学4年のとき。その夜はうれしくて枕元に置いて寝た。就寝前まで、グラブを手に、ポケットを拳でたたいた。試合前夜には「明日はエラーなしで頼むゾ」という思いとともに、グラブに油を染み込ませた。
 日本プロ野球の06年を締めくくる日本シリーズが21日から開幕する。日本NO・1のプレーは楽しみだが、道具を粗末に扱う“プレー”だけは見たくない。

October 20, 2006 09:15 AM