記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年10月14日

V逸=低年俸でいい:井上真

 プロ野球選手の契約書を見たことがある。その選手は9000万円の複数年契約だった。サインして記者会見を終え、一緒に入った喫茶店で「見るか?」と言われ「えっ、いいんですか。それならぜひ。写真に撮っていいですか?」と聞いて「ダメに決まってんだろ!」と怒られた。

 甲とか乙とか、いかにも法律っぽい表現が並び、確かに9000万円と書いてあった。「こんなにもらっていいのか?」。コーヒーをスプーンでかき回す手が震えていた。

 まだ1億円プレーヤーが数人の時のこと。「大型契約を勝ち取ったぜ」の得意満面な様子はなく「オレなんかがこんなにもらっていいのか。税金払えるかな」と本気で心配していた。話を聞いていて、至極まともな印象を受けた。お金に対する感覚は、庶民と変わらないことに好感を持った。

 今は1億円プレーヤーなど珍しくない。好成績を残せば5、6年でガンガン億の年俸を手にしていく。それ自体に文句はない。プロなのだから、結果に年俸が見合うのはおかしくはない。ただ、思い返してもらいたい。球界はつい2年前には、近鉄とオリックスの合併問題で大揺れした。球団経営に行き詰まり、老舗の近鉄が球団を手放すことになった。その時、近鉄の選手だけでなく、球界の選手みんなしてプロ野球の危機を叫んだ。

 今もあの時の切実な危機感を持っているのかと、あらためて聞きたい。当時、近鉄がギブアップするならと、球界の中ではホリエモンに託そうとした動きがあった。その時、在京チームの主力選手に真剣に問い掛けたことがある。「ある程度の年俸の選手が、自分たちの出せる範囲で自腹を切り、集めたものを近鉄に差し出し『これだけ集めました。微々たるものですが、現場も血を流します。球団も努力を続けてください』って頼むのがスジだろう」。すると、その選手は即座に「そういうことなら、ボクは2000万円だって出します」と真顔で言った。

 本来、プロ野球選手は入場料収入を基にして年俸を得ている。グッズや放送権料もあるが、根本はお客さんがどれだけ入ってくれたか。これは部数の新聞、視聴率命のテレビ界と同じだ。どんなに素晴らしい働きも、給与の原資を支える収入がなくては、好待遇を求めても無理だ。この仕組みをいま一度、選手は自覚すべきだろう。

 特に優勝を逃したチームは、いくら個人の成績が突出していても、冷静に状況を理解すべきだ。球団も若い選手や勘違いしている選手に、まともな金銭感覚を教え込む使命がある。根気強い作業だが、そうした教育は先々で選手の大切な知恵として財産になる。見事な成績を残し、我が物顔の選手に甘い顔をすれば、いつか球団経営を圧迫する契約を求めてくる。

 パ・リーグのプレーオフが盛り上がり、セの覇者中日との日本シリーズを控え、球界はにぎわっている。そんな時だからこそ、「自分さえ良ければ」の年俸交渉が話題になってほしくない。

October 14, 2006 09:22 AM